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3 上司と部下


「白井ちゃんさ、金山さんと何かあったの?」


 金山が司会のバラエティ番組の収録の後、よく飲み会に誘ってくれる若手芸人の進上しんじょうがぽそっと聞いてきた。

 皆の前ではなく帰り際、雑談の雰囲気を装いつつ聞いてくるあたり、なんとなく事の大きさが匂い立つ様である。


「特になにも……何か金山さんが?」


 後輩を使って探りにきた?

 でもそんな事する人には見えないけれど。


「いや、金山さんは何も言わないけどさ」

「?」

「最近、白井ちゃんに向けてる目が厳しい気がしてさ」


(……するどい)


 仕事の時にそんな素振りはみせない。

 ただ、収録が終わった後とか、その後の飲み会とか、背中にヒヤリとするものを感じた瞬間が幾度かあった。

 進上はたぶんその事を言っているのだろう。

 そして、その理由までは思い当たらないのだ。


 あの後、収録で何回か会う機会があったが、あくまで仕事で、仕事以外に言葉を交わす事もなく数週間が過ぎていた。

 仕事といってもひな壇の後ろの方でニコニコ笑っているだけで、コメントを振られても普通に返す事しか出来ない私に面白味も何もなく、金山と同じ番組の仕事も減りつつあった。

 そのへんも心配して声をかけてくれたんだろう。

 ……金山の不機嫌な原因は分かりきっているのだが、それを進上に言うわけにはいかない。


(……どう、乗りきるか)


「もしかしたら、この間別番組の時に……」


 私はなるべく不安そうな顔をした。


「なになに」

「私、5分遅刻して金山さんを待たせてしまった事があって……もしかしたらそれでしょうか…」


 申し訳ないけれど、あたりさわりのない理由をつく。


「あーーーそれだ!! あの人、あー見えて時間には厳しいんだよね! 謝った?」

「はい、でも…さらっとだったかもしれません。機会があったらもう一度謝ります」

「それがいいよ!」


 お互いほっとした顔で、じゃあ、と会釈をし終わった時、

「白井さん、楽屋4にお願いします」

 とAD坂井さんが呼びにきた。


「あ、はい。分かりました」


 心配そうな進上にあえて笑顔で言う。


「思いの外、早い機会に恵まれました。行ってきます」

「ちゃんと謝れば分かってくれる人だから、がんばれ!」


 進上の明るい声に、はい、と笑顔で返した。





 楽屋4 金山一士 様


 そう紙が貼ってあるドアの前で深呼吸する。

 呼び出される本当の理由に心当たりがない訳ではない。

 あの上野の日以来、新宿に行ってないのだ。

 プライベートで話す機会を切ったら、しびれを切らして公の場でアクションをかけてきた、といった所か。


(でも、何で?)


 私にそこまでする価値は無いと自分でも自覚している。

 何がそこまでさせるのか。


 淡く灯る火を慌てて吹き消す。


(ない。有り得ない)


 天下の金山一士である。有るはずがない。


 よし。


 呼吸を整えて、ドアをノックした。


「どーぞ」

「白井です、失礼します」


 借りてきた猫のような声をかけて入り、ドアを丁寧に閉めて振り返ると、金山は何やら机の上で書き物をしていた。


「どうぞ適当に座って」

 顔を上げずに言った金山に、

「いえ、このままで」

 と固辞した。


「じゃあ、あと少し待って」

 ともかく机の物を仕上げないと始まらないらしい。

 金山は忙しい男だ。芸人としてコントももちろんやるが、司会進行、番組の企画、放送で流れているテロップを見ていると、出ていない番組でも制作サイドに名前が載っている事もある。

 マルチの芸能を持った男、お笑い界の至宝。

 そんな見出しの広告を駅や車内で見た事を思い出した。



「何?」

「え?」

「ガン見してるから」


 顔を上げずに聞いてくる。喋りながらも手は止まっていない。

 すごいな、と思いつつ本音がもれた。


「目が悪いのかな、と思って」

「いや、悪くない」

「…そうですか」


(天の邪鬼じゃく


 オフの日も今もメガネをかけているから、目が悪いのかと思った。


「スイッチが入るんだよ」

「え?」

「これかけたら作家、これかけたらオフ、とかさ」

「ああ」


 納得して頷く。

 確かに新宿の時にしていたメガネと、今のメガネはまったく違う。

 オフの日が太い黒縁のメガネなら、今しているメガネは細いフレームで如何にもスマートに見える形だ。

 そう思い巡らしている間に一仕事終わったらしい。

 メガネを外して目頭を押さえている所をみると、目が悪くないなんて信じられないくらい板についている。


 そんな一癖も二癖もある金山一士が、こちらを向いた。


「さて」


 裸眼の金山の目は鋭い。


 足を組んだ上に手を置いて、

「何か話したい事は?」

 と結ばれた。


「……先ほど進上さんに金山さんとどうかしたのかと聞かれたので、別番組で遅刻して金山さんを怒らせたと言っておきましたのでその様にして下さい」

「分かった。進上から何か言われたらその様に合わせておく。他には?」

「いえ、以上です」


 まるで上司と部下である。


「以上、ね」


 ため息交じりに呟いて、ギシッと音を立てて席から立った金山は、まっすぐに正面に来た。


「俺はある」


 強い視線に囚われて黙っていると、


「俺は話がある」


 重ねて言われた。


 目眩がしそうなくらい近い。

 本気の目が、怖い。

 耐えられなくなってギュッと目を瞑った。


「だから」


 おとがいを掴まれて、


「逃げるな」


 捕らえられた。



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