第八話 噂の詳細
初めに噂……と言うか目撃談を聞いたのはかなり昔の事です。
物心がついて、ずっと親が付きっきりではなく、
一人で村の中をちょろちょろするようになった頃。
その時、何の前触れもなく突然村に帰ってきた人がいました。
どうした、何があった、もう旅はやめるのか。
村人達が集まる中でその人は一言、
魔王に会った、と言いました。
会ったと言っても、それは緊迫した状況でも何でもありませんでした。
そこは何の変哲もない、村と村を繋ぐ踏み固められた道の途中。
フードを被った親子らしき二つの人影が見えました。
大人の周りを楽しそうに回っていた子供はこちらに気付くと、てとてとと駆け寄ってきました。
ワンテンポ遅れて気付いた大人が慌てましたが、子供はそれを気にせず近付いてきます。
遊びに来たのかと思って手を伸ばそうとして見えたフードの奥。
何か違和感を感じたと思った瞬間、一緒にいた大人が
子供を持ち上げると、ばさりと翼を広げてそのままどこかへ行ってしまいました。
何をやっているんですか魔王様、と子供に声をかけながら。
魔族が外を出歩くのはこれまでなかった事です。
理由は分かりませんが、長い歴史を見ても一度も確認されていないので、
魔族にしか分からない理由があるのでしょう。
その人はその後、しばらく呆気に取られて立ち尽くしていましたが、
気を取り直すとすぐ村へ報告に戻りました。
そしてその翌日、またも別の人が突然村に帰ってきました。
そこから先は同じような事の繰り返しでした。
魔物を退治していたら背後からいきなり声をかけられた。
野宿をしていて、気配を感じたと思ったら顔をのぞきこんで微笑まれていた。
不意打ちで近付いて、でこピンだけして去っていった。
魔王と呼ばれるだけあって、レベルが他と桁違いなのは確かなのですが、
やっている事はほぼ無害な上、まるで意味が解りません。
皆その場で呆気に取られて、しかし何も起こらないまま
とりあえず村に帰って報告していきました。
ただ、魔王も一応は真面目な警戒もしているのか、魔王とやりあえるようなレベルの人には
遠くからただ見ているだけみたいなパターンばかりだったそうで、
未だに誰もまともに戦闘になった事はありません。
魔王がいれば魔物が活発になって被害が出ている事は確かなので、
いずれ倒す事に変わりはないのですが、
何となくあれとはやりあいたくないなあ、と思ったのは俺だけでしょうか。