2 ソフトクリーム
「勉強はかどってる?」
隣に座られた気配からもしかしたらと思っていた。
「…おかげ様で」
愛想のあの字もない声で返してから、また本に目を落とす。
そのまま去っていくのを待ったが、相手も座ったまま動かない。
沈黙に負ける。
「今日も人間観察ですか?」
「いや、謝りにきた」
誰に?とは思わなかった。
でも
何に?
「悪気があったわけじゃないけど、気分悪くしたよな。ごめん」
だから、どっちの事?
黙っているから金山がまた言葉を紡ぐ。
「くさらずに別の道を探していて偉いな、と思ったんだよ。言葉足らずで、悪かった」
ごめん。
今度はがばっと頭を下げられて慌てた。
「もう、分かりましたから、頭上げて下さいっ、めだっちゃう!」
年若い女子にもっさいおっさんが頭を下げている情景はさすがに目につくらしく、通りすがりの乗客がチラリチラリと見ていく。
「とにかくもう気になさらないで下さい。私も言われた時はカッとなりましたけど、それは本当の事を言われて恥ずかしかっただけで、謝って頂いたし、気にしませんから」
それだけまくしたてて、失礼しますと席を立とうとすると、まったとそでを引っぱられてた。
「せめて昼飯でも奢らせてもらわないと立つ瀬がないんだけど」
「はぁ」
そうゆうものですか?と問うと、そうゆうものです。と返ってきて促される様に席を立った。
もっさいおっさんとおさげでぱっとしない女子で入る店といったら街の定食屋が違和感がないだろうという訳で、日替わり定食を奢ってもらって、何勉強したいの?とか、いや、まずは大検からで。という他愛のない話で食事をすませた。
その日お互い一日オフだった事もあり、いつもどこに行くんですか?と尋ねたら、人間観察に飽きたら動物観察。というどうしようもない理由で上野動物園に行った。
園内を見るともなしにブラリと回って少し足が疲れたな、と思うと、金山がベンチに座るか、といって私を座らせ、金山自身はフラッと離れていき、帰ってきた時には両手にソフトクリーム付きだった。
「はいよ」
「ありがとうございます」
並んでソフトクリームを舐めつつ、何してるんだろうか、と思わないでもなかったが、疲れた体にこの安っぽい甘さがことの外、効いて、自然と顔がほころんだ。
「あのさ」
「はい?」
呼ばれて横を向くと、金山は虚をつかれた様に目を瞬かせ、
「あーー……付いてるよ」
とだけ言った。
(ソフトクリーム?)
よく口元に食べ物をつけてしまう自覚があるだけに、バッグの中のハンカチを探していると、
ぐいっと口元をぬぐわれて、
付いたクリームは金山の口に入っていった。
ただそれだけなのに、
目を奪われて。
食べられてしまったクリームの口元を見ていたら、
あっという間に掠め盗られた。
「あ」
どちらからともなく声が出て、
金山が次の言葉を紡ぐ前に手で口を塞いだ。
(今、ごめんは、聞きたくない)
突然口を塞がれて、なすがままになっていた金山が、静かに私の手を外した。
「何?」
「え?」
「何か言いたい事があるんだろ?」
「えぇ?」
(それはあなたの方じゃ)
「じゃなきゃ、あんたの行動の意味が分からない。俺の言いたい事をつぶしておいて、あんたは何が言いたいんだ?」
「……っ」
ヒュッと息をのんだ。
そうくる?
(鬼!)
あげ足取りではないけれど、
状況からいったらその通りかもしれないけど……!
最初の一手は金山さんなのにっ!!
きっと睨むと、目の奥がまた少しだけ笑っている様に見えた。
(何か腹立つ!)
残ったソフトクリームを急いで食べて、
「今日はご馳走様でした!」
ぶん、と髪が飛び跳ねるほど頭を下げてそのまま踵を返す。
後ろの方で金山が何か言っていたが、そんな事は聞く耳なんて持たないのだった。