残像の像
「ケントさん。
私は少々席を外させて頂きます。
ケントさんは、
此方に居て頂いて構いませんが、
私が戻って来た時点で出発しますので、
その点は悪しからず。」
「了解。
ここで待たせてもらおうかな。」
「では、失礼しますね。」
そう言って、聖女ちゃんは馬車から出て行った。
「シスターシャ。
【思考加速】は発動せずに話そう。」
『ケンタロウ君。
如何しましたか?』
「君に一つ聞いておきたくてね。
…彼女をどう思う?」
『…そうですねぇ。
とても素敵な方だと思いました。
それ以上でもそれ以下でもありません。
ただ、
壮大な夢に向かう姿は輝いても見えましたね。』
「…そうか。
君もそう思うなら、大丈夫そうだね。
さっきの会話でも言ったように、
彼女には仮面の件で協力しようと思ってる。
また、君に苦労を掛けるけど…
ガンパレ!」
『フフッ
そんなこと言われなくても、頑張りますよーだ。
ケンタロウ君もゴブリンさんと間違われて
落ち込まないで下さいね?
私の気苦労が増えちゃいますからね♪』
「ハハッ
君も段々と手厳しくなって来たね。
嬉しい限りだ。
さて、そろそろ聖女ちゃんが戻ってくるだろう。
名残惜しいけど、シスターシャ、
お話は此処までにしよう。」
『フフッ
解りました。』
シスターシャとの会話の内容を噛み締めながら、ニヤニヤしていると聖女ちゃんが戻って来た。程なくして馬車も出発する。
「如何したのですか?
そんなにニヤけてしまって……
あっ!
もしかして、
高次元生命体とお話してたんじゃありませんか?」
ブフゥッーーーー
……何か根拠があっての言い草なのか?先程の会話を聞いていた様子でもないし。
「…何故そう思うのかな?」
「いえ、
私も高次元生命体と契約しているので、
何となく判るんですよね。
…私の契約している
高次元生命体の司る事象は≪癒し≫。
高次元生命体の名前は―――――。
……もしかしなくても見えません…よね?
殆どの人には見えない様なのでしょうがないですけど…
ただ、
この子の可愛さが見えないなんて可哀想だなぁ
とか思ったり。
本当に見えませんか?
……このモフモフ具合!このキュートなオメメ!頬から突き出たおヒゲもまたツンツンしている性格を表していて素晴らしい!時に甘えるしぐさなど正に至宝!圧倒的な肉球のプニプニ感!なにゆえ、私はこの愛らしい生き物を目の前にしてモフれないのでしょうか?なにゆえ、高次元生命体は私にこのような試練をお与えになったのか?」
何か、彼女はトリップしているな。最初は聖女のようだと思ったが、容姿と相まって、完璧に年相応だ。うん、やっぱりこの子は聖女ちゃんだったな。
にしても、彼女も高次元生命体と契約していて、その上モフラーだとは…うん、見えないけどこの子は【猫ちゃん】か【犬ちゃん】しかないな。
つーか、聖女ちゃんも触れられない事で悩んでるんだな。契約者は、大なり小なりそういった葛藤というのを持っているモノなのかもしれない。彼女の場合は重度のモフラーみたいだから、俺と違って禁断症状が出たら可哀想だなぁ…
……其れにせよモフモフか。えーと、司る事象が≪癒し≫って事は、モフモフでモフモフって感じでモフモフと癒すモフか……いや、自分で言ってて何言ってんだかって具合だが……
うんっ!?癒しとモフモフの関係性を考えていたら、うっすらと猫の様な生き物が聖女ちゃんの傍らに居るのを知覚出来た。種類としてはペルシャ猫っぽくて、毛色は純白。
おいおいおい、こんなことで高度に認識したことになるのかよ?
もしかしたら、ゴブリン村に居た火の化身も、こういった単純且つ身近な事として親身に考えれば知覚出来たのかもしれないな。
難しく考えすぎていたのか…
「シスターシャ。
…君には高次元生命体は見えてる?
見えてなかったら俺と認識を共有してみて。」
『はい……
あっ!可愛いネコさん?ですね♪
この子の名前は
【タマちゃん】にしませんか?』
「うんうん。
シスターシャが付けた名前もいいね。
【タマちゃん】にしよう。
よし!
シスターシャ、ありがとうね。」
『はい!
じゃあ切りますね。』
「…シスターシャ様?
とお話しされるのですか?」
思考加速を解除したら、そんな事を聖女ちゃんに問い掛けられた。
といっても、彼女には俺がシスターシャと言った事しか聞こえてない筈だが。
「あぁ、そうだね。
君の隣に居るタマちゃん様が
見えるかどうか話してたんだ。
俺も彼女も見えるようになったから――――」
「えっ!!
見えるかどうか話したって……
何時の間に話したんですか?
いえ、そんな事よりも!
貴方の契約している高次元生命体は、
人型なのですか!?
……これは凄いですよ!
しかも彼女と言っていたから女性なんですよね?
凄い凄い…
これなら私も…
でもでも、まだ可能性の段階だよね?
……あっ!
私のタマちゃんも見えるのですか!?」
彼女の勢いが…身体を前のめりにし過ぎている為、俺に突進しかけている。当然の様に俺は、彼女を受け止めるわけにもいかず、仰け反る形をとる羽目に。
「…あ、あぁ。
ちょっと落ち着こうか。
にしても、お話しされるのか
と俺に訊いたって事は
それ程珍しくない事なのかと思ったけど…」
俺がそう言うと、彼女は若干冷静になったのか、ベンチに座り直した。
が、興奮は治まってはいない様子で…
「珍しく無い訳が無いじゃないですか!
私が言ったニュアンスは、
動物に話しかける様に此方から一方通行
……とは間違っても言いたくはないのですが。
それよりも!
シスターシャ様は
如何様にして高次元へと至られたのか
聞き及んではいませんか?」
「いや、
彼女は生前の記憶が無いらしい。
そもそも氏素性さえも忘れているらしいよ。」
「っ!!
そうなのですか。
どうりで、
人の身で高次元に至った記録が残されているのに、
何処の誰が至ったか
という記録が残っていないのに合点がいきました。」
「……もしかして、
君は…聖女ちゃんは
高次元へと至る事が目的なのかな?」
「はい。
隠す様なことでもありませんので。
私は、
憧れの諸先輩方に倣って目指しております。
…シスターシャ様の司っている事象は
何かお尋ねしてもよろしいでしょうか?
その……
シスターシャ様のご尊顔を拝見したいと思った次第でして。
差し出がましいのですが、
御来歴なども伺えたらなぁと。」
これは、俺に対しての問い掛けでは無いな。といってもシスターシャは彼女と話せないし、絶対に俺以外には見えないから、俺が彼女の事を話さないと…
「…俺が代弁して答える事になって申し訳ないけど、
彼女は少々特殊でね。
色々出来るんだけど、
敢えて言うなら…思考、かな?
多分だけど、
俺にしか認識できないとも思ってる。」
俺の言葉を吟味しているようで、少し思考停止しているらしかったが、急に呆れた表情を隠すことなく馬鹿にした態度で言葉を発してきた。
「……はぁ?
えっと、
要するにケントさん以外には認識し得ない、
と本気で思っているって事ですか?
フフフフッ
そんなのあるワケないじゃないですか。
絶対この世で貴方以外にも認識に至る人は居ますよ。
現に貴方も私のタマちゃんが見えているのですから。
貴方の活躍を聞き及ぶ限り、
本当に契約はしているのでしょうが、
もし聞き及んでいなければ、
貴方の妄想としか思わなかったでしょうね。
フフフッ おなか痛いです。」
……こんなものか。そりゃそうだ。自分以外に知覚できない存在など周りの人にとっては居ないのと同義。俺の場合は周囲に影響を及ぼしたから何とか信じられているが、それもか細い糸と同じで何時切れるかわかったもんじゃない。
全然その気は無かったが、これからは意識してあまり吹聴しない様にするべきだな。
聖女ちゃんが暫く笑い転げている内に、二度目の休憩場所に着いたが、俺たち二人は、そのまま馬車に乗ったままで休憩場所を出発する。
馬車が出発する振動で漸く我に返ったのか、話題を変える為なのか、彼女が口を開いた。
「そういえば、昨晩はよく眠れましたか?」
ここで訊く様なことか?まぁ、さっき笑い転げてしまった失態を急な話題転換でお茶を濁す作戦だろうな、とか重要な話が一段落ついたから、とか色々邪推してしまうが、純粋に日常的な話題でもしたくなったのだろう。
「あぁ、頼もしい仲間が居たからね。
寒空の下でも十分に眠ることが出来たよ。」
「え!寒空の下?
…申し訳ございませんでした。
まさか、
安宿にも泊まることが出来ないほど困窮なさっていると――」
「ストップ!
ただ単に小銭を切らしてただけだよ。
それに言っただろう?
頼もしい人が俺には付いているからね。
全然苦じゃないのさ。」
「でも…しかし…」
「嗚呼、もう…わかった。
今回の報酬の件だけど、
迷宮都市に居る間、
宿の手配を任せてもいいかな?」
「!!
はい、喜んでお受けします!」
後の時間は瞬く間に過ぎる。その際会話を交わさなかったが、空中に浮遊したり、ベンチに横になっている姿のタマちゃんを愛でながらだったので、何も苦に思わなかった。
合間にもう一度の休憩を挟み、都合三度の休憩場所を経て迷宮都市に辿り着いた。
……
…
馬車の中からは見えなかったが、迷宮都市の外壁と思しき門扉で検閲を受けつつ、無事に進入を果たす。
「ケントさん。
私達は、先程お話した孤児院へ向かいます。
当院は出城の役割も持っており、
外壁近くに守りの空白地帯を埋める形で
密集して建設されました。」
「…少しいいかな?
迷宮都市の全景を軽くでいいから
教えてもらいたい。」
「…そうですね。
まず、北の要害でもある鉱山を背に
領主の館が最奥地点に設置されています。
扇状に街が施設されており、
領主館を軸に外壁まで至っています。
当院は、外壁近くの東に位置します。
先程通った門は、外壁ですので、南ですね。
あっ!
迷宮という名の魔晶石採集場は、
領主の館の東に入り口があります。
…有名ですからね。
見学をなさるのなら、迷わずに辿り着けますよ。」
「へぇ。
ありがとう。
いい機会だから、
迷宮見学でもしてみるかな。
誰でも入れるのかな?」
「えっ!?
迷宮に入りたいのですか?
…さすがにそれは難しいですね。
雇われなれければ、
そもそも入れない筈です。
私の頼み事が終わるまでは、
控えて頂けると有り難いのですが…」
「そうなんだ……
解った。
見学するだけに留めるとしよう。」
そうこう説明を受けていると、馬車が止まった。
「さて、着いたようですね。
降りましょうか。」
聖女ちゃんと共に馬車から降りる。
初めて迷宮都市の様子を知ることが出来たわけだが、第一印象としては、無機質。
何故なら、何処を見渡しても、石、石、石だからだ。
道は石畳が敷かれており、硬く固められた土の地面とは趣が異なる。家々もまた、総石造り。木造建築と比べても温かみを感じにくい。その上、のっぺりとしており色も象牙色一色だ。
目の前の孤児院も重厚感があり立派な建物ではあるが、俺の在りし日の記憶と摺り合わせてしまうと、学校の校舎に思えてしまう。それ程似ている。
郷愁の想いに駆られそうになるが、そもそも其処まで学校生活に思い入れがあるワケでもない。
「ケントさん、如何なされましたか?
此方が私が院長を務めている当、孤児院です。
ケントさんには、
新たに増築された建物に泊まって頂きます。
此方の入り口は其の増築された方の入り口ですので
通常、ケントさんは此方から出入りして頂きます。
さぁ、中に入ってください。」
そう促され中に入ると、正に質実剛健といった具合に、余計なものが見当たらなかった。華美な装飾はされておらず、機能美を感じさせる机や椅子、剥き出しの石畳の上に申し訳程度の薄い赤色のカーペット。無論、此方としては持て成されているとは全く感じない。だが、それでも尚拒絶されているとは感じさせないのだから、うまく出来ている物だと思わされる。
しかしそんな調度品が無い中、最奥の一段高くなっている祭壇に全身像が設置してあった。
別段変わった様子もない、ただの像なのだろうと高を括っていたが、
驚いた事にその像は彼女にそっくりではないか。
いや、そっくりと言えば語弊がある。彼女はこんなにもスタイルは悪くない。勿論、像のスタイルが悪いと言っているわけでは無く、惚れた欲目からか、実際の彼女程好くは見えないのだ。それをもっと追求させてもらうなら、容貌もそこまで似ていない。しかし、其れでも尚彼女だと確信できる程の作り。
まぁ、別に似ているか如何かの問答はどうでもいい。俺が一番気になるのは、もっと別の次元の事。
そもそも、何でこの表情にした?
俺も仕舞いには怒るぞ?舞い踊る様に怒り狂うぞ?
ホントにさ!何で物憂げな表情なんだよ!?
百歩譲ってこれが、慈愛溢れる表情だったとしても!
何で彼女にそんな悲しい表情をさせてんだよっ!!
何でそんなワケわかんない像を有り難がってんだよ!!
像が実際の彼女と似てる似ていないとか、像の存在意義とかどうでもいいが、この像の…彼女にそんな表情をさせている事が許せない。無性に腹が立つ。
『ケンタロウ君…
あの像は生前の私かもしれません。
もし、
ケンタロウ君が生前の私の事を知りたくないのでしたら――』
やはりと言うべきか、当然と言うべきか、シスターシャが心配げに話し掛けてくれた。
「シスターシャ。
俺はそんな事一欠片も思っていないよ。
君が無理に知りたくないのなら
この町からは早々に立ち去ろうとも思っているよ。
それに、
俺は、この像を君だと思えない。
もし俺だったら、君をこんな風に作ったりしない。
こんな悲哀染みた慈愛溢れる表情にしない。
俺は前から言ってるように、
君には笑顔が一番似合ってると思うからね。」
『ケンタロウ君…
フフッ
やっぱりケンタロウ君ですね♪
私は大丈夫です。
生前の私を信じていますが、
現在の…
ケンタロウ君と共に居られる事が幸せですから、
生前の事はあまり知りたいとは思いません。』
「うん。
じゃあ、積極的に情報は集めない方向で行こうか。」
「はい!」
「おし!
この像に対して一言文句でも言ってやるね?」
【思考加速】オフ」
俺が勢い切って文句を言おうとするより先に、聖女ちゃんが息急き切って話し掛けてくる。
「ケントさんもしかして貴方の契約されているシスターシャ様は…」
「あぁ、この像の人に似ているね。
で、それについて物申したいん―――」
「嗚呼!!
このような事が起こりうるのですね!!
何と儚くも強い運命という名の巡り合わせでしょうか!
この孤児院出身の先輩で在らせられる
―――――様が高次元へ至ったとわかった事もそうですが、
私が困っている時に現れた男性が、
―――――様と契約して再びこの地へ舞い戻って来られようとは!
なんと今日は善い日なのでしょう!
ケント様、貴方を少しでも疑った私をお許しください。
貴方様は
―――――様に導かれて此処まで旅をなさって来られたのですね。
私は己の不明さを嘆くばか――」
「ちょっといいかな?
さっきから聞いていれば、何とか様何とか様って、
俺が契約している高次元生命体と混同するのは、
君の勝手だけれど、彼女はシスターシャって名前なんだ。
その何とか様って名前じゃない。
たといシスターシャの生前がその人であろうとも、
俺の前でだけはシスターシャと呼んで欲しい。
……どうかお願いします。」
「……そうですね。
記憶が無いのでしたか。
些か思う所もございますが、
――シスターシャ様が
それを望んでいるのでしたらそれに従います。
ところで、
改めてお聞きしますが、
ケント様は
私に協力はして頂けると考えて宜しいのでしょうか?」
「あぁ、いいよ。
此処まで馬車で連れて来てもらったしね。
それと俺に対してそんなに畏まらなくていいから。」
「…ふぅ。
ありがとうございます。
ケントさんがシスターシャ様の使者だと考えただけで、
興奮してしまって…少し取り乱しました。
では、この街にご滞在する際には、
此方の施設をお使いください。
この施設は私の計画に必要な施設ですが、
先に着工し終わってしまって未だ使用していません。
なので、身元が明らかな人限定で開放している施設でもあります。
勿論、ケントさんは私の協力者ですし、
今回の件の報酬でもありますからね。
つきましては、
ケントさんに付き添って頂きたい日取りはこれから付けますので、
何時でも連絡がつく様に夜はこの施設に必ず戻ってきて頂ければ、
比較的自由に行動なさって頂いて構いません。」
……
……
…
俺は今、街の中を歩いている。
この街は最初とはまた違った印象を俺に与えている。彼女が…シスターシャがこの街に住んでいたと考えるだけで焦燥感に苛まれる。
何もかもが色褪せて見える。違う…色褪せていて欲しい、と俺が強くそう願っている。シスターシャの記憶にはないが、彼女にもこの街に対してドライな心持ちでいて欲しい、と賤しくも思ってしまっている。
嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ
俺が賤しいのはいい。だけど、シスターシャの心持ちはそんな狭量が小さな訳が無いし、また、絶対そんな乾いた心持ちである筈は無い。
俺は、彼女の綺麗な心を穢す賤しくも貧しい嫌な奴だ。
そう思うと、俺は居ても立っても居られない……
尤らしい事を言わずに本当の気持ちを曝け出そう。
俺は先程から、ムシャクシャしている。といっても感情には出していない筈だ。言ってみれば、マグマが心の奥底で静かに煮え滾っているかの如く。未だ小康状態だが、この状態が何時まで続くのか…続いてくれるのか判らない。それ以上に、明確な理由が解らない。
……いや、嘘は止そう。シスターシャの生前…過去が気になって気になって仕方がないのだ。俺の知らない彼女の事を想像しただけで、俺は居ても立っても居られない。
知りたい!!彼女の総てが知りたい!!
けど、彼女の手前、格好良く見栄を張ってしまった。
知りたくてしょうがないのに……情けねぇ
今はこの気持ちを振り払うべく、俺は迷宮と思しき場所へと赴くのだった。




