その名はゴブリン
あーたーらしーい朝が来た キーボーォのアーサーだ
俺は今日からリア充の仲間入りだ。いや今から。この瞬間から。
だって、ずっと傍に居てくれる人が出来ちゃいましたから!
いあー いいもんですな。これがリア充の余裕ってやつ?そんな全能感染みた力が内から漲ってくるようだ。
……は?まだ片思いだろって?いいんだよ、そんなこまけぇこたぁ
いま、この瞬間の俺は希望に満ち溢れている。何でも出来る気分を味わってるんだからさぁ。無粋な事は言いっこなしだぜ。
「よし!今訊きたい事はほぼ全て訊き終わったことだし。
そろそろ【思考加速】を切ろうと思うんだけど、
どうだろう?」
『そうですね。
お話も楽しいですけど、
ケンタロウ君と
動いているこの世界も見て回りたいですしね。』
「じゃあ、実験という事で、
シスターシャが切ってくれるかな?」
『はい!
解りました。
切りますよ?
【思考加速】解除!』
ヴァァン――――!!
シスターシャの解除ワード後の刹那
世界が…空気が爆裂した。
それに伴い、景色が揺れるが、俺は踏ん張りが利いた。
多分踏ん張りが利いたのは、空気の爆発を意識…認識していないため【器用値】が上手く働いたからだろう…だが、
ギャー!! 御免なさい。自分、リア充になったって調子に乗ってました!何処かの誰かさん御免なさい!爆発しろなんて言わないで許しておくれ!もう一生自分がリア充なんて思わないから!
…っと そんな事よりも、今はシスターシャだ。
「シスターシャ!大丈夫!」
言った直後に気付いたが、俺の隣で平然と立っているではないか。
『はい!大丈夫です。
それよりも、ケンタロウ君は大丈夫なんですか?』
「あぁ、俺の方も大事ないよ。
突然の爆発で認識しなかったせいかな。
けど、シスターシャはどうともない?」
『はい。
私には実体がありませんから。
ところで、先程の爆発は一体何だったんでしょうか?』
…ちょっと待ってくれ、実体が無い??いや、前にも聞いた覚えはあるが、改めて考えてみれば、これはマズいんじゃないでしょうかね?
もし万が一にも…億が一にも相思相愛になった場合。勿論仮も仮、もしもの場合だ。IF。インフィニティ、無限の可能性を感じてくれよ?
要するに……シスターシャと触れ合えないではないですか!!
え?何この試練。いやいや、まだその試練にも辿り着いてない状況ですが!もしもしの場合だ。思い描いても見てくれ。家電が鳴ったとする。その時俺は急いで電話を取りに行くよな?そこで彼女も慌ててやってくるわけだ。急いできたもの同士、しかも相手の事は都合よく死角になってて見えなかったとする。するとどうなる?そう、互いに受話器を取ろうと手と手が…こう重なるというか触れ合ってだな…その…後は…あーもう!判るだろう?
そういったイチャコラが…俗にいうリア充爆発しろ!が出来なくなるって事だぞ!っあ はい、先程の事は十分に反省しておりますです。
いや、そもそも、そういった……
『ケンタロウ君!?
聴いてますか?
【思考加速】を発動していないので、
しっかりしなきゃだめですよ?』
と件の彼女が俺にそう声を掛けてきた。
やっべ、陸でもない事を考えている時じゃなかった。いや、俺にとっては陸でもなくはないが、それよりも大切なのは現状だ。
「あぁ、ゴメンよ。
ちょっと考え込んじゃって。
爆発の件は要するに、
俺の動きで空気が膨張しちゃったんだよ。
結構動き回ってたしね。」
『あぁ!そういう事だったんですね。
これから【思考加速】を使う場合は、
余り一定の場所に長居をしてはいけないですね。』
「うん、それに物が密集しているような場所は、
空気以上に危ないからね。
【思考加速】は開けたような場所じゃないと
細心の注意を払わないといけないだろうね。」
【思考加速】が切れてるなら、ゴブリン君ちゃんは……あー さっきの爆発で気絶してるな。
俺がゴブリン君ちゃんの方を窺っているのが解ったシスターシャは…
『可愛そうに!
あの子は気絶してしまったんですね?』
「多分ね。
さっきの爆発だと、打ち所が悪くなければ
衝撃だけだから、外傷で死ぬことは無いと思う。」
『良かった。
この子はどういった子なんでしょう?
最初からこの広場に居たようですけど。』
「あれ?言ってなかったっけ?
俺はこの【ゴブリン】に襲われて
【思考加速】を発動したんだよ。」
『なる程。そうだったんですね。
もしかしたら、悪い子だったんでしょうか?
…それに、この子は【ゴブリン】って名前なんですね。』
あぁ そうだった。確か、翻訳の関係で固有名詞に難があるって言ってたな。シスターシャとのやり取りでは大丈夫そうだけど、この世界の固有名詞は駄目だろう。
となると…
「いや、名前に関しては、
俺が勝手にそう思っただけだよ。
此方の世界での名前は、判んないんだよね?
もし不都合が無いなら、
これからも【ゴブリン】でいきたいけど。」
『【ゴブリン】ですね?解りました。
それで、ゴブリンさんはどうしましょう?
お助けしますか?』
うーん、どうなんだろうか。仮に、このゴブリンが敵性では無かった場合、見過ごすことでの不利益は結構デカいだろう。
言ってみれば、見殺しだ。その事実が彼方側のコミュニティに知られてしまえば、ややこしい事に発展する。
では、敵性であれば?それこそ助けたらいつ襲われるか分ったもんじゃない。現に襲われそうになったしな。
「そうだね…
一応生きているかどうかと、
死にそうでないかの確認をしようか。
それで大丈夫そうなら、
起きるまで待って後を付けてみよう。
こいつらのコミュニティ…塒を突き止めたい。」
『後を付けるのは良いですけど、
起きるまで時間が掛かってしまうかも知れませんよ?
それに、気付かれずに後を付けられるでしょうか?』
「…そうなんだよね。
俺が能力値を十全に発揮できれば、その線で進めるけど…
うん、生死の確認だけして放置の方がいいね。
シスターシャはそれでいいかな?」
『そうですね…
それでいいと思います。
能力値が高いといっても、
ケンタロウ君の身の安全を優先させるべきです。』
そうと決まれば、颯爽とゴブリン君ちゃんに近づく。
間近で見ると、やはり自分にそっくりで親近感が増す。
その所為か、気絶を確認し終えたら嫌な記憶が蘇った。
そう、あれはおやじ狩りにあった時の事だ。一年程前に帰宅の道中、近道をしようと公園を横切ったらその途中で高校生と思しき数人の連中に囲まれた。その後は言わずもがな。好んで顧みたくはない情けない己の弱さ。最終的には警察を呼んでくれた人に助けられた形になったが、あの連中は俺をボコる事に愉悦を感じたのか、目的を忘れて暴力を楽しんでいた…いや、日常に溶け込んでいるかのような自然さで、俺を傷つける事を…俺が悶え苦しむ様を見て世間話を交わしていた。
俺はその暴行で全治一か月という比較的軽い打撲や打ち身で済んだわけだが、この件に関して、俺は当然怒りを覚えた。無論、暴行を働いた悪漢達に対してもそうだが、それ以上に情けない自分に対して。その頃からだ、早朝ランニングをやり始めたのは…あんな情けないことを口走った自分を振り切るために。現在、俺はチートで肉体的には変わったが、果たして心まで強くなっただろうか?俺は……
『ケンタロウ君!
大丈夫ですか!?』
切羽詰まりながら、尚も心に沁み渡ってくる心地の良い声に、ふと我に返る。シスターシャは感情が読み取れるから、こういう時は本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「…あぁ、少し嫌な気分になってた。
ちょっとゴブリンの顔が俺に似てるでしょ?
だから、少し感情移入しちゃってさ。
ゴメン、心配させて。」
『いえ、私の事はいいんです。
それよりもケンタロウ君、
無理はしないでくださいね?』
「うん、ありがと。」
そう言いながらも、俺は親近感を覚えたが故に、マイスニーカーをゴブリンから【アイテムボックス】に収納する事に。スニーカーは先程の爆風で火は消えていたが、少し焦げていた。
その際に、ナイフもついでに確認すると、柄に何か文字らしきモノが彫ってあるのを見つける。
「ねぇ、シスターシャ。
この柄に文字みたいなのが彫ってあるんだけど、
何が書いてあるか読めるようになるかな?」
『それはですね…
現在ケンタロウ君は
私が連結させた翻訳機能が適用されている状態なので、
私が見ていれば、読めるはずですけど…
つまり、
読めないならそれは固有名詞か又は文字では無い事になります。』
ふぅーん。固有名詞か…若干気になるが、このナイフ自体を持っていくのも忍びない。まだ、ゴブリン君ちゃんが敵性とは決まってないしね。
てか、シスターシャは仕事が早いな、いつの間に機能を関連付けてたんだ?
『ありがとう、シスターシャ。
もう翻訳機能を実装してくれたんだね。
因みに、この文字みたいなのは記録できるかな?』
『フフッ
ケンタロウ君のためですからね。
勿論、出来ますよ。
といっても、基本的に全て記録できてます。
でも一応後で参照し易い様に
〈タグ付け〉をしておきますね。』
「うん、お願いします。」
記録できるというか、全部記録している……だと?映像記録だけだろうが、その、だけってのが凄い。マジチートだ。けど、流石に〈タグ付け〉しないと煩雑にはなるわな。
煩雑になり過ぎるとシスターシャの負担が増える事にもなるから、これからは必要だと感じた映像には〈タグ付け〉が必須だな。
そういえば…と思い、ふと腕時計を見てみる。
「ねぇ、シスターシャ。
此方の世界の時間…
この星の自転と公転周期ってどうなってるか解るかな?」
「…【システムナビゲーション】に時刻機能がありますね。
この星は、ケンタロウ君が居た星と殆ど変わりません。
恒星も衛星も其々一つですし、距離もほぼ相違はありません。
但し、ほんの僅かな違いではありますけど、
この星は衛星との距離が近く、自転や公転周期も、些か遅いです。
つまり、閏が存在しないという事になります。
恒星の運行とこの星の公転周期を合わせて、
地球に換算した、現在の時刻は解りますけど…
ケンタロウ君の見ているその時計と時刻合わせをしますか?」
「へぇ 閏が無いんだね。
うん、合わせてくれると助かるかな。
別にシスターシャに訊けば早いかもしれないけど、
時間程度で、煩わさせられないからね。」
……
…
因みに現在は、閏が無いので語弊が生じるが、太陽暦でいう所の4月1日PM00:05。昼の12時に此方に来たらしい。といっても、座標が解らないので、今いる現在地が基準だ。あと、シスターシャでも紀年は解らない。多分、文化に関する事だからだろう。まぁ、この星も地球と同じく誕生してから45億年程経過はしているようである。
「さて、と。
じゃあ、友好的な人種か集落を見つけようか。
川とか湖の近くに文明は起こる筈だから、
当面は水源を探そう。
それで、何か【システムナビゲーション】で
役立ちそうな機能は無いかな?
例えば、探索機能とか地図機能、生体探査とか…」
『うーんと…
どの機能もないみたいです。
けど、地図機能については、
先程言った〈タグ付け〉に
〈地図タグ〉というカテゴリーを新たに設けて
映像記録を連続させれば、
マッピングには使えそうですよ。
あとは、生体ではありませんけど、
魔素探査なら出来そうなのです。
但しこれは、
ケンタロウ君が魔素…〈SE〉を操作出来ないと無理そうです。』
「よし。マッピングの方は大丈夫そうだね。
あと、〈タグ〉に関しては、
さっきの時刻機能も関連付けたら便利になるかもね。
それと〈SE〉操作?だっけ。
〈SE〉なんてどうやって操ればいいのかな?
シスターシャは分かる?」
『そうですねぇ…
私に実体があれば、
ケンタロウ君に〈SE〉を直接流し込んで、
刺激を与えて感覚を促す事が出来るんですけど…
そうすれば、練習は必要ですけど、
〈SE〉は勿論、魔素や魔力も自由自在に操れるようになります。
次善策としては、
魔素を操作できる人を探して
〈SE〉の代わりに流してもらうしかないですね。』
ちょ、直接流し込んで刺激を与える…って ナニを流し込むんですかね?え?〈SE〉って言ってる?まぁ さ、俺もリア充っぽいこと言ってみたいじゃない?反省が足りないかな。自重自重。
「魔素探査の方は惜しいけど、
俺の常識をブレイクスルーするためにも
ここは、俺の感覚を研ぎ澄ませながら行くべきかもね。」
『常識をブレイクスルー…ですか。
それもそうですね。
ケンタロウ君の負担が増えますけど、
頑張ってくださいね。』
「シスターシャ…
機能面は全て君の負担になっているじゃないか。
君に全てを任させるのは俺としても心苦しいんだから、
これぐらいはしっかりと務めさせてもらうよ!」
『ケンタロウ君…
私は負担なんて思ってませんよ。
どんどん頼ってもらって大丈夫ですけど…
ケンタロウ君の気持ちも嬉しいので、
一緒に頑張りましょうね♪』
「ああ!
それじゃあ、行こうか!」
こんな浮かれた気持ちになれるのは、あのゴブリン君ちゃんのお蔭もあるだろう。何せ、此方の世界に来て直に【思考加速】を発動させていなかったら、どうなっていたかわからない。それこそ、【器用値】の所為で加速空間において身動きが取れなくなっていたかもしれない訳だし。
まぁ、何とかなったかもしれないとは思うが、やはり、今の自分がいるのはこのゴブリン君ちゃんのお蔭だと思ってしまっているから…そうだ。あのゴブリンの名前は【クンチャン】にしよう。
俺は【クンチャン】が気絶していたので、後ろ髪を引かれる様な事は無かったが…
少しの名残惜しさを感じつつ、シスターシャと共にその場を後にした。




