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システムナビゲーションと一緒!  作者: ハヤニイサン
第三章いんふろんとおぶ聖女ちゃん
24/29

仮面の下面




 現在俺は、迷宮という名の鉱山跡地を探索中。


 探索作業は順調としか言いようがない。といっても、シスターシャと俺の能力値が高いお蔭だ。――共同作業。定期的に魔素探査を発動しながら魔素濃度が濃い場所に向かっているので、方向の指針としても迷うことは無い。無論、辿った道はマッピング機能に依って全て補完されているので何も問題ない。



 さて、もうそろそろこの坑道も最奥に近づいてきた頃合いだろう。


 こうやって簡単に精確な情報は得られるのに、肝心要の彼女が俺の事をどう想っているかについては容易に知り得ない。


 俺は彼女の事をこんなにも好いているのに、彼女の気持ちを精確に把握出来きないと、己の気持ちを打ち明ける勇気の無い卑怯者だ。

 俺はこうやって己を罵る事でしか無聊を慰められない変人になってしまった。


 楽しく無い訳では無い。先程決意したように彼女との会話は全力で楽しむ所存。しかし会話以外で、己の複雑怪奇な迷宮たる思考の深淵に陥った途端、彼女への心配事の数々が密封された地獄の釜の蓋が開き、ドス黒くも賤しい感情の猛りが噴出するのだ。


 嗚呼 如何すればこの思考という名の袋小路から抜け出せるのだろうか?



『ケンタロウ君。

 もう少しでこの迷路の様な道から抜けますよ。』


「シスターシャ。

 お疲れ様。

 君が情報を精確に纏め上げてくれなければ

 こんなに簡単に進む事は出来なかった。

 ありがとう、シスターシャ。」


『フフッ

 お役に立てて嬉しいです♪

 私にかかればこんなの朝飯前ですけどね。』


「へぇ…君も案外この迷宮を軽く扱っているね。

 俺なんかは結構ビクついているのだけれども。

 其れに、帰るまでが遠足というモノだよ。」


『フフフッ

 遠足って、ケンタロウ君も軽く見てるじゃないですか。

 其れなら私は、最初から今の今まで

 ずっーと、ドキドキし通しなんですからね。』


「ハハッ」


『フフッ』



 あぁーーーホント、楽しいなぁ。シスターシャとの会話は如何してこうも胸が躍るのだろう。



 ――そんなの彼女を好いているからさー 彼女は俺の事をどう想っているのー そんなの訊かなきゃわからないー 巡る巡るー 彼女への想いが駆け巡るー 俺の心を掻き乱すー


 彼女に伝えたいのはー 感謝の気持ちだけじゃないのにー 俺の気持ち総てをー 余すところなくー


 ぶーちーまーけーたーいーのーにー



 ――ハァ この坑道を踏破するように簡単にはいかないのが……



 恋という名の迷宮(ラビリンス)なんだね。



 ……阿呆か。

 実際は迷宮でもなんでもなくて坑道なんだから、ただ単に深みに嵌ってるだけだ。底なし沼に譬えた方がまだ座布団が貰えそうだ。勿論それでも貰えるわきゃあ無いがね。



 総じて結論の出ない問題をあれやこれや悶々と想い悩んでいると、坑道の最奥に着いたようだ。


 というのも、今までの道程には人っ子一人いやしなかったのだが、此処に来て初遭遇しそうになっている。それもこんなにも奥深い地点で。



「シスターシャ。

 君には彼の姿は見えているかな?」


『はい。

 魔素探査の結果から考えても、

 高次元生命体だと思われます。』


「やっぱり。

 彼の対応は、俺に任せてもらいたい。」


『解りました。

 【思考加速】を解除しますね。』



 彼は、坑道の最奥と思しき地点で何もせずに立っている。最奥と言っても別段変わった所もなく、少し広くなっているだけで、二十平米程であろうか。

 彼の容姿も、其処らに居る青年といった具合で、髪は茶髪、背は俺と同程度、顔は……親近感を覚えなくもない、と言っておこうか。服装も街に居そうな恰好をしているよ。



『あれ?珍しいね。

 俺の事が見えている人が来るのは。

 というか、人……だよね?』



 何故に行き成りの喧嘩腰なんですかねぇ。人の事を出会った直後に人外呼ばわりとは…

 違うな。そういえば、今の俺は仮面を付けているし、ゴブリン村の住人じゃないんだから、会って早々にゴブリン呼ばわりは無い筈だ。

 ……あぁ、そっか。此処って坑道なんだっけ。其れなら、彼の言いたい事も判る。酸素や有毒ガスの問題だろうな。



「私は少々特殊でして。

 私は健太郎と申します。

 貴方様は、高次元生命体でいらっしゃいますか?」


『ハハッ

 ケンタロウ。

 もっと俺の事は気安く接してくれて構わないよ。

 折角の、久方ぶりの話し相手だ。

 俺の名前は無いけれど、

 司っている事象は、この迷宮の管理。

 …見たところ、魔晶石の採集が目的では無い様だし、

 こんな何もない辺鄙な場所まで

 一人で来るなんて随分と暇なんだね、君は。』



 うん?一人?もしかしなくても、シスターシャが見えていないのか。だとすれば、彼女はそこまで………



「…では、遠慮なく。

 俺としては、

 貴方の様な高次元生命体に

 会ってお話を聴く事が目的でしたから。

 ですので、

 半分ほどは目的を達成できたと喜んでいる最中ですよ。

 勿論、後の半分も達成できれば言う事無しなんですけどね。」


『ハハッ

 君は堅いとは思っていたけど

 中々どうして…回りくどい言い回しだね。

 いいよ。

 何が訊きたいのかな?』


「すみません。

 単刀直入に訊きます。

 貴方が司る、

 迷宮の管理とはどういった事なのでしょう?」


『なる程ね。

 迷宮の管理って言ってもね、

 言葉で説明するなら簡単な仕事だよ。

 魔素が魔力として消費された際に

 その残滓を高次元へと還元しているんだ。

 まぁ、それが主な役割かな。

 後は、微妙に説明し辛いし…

 うーん、魔素の流入量の調整、

 といっても調整してるわけでもないしなぁ。』


「…有難うございます。

 その点については、何となく解りました。

 ここ以外の迷宮でも

 貴方の様に管理をする高次元生命体が居るのですか?」


『…あー そうだね。

 基本的に此処だけじゃあ、

 さっき言った魔素の残滓の還元を賄い切れないからね。

 各地で分担作業してるよ。

 あっ!

 君は知ってたかな?

 俺たち迷宮管理を司っている以外の高次元生命体でも、

 各々が魔力をこの次元の生物から与えて貰って、

 其々司る事象を行使すれば、

 その魔力分の魔素が高次元に殆ど還元されているんだよ。

 そう、殆ど…だね。

 謂わば、俺たち迷宮管理人はゴミ掃除担当ってワケさ!

 ハハッ 笑えるだろう?

 と言ったって俺の性には合ってるんだけどねー』



 へぇー なる程なる程。高次元から迷宮へ魔素が流入して、魔力として消費された分だけ高次元へと還元される。そのサイクルが出来ているのは凄い。

 彼もその仕組みに加担しているワケだ。

 妙に軽いノリで誤魔化されているが、彼も言っているように、言うは易く行うは難し。


 この世界にとって彼の様な高次元生命体は尊ぶべき存在だ。



「……本当に有難うございます。

 平素より貴方の様な存在があってこその

 この世である事が理解できました。

 当初此処へ来た目的は興味本位で在りましたが、

 現在の心境としては、

 来て良かったと心から思っています。

 日々のお仕事は大変だとは思いますが、

 何卒宜しくお願いします。」


『……そう言ってくれると

 俺も嬉しいよ。

 こんなこと君に言っちゃあ悪いけど、

 俺達の様な地味な仕事をそれだけ評価してくれる奴は

 あまり居ないからさ。

 ゴミ掃除担当なんて揶揄されてんじゃないかって

 気が気でなくてね。

 こうして時折話してみるのも悪くないと思えたよ。』


「いえ。

 俺の方こそ過分な言葉を貰いました。

 それでは、御邪魔をし過ぎるのも悪いと思いますので、

 お暇させてもらいます。」


『うん、そうだね。

 人にとってもあまり長時間居るべきでは無い場所だ。

 名残惜しいけど、またの機会があれば歓迎するよ。』


「はい。

 お話が聴けて良かったです。

 それでは、これにて失礼します。」


『じゃあ帰りも気を付けてね。』



 ……

 …



 現在の俺は、彼の様な存在と出会えて感慨深い思いや、この場の臭いや雰囲気から妙な親近感を彼に対して抱いたが、それ以上に嫌な事実にも気付いてしまってアンニュイな気分に浸っていた。



 彼女は…シスターシャは、迷宮を管理している彼の様な高次元生命体を以ってしても知覚し得なかった。



 別に俺がずっと彼女の傍に居れば何ら問題は無い筈。彼女にしたら、俺しか話し相手が居ないのは辛い事なのかもしれないが、それは置いておくとしても。


 しかし、この事実の所為で、彼女に俺の気持ちを伝える事が出来なくなってしまった。一応俺としても伝えようとは思っていたのだ。シチュエーションとか時が来たらとか、彼女の感情が高まった時とか。色々な巡り合わせの善い時を狙っていたのだが、一向にチャンスが来ないワケで。今すぐに言いたい気持でもあったのだけれども。


 もうそれもこの一件で、彼女が俺以外に知覚し得ない可能性が非常に高い、と理解させられ、俺は尻込みせずにはいられなくなってしまった。



 だって…だってさぁ……

 これで彼女に俺の気持ちを伝えて気まずくなろうモノなら、彼女は…シスターシャは一生誰とも心から通じ合う事が出来なくなるじゃないか。



 無論、俺が無理にでも彼女と接してもいい。俺は彼女に拒絶されても彼女の立場を思えば、無理をしても…歯を食いしばってでも今と同じように接するつもりだ。

 だがしかし、その時の彼女の気持ちは如何なのだろう。彼女もまた無理をしながら俺と接する事になるのだろうか。俺の事を気遣いながらなんて、絶対に今の関係性を貫くことは出来ない。せっかく獲得した、今の楽しくも信頼関係の築かれた夢心地の園の様な雰囲気を。



 俺は、俺の苦悩をシスターシャに悟られないように己の内に無理矢理抑え込み、坑道の復路を辿った。



「シスターシャ。

 もう【思考加速】は発動させなくてもいいよ。

 時間もかなり余裕が出来たし。

 この分なら、日帰りも十分可能だろうからさ。」


『そうですね。

 鉱夫さん達が坑道を出た時を狙いましょう。

 彼らは、昨日のように規則を唱和するでしょうし。』


「うん、確かに其処が狙い目だ。

 君も大分板に付いてきたようだね。

 俺は君が悪い子になって悲しいよ…」


『あーそーゆー事言うんですね。

 私はケンタロウ君に唆されただけなのに…』


「ハハッ

 ゴメンよ、俺が悪うございました。

 泣かないでおくれよ、シスターシャ。」


『フフッ

 わかればいいんですよー

 其れに泣いてなんかないですからね♪』


「ハハッ

 泣いてないなら良いんだ。

 何度だって言うけど、君には笑ってる顔が一番だから。」


『フフフッ

 ケンタロウ君♪』



 …彼女は意図的に先程の高次元生命体の話題を避けているのかもしれない。

 そりゃあ、迷宮の管理者たる彼を以ってしても、シスターシャを知覚出来なかった事実は相当なモノの筈だ。

 けど、此処に来る事に依って真実を悟らせてしまった俺は…俺だけは彼女のフォローをしておかないと。いや、実際は彼女を元気付けたいだけなのだが。



「シスターシャ。

 さっきの高次元生命体には

 君の姿は見えなかったみたいだね。」


『……そうですね。

 残念でしたが、しょうがない事なのでしょう。

 其れだけ

 【システムナビゲーション】が特殊である証拠でもあります。』


「シスターシャ。

 是だけは言っておきたい。

 君としては好ましくないかもしれないけど、

 俺は、君を知覚出来る存在が居ない方がいいと思っている。

 俺なら君の傍にずっと居るから…

 寂しくなんてさせないから…

 だから、もし仮に俺以外に知覚出来る存在が居なかったとしても

 安心してていいからね。」


『ケンタロウ君……

 はい!

 勿論最初からそのつもりですよ。

 私を寂しくさせたら怒っちゃいますからね♪』


「ハハハッ

 絶対、神に…君に誓ってさせないから。

 シスターシャもずっと俺の傍に居るようにしなさい。」


『フフフッ

 そんなの当り前じゃないですか♪』



 彼女は霧を晴らす様に朗らかに笑う。


 よしっ シスターシャの憂いは消えたようだ。



 嗚呼、やっぱり俺の気持ちは二の次で良い。


 どっち着かずで良いじゃないか。俺が我慢すれば全て解決する事だ。そう思ってしまう。そう思わないのは嘘だ。

 そうだろう?健太郎?



 彼女に絶対寂しい想いをさせたくない。



 この気持ちが何をおいても穢してはならない、至上の想いなのだから。



 そんな事を考えながらも、俺は進む。

 坑道を…迷宮と呼ばれる坑道をひた進む。


 出口を求めてただ一向に。



 ……

 …



 時間を調節しながら進んだお蔭か、丁度鉱夫達に鉢合わせずに入り口付近に到着する。

 やはり、程良い頃合いだったようで、訓示を唱和している声が聞えていたがそれも終わりみたいだ。



「最後に、隔日制に移行したが守っていない輩が居る!多く入っても給金は変わらんぞ!」

「「最後に、隔日制に移行したが守っていない輩が居る!多く入っても給金は変わらんぞ!」」

「そんなぁ!―――――



 よしっ、今がチャンスだ。



「シスターシャ、お願い。」


『はい!

 行きます!』



 こうして無事に人が居ない路地に退避した。

 何食わぬ顔をして、路地から仮面を付け直しながら颯爽と現れる。こういうのは堂々としていないと逆に怪しまれてしまうからね。

 そのまま、人込みに紛れ帰路についた。



 その際、妙に耳に残る鉱夫同士の会話を小耳に挟む。



「休みもとれるし、割のいい仕事だよな。」


「馬鹿か。俺達はこの迷宮の体のいい捨て石だろ?

 俺達を使い潰して

 効率の良いやり方ってのを模索してる最中なんだろうぜ。」


「よくわかんねぇけど…

 坑道に石として捨てられちゃあ堪ったもんじゃないって事か。」


「……まぁ、そういうこったな。

 ただ、割のいい仕事である事は間違いないがな。」


「だろう?へへっ

 明日休みだし、これから女でも買いに行こうぜ?

 俺としては、誰も愛さなかったっていう

 氷結の女郎にお相手願って俺が骨抜きにしてやりたかったが、

 二、三年か?いやもっと前だったか?に止めちまうなんてよぅ。

 ホントに俺は生まれる時代を間違えちまったなぁ。

 …にしても、女たちも俺達のお蔭でかなり儲かってるよな。」


「ったく、テメェはそんな事だけ一丁前に張り切りやがる。」


「へへっまぁ、仕事もボチボチ…な。

 なんつーか、この仕事になってから妙に疼くんだよ。」


「……それなぁ、多分直感的な行動なんだろうよ。

 お前は感覚でしか動かない奴だし。恐らく合ってるだろう。」


「……?またよくわかんねぇことを…

 お前は偶に変な事を言いだすよな。

 こんな仕事に就かなくても何かいい仕事が―――――」




 まだ話は続いていたが、もう興味がある部分は聞いてしまったので、帰る事に意識を集中させた。この様にシスターシャは聞こえてくる会話も律儀に通訳してくれる。本当に有り難い人である……大好きだ!!



 ……

 …



 帰り着き、寝床へ行く前に夕食を御馳走になろうと食堂へ赴く。

 やはり、昨日は俺の事を待ってくれていたらしく、子供達や聖女ちゃんたちはもう食べ終わった後のようだ。

 朝食の時と同じように、一人寂しく…いやいやいや、シスターシャと共に微笑みながらコレマタ昨夜と変わらない献立を有り難く食した。よくよく考えれば、不味いと思える事も有り難い事なのだと、この身になった今、尚更に実感する。この境地に至る事が出来たので、青汁の様なモノも悪くないのかもしれない……ダメだ、如何にかして良い様に思ったとしても不味い物は不味い。



 夕食を有り難く頂戴して、寝床に向かった。


 寝床に腰かけ明日の事を静かに思う。


 そういえば、聖女ちゃんは彼女の姉を見返すことが出来れば、パトロンになって貰えると言っていたが、

 果たして、俺の様な奴がただ会うだけでそんなに旨いこと事が運ぶのだろうか?

 何か裏がありそうな予感もする。つっても、俺が考え付きそうな問題でもない。

 其れこそ、こういった雑事は聖女ちゃんが担当すべき事柄であって、俺は任された役目を為せばいいだけだ。そう、為すべき事を為す。簡単だ。


 たとい心に引っ掛かるモノがあったとしても

 俺は仮面を付けて与えられた役目を演じ切る。



「シスターシャ。

 明日も大変かもしれないから、

 明日に備えてもう寝るよ。」


『はい。

 ケンタロウ君。

 やっぱり朝言ったように

 今日は好い日になりましたよ♪

 また明日も好い日にしましょうね?

 …では、おやすみなさい。』


「うん、俺も良い日だったよ。

 おやすみ、シスターシャ。」



 本当に良い一日だったのだろうか?

 迷宮に潜って俺は、己の想いを…大切な想いを埋没させてしまった事実さえも…忘却の彼方へ置き去りにする為に

 眠りについた――――




 ……

 …



『おはようございます。

 ケンタロウ君。

 昨日も言ったように

 今日も好い一日にしましょうね。』


「おはよう、シスターシャ。

 ハハッ

 勿論、

 良い一日になるに決まっているじゃないか。

 さて、食いっぱぐれない様に食堂に行こうか。」


『フフッ

 皆さん早いですもんね。

 もしかして、もう少し早く起こした方が良かったですか?』


「いや、俺は食い逃す事が心配なだけだよ。

 …君が居てくれさえすれば

 俺は何も問題ないから。」


『ケンタロウ君……

 フフフッ

 嬉しいですけど…

 朝食ぐらいで使う言葉でもないですよね?

 嬉しいですけどね♪

 フフフッ』


「っち、其処に気付くとは…

 君は日毎に成長していくね。

 俺は嬉しいよ。

 ハハハッ」


『あー ケンタロウ君ってば、

 私を子供みたいに扱ってますね?

 もうっ!

 ……フフフッ』



 至上の幸福。これ以上の幸福は無いのではなかろうか?

 ……ただ、同時に何か仄かに虚しさも感じてしまう。勘違いであって欲しいが……然うは問屋が卸さない。


 解っている。もうどれ程同じような思考を続けているか訳が判らなくもなっている。

 だけど、俺は演じ切る。そう決めた。其れだけは確かだ。

 無理矢理にでも問屋から引き摺り卸してやる。その事に依って、何か俺に歪が生じても無視するんだ。俺だけが我慢すればいい事。其の筈なんだ……



 必死に己の想いをひた隠す為に、仮面を付ける。



 ……

 …



 またまた昨日と同じように朝食を摂って、不味い思いに打ち拉がれていると、聖女ちゃんがやって来て同じテーブルについた。



「おはようございます、ケントさん。

 今日は宜しくお願いしますね。」


「おはよう、聖女ちゃん。

 勿論、頼まれたことだし、

 これ程良い待遇を受けているから

 宜しくしない訳にはいかないよ。」


「フフッ

 そういえば、噂になってましたよ。

 仮面の異邦人だって。

 たった一日だけなのに凄いですよね。」


「そんなもんかね?

 余り外を出歩かなかったんだけどな。

 何処に目があるかわかったもんじゃないね。」


「…もしかして、

 迷宮に入られましたか?」


「……どうしてそう思うのかな?」



 というか以前の時もそうだったが、彼女は察しがいいのかもしれない。俗に言うシッスセンス…第六感という奴だろう。伊達に高次元生命体と契約していない。



「……いえ、此方も噂ですから。

 其れに、私は何方でも構いませんし。」


「そっか。

 何方にせよ、俺は俺の役割を果たすだけだよ。」


「はい、お願いします。

 では、もうそろそろ此方に姉が到着する筈です。

 面会は私の執務室で内密に行いますので、

 ケントさんは、先に其方へいらしてください。」


「解った。

 これから行けばいいのかな?」


「はい、都合が良いのでしたら、

 私が案内しますね。」



 聖女ちゃんに案内されて彼女の執務室に入る。

 彼女は仕事をキチンとこなしているらしく、書類やらなんやら、物は多い印象を受けるが綺麗に整頓もされている。木札や羊皮紙の様な物、植物紙を使った本まで。本棚に収納されているので、整頓されている割に有りと有らゆる資料が目についた。一応執務室と言っても、テーブルに三人程度座れるソファーが二脚対面して置かれてあり、面会をするには打って付けの部屋でもあった。まぁ、客間では無いので調度品の類は見受けられないのだが。



 ……そして俺は今待っている。聖女ちゃんが退室した後、只管に待っている。何時来るかわからないから、シスターシャにも声を掛けていない。まぁ、【思考加速】を用いれば話せるけど、其れだと時間が過ぎない。

 何度も言う様に彼女との時間はたとい沈黙だとしても幸福の時間なのだから、何時間でも待機して平気ヘッチャラなんだぜ!

 彼女もおそらく俺と同じ気持ちだと思う。そうじゃなきゃ、沈黙に耐えられないよな?そうだろうともさ。



 ……

 …



 コン コン



 俺は、扉のノック音と共に直ぐ様ソファーから立ち上がった。俺の座っていたソファーは扉が見えない位置にあるので振り返らず、直立不動のまま目線や顔も動かさないで静止する。



「あらあらあら。

 彼方が貴女が雇った仮面の異邦人さんかしら?」


「そうです、姉様。

 彼方が仮面の異邦人ことケントさんです。

 ケントさん、此方が私の姉様です。

 名前は不躾で申し訳ありませんが、省略させて頂きます。」



 俺は聖女ちゃんから紹介されて初めて件の彼女を見る。

 其処には絶世の美女も裸足で逃げ出すほどの壮絶な美女が居た。上質で艶やかに流れ落ちる絹の様でありながらも波打ったプラチナブロンド。翠玉を二粒嵌め込んだ顔は鼻筋も通り、通った先には桜の花びらが二枚重なり落ちている。母なる大地は豊穣を。育む大地は逞しく。最果てに集うは嫋やかな二つの膨らみ。無論、その総てが漆黒な絹のドレスに隠れている。但し妖艶。然れど艶然。

 まぁ、それでもシスターシャには敵わない。好みの問題だろうね。俺は彼女を客観的には美女と思うが、好ましくは思わないだけだよ。薄くのった化粧とかさ、張り付いているだけの微笑み、光を放っていない瞳…顔に乗っているモノ全てが嘘クサイ。


 そんな俺より若干目線が高い位置にある彼女の眼を見ながら、



「ご紹介に預かりましたケントと申します。

 この度は面会に応じて頂き誠に嬉しく存じます。

 貴女様のように非常にお美しい方のお名前を御聞き出来ず

 大変残念に存じております。」


「あらあらあら。

 異邦人なんて言うから、

 てっきり野蛮人なのかと思っていたのだけれど。

 中々どうして、多少の礼儀は弁えているようね。

 非公式の面会ですからね。

 早々に用向きを済ませて帰りたいわ。」


「はい、姉様。

 では、此方にお掛けください。

 ケントさんも座って頂いて構いませんよ。」



 そう聖女ちゃんに促されながらも、聖女ちゃん自身は俺の横に腰掛ける。俺は彼女たちが腰掛けた後の一番最後に座る事を忘れない。



「フフッ

 こうして話すのは三年ぶりね、聖女ちゃん。

 息災に過ごしているのかしら?」


「はい。

 お蔭様で大過無く平穏無事に過ごしています。」


「ホホッ

 これからも息災であるように祈ってますよ。」


「有難う存じます、姉様。

 姉様もお変わりないようで安心しました。」


「…………

 ところで、

 貴女は未だ高次元に至るなどと

 世迷言に現を抜かしているのかしら?」


「えっ!

 勿論そうですけど……

 姉様?」


「聖女ちゃん、現実を見なさい。

 (わたくし)は奥女中として御上に召し上げられましたが、

 こうして後宮に入る事が罷り成りました。

 私は後宮に入ってからは目が醒めましたよ。

 高次元に至るなど……

 何が貞操を守りながらも

 この世で一番愛する人をつくり給え…よ

 何が純潔を散らしながらも

 この世で愛する人をつくる可からず…よ

 到底現実的ではありませんわ。

 愛は、純真なだけじゃないのに…

 憎しみや嫉心などの負の一面も携えているのですから。


 しかもこの建物に入って吃驚しましたよ。

 何故あのような娼婦の像(・・・・)が建っている――――」


「姉様!それは――――」



 そのワードが放たれた瞬間、世界が…時が静止する。


 それに伴って…

 ドロドロに練り固められ…

 尚も対流し続けていた…

 己心の深層に在る彼是が……


 何かを待ち侘びるかの如く 滞留し始めていた。






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