五話 暗黒の竜と女神
「不味い……封印が解かれてしまう!?」
女神の加護を授ける儀式の準備を続けていた神官達は大きな危機に直面していた。
3つの聖石の中に一つだけ聖石が欠けた状態で封印されている暗黒の竜……聖女ルビアが作り出した封印が今解かれようとしていたのだ。
「ギルス神殿長!このままでは持ちません!」
共に封印を破られないように押さえつけている神官はそう嘆く。
ギルス神殿長も苦悩していた。
何故後一日待ってくれなかったのだ。
もう儀式の準備は間に合いそうにもない。
それよりも早急にこの神殿の街に住まう住民達を避難させなければならない。
「儀式の準備は諦めます。皆様は早急に住民達へ避難勧告を出してください!私は
このまま結界を貼り続けます!」
せめて、住民達が避難するまでは持ちこたえてくれ……
だが……その願いは脆くも崩れ去る。
太古に災いを引き起こした元凶が今、現世へ復活する瞬間であった。
「なんじゃ? 随分と住民達が騒がしいのう」
あの夢に現れたエリー王女からの警告。
嫌な予感がピンピンしてきたわい。
そしてそんな騒ぎに駆け付けてきたライネスは衝撃的な報告をしてきおった。
「大変です!巨大な黒い竜が神殿で暴れています。既に神殿ではかなりの被害が出ているようです。」
巨大な黒い竜?
竜はたしか遥か昔に絶滅した筈じゃがのう……
今までどこに隠れ住んでおったのじゃ?
しかし竜か……見てみたいのう。
出来ればわしの使い魔になってほしいが、流石に無理じゃろうな。
落ち着くのじゃ!好奇心は猫を殺すと言うのじゃ!
――じゃが、やはり太古の生物である伝説の竜を見てみたいのじゃ。
「我々に残された道は2つです。一番目は我々も避難する。二番目戦う。どうしますか?」
なるほどのう……しかし3番目を忘れておるな。
やはりまだまだへっぽこな騎士じゃな!
「まだまだじゃ。三番目が残っておるぞ」
「三番目?」
「竜の姿を見てみたいのじゃ。三番目は見学をしに行くのじゃ!」
ふふん。あまりの予想外の発想に流石のライネスも驚いて……いないのう。
どちらかと言えば笑っておるではないか!何故じゃ!
「ふふふ……流石はエリー王女様。わかりました。僕も最後までお供します!」
足手まといが付いて来ても困るが、肉の盾ぐらいにはなってくれるじゃろうな。
「そうか。ではさっさと行くぞい!」
わしとライネスは逃げ出している住民の流れを逆らいながら、神殿の宮殿に広がる庭に到着した。
そこに待ち構えていたのはギルス神殿長が必至に2つ聖石を杖に装着していて、巨大な黒い竜を聖石の力と魔法陣で動きを封じている最中じゃった。
「ほほう……これが竜と言う名の生き物か。想像していた生き物よりも凶暴そうじゃの。」
「僕もここまで巨大な魔物は見たことがありません。あれ程の巨大さなら、中途半端な攻撃では全く効きそうにないですね……」
ライネスもその竜の迫力にすっかりと驚いておる。
それにしても……竜と云う存在はこんなに巨大な生き物なのかのう?
近づいてみて、改めてその巨大すぎる竜に驚愕してしまう。
体長が50m以上はありそうなんじゃが……
もしかして、かなり危険な場所に来てしまったかもしれない。
わしは徐々に焦り出す。
わしらの登場に驚いたのか、ギルス神殿長はこちらをチラッと見つめた後は引き続き動きを封じている。
「逃げてください……既に聖石で封じられた封印は解けました。私はもうすぐで限界を迎えます!このままでは暗黒の竜が大地を裂けるほどに暴れだす……早く!」
大地が裂ける? 流石にそれは盛りすぎじゃろ……
全く、こういう時には冷静に対処すれば大丈夫じゃ……たぶん。
「どうしますか? 僕たちに手におえる相手じゃなさそうですが……」
「そ、そうじゃな。わしらには荷が重すぎる。さっさと避っ!」
逃げようとした瞬間。わしは魔術すら発動出来ずに床から突然出現した白い穴に落とされてしまった。
白い床に叩き落とされた場所はどこかで見たような風景じゃった。
「なんじゃ?まさかわしは異界の入口に落とされてしまったのか?」
本当にそれならかなりヤバイのじゃが……
そんな不安なわしをよそに、一人の巫女のような衣装を被った青髪の女性がわしの目の前に突然現れおった。
「違うわよ。私が貴女を呼ぶために私の世界に招き入れたわ。」
私の世界? なんじゃそれ、まるで神様みたいな事をいいおるぞ?
「頭だいじょうぶか?流石に私の世界とかあるわけないじゃろ。」
「ムッキーーー!!!なんなのよ!せっかく私が親切に加護を授けようとしているのにその態度はなんなの!」
わしが軽く煽っただけでこの女は怒り心頭になってしまった。
加護? どこかで聞いた言葉じゃな。
……あれ? この人物ってまさか……
「もしかして……女神様かのう?」
どうやらその答えは正解だったらしく。
怒っていた顔が突然にドヤ顔へ変わっていた。
「ふふん。やっと私の偉大さが理解出来たかしら。そうよ!私こそが貴女の世界で信仰されている女神ルビアよ!」
女神ルビア? あれ? それって聖女ルビアじゃないかのぅ?
「聖女ルビアではないのか?」
「それも私よ!」
なんなのじゃ……この女は……
女神も聖女ルビアも同一人物じゃとしたら……これではまるで、マッチポンプではないか!
「あの時は単独で一時的に世界へ干渉させるのが許可されたから、私はちょっとだけ人間の手を貸してやっただけなの。お蔭で信者が急増した事で信仰力が一気に高まったわ!」
つまりは、信仰力を得る為に聖女ルビアとしてこの世界の災いから救ったって事じゃな。
まさか聖女が女神と同一人物じゃなんて、当時の人たちはだれも気付かなかったじゃろう。
「ならば加護なんぞ授からずにおぬしがあの竜を退治すればいいのではないか」
わしの正論に女神は悲しみの表情で話かけてきおった。
「実は、私が暴れていたのが上層部に知れ渡っちゃってしまって、当分はあの世界に単独では、行けなくなったのよ。酷いわ!この私が大活躍したからこの世界が救われたっていうのに……本来の仕事をしろ!とか言うのよ!」
つまりその仕事と言うのが……
「加護を授けるのも、仕事の内の一つじゃったのか……」
「そうよ、最近は神殿の信者達も必死に聖女候補を探していたけど、なかなか私のお気に入りが現れなかったのよ。」
その結果が今回の騒動か。酷い有様じゃな。
だが、この騒動の原因はわしにも責任がある。
あの神殿長が聖石を使って巨大な竜を封じていた時に気づいてしまったのじゃ。
そう……若返りの秘術に必要だった聖石を盗んだ神殿じゃったと。
わしの推測では、あの三つにはめ込んでおった聖石が一つでも欠ければ封印の効力が弱まってしまったのじゃろう。
「今回は緊急事態だから、一番強い貴女を私の加護を授かる権利へ特別に抜擢してあげたのよ!光栄に思いなさい!」
そういってドヤ顔をしていたルビアはにっこりとほほ笑み、わしに近づいて口づけをした。
「な……なにをするのじゃ!」
突然の出来事に慌てふためいてしまったわし。
そういえばおっさんになってから女性にキスされた事がなかったのう……悲しくなってきたわい。
「女性同士の口づけでそんなに慌てるなんて、まだまだ子どもねー」
こやつまでもわしを子ども扱いするのか……
まあ、女神ルビアは太古の昔から存在する神話級の人物じゃ。
わしの年齢が100程度では子どもに等しいのも頷けるの。
「これで女神の加護は授けたわ!後はがんばってあの竜を倒すのよ!じゃあねー!」
そう笑顔を出しながらわしを無理やり元の世界の穴へ落しおった……
この女神……わしへの扱いが酷すぎる。