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神世  作者: 甘風 流
一章 哀しみは世界を記述する
17/20

17 夜会話

 一つの夜。

 ループは一人で神邸へと足を運んだ。

 神邸。そこには天国の最高権力者たる《神》が在中する。この世界で最も警備が厳しく、その中に入る事を許される人間は数少ない。

 そんな所に、ループは顔パスですんなり入り、神の部屋の前までやって来た。

 軽くノックして慣れた口調で彼女は言った。

 「黒白殿下、監視対象者の報告にあがりました」

 黒白。それがこの世界の頂点に君臨する少年の名だった。

少年は千年も前にこの世界にやって来て、保有するジュエルも雄に千を超えている。

 圧倒的な実力と絶大なカリスマは神たる所以そのもの。

 そんな威厳ある人物の口調はとても軽いものだった。

 「ループ君かい? いいよ、入って」

 返答があってループも扉を開け、中に入る。そこは黒白の書斎だ。広さはさほどでもないが、積み上げられた書物や並べられた洋酒はこの世界の商人が喉から手が出るほど欲する価値ある代物ばかりだ。

 この部屋だけで町一つが買える。ループはそんな事を思いながら、椅子にもたれる黒白の前を机一つ挟んで立った。

 「では監視対象、終留 生について報告します」

 彼女の仕事は『終留 生の監視並びに不穏な動きを見せた時の迅速な対応』。

試験が終わった彼を迎えに行くように言われたのも命令。彼を任務に連れて行って自宅に招くというのも命令。戸籍登録を一緒に行ったのも命令。全ては黒白の命令だった。 

 嘘をついていたのはループの方だった。

 「本日も特段目立った動きはなし」

 毎週、この瞬間だけはループの胸をちくりとさせるものがあった。けれども、彼女にとって黒白の命令は絶対だった。

 「黒白さん。そろそろお聞きしていいですか?」

 「ん?」

 「どうして終留 生を監視する必要があるのかという事です。奴を監視した所で得られるものはないと思われますが」

 ループにとって終留は仕事の対象でしかない。黒白は監視しろというから家に住まわせる事を許したのだし、黒白がもう必要ないと言ってくれれば雪野と一緒に追い払っていい。

 彼女はすぐにでも過去の因縁を清算したかった。そうすれば、あの迷いからも解き放たれる。

 「嫌なのかい? 結構楽しい仕事だと思うけど?」

 ループには薄々と黒白の狙いが判っていた。彼は単に面白がっているのだ。ループという公私をしっかりと区別する者が、このような仕事を当てられてどう対処するのか。

それを観察したいと思っている。

 やめてほしい、とループは思う。だから、あえて理由を聞いた。

 「冗談はよしてください。やり辛いというのは、黒白さんが一番分かっているはずでは? すぐにでも代役を立ててください。でなければ私が勝手に探します」

 「おいおい。終留君を不自然なく見張れるのは君だけだ。今更代役なんて困る」

 「ではその見張る必要性を言って下さい」

 「そのはっきりした性格、好きだねぇ」

 「はぐらかさないでお願いできますか」

 黒白が苦笑を漏らす。

 「なに。言葉にするとすれば期待という感情かな。終留君には個人的に期待している。神のジュエルを扱うそのポテンシャル。そして人一倍に背負った哀しみは最近の子供の中ではずば抜けていると言っていい。君を除くとね」

 「……。それでどうして見張る必要が?」

 「彼もまた君と同様、神になる素質を有しているという事さ。ボク様の意志を継ぐ、この天国の神としてのね」

 「まさか。終留生にはそれだけの度胸はありません。あいつは私という一人の少女すら救えなかった。無能ですよ」

 「ほら、その言い方。忘れられないんだろ、彼の事が?」

 「っ」

 黒白はループの持ってきた今日の終留の行動表に目をやる。

 「満更でもないんじゃないのかい? 聞けば君も終留君に昔好意を抱いていたとか。終留君の方はまだ君の事が好きみたいだ。君も待ってたんじゃないのか?」

 「あり得ませんよ。彼との関係は消失しました。あったとしてもマイナスの意味合いの方が強いでしょう」

 「ふぅん。面白くないねぇ」

 黒白は納得しない面持ちだったが、質問の内容が一方的だったので、違う角度から攻める事にした。

 「……マイナス、というと、昔終留君に何をされたんだい? フラれっちゃった?」

 「いい加減仕事の話をしませんか」

 「ボク様の方が忙しい。言っている意味、分かるね?」

 忙しい自分がその時間を割いてでも聞きたい内容。それをその人より忙しくない人が遮るのはどうなんだ、と言いたい訳である。

 上官には逆らえない、とループは堪忍した。

 「彼は裏切りました。己身大事に私を捨てました。それだけの話です」

 「それだけなのに、死んでもマイナスの関係が続くって?」

 「今言ったそれだけというのは重大ではないではなく簡単という意味です。彼が私を裏切った。簡単にそういう話です」

 きっぱりとした口調でループがそう言い切った。

 それを見て、黒白がやれやれと呟く。

 「全く。ループ君を論破するのは難しそうだ」

 ループの真意が読めずに苦心する黒白は最後の手を使う事にした。

 「──それで、君は今の仕事を続けたいわけ?」

 「えっ」

 先ほど代役を立てて欲しいと打診したのに、こう訊ねられるとは思っていなかった。

 人は予想外の事態には上手く対応できない。それが特に会話の場合だと、思わず本音が出てしまう事がある。

 一度きりの手ではあるが果たして、

 「それは……それ相応に……」

 返答が鈍いループを黒白がじっと睨む事で、彼女の動揺は加速する。が、それを何とか抑えて平静を保つ事が彼女にはできた。

 「……しょ、しょうもない引っ掛けをしないで下さい。とにかく終留生の監視はこのまま継続という事でいいんですね?」

 「話すり替えちゃって。ま、いいよ。君が本当に辞めたくなればいつでも言ってくれ。ただし、その後に後悔のないようにな」

 卑怯な言い方をする、とループは思った。

 正直、ループの気持ちは半分に割れていた。

もしも、仮にもしもの話だが、ループが自殺せず、現世で終留と再会できていたら。

 その時、彼女は終留を迎い入れる事ができたかもしれない。

 だが、彼女は自殺し、そこで全てが変わった。性格も変わってしまった。昔はもっと人の事を見ていた。それが今や人は単なる物に見え、価値観も非生産的な事をする必要などないという風になっていた。

 「……ループ君も、本当に終留君を想っていた時期があるんだろう」

 黒白は情を混ぜた言い方をするのは、ループの死後からの境遇を知っているからだ。

 彼女が死後天国に来られたなら問題はなかった。

 終留の事も許せたかもしれない。

 事実は違う。彼女は最初から天国に来たわけではない。むしろ招かれざる立場だった。

 天国と地獄。その岐路となる要素はただ一つ。

 ──人を殺した事が、あるのか、ないのか──

 彼女は別段他人を殺した事があるわけではない。彼女が殺したのは彼女自身だ。自殺は自分を殺す事であり、自分は人である。

 故に自殺は人を殺した事と認定され、ループは地獄行きとなってしまった。

 強姦され精神的なダメージを負った彼女が、全ての哀しみから逃れる為に取った最後の手段は、皮肉にも彼女を更につらい地獄へと叩き落とす選択だった。

 彼女を襲った連中は人殺しさえしなければ地獄には落ちない。加えてループを虐めた連中も地獄には落ちないだろう。だが、その苦しみから逃れる為に自殺の道を選んだループは地獄に落ちる。

何が正しくて、何が正しくないのか、もう彼女には解らない。

ただ自分がこのような目に会う事は間違っている、もしくはこの世界は理不尽である。これは確信が持てた。故に彼女は世界の方が間違っているという結論に至った。

仕方のない事だった。

 地獄での日々は彼女の精神を蝕んだ。気が狂いそうな毎日だった。その中でも自分を見失わずにいる為には、強い自分が必要だった。

 地獄という苦痛の中、まるで釈迦の吊るした蜘蛛の糸のごとく、ループに救いの手が差し込んだ。それが黒白だったのだ。

 黒白がループを地獄から救い出してくれた。そこから黒白はループにとって最も信頼する相手となった。

 「……過去は、過去。今は、今です」

 途切れ途切れに漏れ出た言葉は、半分本音で半分言い訳。それを黒白も彼女自身も判っていた。

 「これ以上、過去を抉らないで下さい。黒白さんには、今の私を見て欲しいんです」

 「……今の、ね」

 黒白は含みのある呟きをした。それがループを少しばかり恐怖させる。

 「んー、じゃあ仕事を君に依頼しようかな。終留君に次の将官会議にボク様の秘書として出席させる事を伝えてくれ」

 「しょっ……」

 将官会議とは文字通り天国のトップ集団でのみ行われる会議だ。そこにはそれぞれの将官の秘書一人を含めて20人ほどしか参加できない。現世でいえばG20のようなもので、そんな所に天国来たての終留が行くなどとんでもない。

 さらにこの時期に行われる将官会議。ループに見当がついていた。

 バリュセナ奪還作戦。

 バリュセナは天国に存在する都市の中で最も彼方の地に近い都市だ。そこは対地獄の最前線であるが、地獄との開幕戦で早々と奪われてしまった場所だ。だが、戦況が天国側に傾くにつれてバリュセナ奪還は現実味を帯びて来た。奪還に成功すれば天国の世界から地獄の軍勢を追い払う事も夢ではない。

 その作戦を成功する為にも今度の将官会議は非常に重要である。

 よもや見学者などがいて良い場ではない。

 「流石にそれは!」

 ループはそれらの論理を組み立て、神に対しすぐさま提言を施した。だが、黒白の目に迷いは既に消えていた。

「彼も本日付で聖騎士団の一員だ。ボク様の付き添いとしての権利は持つ。それともボク様の命令が聞けないのか?」

 「ぐっ」

 ループの背中に電撃のような痛みが走った。彼女は今黒白に刻印を付けられていて、いつでも黒白は彼女に大小の痛みを施す事ができる。これを黒白が使う時は有無を言わさぬ時である。

 これ以上口ごたえするならば、容赦はしないという言外の意志がそこにはあった。

 「了解、しました……」

 彼女はなぜ自分がこのような状況なのか分からず、半ば錯乱の内にその部屋から出ていった。

 自分が本当に大切なものは何なのか。それが分からないでいた。

 明日は日曜。騎士団の入団式がある日であった。


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