二十一話 最後の一撃
ルビアの力を授かる準備が整ったわしに、ルビアは近づき、そのまま口づけをした。
またか! もっとマシな方法はないのか!
だが、急激に力が増幅しているのを感じる。
女神の力が二つに合わさった力がこれほどまでに強烈だとは、予想外なのじゃー!
果たして、わしはこの力を扱う事は出来るのじゃろうか……
いや、弱気になっては駄目じゃ。
一人で困難を乗り越えた過去とは違い、今はたった一人の力ではない。
わしは、多くの仲間の力を借りて、その仲間たちの期待に応えなければならないのじゃ。
かつてのわしは、世界一の魔術師なると宣言した……。
この程度の力なんぞ、直ぐに使いこなしてみせるのじゃ!
覚悟を完了したわしは、流星からの攻撃を防ぐ為に今までで一番強い結界をルビアを保護させる為に張る。
ルビアはそのまま気を失い、目を瞑っているのう……。
安心するのじゃ、ルビアよ。
もうわしは一人ではない。多くの仲間を背負い、友を救うのも仲間としての務めじゃ。
わしが絶対にトールを倒して、直ぐにこの力を返してやるわい!
結界から飛び出したわしに待っていたのは、無数の流星が未だに襲い掛かっている現場じゃ。
だが、今はそれがスローモーションのように止まって見える。
それほどまでに、わしの身体能力が高まっているようじゃ。
無数の岩を避けながら、わしは、トーラに向けて聖剣ジラートを黒く輝き出すほどに大型へ変化させる。
「ぬおおおっ!! 凄まじい魔力だ! 我の力があふれ出るわ!」
距離にして数十メートル、だがその距離からわしは聖剣を振り下ろす!
だが、トーラも今までにないほどに青白く輝く美しい剣を空間から出現させ、わしの斬撃を受け止める。
『やるではないか、この剣は俺の生前から使っていた特注品だ! 貴様の聖剣よりも年代物だぞ!』
『それがなんだっていうのじゃー!』
ふざけおって、どこまでもわしをおちょくる気じゃ!
負けるわけにはいかん、ルビアに授かった力を無駄にするわけにはいかんのじゃ
お互いに剣を弾き返し、数秒のにらみ合いが続いた後、わしは最大級の魔力を開放させる。
わしの魔力に反応するが如くに、相手の剣も一段と光輝き出している。
次で決める。 莫大な魔力を一点に集中させるのじゃ
漏れ出さないように魔力を収縮させる事でさらなる威力を発揮する。魔女から教 わった基礎中の基礎、戦略級の魔術を唱える訳ではない。聖剣ジラートに、わしの全ての魔力を注ぐのじゃ!
『次の一撃で最後じゃ、わしの全力を受けるがよい!』
『ならば俺はその最強の矛を跳ね返してやるわ!』
トーラは避ける素ぶりを見せずに片手で握っている剣に魔力を集中させている。
わしの攻撃を本当に受け返す気のようじゃな
望む所じゃ、わしの一撃はそう簡単には跳ね返せぬぞ!
『食らうのじゃっ! トーラ!』
光と闇が混合しながら渦巻いているジラートは突如として、数百メートルまでに長く伸びる。
今のジラートの殆どは魔力の塊、わしが放つ光線よりもはるかに圧縮させたようなもので、その気になれば遥か遠くへと伸ばす事が可能なのじゃ。
わしはその巨大化したジラートを大きくトーラへ向けて振り下ろす!
わしの振り下ろした剣に対して、トーラが握っていた剣が全身を囲むように球状のシールドへと形状を変える。
そして、わしの渾身の一撃は閃光を浴びながらトーラへと直撃した。
その衝撃は凄まじく、一瞬でも気を緩めれば、わしが吹き飛ばされてしまいそうな程じゃ。
トーラは凄まじい衝撃をモノともせずに、わしの一撃を受け止めている。
余裕の表情はすでに消えてしまい、わしの一撃を防ぐので精いっぱいのようじゃわい。
だが、それはこっちも同じなのじゃ。
少しでも魔力を乱れてしまえば、わしの放った一撃が全てこちらへ向いてしまうじゃろう。
あの剣から球状へと形状を変化させた巨大なシールドは、魔力を跳ね返す機能が備わっている可能性が高い。あのトーラ自身が跳ね返すと宣言したのじゃ。故に気を緩めてはいかん!
『どうした? その程度の力ならば、すぐに貴様の攻撃を跳ね返してやるわ!』
ぐぬぬ……っ! ルビアの力と女神の力を合わせても、まだ足りぬの云うのか!
わしの魔力が徐々にトーラに押されているのを感じる。
後少しでトーラを倒せるはずなのじゃ……。 なのに、まだ魔力が足りない。
どうすればいい……どうすればあ奴のシールドを貫く事が出来るのじゃ……
このままでは……わしが負けてしまう!
一方その頃……
ジーニアスとライネスは魔界でエリー王女とルビアの帰りをただ祈りながらじっと待っていた。
しかし、未だに帰還して来ない現状に、徐々に苛立ちの顔が表情に出てきたジーニアスは、この沈黙した雰囲気から口を開ける。
「なあ、ルビアも救援に駆け付けたし、トーラは絶対に倒して帰って来るよな?」
「そう祈るしかありません。ルビアの話では、人間では生きていけないほどに恐ろしい世界が広がっていると言っておりました。 足手まといになるならば、ここで待ち、ただ祈る事しか出来ないでしょう」
「だが、トーラの力は吾輩でも底を見えないほどに恐ろしい存在だ。二人が掛かりでも勝機は薄いだろうな」
「そんな弱気な事を言うなよ、まだ負けた訳じゃないだろ! 魔王……って、なんで魔王も俺たちの会話に参加してるんだよ!」
ジーニアスは自然に会話へ解け込んでいる魔王に驚きながらツッコミを入れる。
魔王ハデスは、トーラがこの世界で消滅したと同時に、永遠の世界から抜け出す事が出来た。
魔王の出現に、即座に臨戦態勢に入るも、魔王は攻撃をする所か、瀕死のルビアを瞬時に回復させる。
ルビアをエリー王女が拉致された世界へおびき寄せる為に、トーラが保険として魔王に加護を与え、ルビアを回復させるように命令された。
その命令を完了されただけで魔王は意識を失い。 その場で倒れ伏せてしまっていた。
「吾輩が居てもいいではないか……吾輩もトーラの被害者なのだぞ!」
「そもそもお前が俺たち人間界へ侵略しなければこんなことにはならなかったんだぞ!」
怒鳴っているジーニアスの指摘は正しい。
だが、トーラの呪いは、ルビアの恐怖に打ち勝つほどに強力な欲求が襲っていたのだ。
今はその呪いが消えている。
もう人間界へ侵略を仕出かす様な愚かな事はしない。
「まあまあ、魔王もトーラの被害者なのですし、ここは仲良しましょう」
「そうだ。吾輩も今は一人でさびしい。仲良くしようではないか!」
そう言って、明るく元気な魔王はジーニアスを笑いながら肩をポンポンと叩く。
あまりにも、人間と友好的な態度をとる魔王の前に、ジーニアスは完全に拍子抜けしてしまっていた。
「なんで魔王がこんなにフレンドリーなんだよ……納得がいかねー!」
魔王からは、邪悪な雰囲気を漂う面影は既にない。
ライネスもルビアがもう放っておいても問題ないと言われてからは、すっかりと警戒はとかれている。
シリアスな雰囲気は無くなり、すっかりと緊張は解けてきたが……その時、かすかなエリー王女からの言葉が二人に届く。
『もっと……もっと力が必要なのじゃ!』
「!?」
ライネスとジーニアスは、その言葉を即座に反応して、表情に冷や汗をかきながら驚く。
力が欲しい……その言葉は、ルビアとエリー王女の二人がかりでもトーラを倒せるほどの力が足りない事を意味している。
「ジーニアス……今のエリー王女様の言葉を聞きましたか?」
「ああ……どうやら俺たちの力が欲しいようだぜ」
「なんだ? 吾輩には何も感じぬぞ?」
魔王は、エリー王女の加護を授かっていない。
これは、二人の勇者でしか微かに聞き取れないほどの微力な信託なのだ。
「僕らが、エリー王女から授かった加護は、どうやら別の世界からでも有効範囲のようですね」
「へへっ、きっと俺様の莫大な魔力をエリー王女が欲しがってるんだろうぜ!」
「よく分からぬが、吾輩たちでも手助けできる事があるようだな。いいだろう……。吾輩を裏切り、城下町を滅ぼしたトーラは絶対に許さん! 吾輩の力を貸してやろうではないか!」
魔王城を破壊した張本人がエリー王女だという真実は、魔王には知らない。
だが、長い年月の間に守り抜いた城下町を完全に消滅させたのはトーラだ。
その事実だけは許すわけにはいかない。
「わかりました。魔王の力はエリー王女にも心強い味方なれる。ジーニアス、ハデスさん、僕の手を握って下さい!」
その言葉を聞いた二人はゆっくりと近づき、ライネスの手を両手で強く握る。
手を握った瞬間に、一つの光が上空の彼方へと放出される。
それは、3人の力が一気にエリー王女へと渡っていく光だ。
「届いてくれよ、お前が居なくなる世界なんて、俺は絶対に嫌だからな!」
頼む……力じゃ……後わずかでもいい……力を……!
魔力が足りない。 じりじりと今にも跳ね返ってきそうな程に
エリー王女は追い込まれている。
そして、そのエリー王女へ向けて奇跡の力が降り注いだ。
なんじゃ……わしの魔力が増幅していっている……
この魔力はジーニアス……それにライネスの魔力の波動を感じるぞい!
そしてもう一人は誰じゃ? 魔族らしき人物からもかなりの強力な力をわしに与えているようじゃ……
だがいける……これならいけるぞい!
今こそ、一気に力をトーラへ向けるのじゃ!
今までにないほどに力を増した、光と闇を渦巻く聖剣がトールを襲う。
『馬鹿な! この俺が押されているだと! 奇跡を起こしたとでも言うのかー!』
『トーラよ、これで最後じゃー!』
防いでいた巨大な盾はわしの放った最後の一撃によって、木端微塵に打ち砕く。
わしの一撃はそのままトーラに直撃し、完全に消滅させた。
勝った……今度こそわしの勝利じゃ……
全く、もうこんな死ぬほどに苦戦する戦いはコリゴリじゃわい……
『そうじゃ、早くルビアに女神の力を返さなければ!』
わしは、ルビアが眠っている結界の中へと入る。
倒れながら横になっていたルビアをわしは、ルビアに口付けをして、本来の持ち主に女神の力を返した。
だが、ルビアが起き上がらない……何故じゃ!?
『ルビアよ! さっさと返事をするのじゃー!』
何度も叫び声を出しても起きる気配が無い
そんな馬鹿な……間に合わなかったじゃと……!?
ありえない……そこまで長時間の戦闘はしていない。
まさか、始めからわしに嘘を付いたのか?
本当は死んでしまうと知っていながら、わしに力を与えた可能性が高い。
嫌じゃ、そんな可能性は信じたくないのじゃ!
『ふうん、ルビアめ……生き残れる権利を拒否するとは、最後まで世話のかかる奴だ。』
『なっ! 何故おぬしがまだ生きておるのじゃ!』
その言葉を聞いて振り向いたわしは、先には薄く透けているトーラの姿がそこに居た。
どうやら肉体は既に死んで、魂だけの存在になっているようじゃ
魂が消滅するのも時間の問題じゃな。
それよりもこやつ……さっき何をいいおった? 生き残る権利を拒否しおったじゃと!?
『俺の事なんぞ、もはやどうでもいい。貴様はルビアを連れて、元の世界へ帰還しろ。俺がルビアを連れ戻してやる!』
『待つのじゃ! 何をする気なのじゃー!』
そう言いながら、眠っているルビアへ吸い込まれるかのようにトーラは消えてしまった。
なんなのじゃ……ルビアを殺すように神から命じられた筈じゃのに、今はそのルビアを助けようとしておる。
トーラの行動が矛盾しておるぞい
いや、今までのトーラの行動を見てみればおかしな点があったわい……
『まさか……トーラは初めから……』




