解析しよう
帰宅後、諸々の雑事を済ませ、買ってきたソフトをPCで起動させてみる。
起動後PC画面にウィンドウが開く。
程なくして、壮大なオープニングムービーが始ま……らない
〈Furan Warg Reset -system engineering service-〉
まずメーカーかベンダーか不明、てか派遣会社か?
見覚えの無い会社のロゴマークが浮き出てくる。
まぁ、無名の会社でも楽しめればそれでいいけど……
……
……
…
〈ジゴヘクールIII〜道程の決着〜〉
な、長いぞ…5分ほど経ってようやくタイトル画面となった。
この間、某RPGのプレリュードとよく似たBGMは流れていたが、こちらからの操作を一切受け付けなかったのはいうまでもあるまい。
あとどうでもいいし、買った時には心の余裕が無かったので気付けなかったが、
サブタイトルが、アラサーで未だ童貞の俺への当てつけっぽく感じるのは被害妄想なのだろうか?しかもあの店に持ち込んだのが、奴らだった所為もあり無性に腹立たしい。
……ホント、どうでも良くはないけど、今考える事じゃないな。集中集中。
さて、漸く始められるのだが、タイトルメニューには〈ニューゲーム〉しか存在しない。
まぁ、あまり気にせずに選択する。
すると
ボーナスポイント 49
筋力値 05
魔力値 05
器用値 05
耐久値 05
抵抗値 05
初期装備 Norm
思考加減速 ±0000倍
無限アイテムボックス Off
システムナビゲーション Off
〈セーブ〉〈確定して名前の登録へ〉
という項目群が、何のメッセージもなく表示された。
因みに能力値の各項目と【思考加減速】には
〈+〉〈−〉が付随しており、加減算が出来るようになっている。
まあボーナスポイント分を各項目に割り振るんだろう、と簡単に予想が付くけどね。
あと、【思考加減速】の効果だが、おそらく思考加速を用いれば、ずっと俺のターン状態になるのだろう。
減速の効果は今一ピンとこないが、能力値に【敏捷値】が無い為、その替わりだと思われる。
しかし、俺が最も目を引かれたのは〈セーブ〉という項目だ。
逸る気持ちを抑えつつ〈セーブ〉を選択すれば、何とセーブデータを保存できてしまったではないか!
俺の心はこの瞬間、歓喜に満ち溢れた。
だってそうだろう、俺が一番望んでいるタイミング、
正にジャストタイミングでチートコードを作れるのだから!!
そうと決まれば、一応確認の為にゲームをリセットしタイトル画面を呼び出す……
カモン!タイトル画面!
……
……
…
そうか、そういう事か。
この長さ故にセーブポイントが設けられていたわけか。
しかも〈ボーナスポイント〉もランダムに変わるだろうから、多くボーナスポイントを貰えた時のための救済措置なわけだ。
成る程成る程、つっても俺には関係ないけどな!
まず、漸く出たタイトルメニューに〈ロードゲーム〉が追加されている事を確認し選択。
先程のセーブした状態に移行したので色々試してみる。
……
…
試して解ったことは、
【初期装備】の項目を選択すると、ボーナスポイントが10減り
〈Norm〉→〈Immo〉へ変化する。
もう一度選択すればボーナスポイント含め元通りに。
因みに〈Norm〉と〈Immo〉についてだが、それぞれNormalとImmortalのことだと思われる。
和訳するなら、標準と妹だろうな……
と、冗談はさておき
Immortal…詰まる所【初期装備】が壊れなくなるのだろう。
まぁ、ゲームの序盤やゲームバランスによっては、かなり有用な項目であろうな。
【システムナビゲーション】と【無限アイテムボックス】については
〈On〉と〈Off〉が変わる。
これらも、ボーナスポイントの増減幅は10だ。
後の項目については、1ずつ加減算されるだけなので特筆すべきことはない。
ただ、各能力値は5以下にならなかったとだけ記しておく。
この画面でやれることは大体理解したので、
・各能力値を〈05〉から〈10〉へ
・【初期装備】を〈Norm〉から〈Immo〉へ
・【思考加減速】を〈±0010〉倍へ
・ボーナスポイントを残り〈04〉へ
と数値を割り振る。
この状態で〈セーブ〉し、ゲームを一旦閉じ、再起動しておく。こうしておくことで作業に区切りがつく頃にはタイトル画面になっているだろう。
次に保存したセーブデータをコピー&ペーストで複製し、一応バックアップをとっておく。
さあ、お待ちかね。愛用のバイナリエディタソフトを起動だ。
これからの試行錯誤や上手くいった時の事を想像しながら、ニヤニヤと若干の期待を込めて画面を注視する。
画面上に出力された数字の羅列を観察すれば、思っていた通り項目数が少ない。
それと先程、各能力値をA(hex)にしておいたので、比較的楽に目当てのアドレスに見当がついた。
だが、俺はここで少し可笑しなことに気付く。
各アドレスを照らし合わせていたら
各能力値に振り分けられているデータ量が、2byteもあることに気付いたのだ。
もちろん、ボーナスポイントのデータ量は、1byteしかないのは確認済みだ。
少し説明しよう
前提としてコンピュータと呼ばれる機械は1と0でやり繰りされている。
1と0なので二進数で表すことができ、二進数一桁のデータ量の単位を1bit、8bitの時を1byteと呼ぶ。
二進数八桁というのは、
十進数(dec)においては二の八乗なので最高値が、256という数値に。
この256(dec)は16の二乗だから、上記の逆を考えれば16進数二桁になり、イコール1byteで表せられる。
結論としては、
byte換算する上では16進数(hex)で表した方が利便性が高くなるワケだ。
因みに16進数の数え方は
0,1,2,3,4,5,6,7,8,9,A,B,C,D,E,F,10,11,12,…
話を戻すが、初め俺は各能力値の上限は〈99〉だと思っていた。
なぜなら各項目の値が〈05〉といったように、ゲーム画面上に二桁しか表示されていなかったからだ。
この二桁の最高値を考えると、十進数なら99(dec)
データ上での値で考えるなら63(hex)
これらの値を出力するにあたり必要なデータ量は、16進数二桁なので1byte。
で、2byteというデータ量ならば
データ上では、16進数二桁の二倍なので四桁。
ゲーム画面上でも【思考加減速】の様な四桁となる。
とどのつまり、システム内部的には四桁が最高値として存在することになるのだ!
それでは、楽しい楽しい試行錯…趣味の時間の始まり始まり……
……
……
……
……
……
…
いろいろと試した結果、
能力値を三桁以上にすると表示される数字が
文字化けしてしまった。
但し、四桁の最高値である9999(dec)=2073(hex)をデータ上で入力してから、
ゲーム画面上で表示されている文字化けした数値のまま
〈ボーナスポイント〉を使って加算してやると…
何と何と、驚くことなかれ、数値が表示されなくなった代わりに
〈Immo〉に変化したではないですか!!
因みに、データ上で2074(hex)と入力しても文字化けしたままで
〈ボーナスポイント〉を加減算してやっても変わらなかった。
また、【思考加減速】も〈Immortal〉にはならなかった。
推測になるが、
この現象は、チートコードというよりはバグに近いモノなのだと思われる。
とまぁ、何れにせよこの結果に俺は大満足です!!
嗚呼、もうこのゲームやらなくてもいいかなー
……と思わなくもないが、チート解析した上でそのチートコードを使ってゲームを楽しむのも、ある種の爽快感があって楽しいものなのだ!
ある意味で俺のやり方はゲーム開発者に対して失礼なのかもしれない。
だがしかし!
俺のやり方は、アイテムを増殖させるようなチートコードを使うわけでは無い。
ただ、能力値を最大限にしてストーリーを楽しむためにチートコードを使うだけなのだ。
そりゃあ、ゲームバランスを考えれば俺のやっている事は、邪道も邪道だ。
石を投げられるのも解った上で楽しむのだから、許して欲しいとは思わない。
が、目を瞑って欲しいとは思う。
俺が何故、旬の過ぎたであろうゲームを中古屋、しかもマイナーゲームを態々選んで買うのは、需要のある新作、且つメジャーゲームプレーヤーに俺の解析したチートコードを晒さないという、俺なりの矜持の現れからである。
よし!いつもの自分なりの言い訳を心の中で呟いくという、ルーティンワークを終えたことだし……
ゲーム本編を楽しみますかね!
ボーナスポイント 14
筋力値 Immo
魔力値 Immo
器用値 Immo
耐久値 Immo
抵抗値 Immo
初期装備 Immo
思考加減速 ±9999倍
無限アイテムボックス On
システムナビゲーション On
最終的にはこの様に数値を項目へ入力した。
【思考加減速】については、加減速、と正反対の言葉で、ある意味矛盾して書かれてある。
だから、その場その場でOn/Offを切り替えられると思い最高値をコードに入力した。
【システムナビゲーション】に関しては、別に必要なさそうだが、これ一項目だけ〈Off〉になってると見栄えが悪いので〈On〉に。
といってもボーナスポイントだけちょっと見栄えが悪い…まぁ、それは俺の変な拘りによって〈99〉にはしたくなかったのでしていない。
友達にはなれそうにないとか、詰めが甘いとか、何とでも言ってくれて構わない。
一つ欠点――もちろん致命的でない――がある方が俺的には完成されていると感じてしまうのだからしょうがなかろう。
よしっ!再度、気を引き締めて〈確定して名前の登録へ〉を選択。
まぁ、名前の登録画面が出るだけだ。
ふむふむ、漢数字は入力できず、カタカナなら12文字入力できるな。
……少し考えてから、
〈ノボリバタ ケンタロウ〉
と本名を入力して〈ゲーム開始〉の項目があったので選択し実行する。
選択した瞬間、何やら画面が赤くアラートしながら、ここに来て初めてのシステムメッセージが表示された。
『WARNING!!
最終確認
ゲームを始めるとこの世界を離れ異世界に転移されます。
それでもゲームを始めますか?』
〈異世界へGO!!〉
……
…
しばし呆然としながらも、ふと我に返って部屋の様子に目を移す。
すると、何と部屋中、画面上と同様に赤色灯の如く明滅を繰り返しているではないか!!
「おいおい、こんなの夢か現か幻かってレベルだぞ……」
吃驚し過ぎて、つい独り言を呟いてしまったが、それほど有り得ない状況なのだ。
時刻は深夜零時を回ったあたり、勿論御近所さんの迷惑を考えてカーテンは閉め切ってある。
しかも部屋全体を赤く染め上げる程、俺のPC画面の光量は高くなし、先程まで部屋の明かりは付いていた筈だ。
つまり現状は、完全完璧に可笑しいのである。
正直、寝落ちして夢の可能性も高いが、現実、夢、幻覚、どの場合においてもここは異世界に行く選択肢を選ぶべきだ。
これで、このゲームのコードが解析できてなかったらこんなにすんなり決めれなかったのだが、運良く最強パラメータの状態で行けるのだ。
だからこの機会を逃す手は実際の所殆ど存在しない。
殆どの部分も、まぁ、所詮小さなことだ。
PCの中身やら親族の事やら色々あるが、どの場合でもこの現代社会でいきなり失う可能性なんて世間には山ほど転がっている。
例えば、地震や火災、強盗、交通事故、テロ等々。
幾ら平和ボケした日本だといっても、予期せぬ災害ならどこにいても存在する世なのだから。
因みに、俺の実家は交通事故死亡者数ナンバー1の県だ。
それ以上に異世界に行ったら、こちら側の世界の柵なんて関係ないしな。
まぁ、それでも絶対こっちに戻ってこれないという事もないだろう。
転移で送り出せるのに、送り戻せ無いわけがないのだから。
と、そう考えた末に一応ブレーカーやガス、水道の元栓だけは絞めておこうと行動を開始した。可燃ゴミは出勤前に出しておけたので運が良かったかな。でその際、PCだけはゲームを起動していたので整理できなかった、とだけ記述しておく。
色々身辺整理をして、少し冷静になったところで、初期装備の追加と確認をする。これをしないと、危うく手落ちになるところだ。
まず、早朝ランニングでいつもお世話になっている、マイスイートハニーカー……略してマイスニーカーを履いてっ、と
後、眼鏡はいつもプライベートだとスポーツタイプの眼鏡だからこのままで良いとして。
普段着も動きやすいのでこのままで良い。下がジャージ。形状は、ウエスト部分はゴムでずり落ちないが、一応紐でも縛ることも出来るタイプだ。足首もゴムで絞られている。ちょっとジャージとしては邪道かな。
靴下は、驚くことなかれ、五本の指が自在に動くセパレートな奴だ。丈は、踝までだけどね。
で、上はタートルネックタイプのヒートなテックを肌着にして、その上にトレーナーを着ている。
色合いは、全部黒に近い灰色でコーディネートだ。うんっ、正しく俺の人生そのものだ。ここまでくると自己陶酔の域まで達しているのかもしれないな。
良し!後は持っていく備品だが、あまり必要ないと予想している。
予測の域を出ない所為もあるが、個人的に深く考えたくない事象に関係するのでここでは割愛させてもらいたい。
まぁ、唯一持っていくとすれば、就寝時と風呂の時以外身に着けている、ストップウォッチ機能を搭載し、更にソーラー発電、防水等耐久性抜群のGなショックぐらいだ。
後は冷蔵庫の電気も止まっているので、腐りそうなものだけはリュックに入れて持っていくことにする。
内訳は、いつも朝食で食べる食パン(八枚切り)、チーズ、牛乳、バナナ、ヨーグルトそしてキュウイ。空のペットボトル(2L)に水道水を入れ、それも一本追加しておいた。
さて、それではこの選択が吉と出るか凶と出るか……
願わくば 俺にまだ見ぬ幸をも齎してくれることを願って
俺は意を決し〈異世界へGO!!〉を選択した
……
……
…
***
雪が降って来た。
朝になったら世界は一変している事だろう。
人の縁が重なっていくように… 雪もまた降り重なる
雪が降り 重なる程に世界もまた 同様に姿を変えていく…
健太郎は 世界が変化する事さえ知らずに 異世界へ旅立った。