初めてのお留守番・1
お久しぶりです。
もし待っていた人いたらごめんね。
これからも不定期だから重ねて言っとく。ごめん
まあ、いたらだけど。
さらに数週間がたっていた。
「ペコペコ~」
クリスにとって既にオルジャ語は第二の母国語と言える程に馴染んでいる。後は語彙が増えれば会話に不自由する事は無いだろう。しかし癖になったのか、相も変わらずこの合図である。
部屋で待機していたメイドが顔を上げる。
「またですか。育ち盛りなのかなぁ。魔術のキメラにもあるのね」
「他のキメラには無いの?」
「魔術のキメラを実際に見たのは貴方が初めてですよ。天然物のキメラは子供で生まれて育つらしいとは噂で聞きましたが」
「天然がいるの?魔術ってあんまりよく思われてないみたいだけど、[剛体]とかの魔法とはどう違うの?」
「確か・・・母親の胎内で赤子の魂ができる時に取り入れるマナによってはキメラになるらしいですよ。それと魔法については、魔法は高貴な方々や英雄たちの持つ力で、魔術はなんかよく分かんないし魔術師は変わり者ばっかりで不気味ってぐらいしか。両方ともお嬢様の方が詳しいですよ。食事もありますし、呼んできますね」
メイド(ミラというらしい)は読みかけの本を机に置いて部屋から出て行った。
ミラから聞いた事によればクリスのようなキメラは気味が悪いというのが世間一般の認識らしい。天然のキメラもいるのでキメラ自体には余り偏見は無いらしいが、魔術が気味悪く思われていてそれに引っ張られて魔術によるキメラのイメージも悪いのだそうだ。
ミラも初めは内心怖がりながらもリーナへの忠誠故にクリスの子守をしていたが、今はクリスの言葉を覚えたばかりの子供にも匹敵する質問攻めにうんざりする気持ちの方が勝っていて警戒心も薄れていた。
(リーナがくるまで暇だな~。絵本も大体読んじゃったし・・・おっミラの本が置きっぱなし)
好奇心に駆られてクッションの山から抜けて歩き出す。
体のバランスや関節の位置などは違うが前世で二足歩行は散々してきたのだ。
まだ体ができていないので身体強化をする必要があったが数回転んだだけでミラの机にたどり着いた。
(意外と手間取ったなぁ。あっ高さが・・・何とか届かないかな)
羽ばたきながら地面を蹴るが、僅かに跳び上がるだけに終わった。
「クリス、ご飯だよ。待った?」
ちょうどリーナが部屋に入って来た。
歩くのに時間がかかったのは確かだが、今日は近くにいたらしい。
リーナはクリスを驚いたような目で見た。
「一人でそこまで歩いたの!?それに飛ぶ練習を始めているのね!」
リーナはクリスに駆け寄り抱き上げた。
「クリスは良い子ね!でも、頑張り屋さんなのは分かったから、一人で練習は止めた方がいいわ、転んだらどうするの?近くに誰かいないと助けられないわ。そうだ、頑張ったし今日は美味しいもの食べようか!」
(練習ってほど真面目じゃなくて本が気になっただけなんだけどなぁ)
「アデリーナ様、流石にそれは過保護です。それに伝えることがあったのでは?」
すぐ後に続いてきたミラが呆れながらそう言った。どうも、ミラは呼びに出てすぐにこちらに来るリーナと会ったようだ。
「転んで怪我したらどうするのよ。でも、そうね、忘れる所だったわ」
緩みきった顔をしたクリスだが、そう前置きすると共に顔を引き締めた。
「クリス、私ね、この砦を少し離れなくちゃいけなくなったの」
「ここって砦だったんだ。でも何で離れるの?お仕事?」
「そうよ、お仕事。ウルって村の近くでオーガの足跡が見つかったの。自警団や賞金稼ぎじゃどうにもならないから村が襲われる前に何とかしてくれって頼まれたの。」
「オーガ?危険なの?」
「そう、危険ね。オーガは大きくて毛むくじゃらでいつもは四本足で時々二本足で立ち上がったりするの。今は食べ物が少ないから普通のオーガはずっと眠るんだけど、この時期起きているオーガはお腹を減らしてて危険なの」
「熊みたい。リーナは危なくないの?もっと大人の人に任せたほうがいいよ」
「くま?クリスの前世にいた生き物?それともあの世で混ざって得た記憶かしら?」
首を傾げたが直ぐに元の話に戻った。
「お父様がこの砦を離れる訳にはいかないし、戦いが得意なバフィト兄様はリンドにいるから時間が掛かるの。それに大丈夫よ、私の隊はオーガ狩りの経験はあるから。でも、しばらく会えなくなるから」
「え、やだ」
甘やかされてすっかり赤ん坊気分になっていたクリスはつい口に出してしまった。
「うう、私もクリスと離れたくないよう・・・」
「アデリーナ様、クリシュティナはまだ小さく冬の屋外の寒さに耐えられるとは思えません。それに、オーガ相手にはこちらも無傷とはいかないでしょう。安全な砦に置いた方が良いのでは?」
「安全とは言えないでしょ。頑固なお父様の事だし、もし一回追い出そうと決めたら強引にでも追い出すわ」
「アランデル侯爵は有能な方です。空を飛べて意思疎通ができる存在の利点を理解しているはずです」
「でも、私には魔術なんかに手を出すなというのよ。使い魔以外にしたって使える魔術はたくさんあるのにわざわざ自分で選択肢を狭めるなんて理解できないわ。その癖、魔術師は抱える。貴族の私達は魔力に恵まれているんだから自分でやればいいのに」
「アデリーナ様はアランデル家を支える柱の一つです。その方が魔術を使うというのは民や兵に要らぬ不安を持たせかねません。侯爵はそれを恐れているのです」
「不安?魔術を使えば生活は楽になるし、死人も減るわ。」
「人は夜を恐れるのは見えなくなるからではなく、それによって何があるかが分からなくなる事を恐れるのです。人々は魔術に何ができて何ができないのか、ひいては魔術師がどのような考えで何をするのかが理解できません。故に恐れられるのです」
「理解できない?じゃあ、魔法はどうなのよ。魔術は理論に従って勉強と訓練で誰でもできるけど、魔法は生まれながらのものよ。魔術についての方がよっぽど分かっていることは多いわ」
「魔法は古い伝統と輝かしい歴史があります。人々はそれで安心できますが、魔術にはそれが無く理論も一般人には知る機会も学ぶ余裕も無いのです。」
熱くなりかけたところでタイミング良くクリスのお腹の虫が鳴いた。
「あら、待たせちゃったわね。食事にしましょうか」
「そうですね。留守の間クリスを誰に預けるかも考えておきませんと」
「そうね。ミラじゃ、地位を前面に押し出されたらまずいもの」
「差し当たっては、リーナ様がお出かけの間はアランデル家お抱えの魔術師の者達に任せるのはいかがでしょう?専門家ということで研究室内ならアランデル侯爵も無体はできませんよ」
「いやよ。あの人たち独り言ブツブツ言うし、それを抜きにしても触媒欲しさにクリスの羽を毟るぐらいは平気でするわ」
「魔術師への評価が偏見とは言い切れない事、ご理解いただけたでしょうか」
「むう・・・」