ゴブ子
夕暮れ時には些か早い。未だ抜ける様な蒼天が空に映えている。だが、時間は過ぎ去っていくものだ。夕暮れ前に帰ろうと行き交う人も増えてきた開拓村。
村長との面会という、体の良い面通しであろう村の決まり事を終え、村長宅を出て、改めてこの村を観察する。
やはり、この村の全体の雰囲気は活気づいているように思う。別に人通りが多いとか、商談を彼方此方でしているとか、姦しく井戸端会議に耽っている奥様方がいるとか、そんな事では無く、ただ単純に…そう、行き交う人皆の表情が凛々しく逞しいのだ。
そんな人たちの外見の特徴だが、狩人君とそれほど違いは無い。狩人君は狩猟の為だろう、迷彩柄の服。それに対して、木こりや農夫は、厚手の綿素材を纏っている。服を染色している人も見受けるが、それは女性に多く見られる。パッと見、髪色は茶系とブロンド系、中には赤毛も見かけた。
地面に視線を転じれば、剥き出しの土が見える。石畳も敷かれていないが、きちんと地均しがなされている。荷台が通るであろう轍も部外者の俺からすれば風情を感じる田舎独自の装飾になる。
匂いはそこまでしない。強いて言えば、香木と思しき木の香りがする。あとは、肥溜めを作っているのであろう……うん?そういえば、今のところ排泄関係を催さないな……
馬みたい、というか馬そのものな生き物も散見できる。サラブレッド系ではなく、足が太く短い道産子系で輓馬の類であろう。実際に荷を引いている。それに、駄馬は見かけるが、乗馬しているのは今のところ見ていない。
正直、異世界に思えないくらいだ。ここが日本では無い外国だと言われた方が現実味があるだろう。
だがしかし、大人はそれ程でもないが、時折すれ違う子供が小さな声で、ゴブリンと連呼し恐怖に怯えながら、足早に去っていくのを見れば、我に返らざるを得ない。
うーむ、あまり興味は沸かなかったが…これは狩人君にしっかりと問い質さねばならない事案に格上げだな。
狩人君の家は森側の出入り口付近にあったらしい。道中、狩人君は村長の最後に投げ掛けられた言葉を反芻していたのか、往路の時とは表情を変化させている。
……少々怖い顔だ。因みに彼は気配を消すのが上手い。なので日常的に足音を出さずに歩いているようだ。確かに先程まではそうだった…が今は違う。
無意味に音を立てているので、それが彼の苛立ちを表しているように感じ、こっちは気が気でない。
針の筵を歩いている音を聴かされながらも彼の家に辿り着く。
…漸く微妙に気まずい雰囲気を察知したのだろう、口が開かれる。
「……ふぅ
ここがオレの家だ。
格別他の家との違いはないが、
くつろいでいって欲しい。
…まずは、夕飯の支度をせねばな。」
「え?一人暮らしなのか?」
「…あぁ、その辺の事情も後で話そう。」
顔つきを曇らせながらも、狩猟道具を仕舞いに奥へ行ってしまった……かと思えば、一分もしない内に直ぐ戻ってくる。
…おそらく、外観通りの広さなのだろう。村長宅と違い一階しかないし、全体的にせせこましい。といっても内観にそれ程の違いがあるわけでは無いが。
そんなわけで、村長宅の内観と同じく、俺を歓迎してくれていると信じてしまいそうになる。まぁ、信じたいけど、此方は疑われないように気を揉んでいるのですよ。
「熾きの様子を見たが、大丈夫そうだ。
また広場に行く手間が省けて良かった。
客人を放置しては申し訳ないからな。」
「あぁ…あの祭壇か。
そう言えば二度手間になってしまう所だったな。
それより、献立はどうするんだ?
独り身なんだろう?
俺は、食えればなんだっていいぞ。
何しろ、糧食が尽きて久しいからな。」
「…そう言ってもらえると助かるな。
何分、こちらも急に招待する事になったからな。
そう言った事に配慮が利くのは旅人ならでは…か。」
「まぁ、そんな所だ。
恵んでもらうのもそれ程珍しくはないしな。
っと、何か手伝いましょうか?家主様。」
「ハッハッ
別にそう難しい料理にはならんのでな。
客人のお言葉に甘えて、
粗末では無いが普段通りの食事を出させてもらう。
少しばかりそちらの椅子に座って待って頂きたい。」
彼は恭しく宣い、リビングから見える位置にある土間に設置された勝手場で何やら調理し始めた。
「狩人君は、いつも自分で調理しているのか?
何やら村長にチクチク言われていたみたいだが、
いい人はいないのか?」
「オレには……
いや、決まった人はいない。
昔、五歳ほど年下で妹の様に可愛がっていた女が居たんだが、
オレが構ってやれなかったせいで居なくなってしまってな。
それ以来、女がわからなくなった。」
おい…掛ける言葉が見つからんわ。初対面の俺にそんな話してんじゃねぇよ。こっちは半分冗談のつもりだったのに。まぁ、村長宅訪問後の狩人君の陰鬱な雰囲気からして判っていた事なんだけどさぁ。
「ま、まぁ、独り身でそれだけ顔が良けりゃあ
引く手数多なんじゃないのかな?
それに、狩りの腕も良いみたいだし。
といっても、余り気乗りしないなら
時間が解決してくれるだろうさ。」
「……いや、もう三年も経っている。
そういった事情も村長は把握しているからな。
…よし、出来たぞ。」
運ばれてきた料理を見るに、ナンの様な物とステーキされた何かの肉に玉ねぎみたいな炒められた野菜が添えられていた。
「済まん、酒は丁度切らしていて無い。
肉は、オレが仕留めたものではないが、
オレ達が担いできた奴と同じ肉だ。
塩と香草で炒めてある。
口に合うといいが…」
ふーん、なる程ねぇ。丁度切らしてるとか……まぁ、それはいいや。水は出してくれてるからね。それと、シンプル過ぎる料理だし、ここで彼是材料や栄養素について訊いても怪しいだけだろうから、変な事を聞かないようにしないとな。
「口に合うも何も、
俺は食料が尽きて久しぶりの真面な飯だからな。
十分豪勢だよ。
……ぅむ、肉が美味いな。
ただ焼いただけとは思えないぞ。」
美味いといっても、相応だ。脂はそこまで乗ってないし、多少獣臭くて噛み応えのある鹿肉っぽい肉だ。…鹿肉なんて食べたことないが。
「おお、そこに気付くとはな。
一応これでも研究したんだ。
焼く時間とか、火加減とかな。」
おい、それって普通だろ。にしても、男の…それもネット環境が無ければ、こんなもんか。
「へぇー結構独り身が板に付いてるんだな。」
「それ程でもないがな。
よし、明日の晩餐は期待しててくれ。
都で出てくるような物は出せないが、
オレのこれまでの成果を余すところなく見せてやる。」
「おぅ、明日の夕飯が俄然楽しみになって来たな。」
あんまり楽しみではないがな。って言っても、ハードルが下がってた方が狩人君の為にもいいだろうし、ここは敢えて下げておこう。うん、敢えて下げたのだ。
「……さて良い頃合いだろう。
それでは、この村とゴブリンの事について話そうか。
まだ食事中だが良いか?」
「あぁ、食べながら聴いて気に障らないなら、
いつでもどうぞ。」
「…まずは、この村は開拓村と言ったが、
八年ほど前から開拓が始まった。
オレの家族も同時にここに入植したのだ。
兎に角、遮二無二作業に従事した記憶しかないが、
そんな記憶の中でも潤いはあった。
その当時、オレは成人して間もなかったから、
任されない仕事も多かった。
そんな折に出会ったのが、先程話に出た女なのだが…」
ちょっとまて、俺は交際経験ゼロですから!交際関係に話を流されても困るだけだっつうの!
「あーちょっといいか?
なんか話が脇に逸れているみたいだが?」
「……済まない、少し感傷に浸りかけた。
話を戻すと、
五年程経った頃、
ゴブリンが大量にこの村に攻めてきた。
昼間であれば、
そこまでの被害は無かった筈だった…
しかもその当時は木塀がその場限りのものでな…
外敵を軽視していたわけでは無いが…
その際に、オレは家族を失ってな。
オレ以外にもそういった例は少なくはない。」
「なる程。それでゴブリンを……
今から三年前か…」
「そんな事があってからは、
ゴブリンの駆除を一年置きに実施する決まりになっている。
まだ、最近は行っていないから、近々駆除する事になるだろう。
ちなみに、
オレ達狩人は、ゴブリンの動向を偵察する役目も担っている。」
「ほぉ、それであの矢に繋がるワケか。
大体事情は把握した。
辛い話なのに話してくれて済まなかった。」
「……さて、
この場はお開きでいいかな?
一応この家にも客間ぐらいはあるから、
そこへ案内しよう。」
案内された客間は、八畳ほどの部屋で、ドアとは反対側の壁から三分の一程膝辺りまで高くなっており、そこが寝台のようだ。
「ここで寝てくれ。
明日は起こした方がいいかな?客人よ。」
「……いや、いいよ。
日が昇る前には起きればいいんだろ?」
「ハッハ
まぁ、長旅で疲れているだろうからな。
これで失敬するよ。ではな。」
…俺は、寝台に腰かけ、今日の事に一息つけようと、シスターシャに声を掛ける。
「シスターシゃ――」
ガチャッ――
不意にノックもせずにドアが行き成り開くではないか。これが此方の仕来りなのか?とか、さっきお休みの挨拶をしたばかりじゃないか?とか疑問を覚えるが、そんな事より、入ってきた人物を見て少し吃驚してしまった。
「へぇ あなたが噂のゴブリン…
シスターシャって何のことかしら?
もしかして、故郷に残して来たいい人の事?
ウフフッ
残念ながら私は――――――。
もし良ければ、アタシが慰めてあげようか?」
そう言って彼女は、如何にも傍若無人な態度で、部屋に入り込んできた。
彼女は美女と言っていいほど、顔立ちは整っている。髪は茶髪でセミロング…だが、整えていないし、前髪に至ってはザックリと切り揃えてもいる。服装はローブというか、脱ぎやすそうなワンピースタイプの地味目の茶系統。背は俺より頭一つ分低い。
「シスターシャは、俺の大切な女神の事だ。
…慰めるってどういうことだ?
そもそもお前は何なんだ…
いや、名前では無くこの場合は…」
「そんな事よりも!
慰めるは慰めるよ。
もっと言えば、
アタシを慰み者にしていいって言ってんのよ。」
はぁ?この女は何をフカシこいてやがるんだ?会って間もない以前に、俺の顔を見て言ってんのか?あー そういう事ね…
「悪いが、今は持ち合わせがない。
済まんが、他を当たってくれ。」
「…ハァ。
アンタって、もしかして男の癖して、
しかもその年でオボコなわけ?
けどまぁ、それでも安心していいわよ。
アタシこう見えて経産婦だから。
多少の無理も聴くわよ?
それかなに?
こんないい女が誘ってるっていうのに、
断るのかしら?
そうなると頭可笑しいとしか言えないけどね!
…普通はここまで言われたら、
問答無用でアタシを組み伏せてやっちゃうでしょうに。
あっ まさかの衆道ってことは…」
言うに事欠いて、このアマァ…ちょっと見目がいいからって、調子付いてんじゃねぇのか?
「おい!
流石に俺も謂れのない事を言い募られれば
終いには怒るぞ。」
「はんっ
上等じゃない!
その勢いでアタシを襲ってみなさいよ!
さぁ!
…怖気づいてんじゃねぇよ!」
言い終わらないうちに、彼女は服を脱ぎ、素っ裸になってしまった。
…下着はどうしたのだろう?とか、さっきのは挑発だったか。とか、体型は予想通りスレンダーだな。とか色々、頭の冷静な部分で思考し続けているが、
女体を…その上、産まれたままの姿を間近で見れば、男としての性であろう、上りかけた血が下半身に集まってくるのを感じた。
こんなに積極的な女が居るのか?居たとしても、俺の前に都合よく現れるか?こんな女が地球に居た時に現れていたら俺は…
そういえば、学生時代ストーカー紛いの事をしたが、その時にこんな女が目の前に現れて襲うように誘われていたら、俺は誘惑されていただろう。
そして、その女性に童貞を捧げ…それで…
対して今の状況はどうだ?
据え膳食わぬは男の恥。直ぐ近くに触れられる柔肌があるんだぞ!
「ハハッ
やっぱりアンタも男じゃないか!
アタシの素肌を見て目の色が変わったんじゃない?
ほら!早くアタシを蹂躙して見なさいよ!
このゴブリン風情が!!」
…彼女の言葉を聴いて、頭の芯が冷えるのを感じた。
彼女の瞳もそうだ。焦点が合っていない。彼女の瞳は俺を映していない。
彼女は、何なのだろうか?ただのブス専なのか?いや、ゴブ専?いやいや、ひょっとすると、SやMなだけだったりして。…況んや狂人の類か。
「どうした!
早くしろよ!
寒ぃんだよ!
早く温めてみせろよ!」
あぁ…この状況は完全に茶番染みてる。これだけ叫んでいる割に狩人君が気付かないのは変だ。とすると…
「お前みたいな変態はこっちから願い下げだ!
しかも…」
俺は、行為を断りながらも、部屋のドアに手を掛け開け放った。
「…狩人君。
出歯亀とはいい趣味をしているじゃないか。」
そう、そこには狩人君が立っていたのだ。
「ケント…
勘違いしないで欲しい。
オレはただ…――――――が心配で」
「ちょっと!
何で狩人君を呼んじゃうのよ!
アタシはゴブリンとじゃなきゃやりたくないのよ!
狩人君…アンタ、アタシの邪魔するっての!?」
「な!?オレは…
邪魔なんか…しない。
ただ…――――――が心配だっただけで」
うーんと、つまり、狩人君はこの女――【ゴブ子】でいいや――の事が好きだけど、ゴブ子はゴブリンみたいなキモイ奴としか出来ないブス専だったわけだ。しかも、先程狩人君の話題に出た女もコイツっぽい。
ふむふむ。だが、ここは敢えて言わせてもらおうか。
イケメンざまぁ!!
…おっし。猛りも治まってきた事だし、ここは狩人君を応援する意味でもゴブ子を徹底的に退けよう。
「あー 何でもいいけど、
俺の眼もまともに見れないような奴とはやりたくないんでな。
狩人君も
この人を家に帰してやってくんないかな?」
「何言ってんだよ!
お前の眼ぐらいちゃんと見てやんよ!?
ほら?どうした!来いよ!」
「ケント。済まない。
こいつはオレが招き入れたんだ。
明日の朝にでもまた改めて詫びを入れるから。」
「おい!
何勝手に進めてんだよ!
アタシはまだ満足してねぇぞ!」
「だ・か・ら
テメェみてぇな女はこちとら願い下げだって言ってんだよ。
収まりがつかないんなら、
其れこそ狩人君に慰めてもらえばいいじゃねぇか。」
「……っ!!
駄目。興が冷めた。アタシ帰るわ。」
言葉通り、ゴブ子は部屋から出て行った。
その後を、ゴブ子が脱いだ服を持って狩人君が追って行った様子は、恰も彼の幸の薄さを物語るような光景だった。
ふぅ。何はともあれ、春の嵐は過ぎ去っていった。




