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神世  作者: 甘風 流
一章 哀しみは世界を記述する
11/20

11 仕組まれた任務

休日の朝早くから、修練場には怒号が響いていた。

「腰を落とせ! 敵の動きに合わせ続けるな!! 常に攻撃の機会を伺え!!」

 激しく発せられた言葉と共に繰り出される剣技は重く俺の剣にのしかかる。ジャンガーの本職は斧であるにも関わらず、剣勝負で俺は大きく後れを取っていた。相手の動きはそれほど早くはない、それでも防御に徹する事で精一杯であった。

 「受けてばかりで勝てると思うな!! カウンターしてみろ!!」

 虎のジャンガー。そのような異名まで持つ者の覇気は凄まじいもので、反撃しようという気にすらならないほど気合で負けていた。

 先日手に入れたジュエルはあれ以来、何の役にも立っていない。まるで作動せず、ジャンガーに聞いても本当に手に入れたのかを疑われた程だった。ただ過去の事例では効果の大きいジュエルは効能が付くのが遅れる事が多いそうだ。それでも普通は一週間もすれば出るはずだという。

 ジュエルがなければ俺もただの人である。そんな気弱さが剣にも滲み出ていた。

 「甘い!!」

 パコォン、と右手の木剣が宙高く弾かれた。

 一番みっともない負け方だった。

 ここ数日、俺は自分の成長が止まっているように感じていた。剣の使い方もほとんどやり尽くした気がしてしまうし、体力もこれ以上あげようがないのではないかと思うようになっている。

 ジャンガーが剣を直してこちらに寄り添ってくる。

 「どうした。剣に勢いがない。ジュエルの件か?」

 「……かも、しれません。まだ自分に自信が持てなくて」

 「ジュエルを頼るなとは言わん。いずれは頼るべきものだ。じゃが今は地力を高める時期ではないかと儂は思うておる。下手に便利な力を手にすると、それが無くなった時に何もできなくなってしまう。本来の自分という力はどの世界に於いても最大の要素という事を忘れるな。今は目の前の鍛錬に集中せよ」

 「……はい。解りました。ありがとう、ございます」

 「うむ。お前は発展途上だ。まだまだ強くなれるさ。……少し早いが朝の訓練はここまでとする。今日は少し話があっての」

 するとジャンガーはおもむろにポケットから一枚の紙切れを取りだした。

 「お前に仮任務の依頼が来ておる。研修生は全員このような任務をして実戦経験を養えと上からのお達しだ。お前にも今日任務をしてもらう」

 「任務、ですか?」

 「所詮建前上のものじゃよ。その程度の事はしないと教育とはならんと上は思っておるから、見栄えだけ意識したものじゃ。大した事はしない。今から指定する場所に今の服装のままでいいから向かってくれ。現地に上官がいるからそやつから説明を受ければよい」

 ジャンガーは以前、騎士団本部のトップの神と呼ばれる者が、今の騎士団の弱体化を招いていると言っていた。その言動も今の教育方針が間違っているという風だ。

 まったくたいした事でもないのに取り繕うというのは面倒なものだった。休日はジャンガーとフルで訓練できる貴重な日なのに、みすみす厄介ごとで潰してしまうのは何とも苦しいものだ。といっても騎士団直々の命令を無視するわけにはいかないとジャンガーも分かっているからこそ、ここで告げているのだろう。

 「了解しました」

 「うむ。すまんな。終わったらもう一つ、伝えたい事がある。さっさと終わらせて戻ってこい。よいな?」

 「了解です!」

 俺は少なからず、この男に好感を覚えていた。

ただ俺の持つ唯一のジュエルは未だに使えない。能力すらわからないままだった。


 

仮任務の集合場所に向かうと、既に今回の任務の監視役が来ていた。

 そこに居たのはループだった。彼女は試験監督から新人の指南まで務めると聞いていたので、もしやと期待していたが当たりだった。

 ただ心には不思議と驚きはなかった。

 「終留研修生ね?」

理由は彼女の冷たい目だった。知り合いにあったという雰囲気ではない。仕事の相手が来たからようやく仕事が始められるという相手に興味さえ示さない目だった。その目が俺から嬉しい感情を奪い去った。急速に心は冷え、たちまち胸が詰まって息苦しくなり、これは仕事だと自分に言い聞かせる方が逆に楽になった。

 「これから任務地に行きます。研修と言っても騎士団から下された任務だから気を抜かないようにすること。ついてきなさい」

 ループは必要事項だけを述べて、すぐに無言になって歩き出した。俺もそれに追随する。

 この光景を何も知らない第三者が見ればどう映るのだろうか。

 年齢の近そうな若い男女が二人で歩けば恋人関係に見えるものだ。だがこの世界では見た目の年齢など意味はないに等しい。

悔しいかな。

せめて錯覚の中だけでも恋人だと認識できればよかったものを。

 恋の病とはかくもつらいものとは知らなかった。

知らずに生きれば幸せだったのだろうか。

 などと百人一首に出てきそうな詩訳を読んでおいて、とりあえず歩いた。

 

任務地は工場の密集地だった。今天国では現世にあった技術を再現できないかという計画が進行中で、そこら中で建設ラッシュが始まっているらしい。まあ何とも夢のない話だが人間とはそういう生き物だ。

ここもその一つで、とある富豪が自らの資産を費やしてここに拠点を生んだ。金持ちが金持ちになるロジックで、何もしていない人間はその資産を増やし続け、何ももらわぬ者が必死に働く構図がそこにできあがっている。とある経済学者が言ったr>gがこれを意味するのだろう。要は資本家にならなければ大富豪にはなれないのだ。

 こういう場所には不正が入り乱れているもので、騎士団が定期的に監査する必要があるのだという。

 まあこういうお掃除系の仕事は初任務としてはありがたい。なにせ不正を見つけても見逃してやればお互いwin-winだからである。

 「では私はこれより査察に入りますので、終留研修生は外で待機しておきなさい。私が出るまでそこを動いてはなりません」

 「了解です」

 あらら。どうやら俺は黙って見ておけばいいらしい。ホント何の為の研修なんだろうね。

 

 ボーと待機して20分。ループは工場長と何やら話をしているらしく、後30分は出てこなさそう。もう先ほどから一人で『古今東西、国の名前』を始めるほど暇になっている。

 丁度南米を言い尽した感じだ。いいね、今度はアフリカ辺りで攻めますか。

 いや、ここはあのアメリカ下のちっこい島国を攻めよう。トリニダードトバゴ、バルバドス、アンティグアバーブーダは基本ですよね!

 いかん。マジで暇だ。これループに勝つために必死に覚えたんだっけ。今や相手がいなくて虚しい知識だ。

 寂しくて死にそうなウサギよろしく、俺はずっと立ち続けていたが、事態は急変した。

 

 バシン、と何かを引っ叩く様な音が宙を駆け巡る。それが俺の意識を騎士団の任務中だというものに移行させた。

微かに流れてくる感覚は、誰かが必死に走っているというもの。どうして微弱ではあるがこう見えない人の動きが何となく分かるのか見当もつかないが、感じるものは感じてしまうのだ。

俺はそっと剣の柄を握る。

「だ、誰か!」

 空気に融けそうな小さな声だったが、俺の耳には確かに届いた。その声の方向に駆け出しそうになったが、すぐさま思い止まる。

 今ここから離れては明らかに任務から逸脱する。

 初任務の放棄などという記録が残れば当然今後の昇級尉官に関わるだろう。現世では屑のような俺だったが、この天国でまた新しいキャリアが築けるのだから、余計な事なんてしなくていい。

 それに所詮今助けを求めているのは赤の他人だ。他人がどうなろうと知った事ではない。どうせ助けた所で礼も言わずに逃げ去って、助けに行った俺が一番酷い目に合うだけだ。

 人間など所詮狡猾な生き物。助力は全て利害関係の上に成り立っている。己に害有りともなればすぐに尻尾を切り落として逃げていく。じゃれ合った助け合いが成立するのはせいぜい小学校まで。それ以降は全て偽善と欺瞞に満ちた人間関係の上にそれら紛い物が成り立っている。

 「関係ない。関係ないんだ、俺には」

 昔からそうだ。他人を助けようとして結局一番損な目に合う。損を受けている姿すら誰にも認知されないものだから、余計につらかった。誰にもその不幸を知られずにただ一人で不幸に溺れる。

 馬鹿だ。馬鹿以外の何ものでもない。

もっと利口に生きるんだ。関係の近い者だけを助けて、無関係は無視に徹する。これこそ俺が命と引き換えに現世で学んだ最後の教訓だろうが。

 そうだ、動かなくていい。無視しておけばいいんだ終留生。

 「誰か──────!!」

 「馬鹿野郎!」

二度目の助けの声に、我知らず駆け出していた。

自分の馬鹿さ加減に怒りを覚えながらも、反面ここに本物の感謝が待っているのではないかという期待があった。

人が人を助け、そこに本当の「ありがとう」があったとしたら。

その時、終留生という人間が救われるだろう。今までの失念も全て払拭してくれるものがそこにあるかもしれない。

だから俺は走った。

性懲りもなくそんな一縷の望みに向けて。


 声の方向に走って数分、そこには一人の少女と二人男の姿があった。一方の少女が男二人に囲まれて虐げられている。

 その光景が過去の記憶をフラッシュバックさせた。

 「お前達!! 何をしている!? 早くその子から離れろ!!」

 気が付けば自分の任務も忘れて叫んでいた。

 俺の存在に気付いた男がのっそりと振り返った。

「あん? なんだオメエ。査察の連中か?」

 胸元の騎士団の紋章が効いたのか、男二人は半歩後退りしたが、急ににやりと笑みを浮かべた。

 「……何がおかしい」

 「驚かせやがって。騎士団かと思えば見習いかよ」

 「なっ」

 なぜ判った、と思ったが原因は単純だった。

 今俺が手に持っているのは研修生用の木剣だった。正式に騎士団員になればその証明として実剣を供与されるのだが、研修生には当然それはない。

 一般人が見ても、そんな違いはすぐに判る。

 内心しまったと思った。

 胸元の騎士団の仮紋章でも正式のものとは違うのだが、一般人に対して威嚇程度にはなると思っていた。騎士団が相手ともなれば、流石に強引な真似はしないだろう。それですぐに決着がつくと思っていたが、これは想定外の事態だ。

 「へっ。ま、俺も一回研修までは行ったから分かんだよな。ぼっちゃぁん、正義感が働いちゃったかな~?」

 「っ!!」

 後退りした分を取り戻すように今度は自信ありげに間合いを詰めてくる。

 男一人の手には無骨な片手斧、もう一人の方は調教用の鞭を持っている。

 「どうした。掛かって来ねえのか? ──さっきおもしれえ事いってたじゃねえか。その子から離れろだって? オメエが離れてんじゃねーか!」

 タハハハハハ、と口をそろえて笑う両人に俺は羞恥心で胸が一杯だった。男二人の威圧感の前に逆に俺が後退っていたことに気付いたからだ。

 「なんだ。調子良かったのは最初だけか? おい、どうした。おい!」

 急に間合いを詰められ、俺はいとも簡単に押し倒された。

 来たら避けようと心構えをしていたのに、全く対応できなかった。相手はこちらの予想通りには動いてくれない。訓練ではそんな事はなかった。

 男はそのまま俺の首筋に斧の歯を当て、

 「どうしたんだよ? 怖いんだろ。痛いのは嫌なんだろ?」

 また同じだ。情けなくて怖くて、金縛りにあったかのように体が動かない。

 少し遠くでは泣きじゃくる少女がいた。ここの工場服を着ているから脱走でも企てたのだろう。体中を鞭で叩かれていて、回復が間に合わないレベルの怪我をしている。

 少女の消え入りそうな儚い瞳が俺のものと繋がった時、追想されたのはまたしてもあの記憶だった。

 

 夜、暗い路地。人通りはない。

 あるのは二人の化け物と一輪の花。

 花は必死に己の身を護ろうとするが、理性を失い本能に身を委ねた獣に、抵抗は虚しい。また一人、少女のココロが壊される────、

 

 「その子を離せ」

 「あん?」

 体の中で血が沸騰して吹き出しそうな勢いを感じた。急に力が溢れ出てきて、それの使い方が自然と解っていた。男の持つ斧の歯から鉄原子を取り出し、こちらの木剣の表面にコーティングする。

それを左腰の鞘に納め、ゆっくりと立ち上がった。

 「お、おい、お前。勝手に動くな。首を吹っ飛ばすぞ! 惜しかねーのか!」

 

 「そんなものいるか?」

 

 「は?」

 雷鳴もかくやという一閃が左腰より放たれた。

 鋭い金属音を高鳴らせながら鞘走られた剣は、右手と本能の準ずるまま男の首へと吸い込まれていった。

 「うごぇ」

怪奇な音と共に不気味な手ごたえが肩を伝った。

 ごて、と一秒後に何かが落ちた音がし、次いで血が噴出する音が始まり、三番目に体の倒れる音がした。男は首から上が綺麗になくなっていた。

 一瞬の静寂が辺りを漂った。

 「ひっ……、ひぃいいいいい!」

 鞭を持っていた男は我を忘れて金切り声をあげだした。その顔には恐怖の色が染みついている。もう二度と正気には戻れない顔色だった。

男は仲間の胴体など放って一目散に逃げていった。

 その場に残っているのは俺と一つの胴体、少女だけだった。


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