斜陽 1
死というのはやはり、あまり気持ちの良いものではなかった。時間の感覚が引き伸ばされていくように、思考がだんだんと緩慢になっていくのだ。思考が遅くなるのだから時間が遅くなるのを感じられる筈がないだろうと思うかもしれないが、死んでいく自分とは別の、意識とかそういったものを超越した自分がどこかに存在していて、その両方の感覚を認識している、と言えば良いのだろうか。とにかく、何もかもがゆっくりになって、終いには止まってしまった。意識はあるのに時間が止まっていて、パソコンに例えるなら、外部への出力装置が何一つない、という感じだろうか、それが酷く不快だった。
それから少しして──時間の感覚が変わっているのだから実際にどれくらいの時間だったか分からないが──、寒さを感じるようになった。寒い、ということしか考えられなくなり、その後どうなったかは覚えていない。ここで一旦僕の記憶は途絶えている。
気がついたのは学校の教室でだった。時計を見ると、授業は既に終わっていて、大半の生徒が部活動に精を出すか、さもなくば帰宅している時間だ。右後ろの窓から射し込む斜陽が、机に突っ伏していた僕の肩甲骨の辺りを温めていた。
僕の机の隅には花瓶が置かれていた。花はまだ入れたてのようだ。それを見ると、不思議と僕は自分の死を自然に受け入れることができた。
黒板の右側に書いてある日付を見て、僕が今週の週番だったことを理解する。仕事を最後までこなせなかったことを少し申し訳ないと思いつつ腰を上げ、教室を出た。鍵はかかっていなかった。学級長の篠田は何をしているのだろう。
教室を出て左、夕日を背にして歩き出した。死んだ僕が死後、なぜまたこの学校にいるのか分からなかったが、多分死というのはそういうものなのだろう、と勝手に納得した。