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神世  作者: 甘風 流
一章 哀しみは世界を記述する
13/20

13 遠回し

 現世で人間の所有権などと考え始めるととんでもない話に発展する。親権だとか考え始めると、資産だとか第何親等だとか、もう面倒のオンパレードである。だが天国ではそこら辺が寛容なのか適当なのか、今背中に付いてくる少女の保護者は俺となっている。

 これは現世でいう所の国会にあたる市民議会という立法機関がつくった天国法と呼ばれる法律に由来する、のだとか。

 ちなみに今の天国では厳格な三権分立が取られているらしく、それぞれ『市民議会』『査問委員会』『神』の三つの権力に分かれている。

 市民議会とは先述の通り、国会に当たる機関で3年に一度大題的な選挙が行われ、市民の代表が議員となって立法に携わる。

査問委員会というのはこの世界の司法をつかさどる機関でその実態は謎に包まれている。どのようにして委員会に入るのかは俺のようなぺーぺーでは不明だ。ただ悪事を働いた者を秘密裏に捕らえて裁く事を目的とした機関である。委員会は騎士団以外に独自に戦闘組織が編成されており、そちらも実態は未知のものである。なんとも怪しいが、天国の治安を守っている団体というのは確からしい。

神と言うのは言わばアメリカの大統領ポジションである。こちらはなる方法などもはや想像もつかない。神は騎士団の統帥権を持ち、査問委員会の裁判や議会の法案にも干渉できる権限を持つ。その意味でハイパー大統領的な存在だと言える。

 騎士団は神が統括している形だが、議会や委員会の依頼を市民の依頼よりも優先的に受諾する事でバランスを保っている。軍事国家は廃退の一途を辿って来たという人類の歴史を教訓としているのだろう。

 このように天国は三つの勢力が互いを監視しつつ均衡を保っている、というのだ。どの世界であろうと権力の扱いには苦労しているのだろう。

 で、その市民議会が作ったとされる天国法にはこう書かれているらしい。保護が必要な自立できない少女は、その少女が望む所であれば誰でも保護者となれる、と。またその少女がその判断も出来ない状態であれば騎士団が保護する事になる。

今回の事例は少女が記憶喪失ではあるが、ある程度の判断が付いているので、前者の方を採用した。騎士団が保護する場合になったとしても、俺が正式に騎士団員に選ばれれば問題はないわけで、天国に来てそうそうお荷物を背負ってしまった事になる。

 子供の事などまるで知らない。面倒など見れるわけがない。他人の面倒を見る以前に自分が面倒を見て欲しいぐらいなんですから。

 だが、

 「あの、すみません……」

 こう言いながら服の裾を握ってくっつかれるのも満更でもない。この子があんまり可愛くなければ難癖付けて騎士団に預けるのが得策だったが、正直結構可愛い。これはお手元に置いても、まあ問題はないかな?

 「大丈夫だよ。君には借りがあるんだから」

 ──それに、この子への感謝は正真だ。

良心こそ人間の支えだ。良心があって初めて人間は自分の行動に確信を持てる。

 この子に何か形あるもので感謝を表したいと思う程度には、俺もまだ人間であった。

 

 ループ宅に三週間ぶりに帰還すると、ホストであるループは足早に奥の方に引っ込んでいった。簡単に家に入れてくれるあたり、命令に従順なのか俺を許してくれたのか判らない。ここは好意的に受け取って置こうと、とりあえず同行してきた少女をソファに落ち着かせた。

 するとループも騎士団員の制服を脱いで簡素な服で出て来た。今日の業務は終了したみたいだが、ここには俺という異性もいる事を忘れないでほしい。

 「ひとまず、言っておく」

 とループは切り出した。

 「その子の保護者なんてものは事実上永久に見つからないわ。記憶喪失の厄介児を引き取るのは、召使要員募集の富豪か強制労働待遇の工場だけ。そんな面倒見の良い人なんてここにはないのよ。孤児院なんて必要ないでしょ? 生まれ変わればいいんだから」

 確かにこの天国で身寄りのない子供を引き取る施設なんてあまりないだろう。ここはあくまで過去を清算し、来世へと向かう為の中継地点であって、楽園の世界ではないのだ。

 ほとんど過去を持たない子供を育てる事に意義はない。すぐにでも彼方の地へ飛ばして生まれ変わらせるのが手っ取り早い処理なのだろう。

 けど、

 「それはこの子の意志だろう。せめて記憶が戻るまでは面倒を見るべきだ」

 そう。今この子は記憶を失っているのだ。もしかすると、この子はずっと天国にいて、天国でいた年数の方が長いかもしれない。となるとこの子の本当の意志が復活するまで、生まれ変わらせるべきではないのだ。

今は忘れていたとしても、実は天国にいなければならない理由があるかもしれないからだ。

 「そうね。騎士団もその辺りを情緒酌量して今回の措置を取ったわ。問題はその子の記憶がいつ戻るのか、という事でしょう?」

 二人で雪色髪の少女を見る。ぼんやりと俺達の会話を聞いて、その眼には力が籠っていない。自力で記憶が再生するのは難しいように思えた。

 暗いムードになってきた。

 ループの言葉には何年も面倒なんて見れないのよ、という意味が含んでいるからだ。見込みがなければ、彼方の地送りという措置も考えられてしまう。

 話を変えよう。

 「うーん。それは追々試行錯誤していくしかないな。それよりいつまでもこの子というんじゃやり辛い。名前でも付けないか?」

 「……名前? そういえばそれも覚えていないんだっけ? 適当に番号で呼んだら?」

 これだから。やれやれ。

 番号で呼ぶっていうのは「8番、ご飯食べようか」ってな感じ? モルモットじゃないんだぞ。

 「ループ。いくらなんでも可哀想だろ。ここはもっと穏当に……第一印象で雪……色……雪でどう?」

 「なんでもいいから」

 まるで興味なさそう。

 「……。じゃあ雪を使って……うーん、雪だけだと二番煎じ感が否めん」

 「ホント早く決めて」

 と言われると悩んでしまうのが人間のさがである。ここは本人にアンケートするという奥の手を使おう。

 横に座る少女に俺は訊ねた。

 「どんな名前がいい?」

 すると少し戸惑いを見せながらも、

 「私が……決めていいんですか?」

 「もちろん」

 「どんな名前でも?」

 「もちろん」

 う~んと唸る姿が可愛い。このままだらだらやりたかったが、ループの即決を促す鋭い眼光が胸に刺さったので、前々から決めていたものを出すことにした。

 「雪野、でどう?」

 決めた理由なんて特にない。挙げるとすればこの子の第一印象がこの雪色の長髪だという事だ。そこから雪のような髪……雪野でいんじゃね、となったわけである。

 俺の中では雪野確定だったが、当の本人が右手を顎に当てうんうん呟くと、

 「それでいいです!」

 と満面の笑みと共に言ってくれた。

 これにて一件落着。

 「よーし、これから君は雪野だ。よろしくな、雪野」

 「はい。えーと……」

 「終留、でいいよ」

 名前まだ覚えてもらってなかったかー。

 「はい。よろしくお願いします。終留さん、と……ループさん?」

 はぁ、ループは一つ溜息をついて「よろしく」と軽く返す。ループは自分の鞄から書類をまたどっさりと取り出して、俺に手渡してくる。

 「それ。全部読んで理解しろ、と言いたい所だけど、要所だけでいい。別に雪野ちゃんの保護状況に厄介ごとを持ち込んでくる奴なんていないと思うけど、あなたが今持っている雪野ちゃんに対する権利ぐらいは把握して置いた方がいい」

 すっかり雪野が定着して何よりです。ここら辺の順応性の高さはコイツの強みでもあるな。

 「了解」

 「じゃあ二人で目を通しておきなさい。私は晩餐の準備をするから」

 「夕食の事ナチュラルに晩餐というやつ初めて見たわ」

 こんな冗談が言えるぐらいには俺と彼女の溝も埋まっていったのかもしれなかった。

 

 

 驚いた事にループは本当に夕食まで作り、俺と雪野に同席させた。妙な所が律儀なのか、それとも心情に変化が訪れたのか、これだけでは量れない。とはいえ並んだ料理は洋風の肉・魚料理とスープまで並んだのだから、おもてなし用の品目ではある。

 こんな食料どこから手に入れられるのだろうか。

 「なあ、これって原産地どこ?」

 「天国に来るのは人間だけ。食べられた魚や肉がここで復活する事はない。だからこの食材は創造主からの施しかしら」

 「……?」

 「要するに解明されていないという事よ。ただ野菜なんかは栽培できるみたいだけど、魚を養殖するとかは無理みたい。別に普通に美味しいわよ」

 うーん、深く考えるのはよした方がいいという事だろう。

 俺と雪野が横に並んで着席すると、ループが静かにフォークとナイフを動かし始めた。彼女なりの接遇なのだろうか。

 頂きますを言わないあたりの無愛想な所も傍から見れば可愛いものである。俺と雪野は手の平を合わせて小さくいただきますといって、フォークを取った。

 ミディアムウェルダンのステーキを一口。肉汁と申し分のない歯応え。普通に旨い。特にこのコンソメスープが俺の舌に合う。

料理もうまくなってるなー。

「明日は……休日ね」

 唐突にループが呟いた。

作法なんてお構いなしでむしゃむしゃパンを頬張っていたが、一瞬意味が判らず、パンが右手から皿の上に落ちる。

 そこから不自然な間が生まれて、雪野も何事もなかったかのようにバスケットからパンをもう一つ取った。俺も落としたパンを拾って口に放り込む。

 「休日は……暇でしょう?」

 これがループ以外の女性から言われたら、『ああ、そういうコトね?』とすぐに合点がいっただろうが、彼女が言うと何かの呪文に聞こえる。

 何を返せばよいのか分からず、俺はスープを一口すする。

 「暇なら、その子の為にどこか遠出しても……構わないんだけど」

 そこでようやく納得。

 「あ……ああ! そういう事な。そうだな、雪野の記憶が戻る手掛かりもあるし……」

 嘘である。手掛かりなんて口実だ。これはチャンス到来だ。ループがこちらにアピって来ているのだ。間違いない。となれば二つ返事で行きたい所だが、ここはきっちり溜めるべき時だ。

 にやり。

 「ああ、でも明日はジャンガーとの修業があるからな。今日ホントは行く筈だったんだけど、行けなかったから明日には行かないと……。もう日数も残り少ないし……」

 「終留さん、日数が少ないってどういう事ですか?」

 「ん。ああ、俺はまだ正式に騎士団の一員じゃなくて、正式になるには今の騎士団員と決闘して勝たなくちゃいけないんだ。その期限が後数日なんだ」

 「……正式じゃないのにあれだけ剣を使うのが上手いんですか?」

 「……そ、そうだっけ?」

 うーむ。思い出したくもないが、あの時の記憶だけはどうも思い出せない。頭の中に靄のようなものが掛かっていて、その情景だけが鮮明に浮かんでこないのだ。思い出せるのは血に塗れた両手と首なしの胴体。それをやったのが俺だという認識はあるが、相手を斬った時の自分の状態は分からない。

 「ルウ。その事について後で少し話があるわ。とりあえず雪野ちゃんはもう寝なさい。今日は疲れたでしょう?」

 「はい」「……k」

 ループはあの時の俺の状態について何か知っている。そう示唆していた。

 

 食事が終わり、ループと雪野がお風呂に行って(なぜ!?)、その後に俺が洗面台で体を洗っている間に(お風呂場にすら入らせてくれない)、雪野が寝付いた。

 「たくっ、ギャグやってんじゃないぞ……」

ボヤキながら、濡れタオルで体を拭いていると、ループがやって来て首で促してくる。ついていくと、ベランダに出た。

 夜になっていた。

 ループの家は閑静な住宅街に位置しており、辺りは橙色の電燈の灯りが程よく照らされて情緒ある世界を呈していた。ベランダには丁度二人が立てるスペースがあって、柵に俺は手を置いた。

 心地よい夜風が一つ、駆け抜けた。

 「意識はあったの?」

 言われずとも男を斬った時の事だろう。

 「なかった。だから覚えてない」

 「……そう。ジュエルが覚醒したんでしょう。急に力があふれ出せば、それを理性で制御できなくなる事はよくある。ほとんど本能で体は動いていく。そんな感じだったんじゃないのかしら?」

 「……自分も似た経験があるのか?」

 「さぁ」

 「……じゃあジュエルとは何だ? あれは俺達に力を付与してくれるだけじゃないのか? どうして意識まで持っていかれる?」

 「さぁ」

 「俺はどんなジュエルを得たんだ? どれだけのジュエルが融合されたものなんだ?」

 「さぁ」

 「ふざけるな!」

 はぐらかされていると思った。焦れる気持ちが露わになって、叫ぶと同時に俺はベランダの柵を叩いていた。自分の中のジュエルが何物か分からない恐怖もあった。未知の薬を飲んで体に異常が起こった時の不安を想像してほしい。これから何が自分の身に起こるのか分からない先の見えない不安が俺を襲っていた。

 ループの目は穏やかで、それで判った。こちらを怒らせて本音を吐き出させようとしているのだ。俺が最も知りたい情報を引き出す為に敢えて曖昧に返事をしていたのだ。

 「それで満足か?」

 「別に。今日のお返しだし、それに質問にも答えてあげるよ?」

 倫理の授業で人間の欲求を5段階に分けたピラミッドがあったのを覚えている。肝心なのはピラミッドの頂点が自己実現の欲求で、最下層が生理的欲求であった事だ。20世紀の精神分析者マズローの考案した分け方だが、これには不備があると思う。

 というのも人間の欲求で一番人間らしい欲求が抜けているのだ。

 それは「知りたい」という欲求である。これは知的動物であるが故に芽生えた欲求であり、自分が人間であるという事を証明するものでもあると俺は思う。

 もしこれを先述のピラミッドに当てはめるなら、人にも依るがおそらく上から2番目ぐらいの階層に位置するのではなかろうか。少なくとも俺はそうだ。

 自分の知らないものへの好奇心が強い。それはずっと一人だったから、自分と相手をしてくれるのは知らない世界だけで、クラスや学校といった殻の中から飛び出したからでもある。

 だから知りたい。知らない事を俺は単純に知りたかった。

 ましてや自分の身に起こった事だ。病気になれば何の病気かをいちいち病名付きで医者から言ってもらわなくては安心できない現代人にもこれは通ずる所はあるだろう?

 「答えてもらおうじゃないか」

 しとやかな身体が伸びる細い手がじれったく柵の上を撫でた。夜の闇を背景に彼女の瞳孔がこちらを見つめた。

 「ジュエルは人のすべて。苦しみも哀しみも喜びも、魂以外のすべてがあの中に入っている。あなたは心の底から他人の哀しみを受け入れようとした事はある? 心の底から人と喜びを分かち合った事がある? 人間は脆い生き物よ。本気で受け入れようとしても、一人ではとても受け入れ切れない」

 「……答えになってない」

 「ジュエルを使う者は精神が強靭でなければならない。そうでないものが使えば狂乱、記憶喪失、絶望、自棄、この世の不幸と呼ばれるものが使用者に降りかかってくる。あなたもそんなやわな心でジュエルを使うと、その内あの子のように記憶を失うわ」

 「……お前!」

 「それだけじゃない。首を引っ掻き髪の毛を掻き毟って、それで早く殺してくれと嘆願する。自分で自分を殺そうにもすぐに生き返ってしまうこの世界。果たしてその者に救いは訪れるのかしら?」

 何も言えなかった。ジュエルは人そのものだ。使えばジュエルに籠る人の嘆きも一緒に体の中に入り込んでくる。それに打ち勝ち続けなければ自我を保つ事はできない。

 「ここでジュエルを捨てろ、って言いたいのか?」

 「別に。全ての選択権はあなたにあるわ。私は一つの事実をありのままに伝えただけよ。表現の自由に基づいてね」

 ものは言いようである。表現を変えれば助言も脅迫になるのだから。

 ここですぐさまジュエルを放棄するのは安直だ。このジュエルの効果、副作用、それが分かっていない時点で結論を出すのは早計である。

 「俺はいったいどんなジュエルを持っているんだ? お前はそれを知っているんじゃないのか?」

 「自分の持つジュエルの情報はばら撒かない方がいいわよ?」

 ……コイツ。

「お前も知らないって事か?」

 「試験の時に箱に入れるジュエルを選ぶのは神だから。そもそもジュエルは厳正に保管されているから私のような末端にあなたの持っているジュエルを把握できるわけがないじゃない。それとも、私にその秘密を披露しちゃいたい?」

 「誘ってんのか?」

 「だとしたらもうちょっと強引にするかな。どちらにしても、あなたが今持つジュエルについて知りたいなら、それはもうあなたが自力で気付くか神に尋ねるかしかない」

 状況を整理すると、今俺の持つジュエルについて情報を一番持っているのは神、次いで俺だ。ループが嘘を言っていない事は冷静に考察すれば自然な事と解る。ジュエルは天国の先頭に於いて大きなウェイトを占める要素である。そのジュエルの情報が漏れるという事は自分の戦闘スタイルを漏らす事と同義だ。中佐程度で研修生のジュエルを把握してしまえば、俺は騎士団の3割近くに情報が漏洩している事になる。そんな杜撰な情報管理だったら、騎士団は今頃壊滅だ。それに彼女が嘘をつく理由が見つからなかった。こちらの方は理性ではなく本能的な判断だが。

 「……神、ね。知ってるぞ。この天国で最も権限を持つ、天上主を気取った人間の事だろう? その神に謁見するにはどうすればいい?」

 「将官以上の階級を得るか、神直轄の部隊に選ばれるか。まあ後者の方はお勧めしないわ。なにせ直轄部隊に入るには神の允許が必須。平たく言えば神から認められた人材のみ、その直轄部隊《神の使徒》に選ばれるの。あなたみたいに取り柄もない人間に目が止まると思う? まあ頑張って准将まで登りつめる事ね」

 それと、と付け加えて、

 「神に対する言葉遣いは上官以上に気を付けた方がいいわ。偶に熱烈な信者もいる事だし、冒涜と見なされて監獄送りにされてもおかしくないから。そうでなくとも、それ相応の批難を浴びる事になるわ」

 「お前がその信者に含まれていない事が判ったのは収穫だな」

 「神も人よ。人には限界がある。そこに自分以上のものを期待する事は無責任な事だから。……ま、これもある種冒涜といえばそうなるかな」

 誰かをトップに据えないと安心する事ができない人間たち。誰かに権限を託す事はひどく簡単な責任を押し付ける方法だ。あの人なら大丈夫。信託から生まれる安楽は人を愚かにする。てっきり天国の大半はそういう奴らで溢れているのかと思っていたが、彼女もまた自分を信じる一人で安心した。

 「……俺のジュエルの正体が分からない以上、今後ジュエルの使用は控えた方がいい。折を見て神に謁見が可能となれば、直接なり手紙なりで聞いてみる。それで本日のお勉強会は終了って事でいいか?」

 「あくまで騎士団で頑張って昇進しようという気はないのね……」

 「まずなれるかどうかも怪しいものだからな。お前が決闘を引き受けてくれれば有難い限りなんだけれど」

 「あれ負けた方もそれなりに降格があるからわざとは負けれないわね。勝ってもそこそこの報酬が来るだけだから、それほど美味しくないし」

 話が駄弁ってき始めた所で退散するとしようか。ここで俺の方から消える方が今後の良好なる関係を目指すにあたっては望ましい。ループの方から「じゃあ寝るわね」と言われてしまったら、捨てられた風に見えるからね。

 「そうか。じゃあ、俺はそろそろ寝させてもらうよ。また床と毛布を貸してもらうぞ」

 「あ、ちょっと待った」

 …………再びチャンス到来?

 「バンビーノ。罪な女だ。──こんな夜更けにまだ何か言い足りないのか?」

 「はい結構結構。意味不明だし、言い回しの台詞は悪意を生むだけだから」

 「…………」

 まあ9割ギャグで言ったからいいんだけどね。

 「さっき言ったでしょう。明日、どうするの?」

 「ああ、遠出をするとかしないとか。あれ本気? 明日は本当にジャンガーの所に行かないとマズいんだが。お前と八百長できるなら喜んで行ってもいいんだがね」

 「遠出というか戸籍登録。あなたがあの子の親権を取る為に一度政府の方に行って書類申請をする必要があるの。昔までは若干アバウトな部分もあったけど、最近は厳しくなってるから、ちゃんと早い目に行った方がいい」

 「楽市楽座のようにすんなりとは行かんのか。天国だというのに面倒な……」

 「行ってちょっと書けば終わるんだから、充分楽でしょうが。朝市に行けばすぐに終わってジャンガーさんの方に行けるわよ」

 「それはお前も来るわけ?」

 「場所とやり方、今回は騎士団も関係しているから私が行かないと話にならないわね」

 「プライベートで?」

 「半々ね。あなたの立場に合わせると」

 「ふぅん?」

 今のループとの関係。どうだろうか。

 まだ昔のように打ち解けた感じは残念ながらしなかった。やはり仕事というワードが俺の頭をしつこく纏わりつく。だがそれも今は仕方のない事だ。

 天国に来てもう1か月が経とうとしている。その間に彼女と会ったのは今回を含めてまだ3回。それだけの回数で一度断たれた繋がりを取り戻そうとするのは傲慢だ。

 ただ最初の再会から心を落ち着かせる日数は経っている。

これが彼女なりの歩み寄りだったら、受け入れるのは当然の決断だ。

「ok、分かった。明日の朝、雪野には俺の方から言っておこう。ただ遠出という表現をしたんだから、天国のそれなりの観光名所の一つぐらいは案内してもらおうか」

「ハァ、面倒だけど夜更けに議論するのもしんどいわ。りょーかいでいい」

 「いずれ仕事抜きで遠出したいな。じゃあ、今日はこれで」

これが進展になればいいが、なぜか胸中の不安を拭えなかった。何かを見落としている。そんな曖昧な予感がしていた。

 


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