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神世  作者: 甘風 流
一章 哀しみは世界を記述する
14/20

14 卑怯でもいい

 あくる朝は天気にも恵まれ、絶好の戸籍登録日和(?)となった。

 政府というは俺がこの世界にきて最初に行った建物の事だろう。あまりいい思い出はない。聞く所によると俺はまだ自分の登録の方も済んでいないらしいので、今日に合わせて行えるので都合がいい。

 ところで政府の建物というと語感がイマイチである。市民議会の議会場の方を国会議事堂と呼称するらしく、政府の方をどう呼ぶかは知らない。

 「なあループ。今から行く建物を天国人はどう呼んでるんだー?」

 例のごとく歩くフォーメーションは俺と雪野が一緒で、ループが前を行く形だ。肝心の目的地の場所が俺にはまだよく分かっていないからである。

「あーん? 知らないわよー」

 知らんのかい。まあ確かに付けづらい気もするが……。

「政府官邸? 領事館……は全然違うし……、役所というとちっこい話になるし……」

 「──都庁」

 と、ここは雪野がピシャリ。

 「ですかね?」

 それだ! と言いたかったが、ここオーブールを都とするのはありなんだろうか。いや首都だからありなんだろう。 

 「バカな事言ってないで、ほら、そろそろ着くわよ」

 家を出てものの十分だというのに、その都庁が見えてきた。ループめ、コヤツ中々良い立地の好物件に住んでおる。

 治安というものはオーブールの中心の方が良く、外壁に近付けば近付く程悪くなっている。雪野を安全地帯に匿うという意味でも、ループの家を選択したのは正しい判断だったんだろう。

 さて、その都庁は間近で見ると、その巨大さもさることながら、なんとも歴史的建造物としての価値もありそうな建物だ。

 俺達のいるのは丁度死者が来る側とは反対で、俺もこの方向から拝むのは初めてである。パルテノン神殿を彷彿させる白亜の柱が林立する玄関から、歩を進めると道が左右めいっぱいに広がり、中央に紅の絨毯が敷かれている。

 さすがはこの国の中心なだけあって、豪奢な造りになっている。

 「こんな所でビビってたら、神に謁見なんてできないわよ?」

 などとループが近付いて囁く。

 「いや、別にビビってないし。あれだから。田舎者が都会来て天井見るのと同じ原理だから」

 「それ圧倒されてるってコトでしょ」

 「表現の問題だな」

 「ふふ」

 何気ない俺とループの会話に雪野が微笑を挟む。こんな風にずっと暮らせられれば、それは幸せと呼べるものなんじゃないだろうか。

本当の意味での幸福とは実は定義し辛いもので、その人達が自分では幸福だと思っても、実は幸福ではないという事はある。例えば宝くじを当てて一家円満、充実の暮らしをしていたとしても、実はそれはマトリックスのように仮想世界の話で、現実では何もできていないとする。この場合、夢を見ている最中は幸せかもしれないが、覚めた時にその幸せを倍以上に返したような絶望が降りかかってくる。

 となれば実は自分達が幸せだと感じているだけでは幸せだとは言えないのではないか。だから幸せだと思われたい人達が生まれ始めてきて、みんな生きる意味というのを見失ってしまうのかもしれない。

 哲学染みた話だが、俺にとって何を幸福とするのかはとても難しい課題だった。

 「……どうしたんですか?」

 不意に下から雪野の顔が覗き込んでくる。

 「……何でもないよ。いや何でもない事はないんだけれども、まあ、ちょっと考え事をしていただけだから、何でもない」

 「そうですか」

 雪野はいい子だ。俺が深入りして欲しくないと思う時は、しっかり自分の身を引いてくれる。記憶喪失という事なのでこの子の本当の年齢は判らないが、きっと幼い頃から礼儀正しく育てられて来たのだろう。

 そのまま歩いて戸籍窓口まで着くと、先にループが窓口に話を通した。雪野は本当の名前を思い出せなかったので、戸籍を調べる事が出来なかった。そこで雪野という名前で仮登録し、その保護者に俺の名が刻まれた。

 全ての手続きは小一時間程度済んだので、俺が切り出した。

 「昨日言った件、忘れてないだろうな?」

 「ああ、観光のコト? それならもう終わったでしょう。都庁は観光名所にも選ばれてるんだから」

 「ず、ずりー。な、雪野も観光したいよな?」

 「私は家に戻ってループさんと終留さんとでお茶をしたいです」

 あら清楚。

 はにかんでそう言われては、俺も応じるより他にない。

 個人的にはループと観光して好感度アップを狙いたかったが、口実となる雪野がそう言ってしまうと帰るしかないのだ。

 仕方なく俺達三人は踵を返して都庁を後にする事にした。

 流石にループは観光とさせる為に、来た道とはちょっと違うルートで帰り、パルテノン神殿っぽい所まで来た所で事は起こった。

 「貴様ァ! どうしてループ殿と一緒にいる!?」

 驚きと怒りが半々に混じった声が辺りに響いた。

 「研修生は一か月間ずっと訓練を行わなければならんだろうが!」

 こんなヒステリックな怒号をあげる人物など一人しか知らない。

 叫んだのはマルコだった。

 おそらくループの事を好いているであろう人物で、オーバーな誘いや反応を見せる事で俺の中では有名である。

 「マルコさん……でしたっけ? 仕事ですよ。公私混同はしない主義なんですから、勘違いされてもらっては……」

 困りますよ、という言葉は控えた。既にマルコの額には血管が浮き出ていて爆発寸前だからだ。それと俺は公私混同するタイプである。一応。

 「キ、キサマァ。聞いたぞ。騎士団の元研修生、我らの同志の首を刎ねたのだろう!? その悪行につけても許せる道理はない!! 今ここで成敗してくれる!!」

 意外と情報通なマルコさんである。

 辺りの通行人も何か起こったのかと足を止め、すぐに少しの人だかりができた。野次馬っていうのはどこの世界にいるものだ。

 その人だかりを聞きつけたのか、俺の師であるジャンガー大佐が駆け寄って来た。

 「終留殿! ここにおったのか。昨日、今日と来ないから心配しておったぞ。

 「ジャンガーさん、申し訳ございません。仮任務で少しトラブルがあって……」

「うむ。それはこちらも知っておるから安心せい。──ん、奴は走錨のマルコか?」

 ジャンガーの視線の先にはマルコがいる。

 「知ってるんですか?」

 「最近頭角を現してきておる奴じゃが、もしやあ奴に決闘を申し込まれたのか?」

 「……成敗してくれるとは言われましたが」

 「でかした。あ奴じゃよ。儂がマークしていた奴は」

 マーク、という事はアイツが俺のカモに当たる相手という事だ。決闘を仕掛ける場合だと警戒されるのは仕方がないと踏んでいただけに、この好機にはありがたいものがある。

 ジャンガーが短く首肯して、俺の耳元に口を近付けた。

 そこで話されたマルコ対策について、ここで語るは興が醒めるものだから、敢えて言わないでおく事としよう。

 

 「ふん。ジャンガー殿に知恵を仕込まれたようだが、そんな付け焼刃が通用すると思うなよ小童ぁ」

 はいはい。

 「マルコさん。成敗、という事は決闘をするという事でよろしいんですか?」

 剣10本ほどの間合いを開けて、俺とマルコは視線を交わした。周りには既に見物客が出てきて、決闘を見届けようと俺達を囲むように立っている。雪野はループと一緒にその囲みの最前列に、ジャンガーはその中へと消えて行った。

 「決闘? ──そうか、そういう事か。俺に勝って正式に騎士団に忍び込もうという腹だな!? そうはさせんぞ!! ここで首の骨でも折って再起不能にしてやる」

 マルコはまるで俺は潜入スパイの悪役で、自分はその悪役を倒す正義の味方とでもいう風に酔いしれている。正直ここまで来たら怒りも湧いてこず、ただ呆れ溜め息が出るだけだ。よくもまあ、といった感じである。

 「決闘には立会人が必要です。ここは私が勤めさせて頂きます。──いいわね、ルウ?」

 これ以上酔狂な言動を取られると騎士団の沽券にも関わるのか、ループが話を切り上げるように前に出た。なるほど、立会人がいなければ勝った証明にはならないから、有難い申し出である。

 首肯で応じる。マルコもそれは判っているようで、特に反論せず頷く。

 「これより騎士団所属マルコ中尉と騎士団研修生終留生による決闘を執り行います。審判及び立会人は騎士団中佐私ループが務めさせて頂きます。まず初めにこの決闘はオーブール憲法第18条に基づく正当なものであることを認めます。そしてこの結果に対して法律の定める所により、各人それぞれ恩賞を与えるものとします」

 形式めいた口調でさらさらと言う。まるで用意していた言葉のようである。事前にある程度こういう時の為の練習とかあるのだろうか。

 「禁止事項は特になし。相手の戦闘継続不能か敗北を認める宣言で、勝負が決定します。両名、異存はありますか!?」

 両者ともに無言で肯定の意を示す。

 「それではこれより決闘を始めます。開始の合図はコインを上げて、それが地面に触れる瞬間とします。その前にジュエルを発動したり、その場から動いたりする事は反則と見なします。それでは双方を構えなさい!!」

 思っていた以上に始まるのが早い。

中学の頃の水泳の試合を思い出す。自分のレースが始まる前に集合場所に集まって、じっと待つ。その間、心臓の音は少しずつ高鳴っていく。ようやく次に自分のレースだという時は、飛び込み台の前まで来て、バケツの水を被りながら前の人のレースを見るのだ。

 じきに笛が鳴り、飛び込み台の上に立つ。あの時の緊張感は生徒会の演説よりも凄まじいものだった。用意、と言われて構えて、次のスタートの合図と共に飛び立つ。水に入った瞬間にその緊張感は全て溶け込んでいって、あれ程気持ちの良いものはないと思った。

 今、そんな感覚に似ている。

 正直、決闘と言われる前は緊張などするのかと思っていたが、いざ本番となると人間そうもいかないものだ。だが緊張という感情はよいものだ。恐怖の感情が渦巻くなんかよりよっぽど安心できる。

 すっ、と剣を抜いた。先ほど木剣では話にならないとジャンガーから実剣を与えられている。戌の刻の太陽に照らされた剣が眩い光沢を放つ。俺は片方の足を後ろにして、大きく飛び出す構えを取った。

 マルコはそれを見て、不敵な笑いと共に仁王立ちした。余裕を見せているのだろう。

 一つ目を閉じると、耳から雑多な野次が入ってくる。

「いくらなんでもマルコは実戦経験者だぞ」「注目すべきはどこまで持つかだろうな」

 「そうだな。ここである程度経験を積んで……そこからだろうな」「頑張れよ新人」

 大半の連中は俺が負けると踏んでいる。その中には当然マルコも含まれている。

 余裕が油断に変わる隙は必ずある。

教えてやるぜ、マルコ。情報戦というものをな。

 「──それでは開始します」

 どくっ、と心臓が跳ね上がった。手が震えて剣先が揺れる。

 ループは懐から硬貨を取り出し、親指の爪の上に乗せた。

ぐっ、と力が込められ、ピィンと音を立てて硬貨は宙を舞う。

 ぐるぐるとコインは上昇していき、静止した所でコインを追うのを止めた。足に力を込める。

 くるくるとコインは落下していき、地面に当たったその刹那、

 「うぉおおおおおお!!」

 腹の底から雄叫びを上げた。

 と少し遅れて地面を蹴る。

 マルコの口に勝利を確信した笑みが浮かんだ。

 「バカが!!」

 マルコは開始前の位置から一歩も微動だにせず、直立のまま杖を振るった。突如、マルコの周りに球形の薄い膜が張られる。────結界だ。一定時間、相手の攻撃を跳ね返す事ができるという、あらゆる結界の中でも上位に存在する高度な技だ。そこに俺のような素人が突っ込んで無様に自業自得で負ければ、さぞ気持ちよかっただろう。残念ながら、お前がその使い手で、初心者に対してほぼ100%その手法で勝利して来ているのは織り込み済みだ。

 視線こそマルコにあった俺だが。飛び出した先は奴の左側だ。当然奴の結界の影響などあるはずもない。

 「なにっ!?」

 てっきり先手必勝で俺が攻めて来たと思っていたマルコの表情には驚愕の二文字が貼りついていた。

 マルコの存在などまるで無視して、奴の後ろに回り込む。

 これがあの型の結界の弱点で、発動中はそれを解かない限り動く事ができない。ところがその発動のon,offを素早くスイッチするにはかなりの修練が必要で、マルコはそんな事など到底できない。精々3分ほど持たせるのがやっとで、瞬時の切り替えなど練習しようとも思ってもいないはずだ。

 それでもって更に短所を挙げるならばそれは結界を解いた時だ。大抵の使い手はある程度敵を反射させたら、10秒程かけてその結界を解く。その時、当然術者は疲れ切っている。そもそも3分持たせるのがしんどい技だから無理もない。

 そこに大きな隙が出るわけだ。

 更に今奴の後ろを取った。奴が結界を解いた瞬間を狙って、全力の一撃を叩き込む。

今、勝利までの道筋が見えた。

 「き、きさまァァ!!」

 悔しみと怒りを込めたマルコの唸りが虚しく響く。

ただここでマルコが勝つ方法もあった。最初から過程に拘らず自身の実戦経験で正面対決すれば俺は負けていただろう。しかしそれではマルコの俺への怒りを満足させる事はない。勝って当たり前の勝負で勝って当たり前の戦い方を選択する事は、自分が格上であると思えば思うほどできなくなる。一般市民やループの目がある。

自分は華麗に勝たなくてはいけない。指一本たりとも触れずに完封勝ちをする事ができる。いやしなければならない。──そんな矜持が奴にこの作戦を取らせた発端だろう。

他にも俺の狙いに気付いた時点で結界を解く動作に入って置けば良かった。そうした所で結局解いた時のダメージは避けられないが、まだ立て直せる精力が残っていたかもしれない。それを俺への憎悪で忘れて、あまつさえ負けたくないという感情が強まり、無駄な時間稼ぎに入ってしまっている。

時間を稼げば稼ぐほど、消耗して不利になる事さえコイツの思考にはないのだ。

都合がいい。後は勝利を盤石にする為に気を緩めない事と、出来る限りコイツに結界を貼り続けるように感情をコントロールするだけだ。

「卑怯だぞ! 正々堂々と勝負せんかああ!!」

「早く結界を解いて負けを認めればいいんです。もうあなたの負けは決定なんですから」

「なっ、なあああにぃぃぃい!? ふ、ふざけるな!! どこが負けている!? お前は俺に何も出来んではないか!! この臆病者が!!」

殻に閉じこもるのは臆病ではないのかな、などと言ってみたかったが挑発して奴に結界を解かしかねない。ここは我慢の時である。それに奴の焦り方から、事前の情報は正しい事が証明されている。大丈夫だ、奴は即座に結界を解く事などできない。このまま消耗していくのをただ待てばいい。

「どうせそんな結界長くは持たないんでしょう? 早く認めて下さいよ」

「……馬鹿が!! 俺クラスになればお前の知識など役には立たんわ!! いいから、かかって来い!!」

腹がよじれそうだった。

「キサマッ!! 何がおかしい!?」

「いやなに。かかって来て欲しいんですか?」

「……!! ぐ、ぬぬぬ……、誇りのない奴め!! 決闘で自ら切り込まんとはいったいどのような領分だ!! 恥を知れ!!」

言い返す言葉は有り余っているがここは辛抱しなければならない。徐々にマルコの額に汗が滲んできて、無理をしているというのが傍目から見てもよく判る。

もうそろそろだった。

開始から一度として剣の交わる音がせず、二分弱が経過していた。マルコは既に喋る事を放棄して、ひたすら結界の維持に集中し始めていた。

正直ここまで上手く事が運ぶとは思いもしなかった。ジャンガーから最初に聞かされた時は半信半疑で、実践するかどうかは大いに躊躇われた。だがジャンガーへの信頼がその不安に勝った。結果は良好、後は最後の詰めを誤らない、その一転に限る。

3分が経過したと野次馬の誰かが言った。──さぁ、ここからだ。

じっとマルコの動きを見定め、不穏な動きをしないか監視し続ける。その時、ざわっと人混みが湧いた。次いで湧き上がる歓声。

「げ、元帥閣下!!」

聞き覚えのないジャンガーの震えた声だった。声の方を見ると、そこにいるのは身長2mを越える長身の男だった。背中に巨大な長刀を二本背負う姿には圧巻としてしまう。

「デュミオン元帥、今し方、研修生の最終試験中でして……」

あの強面のジャンガーが腰を折って対応している事にも驚きだが、更にぎょっとするのは元帥の目力だ。真っ直ぐと俺の方を見ていて、少しでも逸らすと叩き割られそうなおそろしさがある。

「ジャンガー。あれが噂の少年と?」

「はっ。そうでございます」

「……舐めすぎだ」

一瞬何を言っているのか、と思った時には既に遅かった。

「ウォオオ!!」

狼のごとく吠えたのはマルコだった。俺がデュミオン元帥に気を取られている間に、結界を解いて、精力を振り絞って攻撃に来る!

防御遅れてその蹴りの一撃をモロに食らう。結界で体力消耗していたとはいえ、実践経験者の決死の一撃は俺の心身に響いた。

気を抜いていたわけじゃなかったが、どうしてか元帥の方に気を取られた。今の出来事は自分でも解らない。誰かが視線を誘導したとしか、いやそんな事を考えられる暇はない。

マルコは息を吐きながらも鬼の形相で杖を振るった。今度は軽い保護膜だが、こういう所は手馴れていると言わざるを得ない。このまま時間を稼がれて体力回復されてしまえば、勝利はない。

「くぉっ!」

策はなかったが、とにかく突っ込んだ。この一か月で磨いた剣の腕を存分に出し切る。

ようやく決闘らしく剣と杖が交わる音が辺りに散らばった。

マルコの受け捌きは流石の一言で、こちらの攻撃は一つとして届かない。その間にも天国の環境効果でマルコは体力を回復していく。

手数が足りなかった。マルコは全神経を防御に使っているから、剣一つでは破れる訳がない。焦る気持ちが一つの感情を生む。

──ジュエルか?

使うのは危険だ。だがここで負ければおそらくもう二度とチャンスはない。

世の中、ハイリスクの上にハイリターンがある。自分の身を危険に晒す事でしか自分の身を強くする方法がないのと同じように。

俺は今岐路に立っている。

右に行けばのんびりと天国生活を送る。もしかしたらループは雪野の新しい保護者が見つかるまで泊めてくれるかもしれない。その間に天国の状況が改善して、彼方の地まで行って生まれ変わる。幸福な人生だ。

左の道は険しい道だ。しかも行った所で何を得るかさえ分かっていない。もしかしたら、俺の本当に欲しいものがそこにあるかもしれない。だがないかもしれない。博打のような道だ。危険である。

統計的に鑑みれば誰もが右の道だ。100回も人生があるなら何回かは左に行ってみるのも面白いが、俺の人生は限られている。いざこの身がどうなるかとなってしまえば、博打などしてはいられない。それは自分の体を賭けてギャンブルをする事が如何に怖いかを想像すれば解る。

雪野。ループ。今は彼女達がいる。ジャンガー、黒白。彼らの期待がある。

そして何よりも、俺は自分を持っている。俺という意志を持っている。

────人生なんてギャンブルのようなものだろう?

「ジュエル────起動」

体の中にあるジュエルに呼びかけた。力を貸せ、と。

瞬間、ぞくっと得体の知れない何かが体の底から湧き上がって来て、脳髄が焼かれたような痛みが迸る。

それを忍耐で我慢し、俺はマルコに向けて右手を出した。

その時、何が起こったか、まだよく分からなかった。ただ数メートル先のマルコが手の平にあるようで、それを押さえつけていられるような不思議な触覚だった。

「ぐっ、がっ!」

マルコは金縛りにあったようにそこから動けないでいる。

感情が乗っ取られそうな吐き気がしたが、無理くり体を動かして、剣を水平に構える。狙うは奴の心臓一直線だ。

「はぁッ!」

鋭さもない甘い突きだったが、動けないマルコは守る事も出来ず、その左胸を鉄の刃が保護膜ごと貫いた。

そこでマルコが力尽き、倒れたのを見送った後、俺も体に任せて地面に倒れこんだ。目の前が真っ暗になっていく。

そのまま俺は意識を失った。


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