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神世  作者: 甘風 流
一章 哀しみは世界を記述する
10/20

10 集団

 朝の陽光で目覚めるのは久しかった。

 今までは朝日が上る前に起床して朝ご飯と弁当を作り洗濯物を干していたから、この感覚はどうにも気持ちがいい。

 ソファから体を起こすと机の上には既に一通の置き手紙があった。どうやらループは先に行ったようだ。騎士団の早朝は早いんだとか。

 昨日睡魔に襲われてソファで毛布にくるまっていた俺にループがそんな風な事を言っていたように思う。

 自宅を男子一人に預けておくあたり、信用されているのだろうか。

 そんな取り留めもない事を考えながら紙を取ると、今日行くべき場所が簡素に書かれてあった。──と思うとそのずっと下にオマケと書いてある。

 何のことやらと思うと、紙の下に数枚の銀貨があった。騎士団からの前払いと説明書きがあるがいくらなんでも早すぎる。ここはループの温かさと勝手に誤解させてもらおう。

 流石に朝ごはんが並んでいるわけじゃなかったが恋に進展はあるはず。

 ちょっとにやにやしながら俺は大きく背伸びした。ぐきごきと快音が背中から肩に掛けて鳴り渡る。

 鍵は開けっぱでいいと昨日聞いたから、早速俺はくだんの場所へと行く準備に取り掛かった。

 

「……それにしても豪勢だよな。この家……」


 洋風の落ち着いたインテリアは朝になるとまた違う華やかさがある。

壁に掛けられている絵画やよく分からん壺があると、どうも豪華だと思いがちだが、いやまったくその通り。

 そもそも家の様相にこだわっている時点で上流階級だと思うんだが、騎士団はやっぱり給料いいのかね。

 騎士団は人の生まれ変わりを助ける役目を担っているので、マネー関係は補助がたんまりあるのかもしれない。

 顔を洗う為に昨日ループがシャワーを使っていた場所に行く(不可抗力だからね?)。

 すると今朝も使ったのか、ほのかに香りが空気中に漂っていた────いかんいかん。いかんぞよぉ? 顔を洗いに来たのじゃ。

 蛇口を捻って水で顔を洗い、ついでに体の汚れもタオルと一緒に落とす(ちゃんと新しいタオルですよ。もちろん)。

 雑多な事をして最後に水を一杯飲むと、喉が生き返った。

 

「いきますか……」


 洗面台を後にして入口まで行く。

 扉を開けると同時に小鳥が数羽はばたいた。さえずりを片耳で聞きながら、玄関の階段を数段上る。

 街は夜の暗闇から一転、こちらも太陽に照らされた優美さを誇っていた。観光地に住んでみたいという願望はどうやら違う形で達成されたようだ。

でも、実際これも三日で飽きるんだろうね。

 中通りに出ると朝早くから出店があってそこそこの賑わいを見せていた。こういう光景は電車通勤ラッシュの日本ではなかなかお目にかかれない。 

 彼らは商品を売り買いしているだけでなく様々な情報を交換しているのだ。朝の駅前コンビニで店員と会話する人はまずいない。

 聞こえてくるのが近く騎士団が大掛かりな作戦を決行しようとしているとか、昨日騎士団試験が行われた事だとか。

 インターネットで情報が一瞬に拡散しないこの世界ではこういうマメな情報収集はそれだけで大きな力になると思われる。

 どんな情報にでも言える事だがその信憑性はかなり重要だ。自称情報リテラシーあります組の俺は新聞の記事なんかは大抵疑ってかかる。

 報道の自由とはいっても書く記者の視点によって情報の色合いは白から黒まで様々。

 二次、三次情報となるとバイアスもかかりまくって情報は欠損していく。

 試しにクラスで伝言ゲームでもしたらいい。

 前と後ろでは結構情報が食い違う事がよくあるのがわかる。

そんな中で実際に人と人との情報交換は強い結びつきになるのだ。

 むろん、噂話など逆に戸惑う情報もあるからそこは判断していかなければならないが。

 さて。

 ループは地図など置いてくれていなかったので、要は誰かに適当に訊けと言う事だろう。

 周囲を見渡して、道を聞いてもチップを要求されにくい、かつ、できればやさしそうな方を探す。

 おい、あれだ。あの人だ。親子連れ二人で歩いている。

 子連れで優しそうな顔をしている人は道を聞く際には◎の相手。定石である。

 

「あの、すみません」


 なるべくスマートに切り込む。

 するとなぜか子供の方が振り向く。


「なんだ?」


 おかしな事に親の方は全くの動きなし。

 えー、なんでー?

 

「あ、ちょっと道を聞きたいんだけどいいかな?」

「敬語を使え。言い直せ」


 なにぃ、クソガキがっ!! と思ったのも束の間。

 そういえば天国では見た目と歳に関係性はなかった事を思い出す。ん、ならなぜこの少女は俺が年下だと判っているんだろうか。


「あ、ごめんね……ごめんなさい。ぜ、是非とも貴殿に道を尋ねたく参じた次第……」

「いやいや。おかしいだろう。……まあよいから行きたい場所を」


 亜麻色の長髪を払った少女の胸には騎士団のシンボルが小さく刺繍されていた。

 もしやこの子、と思ったが今は質問が先だ。

 

「騎士団の訓練施設に行きたいんですけど、訓練棟E-67って言っても……」

 

 分かりますか? という言葉は喉で止まった。少女の唇に微かな笑みが見えたからだ。

 

「……なるほど。君がかの方に目を付けられた子か。いいだろう、なら我が輩に付いて参れ。丁度行くところだ」

「……というなら、あなたは騎士団員なんですか?」

「直に分かるよ」


 少女は歩き出す。ついて来いという事なのだろう。

 ただここで疑問が残る。


 「あの、後ろの大人のお母さんはなんですか?」

 「日本語がおかしくないか? まあいい。これはがらくた人形だ。まあこの姿で街中を歩くと厄介ごとが多くてな。子連れとしておけば大体は回避できる。回避できないパターンもあったようだがな」

 「例外に入るのは得意です」

 「言うね」

 

 なるほど。

 一見少女と変わらぬ身ぶりでも、中身はまるで別物だ。

 この天国には俺の好奇心をそそらせるもので満ち溢れているようだ。

 

 騎士団の訓練施設は大きな看板と案内図が普通にあった。そりゃ初めての方への配慮があるわな。

 亜麻色髪の少女は慣れた手つきで団員証を守衛に見せる。そこでちらりと俺の方を見て、「二つとも人形だ」と言ってくれる。

 こやつやりよる、と思ったが証明書がない手前上やむを得ない。目を開けてロボットよろしくの動きでお母さん人形と一緒に入る。

 入って数十秒で少女が「くはっ」と白い歯を見せた。

 

「まさか冗談に付き合うとは思ってもみなかったぞ。いや中々に良い出来であった。ちなみにここはそれほど入るのに規制がきつくないから、10分かかるが身分証明すれば誰でも入られるのだがな」

「やってくれますね。初心者いじりは大好きですか」

「誰だってそうだろう? あのカクカクした動きは見物だった。あれこそ初心者にしかできない動きだ。……さあ行こう。E棟はすぐ近くだ」


 二人(実際はた目から見て三人)で歩いていくとEという文字が視界に入る。おそらくあの建物が修練棟Eだろう。

 屋根の形が急な角度でそれ以外はほとんど学校の体育館みたいな感じだ。

 だが伝わってくる空気はなんとなく違う。

 扉付近に着くと、中からけたたましい剣戟音が鳴り響いてくる。

 少女に続いて中に入ると、中では既に木剣を用いた集団の模擬戦が行われていた。

 だいたいこういう訓練は一対一が基本だと思うのだが、それは漫画の見過ぎなんだろうか。

 やがてちらほら他の合格者らしき奴らも来て、模擬戦の方もそろそろ終盤に差し掛かる。

 大将と思われるタグを付けた奴が数人に囲まれた。

 既に仲間は全てリタイアしていて残るはその男のみ。

 これで決まりか、と思ったが大将はその手に持つ斧を振り回した。

 すると扇風が巻き起こり、囲んでいた奴らが一気に吹っ飛ばされる。

 これでもう一方の大将までの道が開けた。

 そこを一気に突進してなんと大将同士の戦い。

 白熱の戦いは数秒で決着し、斧を持っていた方が勝利した。

 素人目でもたいしたものである。

 岡目八目だがもう少し自陣の守りを固めながら安定勝ちするべきだったのに、勝ちに焦った印象がある。そこを斧使いに突かれた形だった。

 歓声もやんだあたりで、模擬戦に参加していた奴が一斉に整列した。その前に亜麻色の少女が立つ。

 胸元の紋章に付いた星の数からそれなりの階級とは予想していたが、やはりそうらしい。

 

「早朝訓練はこれにて終了!! 各自、里親制度で選ばれた者以外は朝食に行け!」

「「「「「ハッ!!」」」」」


 体育会系クラブみたいなノリで野郎どもが散らばっていく。

 俺を含めて8人ほどの合格者は居たたまれない気持ちである。

 先ほど斧を豪快に振り回して勝利を収めた大将の男が亜麻色少女に近付いた。


「ハヅキ少将。わざわざこのような無粋な所に足を運んでいただき恐縮でございます。早速合格所の振り分けですかな?」

 

 ────少将? 確か階級的にいえば尉官、佐官、将官の順に偉くなるはず。その他曹長とかなんかいろいろあったと思うけど、大体はこの認識でオッケーだろう。となるとこの少女、やはり只者ではない。

 

「佐官クラスの団員を荒くれ者とするならそういう事になる。ジャンガー大佐、君は次の作戦では准将への昇進も期待されているのだ。あまり謙遜し過ぎても困る」

 

 大佐だって? 天国にまで来て現世に準拠した階級制度使わなくてもいいのに。


「いやはや。ハヅキ少将は自身の拳で戦わんでしょう? となればここのように互いの体の体をぶつけ合う所などはそう見なしてなさると思いましてな」

「口の方も達者になりよって。……少し話がずれたな」

「そうですな。人数は……揃っておりますから早速始めますか」

「今年はどうやら豊作らしいが、里親の人数は足りるか?」

「自分を含めて8人用意いたしました、この者達です。して選別方法は如何に?」


 ジャンガー大佐と言われた男の斜め後ろに7人の男が並ぶ。皆屈強な肉体が服の上からも分かる。残念、可愛い人はいません。


「そんなもの適当でよかろう。里親の方が選んでもいいし、合格者の方が選んでもいいし……そこはお好みだ」

「ですが各々の特性に応じた相性というものがあるのでは? 我々がある程度決めておく必要もあるかと思いますな」

「あのちょっといいっすか」


 二人の会話に割って入ったのはある合格者の奴だ。これで試験突破したのと疑ってしまうほど線が細い瓢箪みたいな男だ。流石に話の展開が読めていないらしく、おどおどしている感がぴったり似合う。

 まあ俺も質問しかけていただけに他人がしてくれるのはありがたい。

 

「里親っていったいなんっすか……」

「ん、合格者への説明は済ませてなかったのか? 事務と活版所のグズ共め。面倒な仕事を増やしよって」

 

 亜麻色髪の少女──ハヅキ少将は面倒くさがるようにあたまを人差し指で掻いて、なんとも面白なさげに喋り始めた。


「お前らが後40日の間に騎士団員を自力で倒せるようになるまで成長するのなど不可能だ。故に現騎士団員による教育制度をしている。お前たちは今前にいる8人の騎士団員の中から好きな奴を先生にして40日間学び、その間に雑魚そうな団員を探してそいつをボコッてやればそれでいい」

「別に先生ごっこなんて必要ないでしょう」


 ざわっとどよめきが走った。

 言ったのは俺じゃない。背中に大きな太刀を二つ背負う、いかにも、と言った奴だ。

 合格者の中では一際体格もよく、ぶっちゃけ一番強そうという感じ。

 試験も突破している事から文武両道は証明済みと言わんばかりの面構えで、まるで漫画の主人公のような行動をしてくれる。

 

「ごっこ、ね」

 

 ハヅキ少将に怒りは籠っていない。

 いつもの事、と認識しているような興味なさげの目だ。

 ただ『ごっこ』という意見も分かる。

 彼らはこの試験の為に血の滲むような努力をしてきたはずだ。その過程で身に付いた力は自信に繋がっている。

 おいそれと他人から口出しされても正直邪魔なだけなんだろう。

 俺としては指導役がいる事は非常に助かるんだが。

 

「そうでしょう。下手に教えてもらっても正直癖を直すのが面倒ですから」

「構わない。自分のやり方があるならそれは各個人の意見を尊重する。好きにしろ」

「……ふっ。それでは私はこれにて……」

「──まあ待て」


 踵を返そうとした二刀男に石ころが投げられる。それを振り向きざまに捕った男の顔には僅かに驚きの表情がある。


「今のお前にはこの騎士団への不信感というものが感じられた。今後のお前の立場、しいては騎士団自体の沽券に関わる重大事態と認識できる。これは早めに払拭しなくてはな」

「……自分の力を見せつけたいと言いたいわけですか」

「どう思ったかは個人の自由さ。ただこちらも挑発だけされて引き下がるわけにもいかない。団員の実力がどれ程のものか、一つ我が輩が見せてやろうではないか」


 びり、と空気の温度が変わる。緊張感が辺りに散らばる。自然と二刀男とハヅキが対峙する形になり、周りの人間は距離をとって観戦に移る。

 ジャンガー大佐以下他の佐官達も特に止める様子もない。

 どうやら通過儀礼のように捉えている。毎回新人の内一人はこういう意気のよいものがあるといった感じだ。

 二刀男がゆっくりと背中から巨大な刀を抜く。悠々と構えてふっと笑う余裕を見せる。

 

「いいんですか、少将。見る限り少将は傀儡使いとお見受けします。傀儡使いは間合いを詰められている時点で必敗の形。この距離ではさすがの少将といえど……」

「そうそう今の内に有頂天になっておく方がいいぞ。そうでなくては終わった後の敗北感と割りに合わんからな」


 その言葉に二刀男のプライドが傷つけられたのか、大剣を強く握る。対してハヅキ少将には全くの動きがない。

 先ほど傀儡使いと言っていたが、ではハヅキ少将の後ろに棒立ちしているお母さんは傀儡なのだろうか。

 そうだとしたら、戦闘力なさげ感が凄まじい。どこかの忍者みたいに毒針、煙幕でも仕込んでいそうもない。

 しかも二刀男の言うようにどう見ても傀儡使いというのは中距離型だ。懐に潜られてボディーブローでも食らえば立ち直りは厳しい。

 どれだけ人形を使って二刀の攻撃を防ぎ、どこで反撃を出せるかが勝負の焦点となりそうだ。

 

「かぁっ!!」


開始の合図など待たず二刀男が猛然と突進した。

インチキ! と言いたくなるけど、ハヅキに慌てた様子はまるでない。

 一方二刀男は片方の剣を横にもう片方の剣を縦にしている。なるほど攻防一体の攻撃というわけだ。

 鍛えられた足腰なのかジュエルの恩恵なのか、数メートルという間合いを一瞬にして詰める。

 風で砂煙が舞い上がり対戦者が一瞬の内に隠れる。

 

 数秒の余白。


 突然金属が地面に落ちる音がして、次いで人の倒れる音が聞こえる。周囲の合格者はどちらが勝ったか判断に迷っているようだが、俺にはすぐに判った。

 先の金属音は剣が地面と当たった時に響いたもので間違いない。次の人が倒れた音は重く強く響いた。小柄なハヅキが倒れたらまるで毛布が地面に落ちたような音が聞こえる。

 それになによりの要因があの土煙の中に大きい男が倒れていると感じるのだ。第六感ではなく当たり前のように感じる。

 それはまるで手の平に人形が乗っている感覚に等しい。

 どこからこんな感覚が湧いているのか、定かではなかったが。

 果たして煙が晴れた時、勝者を意味する起立者はハヅキだった。

 開始前と同じく何事もなかったかのように涼しげな表情で佇んでいる。

 

「いったい何が……」「うそだろ……一瞬で?」「やっぱ少将っていうのは違うのか……」


 勝負はほんの数秒でついてしまった。二刀男は泡を吹いて地面に突っ伏している。

 見た所外傷はない。

 他の合格者の内4人ほどは驚きを隠せずにいるが、残り2人は数回頷いている。 タネが分かったのだろうか。もしかするとジュエルの中には相手の精神に干渉できるものがあるのかもしれない。だとしたら今の戦いも説明はつく。

 答えは素人の俺では全く分からん。人間自分の理解の及ばぬ者には敬服してしまいがちだ。

 

「全員! 他に里親が不要だという者がおれば申し出て来い! それ以外はこれからジャンガー大佐の指示に従ってすぐに別れろ。よいな!?」

「「「「は、はい!!」」」」


 さっきまで屈強な体を見せつけんばかりの男が泡吹いているのを見てしまえば、みなさん素直になる。これは新人教育の一環という事だろうね。

 その後、ほとんどの者がハヅキの指示に従って動いたという事は言うまでもない事だった。

 

 

 場所は変わってF-304。俺と里親以外に人はいない貸し切り状態だった。


「それでは今から鍛錬を行う」


 俺の教師となったのはあの斧を振り回していた男だった。近くで見ると服の下の筋肉が伝わってくる。先ほどのハヅキとのやり取りからこの男は大佐だと判っていて、確か名前はジャンガーだったはず。

 コイツから学ぶ事はフィジカル面以外でも多そうだ。

 

「今日は座学と基礎体力を付けてもらう」


 これは少し予想外、というより期待に反したというべきか。もう初っ端から『好きな武器を選べ』→『実戦訓練じゃ』の流れを楽しみにしていただけに少し残念だ。


 「ほう。どうやらいやそうな顔をしておるな。どれ、儂と一つ組手でもしとうなったか?」

 「いえ全然! 座学がいいです」

 「うむ。それでは始めるから適当に座れ」


 地面に俺が落ち着くと、ジャンガーは白板を持ってきて何やら書き始める。


 2月14日

   │

   │ 残り40日!

   ↓

 3月24日


「…………?」

「お前が正式に騎士団になるには残り40日の間に現騎士団員を決闘で打ち破る必要がある。お主がこれから40日で騎士団員を倒すというのはほぼ不可能といってよい」

「……ほぼ、という言葉には裏返しが待っていると考えて?」

「うむ。不可能というのは実力勝負で、だ。見も知らぬ相手に挑んだ所で素の実力で勝てるものではない。無論、不意打ちをしてもそれは決闘とは認められない。しっかりと相手に勝負を挑み承諾を受けてもらわねば、そこに意味はない」


 言いながら書き込む。


 2月14日

   │        条件

   │ 残り40日!   ・相手の承諾を得て決闘を挑む

   ↓         ・不意打ちは不可

 3月24日


 当初、毒を盛って勝ちましたとしようと考えていたが、どうやら違反っぽい。俺みたいなもやしっ子が現役相手に戦えるはずがない。

 計算された訓練を受けた本物の軍人と戦っても一般人では到底歯が立たないのと同じ。

 いよいよ風向きが怪しくなってきた。

 

「そこで儂が提案するのは一人の人間をマークする事だな。決闘前までにその者の行動パターン、戦闘スタイル、癖を見極め、研究し尽くす。狙うのはそこそこ自信があるが実際は実力がない奴だろうな」

「本当にそのような人がいるんですか……?」

「前線から事務に追いやられた連中にはそういう鬱憤の溜まっている奴がおる。実戦から離れて久しいから実力もあまりない。こちらでもピックアップしておくから、お主は基礎訓練に備えろ。狙う相手が決まったら本格的に対策訓練を行っていく。武器を決めるのはそこからの方が良かろう。まとめるとこうじゃな」


 2月14日

   │       条件              攻略 

   │ 残り40日!  ・相手の承諾を得て決闘を挑む  ・雑魚をマークする

   ↓        ・不意打ちは不可        ・基礎を高める

 3月24日


 丁寧過ぎる、というのが第一印象だった。

てっきり大佐という階級は忙しい身分だから適当に指示を与えて放置されるのかと思っていたが、とんだ見当違いだった。

 単に里親の役目を果たすならそれで充分だと思う。

 はっきり言ってこれは先輩がただで参考書くれるレベルの優しさだ。

 ここまでが仕事なのか、それとも。


 「……どうしてそこまで教えてくれるんですか?」

 「うむ。不自然か?」

 「いえ、そんな事は。……そういう裏情報まで教えてくれるのは嬉しい限りですし……、でも、ちょっと教え過ぎとも思って……」

 「うむ。まあそう思っても仕方あるまいな。儂がこのような事をする理由は二つある。まず一つ目に儂はこの入団制度に疑問を抱いておるのだ」

 

ジャンガーは白板を直して、


「これはあまりに難関なのだ。現にここ数年で騎士団員は大きく減数しておる。騎士団自体の弱体化に繋がっておるのは明白じゃ。現行制度が始まったのは今の神が就任してからじゃが、儂はそいつを信用しておらん」

「……神が就任って……神って就任するもんなんですか?」

「そうか。君はまだ知らないのか。という事は……来て一か月と満たないのか? どうやって騎士団試験を突破したのだ」

「……自分もよくわからないんです」

「ふぅむ。君が嘘をついているとは思えないが、その件については少し調べておこう。少し話が逸れたが、神というのは単なる役職だ。現世でいう所の大統領や首相といった所だ。オーブール騎士団では元帥と同じ階級に位置しておる。ただ元帥の方は騎士団の統帥権しか持たないが、神は市民議会や査問委員会などの司法立法にも干渉する事ができるのだ。この世界のヒエラルキーで最上位に位置しておる」

「権限がおかしくないですか?」

「与えられ過ぎとは皆が思う。だが死者は、いや人は絶対な存在に依存しようとする。哀しい時ほど、な。本来死んだ人間は絶望に心が病んでいるものだ。そこで『神』なる存在は一つの希望なのだ。人がこの世界で生きていこうとする光を照らし出してくれる。人がなぜ祈るのか。それを考えればこの制度が生まれた事にも納得がいくじゃろう?」

「宗教的な考え、ですね」

「教祖が常に悪役とは言わんさ。むしろ本当に良い教祖の方が多い。言っている事が合っているかどうかはさて置いてだがな。その点で考えれば今の神は充分に良い神と言えるだろう。権力を乱用する事もなければおかしな演説もしない。尊敬はしないがのう」


 この人は権力にすがるタイプではなく、むしろ権力にあまりよいイメージを抱いていない人だ。

 権力を握る人間は大勢の味方だ。それは民主主義という事を意味するわけだが、大勢に含まれない側にいる奴は面白くない。

 世の中考えている人間の方が少ない。特に集団に属する人間はほとんど現状を打開しようという事を考えようとしない。

 民主主義では集団が正義となってしまう。個人の考えは淘汰される。

 俺が「リーダー」や「みんな」という言葉が嫌いな理由はそこにあった。

 

「何事も上手くやっていくのが良い。今の神に波風立てても得などありはせんのだからな。そういう意味でもお主にはうまくのこの試験を乗り切ってもらいたい」


 ジャンガーのいう事は正しい。

 いくら嫌いでも真っ向から刃向かった所で潰されるのがオチだ。つらいものだが、集団に属するにはその集団のルールに合わせるしかない。その中でうまく立ち回るのが大切なのだ。


「……ジャンガー大佐が最終試験の相手になるというのは無理なんですか? 言葉はちょっとあれですけど、そこでわざと負けてくれれば……」

「里親は決闘の相手にはできんのだ。まぁここまで言ったから話すが、里親の方も弟子が騎士団員になればそれなりの評価に繋がるのでな。昔は取引を交わしてわざと負けて弟子を騎士団員にさせ、良い評価をもらおうという輩も昔はおったのだ。勘違いしない欲しいのは、儂は評価の為にお前を騎士団員にさせるわけではないという事じゃな。その程度で昇級できる時期はもう終わったわい」

「なるほど……」


 ジャンガーの言う事に疑う要素はない。

 彼が今の騎士団の弱体傾向を目の当たりにしてそれをどうにか打開したいと思うのは自然な感情だ。

 小さい努力ではあるが、新人の数を増やす事は最も確かである。

 ところで先ほどジャンガーは理由は二つあるといっていたが……、

 

「大佐。ところでもう一つの理由とは?」

「うむ? 口が滑ったな。それはお主がうまく入る事ができたら、言えるじゃろう。今は決闘に勝つ事だけを考えてもらわねば」

 

 少し不自然な言い方だったが、ジャンガーは俺に考える時間を与えず、話を続ける。

 

「それでは訓練に移る。お主は見た所、体力、筋力、知力、精神力が足りん」

「全部じゃないですか」

「うむ。筋力についてはジュエルでの補強が比較的簡単だ。お主のジュエル適性値にもよるが、まずは後回しじゃろう。知力については学問的な意味ではなく戦術的な意味でだ。戦況や自分と相手との力量差から生まれる取るべき戦術。その辺りのイロハは実戦で磨くものじゃから、やはりここでは体力かのう」


 嫌な予感しかしないのが不思議だ。


「まあ儂は最近の若者にも負けないぐらいナウいな人間じゃから、流行っている訓練方法も熟知しておる」


 ナウイという死語を使っている時点で既にナウいじゃないんだが。いやこれから復刻していくという可能性だってある。いや絶対ないか。

 

「とりあえず朝からカフェオレを色々な家に配達してもらおうかの」


 それ何のパクリ────!? 

 朝から牛乳じゃなくてカフェオレを定期的に飲む家とか聞いた事がないよ。しかもその漫画二世代ぐらい古いし。

 

「え……あー、いやー、そのー。ちょっと前時代的匂いがするといいますか……」

「なんじゃその顔。冗談に決まっておろう。まあ、溜まっている広告類を各家に配達してもらおう。夕方は夕刊じゃ。それぞれ制限時間を設けるからそれ以内に配って参れ」

「……広告? それってどれぐらいですか?」

「ほれ、あそこに見える分じゃ」


 視線の先にはゴミ捨て場と思っていた場所だった。たんまりと広告が積んである。


「騎士団は色々と仕事が入っていてな。広告配りは暇な時に下の連中が処理するんじゃが、先ほども言ったように人手不足でな。おおよそ10万件分そこに積んでおる。配って置いてくれ」

「ちょ……」

「うむ?」


 ぎろり、と先ほどの朗らかな笑いは消失し、有無を言わせぬ顔つきが伝えてくる。

 早くやれ、と。

 おいこれただの雑用やん。おっさんめちゃ汚くない?

 先ほどまで随分と公私混同をしていたくせに、特訓となると情けはしない主義らしい。

 こんな広告運んだ所で誰も喜びやしないと思うのだが、断るわけにはいかない。

 危うくつきそうになった溜息を喉元で止め、ひきつり笑いのまま俺はなんとか言った。

 

「喜んで……させてもらいます」


 その後配る広告の数を増やされたのは言うまでもない。

 



 「み……水ぅ……」


 広告配りは一割も終わらず深夜に突入してしまった。その間には一切休憩はなく、ノンストップで走らされ続けた。

 途中で路地裏に入ってこっそり寝転んでみると、ぱたぱたと蝙蝠が飛んできて「見とるぞ」と喋ってくるものだから、もう走るしかなかった。

 喉が枯れてもお構いなし。人間数パーセントでも体内の水がなくなれば危険な状態に陥るというのに、ジャンガーは天国の環境効果を良い事に完全にスルーの方向。

 メロスばりの疾走を見せた俺は全身萎えてもう一ミリも動くになれない。

 芋虫みたいに地面をくにょくにょ動くだけだ。もうなんていうか芋虫。

 あの男、今度あったらギッタンギッタンにしてやる!

 そんな内心の野望むなしく、例のごとく蝙蝠が飛んでくる。

 

「随分と干上がっているの。もう限界か?」

「…………み、……ず」

「うむ。言い感じに仕上がっている。そろそろ終わりとするか。どうじゃ、何も言えなくなるぐらい走ってみるというのは」

 

 こ、コイツ!? 始めからそのつもりだったのか!? 畜生!!

 

「まあそこで休憩しておれ。また明日同じ所で集合じゃ」


 亀仙人ばりのスパルタ特訓にようやく幕を下りたようだった。心身共に疲れ果てて一か月分は走ったという気分だ。

 通行人が水を提供してくれるまで道端にそのまま数時間倒れていた。

 その後、足を引きずりながらジャンガーの用意した寮の方に戻った。

 こうして初日の訓練が終わった。

 


 それから二週間が経った。

 初日から二週間はほとんど基礎体力を付ける訓練ばかりだった。

 ずっと修練場の寮で寝泊まりし、朝起きて訓練、昼食べて訓練、夜食べて訓練、就寝といった生活サイクルをずっと繰り返した。

 寝ればもう朝か、と感じるほど一日の密度は濃かった。

 人間不思議なもので、もやしっ子代表だった俺も、二週間で長距離がそこそこ得意だった頃ぐらいの体力にまで戻った気がする。 

 だがタイムリミットも二週間だ。

 焦る気持ちが徐々に生まれる。

 俺が試験に通ったなんて正直何かの間違いだ。だがこの間違いというチャンスは是が非でも利用したかった。こんなチャンス二度と来る事はない。

 同じ職に就けばきっと彼女は俺の方を振り向いてくれるだろう。あの眩い笑顔をもう一度見たい。

 「くくっ」

 ──その為にはなんとしても誰かカモを見つけなくちゃならんのだ。そいつにはわりいがなぁ。

 こんな思考回路に至っている時点で人間として負けているような気がするが、そんな心配りの余裕もほとんどなかった。

 


 二週間が経つと、ようやく剣を持たせてくれるようになった。といっても訓練用の木剣でそれを朝昼は丸太に打ち付けるだけ。

 型もくそもない。ただ素振りをするだけだった。

 夜になってジャンガーの方が時間を空けると、すぐに実戦練習を開始する。

 深夜までボコボコにされて雑巾のように眠る毎日が続く。

 けれどもどうしてか、そんな毎日に生きる意義を見出し始めていた自分がいた。


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