洗脳に扇動
朝だ。日はまだ昇り始めたばかりで若干の薄暗さを感じるが妙に清々しい。
今俺は、街道側の門扉の外に居る。何処かで嗅ぎ付けた野次馬であろう二人の人物が態々見送りに来てくれた為、一応見送りの挨拶をしている最中なのだ。
「ケント。
オレはアンタを射かけた過去の自分を
無性に褒めたい気持ちで一杯だ。
何故なのかは、
やはりしっかりと言葉にして伝えておきたい。
ありがとう。ケント。
アンタがオレ達の為に動いてくれていなければ、
今のオレ達は居なかった。
ケントには感謝の気持ちしかない。
だから、もし次にこの村の近くに来たら、
ちゃんと寄っていってくれよ?」
「うーん、そうだなぁ。
俺は貸しは催促する方なんだが、
貸しも無いのに態々寄る必要性も感じない――」
「ちょっと!
何よ其れ。
貸しなら返せないぐらいにあるわよ!?
アナタは知らないかもしれないけど、
アタシ達には…あるんだからね?」
おいおい、真面に口を利いたかと思ったら、また罵倒とは。恩人に対しての最初の発言がこれかよ…
やっぱり中身は変わらないんだな。
少しホッコリしたので、意地の悪い事を言わせてもらおう。
「…ちょっとしたジョークって奴だろ?
それにまだ言い終わってもないし…
これからいい所だったのにさぁ。
本当に最後までゴブ子は無粋だったな。」
「なっ!?
アタシは…その…
もういいわ。
アタシが悪かったって判ってるもの。
けど、あの時…最初に遭った時に
アタシを拒んでくれてありがとう。
連れ戻しに洞窟まで来てくれてありがとう。
アナタが居なければ、
彼との関係を修復できなかった。
感謝の言葉を言うのが遅れてしまって
御免なさい。
アタシ達はアナタを忘れない。
だから、アナタもアタシ達の事を忘れずにいてね」
ゴブ子……凄く素直になってる。これも狩人君が傍に居るお蔭なのだろうな。善き哉善き哉。
「あっ それとアタシが言う事でもないけど
アナタはもう少し積極的になった方が良いわよ。
普通女があそこまで迫ってるのに、
欲望を剥き出しにしないなんて有り得ないから。
尤、女に興味が無いなら別…て判ってるわよ。
だから、そこが問題なの。
要するに、アナタは溜め込み過ぎ。
もう少し発散しないと何処かで爆発するわよ?
…以上、余計な世話焼きでした!」
「本当に余計なお世話だよ。
つっても、ゴブ子なりの心配の仕方なのかな?
なぁ、狩人君。
其処んとこどうなの?」
「ハハッ
ケントの言う通りゴブ子なりの気の遣い方だ。
…そんな所が愛いだろう?
おっと、幾ら恩人でも流石に
ゴブ子を要求してもらっちゃあ困るぞ?
というか、あまり視界にも入れて欲しくないな。
一応恩人だから、許しているだけであって
そもそも―――」
「はいはい。
お熱いこって。
君らに付き合っていると、
折角朝早く出たのに、日が暮れちまうよ。
…じゃ、行くから。
二人とも仲良く達者で暮らしてくれ。」
「あぁ、引き留めてしまって悪かったな。
ケントも息災で旅が続けられるように祈っている。」
「…本当にありがとう、本当に感謝してるんだからね!」
その遣り取りを最後に俺は彼らと別れた。
彼らはもう大丈夫だろう。俺が見えなくなるまで手と手を取りながら、俺を見送っている姿は仲睦まじい。
振り返りながら仰ぎ見れば、朝日が丁度彼らに当たって、まるで祝福しているかのような光景を描き出していた。
……
…
街道沿いは、近くに集落があるのか将又、ゴブリン村の管轄なのか判らないが、麦畑が広がっている。
風が吹く度に麦の穂が波の様に揺れる。漣の様に細かく揺れる時もあれば、大波の様に殆どの穂が連れ立って揺れる時もある。その風で流れゆく様は、隣に居る彼女の存在と相まって、俺の心を騒つかせるには十分だ。
『ケンタロウ君。
こうして時の流れを感じながら
お話しするのは久しぶりですね。』
「っ!!
そうだね。
……ゴメンよ、君にばかり苦労させて。
俺は自分が情けなく感じてしまう。」
『ケンタロウ君。
そんなのは言いっこなしですよ。
それよりも、流れゆく景色を楽しみましょう。
こんなにも綺麗な麦さん達なのですから。
…川の流れもそうでしたが、
この麦さん達はまた違った感じで輝いていますね。
風に吹かれながらも空へと精一杯に伸びる様は
お友達と共に懸命に頑張りながらも
共に健やかに育つように…
風が吹く度に生命の力強さを感じさせます。』
嗚呼、シスターシャ。どうして君はこんなにも魅力的なんだろうか。
君の方がこんな麦穂なんかよりも輝いて見えるというのに。いや、麦穂も綺麗だ。綺麗だが……
「シスターシャ。
俺もこの麦畑は風情があって綺麗だと思うよ。
この麦畑は、情緒があって見て居られるだろう。
多分、幾らでも見て居られる。
けど、それは君と一緒に見て居るから。
君が傍に居れば何だってずっと見て居られる。
俺は君をずっと見て居られる。
流れゆく景色より、君の方が綺麗だ。
君の方が魅力的だ。」
そうだ。ゴブ子の気遣いは余計なお世話だ。俺は俺の気持ちをちゃんと発散している。彼女に…シスターシャに伝えている。そうだろう?健太郎。
言われた当の本人は、目を見開いて口に手を当てながら俺を見ている。
『ケンタロウ君。
嬉しいです。
私の事を綺麗だと言ってくれて。でも…
何故こうも私に良くしてくれるんですか?
何故こうも私の心を喜びで満たしてくれるんですか?
何故こうも私の気持ちを高鳴らせてくれるんですか?
私はケンタロウ君に少しでも
この優しい気持ちをお返ししたいのに。
返そうとする度に
ケンタロウ君がそれ以上のモノを私に齎してくれます。
……私は一体如何すれば善いのでしょうか?』
これは……
今、俺は嫌な事に気付いてしまった。
現在に至るまでにおいて。
殆ど冗談交じりに、俺はシスターシャに洗脳されると邪推してきたが、
寧ろ、シスターシャ自身も俺に洗脳される可能性があるのではないだろうか。
彼女は、俺以外に世界と交流を図ることは出来ない。つまり、俺以外の人間に影響を受け難い現状なのだ。
俺は、彼女のその境遇に付け込んでやしないか?
俺は、言葉巧みに彼女の心を弄んで無いとは言い切れないじゃないか?
俺は、彼女を口八丁に誉めそやし、彼女に優しく接して俺色に染め上げようとはしていないか?
俺は、もしかしたら、大変な事をしてしまったのではないだろうか。
俺は……
『…ケンタロウ君?
どうしましたか?
何か悩んでいる事で、それが軽い事柄であるなら
私に遠慮なく言ってください。
ケンタロウ君のそんな表情は見たくありませんよ?』
「…シスターシャ。
前に君が危惧していただろう?
俺を操るかもしれないってさ。
それは君にも言えるんじゃないかと、ふと思ってしまってね。
つまり、俺が君を言葉巧みに弄んでるんじゃないかと
気を揉んでしまったんだよ。」
そう言い切った途端、彼女の雰囲気が変わった。
地獄の底から這いずり出でた極寒の冷気の如く、空気が…世界が凍った。いや、これは【思考加速】が発動したのか。
対して、彼女の様子は頗る悪そうだ。笑顔は笑顔だが、極まった笑顔だ。
其処に温もりや柔らかさといった類の印象は抱けない。慈悲もない。然れど、怜悧。
『ケンタロウ君?
私は今、非常に怒ってますよ?
…何でそんな悲しいこと言うんですか?
…何で私の気持ちを操ってるなんて言うんですか?
…何でそんなつもりのない事を言うんですか?
私の気持ちは私だけのモノです。
幾らケンタロウ君だとしても
私の気持ちは揺るがせませんから……』
「…けどさ。
シスターシャはツラくないの?
誰とでも自由に喋れないじゃないか。」
『ケンタロウ君…
私の本音を言いますね…
……少し羨ましいです。
ですけど、
それは誰かと話したいからでは無く、
貴方と…
ケンタロウ君ともっと気兼ねなく…
人目を憚らないで話をしたいだけなんです。』
「シスターシャ……」
『……安心してください。
貴方が心配するのも解ります。
私が貴方としかお話ししていないからですよね?
貴方は優しいから…
洗脳と思ってしまうのも不思議ではありません。
確かに私は、
ケンタロウ君にしか知覚し得ない存在かもしれません。
だけど、安心してください。
私の気持ちは私だけのものですから
ちゃーんと貴方の気持ちは伝わってるんですよ?』
遣り取りの途中から、冷たさを伴う怜悧な笑顔では無くなった。
笑顔は笑顔だが、見ていると安心する優しくも温かい、心がポカポカする様な…日溜りの様な笑顔を俺に向けながら語り掛けて来てくれた。
彼女の訓戒は正しく、温和怜悧。
俺にも…
少しでも俺を安心させよう とする君の気持ちは伝わっているよ。
だから、俺も何時もの様に俺の感情を目一杯乗せて感謝の意を伝えよう。
「シスターシャ。
ありがとう。
俺が変な事言った後に真剣に怒ってくれて。
ここで怒ってくれなければ、
俺は君を洗脳していると信じて疑わなかっただろうから。」
『フフフッ
そんな意図はありませんでしたけどね。
怒ってたことは本当だったんですよ?
けど、それ以上に貴方の優しさも感じましたから。』
「シスターシャ…」
『ケンタロウ君…』
「ハハッ」
『フフッ』
本当にマズいぞ……気持ちが抑え切れない。シスターシャが愛おしいという気持ちが。
ドンドンと溢れ出てくる。勿論俺は、今の抑えつけている情況は可笑しいと感じている。が、そう感じる以上の速度で…気持ちの箍が壊れてしまいそうだ。
気が狂ってしまう。
愛おしすぎて…切な過ぎて…
俺は、何を発散しなければならないんだ?決まってる、そんなのは解りきっている。
だけど…………………怖ろしい。もし彼女に袖にされたらと思うと……
解ってる。彼女の気持ちは恐らく、決まってる。予想が付く。どう言われるのかも何となく判る。
だがしかし、それでも……最悪の予想をしてしまう。こうやって、最悪の事態を潰している。
潰し回って、一筋の…それでも光り輝く望みを得んと、賤しくも…意地汚く足掻いている。
醜くも足掻いているからこそ。
今の俺は…逃げるしかないんだ……逃げ回るしか
「そういえばさ、
魔素探査なんだけど、
どういう機能なのかな?
昨晩、〈SE〉が感じ取れてそのままになっちゃってたよね。」
『…そうですね。
魔素探査というのは、
魔力を放出し、
その反響位置を特定させて周囲の魔素濃度を測る機能です。
魔素は物質ではないので
【思考加速】中でも問題なく魔素探査は発動出来きる筈です。
実際にやってみましょう。
ケンタロウ君は〈SE〉を放出するだけでいいです。
後は、システムが自動で魔素濃度を測ってくれます。』
よしっ!
気分一新、気合を入れますか!
そぉーれ… 〈SE〉よ!飛んでいけぇーー!!
……って 飛んでいくわけねぇー いや、それでも少し飛んでいったような気が…
ここは、器用値先生と感覚に任せよう。身を委ねよう。
…………クワッ!チェストーーー!!
『!!
成功です!
情報を得られました。
…あっ!
前方から此方に、馬車の様な形の物が近づいてきてますね。
といっても、今は静止していますけど。』
「おぉー
何となく、で出来たよ。
もしかして、最初の感覚を掴むのが難しいだけなのかな?」
『そんなことはありませんよ。
それでも放出の場合は、
出来る人であれば、三日程で習得できますけどね。
ケンタロウ君なら出来て当然ですね。』
「う……
君の信頼が重いよ。
本当に出来て良かった。」
『フフッ
私、意地悪でしたね。
さっきのお返しですよー
フフッ♪』
「君って人は…
これで許してもらえるなら安いもんだよ。
ハハッ」
…だから、話をそっちに引き込まないでくれ。
まだ耐えられる…
けど、近い将来本当に、如何にかなってしまいそうだ…
内心冷や汗を流しながら、【思考加速】を解除する。
車幅が馬車二台擦れ違うのがギリギリな為、土で踏み固められていない路肩で待つ。
通り過ぎる際に、一応ゴブリンと間違われても詰まらないので、極力怪しまれない程度に顔を伏せ、遣り過ごすことに。馬車は箱馬車のようで、止事無いお歴々な人種が乗っているのだろうな。
にしても、本当に馬車が前方から来た。魔素探査というのはこれ程までか、と深く思う。
有用だ。
何故なら、魔素は物理的な制約に依らないので、範囲は限定されないだろう。しかもこの世界限定なら、魔素を保有する生物が多いのだから、万能なソナーたり得る。
そんなこんなで進路を先に進めた。
それから暫くは、すれ違う人や追い抜いて行く馬車等に気を付けて黙々と歩く。無論、景色を楽しみながら。
途中、一里塚の様な物もあった。俺が時速五粁で歩いているとすれば、一時間間隔で設置されているので、言ってしまえば、五粁塚だな。
まぁ、塚は塚。土が盛ってあり、多少判り易いように棒切れが立っていたぐらい。
だが、四番目の五粁塚は趣が違った。其処は馬車の停留所らしい。簡易的な厩舎も備わっているようで、もしかしたら、早馬の時に乗り換えられるのかもしれない。
その上、木賃宿の様な素泊まりの施設も併設されているみたいで、粗雑な木造りの長屋から続々と人が街道へ足を運んでいる。
別に俺は休憩しなくても良いし、最悪野宿になったとしても平気だから、ザッと目を通して街道へと戻った。その際、チラチラと顔を見られていたのには当然気付いている。まぁ、ゴブリン村の様に顕著な反応を示されない事が確認できただけ良しとしよう。
偶に、魔素探査を発動して人が来ないことを確認した上で、シスターシャとアハハ ウフフといった遣り取りを繰り広げながら…うん、箸が転がっても何とやら、てヤツだな。自分で言ってて重症だと思うよ。
ゴブリン村から数えて八番目の五粁塚の地点で今日を終える事にした。
この場所も四番目の塚と施設の内容は殆ど変わらない。
と、ここで至極当然の事に気付いた。俺は今、木賃宿に泊まれるような小銭を持っていない事に。
そもそも、こういった安宿に大金の持ち込みはノーグッドだろう。通常は釣りが生じないように小銭で済ます筈だ。しかも、食べ物を売っている様子も……いや、荷車で軽食を売っている人が見受けられる。街道から外れた集落からの出稼ぎかもしれない。だが、こういった連中も大金を嫌うだろう。
うーん、困った。狩人君に小銭を集っておけばよかった。狩人君もまさか俺が木賃宿台の小銭も持っていないとは露程も思ってもいなかったのだろう。
後の祭り。こうして魔晶石は貰っているのだから、文句は言うまい。
まぁ、一食と野宿位如何って事無いだろう。
よしっ そうと決まれば、死角になるような場所を探そうか。さすがに、街道沿いでの野宿は怪しい。木賃宿の周辺で在れば、小銭もない浮浪者の類と思ってくれるだろうし。くれるよな?……いや、俺の場合、ゴブリンと間違えられる可能性もあるのか。
人生何とかなる、と若干ポジティブシンキングでウロウロさ迷い歩いた。
……目的の場所は程なくして見つかった。
他に俺と同じような考えを持つ奴が居たようで、厩舎近くにデッドスペースが当然の様にあるではないか。
このスポットには俺の他に三人の浮浪者仲間が居る。だが、少し違和感も覚える。何奴も此奴も浮浪者にしては身綺麗なのだ。まぁ、浮浪者といっても旅が出来る程なので、俺の様に致命的なまでに困窮はしていないのだろう。無論、身綺麗と言っても旅の汚れは付いているしね。
但し、この場所には一つ問題がある。この場所は馬車利用者からは死角になり得ないのだ。
その為、馬車利用者からは白い眼で見られながら、日が暮れるのを待つ事に。
……この瞬間、この場に居る俺達浮浪者組の一体感は紛れもない物となったのは言うまでもない…が、敢えて言おう。
すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。風…なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに。中途半端はやめよう、とにかく最後までやってやろうじゃん。此方には二、三人でも仲間がいる。決して一人じゃない。信じよう。そしてともに戦おう。御者の白眼視は気になるだろうけど、絶対に流されるなよ。
『ケンタロウ君。
今日は此処で休むんですか?
こういった場所は、
何かドキドキしますね♪』
珍しくもシスターシャが周囲に人が居る状況で話し掛けてくれた。この状況であれば、話しても大丈夫だと判断したみたいだ。…黙って熱い思いを共有してただけだし。
「まぁ、一応グレーゾーンではあるけど、
悪い事してるみたいに感じるからだろうね。」
『フフッ
ケンタロウ君が危なくなっても
直に教えてあげますから。
安心してくださいね♪』
「ハハッ
頼もしい限りだけど、
此奴らなら大丈夫。
仲間……だからね。」
『!!
仲間…ですか。
フフッ
それは良い事を聞きました。
…それなら、
記念に彼らを〈タグ付け〉して
直に参照できるようにしておきましょう!』
…多分、シスターシャは冗談だと判っていて、悪乗りしてくれている。
そんなお茶目な所もまた可愛らしい。
彼女は、両手を胸の前で組んで、楽しそうに燥いで笑っている。少し、身体も弾ませているな。
そうなれば自然と、腕を組んで強調されている胸も一緒に弾むのは道理。そして俺の意識がそこに集中してしまうのもまた道理……
尚且つ、己の下半身に邪な紅く滾るモノが充溢してしまうのは男の性。
ヤバイ!!抑え付けている彼是が、性衝動に転換されちまった!!
これは、不味い。非常に忌々しき事態ですぞ!!
『ケンタロウ君?どうしましたか?
……!!
ケンタロウ君…
まさか私で……』
そう言って彼女は、燥ぐのを止め、少し顔を俯かせながら頬を赤らめてしまう。
ヤバイよ!その表情も非常にキュートですから!!
彼女は俺の生体情報をモニターしたのだろう。俺が性衝動に駆られていると判ってしまったのだ。
ここは……
「シスターシャ…
御免なさい。
君が非常に魅力的だったから…
って、そんなのいい訳だよね。
本当に御免なさい。
君をそんな目で見てしまう自分が憎い……」
『……ケンタロウ君。
謝らないで下さい。
私は少し吃驚しただけですから。
前にも言いましたよね?
異性に欲情するのはいけない事ではないと。
そもそも、本能的な事ですから、
その……私を……
そういった目で見られる事に動揺しただけですから。』
「…そう言ってもらえると助かるよ。
でさ、俺の性衝動を抑制してもらえるかな?」
『!?
そ、そうですね。
……その…ケンタロウ君は
わたしのこ……
いえ、何でもありません。
何かあればまた遠慮せずに言ってくださいね?』
直に下半身に集っていた邪な紅い滾りは治まった。
だが、依然として彼女の事を愛おしいと感じる気持ちの奔流は留まる事を知らない。抑え切れない。
ともすれば、幾分か邪な滾りと共に外へ放出していた方が、返って楽になっていたのかもしれない。
正邪の違いはあったとしても、源泉は同じなのだから。
「あぁ、勿論だよ。
今回は君を辱めたみたいで
本当に心苦しい限りだよ。
…ところでさ、
この三人組に名前を付けようと思うんだ。
団子鼻の奴は【ダンゴゥ】
顔が日焼けしてる奴は【リンゴゥ】
…最後の奴が【マンゴゥ】」
『……フフッ
こうやって勝手に名前を付けるのって
当たり前の様にやってましたけど、面白いですね。
私達だけの秘密みたいで
何だか嬉しくなっちゃいます♪』
そう言って笑った表情は何処か無理をして笑っているようでもあったが、直ぐにそんな事を感じさせない程の怡然とした笑顔で俺を魅了した。
もしかしたら、彼女は満更でもなかったのかもしれない。
だけど、そんな事は俺の希望的観測でしかない。願望でしかない。切望でしかない。熱望でしかないんだ……
「其処の黒髪の方。」
そんな熱い思いを如何にか冷ましていると、突然声を掛けられた。うん?いつの間にか【思考加速】が解除されていたのか。
しかし、え?俺?
そう思って仲間を見るが、眼を合わせてくれない。おい!あれだけ一体感を醸し出してた割に酷いじゃないか!仲間を売ろうってのか?この薄情者の人でなし共めっ!!
と、寸劇の様な事を頭の中で繰り広げながら、声に応える事にする。
「俺ですか?
何か問題でもありましたか?
俺としては小銭を切らしてましてね。
ここを追い出されるとちょっと困るんですけど。」
「……やはり、ゴブリン顔の…
ワタシについて来てください。
合わせたいお方がおりますので。」
そう言って、御者であろう白髪交じりの老齢の男は、俺に背を向け然も付いて来る事が当たり前だと言わんばかりに歩き出してしまった。
ハァ 行きゃあいいんでしょ、行きゃあ。
俺の事を初対面なのにゴブリン顔とか言っている時点で、そこはかとなく厄介事な…面倒事が待っていそうだけど。
正直な話、この面倒事は渡りに船なのかもしれない。
このまま、彼女の事だけを考えていると俺の心の堤防が決壊する恐れがるワケで。
そんな思いも胸に秘め、俺は自ら面倒事に飛び込む決意を固める。
何れにせよ、俺は勝手に設定した浮浪者仲間から籍が抜かれ、御者にドナドナされてしまうのだった。




