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神世  作者: 甘風 流
一章 哀しみは世界を記述する
18/20

18 もてあそび

 自宅に戻ったループは自分の家に灯りが付いていない事に、どこかほっとしていた。

 あんな別れ方をしたのだから、予想はついていた。

 もう彼はここには帰ってこない。

今日は確か入団式の日だ。終留は晴れて正式に騎士団員となる。そうすれば給金も与えられるし、自分の住まいも持てる。

終留がこの家に戻ってくる必要はない。

その日ループは珍しくボーと一日を過ごした。入団式に行く必要があるのは上の連中だけだ。ループは別に行かなくていい。ずっと家でぼんやりとしていた。

非生産的で途中で嫌になってきたが、活力が湧かなかったのだ。

結局何もせず夜が来ていた。

一日何もせず暮らしたのはループの記憶になかった。いや何もしていないわけではなかった。心の底ではある一人の人間を待っていた。

帰って来て欲しいなんて、思い始めていた。が、そんな気持ちになりそうだった彼女はすぐに思考を止めて、またボーとした。

「何やってんだろ」

今日は無駄にしたが、また明日から動けばそれでいい。そう思ってループが眠りにふけようとしたとき、インターホンが部屋に鳴り響いた。

びくっとして、駆け足になっている自分にも気付かず、ループは扉まで来た。

「宅配でーす。ループさん宅で宜しいでしょうかー?」

それを聞いてがっくりと項垂れながらも、とりあえず扉を開けた。

そこには当然のごとく宅配の男の人がいて、健やかな笑顔と共に荷物をループに渡し、サインをもらって帰っていった。

ループは自分自身に苛立っていた。どうして自分が終留を待っているのか、それに怒りさえ覚え始めていた。

 これは仕事。早く仕事内容は終留に伝えたいから、と自分に言い聞かせる。

 そうでもしなくては正気を保てそうになかったからだ。

もう夜の訪問者はいないだろう。

そう判断して扉を閉めようとすると、暗闇の中からすっと人影が現れた。

二人であった。

見覚えのある少年の顔とその少年が背負っている少女がループの視界に入った時、胸に一串刺したような感覚がした。

「帰って……来たのね」

「……。まぁ、タダだからな。それに雪野が戻れるのはここだけだ。俺を拒否するっていうなら、せめて雪野だけでも入れてやってくれ」

 見覚えのある少年──終留 生はバツの悪そうな表情を浮かべた。

 その顔は皮肉にも先ほどループが黒白の前で最後に見せた顔と似ていた。その事に当然ループは気付いていなかった。それでも、自分を見失いかけていたループは終留を阻む気にはなれなかった。

 仕事だ、とループは自分に言い聞かせてから、

 「そう。なら入りなさいよ。丁度あなたに仕事を伝えてようと思っていたから」

なるべく冷たく言ったつもりだが、終留は微笑して、家の中に入った。

ついこの前まで住まわせていたとは思えないほどのぎこちなさはあったが、どうにか終留をロビーまで導いて、お茶を出して落ち着いた。

すると終留は雪野を横にさせて、ループの方を見た。

「それで。仕事っていうのは?」

「明日あなたには将官会議に付き添ってもらう」

「会議?」

「ええ。神の付き添いとして出席してもらうわ」

終留は少し驚いた顔を見せたが、そろそろ慣れてきているのか、すぐに返して来た。

「付き添いは俺一人?」

「ええ。他の出席者の付き添いも考慮すると、全体で40人ぐらい来ると思う」

「何をすればいい?」

「別に見ているだけでいいわよ。むしろ何もしない方がいいぐらい。もし何かあるなら明日黒白さんに言われるわ」

「…………」

終留は何か気付いたような素振りを見せたが、押し黙った。

このとき彼はループの口調に変化を見て取っていた。

今までは天国の神が黒白であるという事を彼女は隠していた。それが一転、神=黒白という事をさも当たり前のように使っている。

今までそれを悟られたくなかったけど、知られてしまった以上、悟られたくなかったという考えを隠したい、と推測できた。

そして、ここでこの任務。

終留は一つ頷いてから、

「今日黒白と話した。色々と知ったよ」

「……!」

びくっとループが体を震わせた。

それを見て終留が肩をすくませる。

「別にお前について聞いたわけじゃない。ただ、それを思い出すと、その任務を受けないわけにはいかないと思ってな」

「そう。ならいいのよ。明日は早いから今日は寝たら?」

「ソファの上でな」

そう言って終留は雪野とは逆サイドに頭を向けて、眠る体制に入った。

ループもそれを見て、灯りをけし、自室に引っ込んだ。

 

 

それを見た終留は今日の──騎士団入団式で黒白に詰め寄った時──のやり取りを反芻していた。



『黒白。お前が全部仕込んだんだな!?』

立ち止まった黒白はゆっくりと落ち着いた動作で振り返った。

その瞳には淀みがなく、この世の真理というものを見通しているかのような、まさしく神のごとき目をしていた。

『……、なるほど。そういう論理に辿り着いたか。……うん、まあ君が思う事の大半はボク様の手の平の出来事だった』

『…………!!』

『何を驚いている。そうでなければ、君のような人間がこんな所まで来られる訳がないじゃないか。ボク様が手配しなければ、君のようなひよっ子が騎士団員になれると思ったのか? 天国に来て数年も経っていない人間にそんな芸当ができるわけがない』

『黒白……いや、神。お前の真意はいったいどこにある? そんなヒヨコ程度の人間を手元に置いて何がしたい? 置き物にするというのであれば、こんな役職願い下げだ』

『なるほど。いや違うな。君は観賞用のペットとしては扱いが難しい。放牧するのが丁度いいだろう。怒るなよ。ボク様は神だ。神が一般人間を家畜のように見て、何が悪いという? 仕方ないんだよ。何年も生きて、色々と嫌な事を知ってしまうと、一般群衆が本当にゴミのように見えたたまらない』

『その家畜とやら……飼う事に何の意味がある?』

『……ふぅん? そうだな、いっそ家畜が檻から脱走ぐらいしてくれれば、飼い主としては意外性に富んで面白い展開なんだけれども……。まあ当分の間はボク様に付き従うといい。そうすればどうしてこんな事をボク様がわざわざしたのか、という事も見えてくるはずだ。今からボク様の理論を説明して行動の理由を君に教えても、多分理解される事はないだろう』

『崇高なる神の論理は一般人では到底理解しえない、と? 随分と高貴なるご教授だが、お前だって元は人間、いや今も人間だろう? 神などは存在しえない。神とは人間が完全な依存を欲して作りだした偶像に過ぎない』

『神は存在するさ。全ての理論を掌握し、全てを創造した何かがある。ボク様はその高名なる称を拝命しているだけに過ぎないけどね。何にせよ君にボク様の理論は理解できない。これは動かないだろう』

これ以上話しても水掛け論になると踏んだ所で、最後の質問をする事にした。

『一つだけ……聞いていいか?』

『……ほう?』

『これからの問に本当に答えてくれ』

『質問次第だね』

『ループは……あいつはまだ……』

『──大丈夫だ。それは動かない事だ』

『……黒白』

『言っただろう? 本当にボク様は君達の仲を応援しているんだ』


 

あの時黒白の言った言葉の真意は分からない。

ただ確かなのは俺がこうして騎士団員になれたのは全て奴の狙いの中に含まれていたという事だ。

そしてループの事。

黒白とループの関係についての情報は足りていないが、ただならぬ関係でありそうなのは予測できる。もしもループが黒白に想いを寄せているのであれば、黒白にその事に気付いてもらうしかない。

いや実際黒白だったら気付くだろう。気付いた上で遊んでいる。

気に食わない。

どんな奴であろうと自分が誰かの手の平の上で弄ばれているとされたら、気に食わないだろう。プライドのある奴に限ってそれは一段と強い傾向にある。

俺のような奴がそれだ。

あんな見た目は自分よりも幼げな少年に弄ばれているなど屈辱以外のなにものでもない。

ならばこの会議の話。断ってしまおうか。

そうすれば奴の考えの軌道から外れる事ができるのではないか、と思ったが、やめた。それこそ黒白がそう読んでいると思ってしまうと、卵か鶏かという話になってしまう。

結局考えても同じことか。

黒白は俺よりも精神的に年上。その上読心術を使われては、思考合戦で勝てる気がしない。

だったら明日は行く事にしよう。将官会議というのは聞くからに偉そうな連中の集まりだろうし、きっと得るものは大きい。この世界についてようやく知識も固まり始めた頃合いだが、トップの連中の考え方というのもこの機会に知っておきたい。

そう決意すると、天井に黒白の顔が浮かんできてしまうから、早々に眠りに落ちる事にした。


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