十八話 永遠の楽園
「少しは妨害するかと思えば、何もしないとはな……俺が使った能力を知っていたか」
ルビアはエリー王女達を助ける所か、その場で動こうともしていなかった。
トーラが人間に触れただけで、消失させてしまう強力な能力。
ルビアはこれを、知っている。
「エターナルワールド……救いを求める生物を救済する為に編み出された永遠の世界。ふざけた能力を神から与えられていたのね。」
「そうだ、理想の世界で永遠に暮らす事が出来る。永遠の楽園……女神をここまでおびき寄せた褒美だ、まあ……永遠に波乱の無い人生など、俺には退屈すぎてお断りだがな。」
永遠の世界は、生物にとっては、理想の楽園。
だが、そこへ一歩踏み出せば、二度と元へ戻る事は出来ない。
夢の世界だとは知らずに、本来の肉体は穏やかに死を迎え……魂だけが永遠に取り残され、永遠に理想の世界からは抜け出せない。
閉じ込められた本人がその世界を望んでいるのだから……
「ふふふ、理想の世界なんていらないわ、あんなまやかしの世界……反吐が出るわ!」
「ふうん、初めて俺と意見があったな。」
夢の楽園に囚われるような存在
そんな存在だけには、なりたくはない
もう、あの過去は戻れないのだから
「では、そろそろ始めるぞ、魔王も期待外れだったからな。俺をガッカリさせるなよ」
トーラの微笑みながら、ルビアを挑発していた。
過去の出来事を掘り起し、古で世界を壊滅させるまで追いやった超越した身体能力。
超越者の能力を最大限に発揮させて、別の世界から生まれた超越者であるトーラがそれを打ち破る。
それこそが、神が思い描いた脚本。
「私を怒らせた事を後悔させてやるわ!」
ルビアは瞬時に周りを水の膜で覆い、巨大な激流がトーラに襲い掛かる
今まさに……神話級の戦いが始まろうとしていた。
「さて、今日も魔術の練習をするぞ!」
魔女の家から少しだけ離れた場所に広がる草原
ここで僕は魔術の練習をしている。
だけど、今日はその様子が違っていた。僕と同じぐらいの身長で、見慣れない白いドレスを着ている銀髪の少女が気持ちよさそう眠っていた。
魔女の家は、かなりの秘境で、旅人がここへ訪れるのは稀だ。
気になった僕は、眠っている少女へ近づき、声をかける
「むむむ、わしの眠りを妨げるのは誰じゃ?」
眠たそうに起き上がった少女は、キョロキョロと辺りを見渡し、僕の顔を見た途端、こちら見つめながら、困惑した顔になっていた。
「ここは何処じゃ……何故わしは、こんな草原で眠っておったのじゃ?」
「僕にそれを訪ねられても困るよ」
「なんじゃ、使えぬ奴じゃのう……わしに仕えている騎士もおらんではないか……一体どうすればいいのじゃー!」
騎士を従えているって事は、貴族様なのかな?
魔女に相談したほうがよさそうだ
「僕のお師匠様ならなんとかしてくれるかもしれないよ」
「本当か!?」
目を輝かせながら僕を見つめている。
そこまで喜ぶほどだったのかな
「うん、お師匠様の家へ案内してあげるよ」
「そうじゃのう……そのお師匠様とやらに期待しようかのう、そういえば……まだ名を名乗っておらんかったのう。わしの名はエリー・パラミア、おぬしの名はなんというのじゃ?」
「僕の名はユリス。お師匠様の魔術を完璧にマスターする為に修行をしている、下級魔術師だよ。」
「なるほどのう……では、短い間じゃろうが、わしの護衛をする権利を授けてやろう。ふふん、かなりの名誉な事じゃぞ?」
「はあ……」
護衛をする事ってそんなに偉い事なのかな?
僕にはさっぱり分からないや
家へ着いた僕たちは、さっそく魔女に少女の事を相談した。
お師匠様が険しい表情で少女の姿を見つめている。
やっぱり、何か事件でも起こったのかな?
「……と云う訳なんだけど、エリーを元の場所へ返す事は出来ますかね?」
「う~ん、空間転移は一人用の魔術なのよ。それに、知らない土地なら、空間転移でそこへ辿り着く事は不可能だわね。」
「なん……じゃと……!?」
空間転移も万能じゃないのをすっかりと忘れていた
でも、どうしよう。こんな辺境の土地だったら、少女の住む国ってかなり遠いに違いない
「エリーの住む国ってなんて名前なの?」
「パラミア王国なのじゃ。」
パラミア王国?
たしか、エリーの名もパラミアだった筈
「あら、エリーちゃんは、パラミア王国の王女様だったの?」
「よく気づいたのう」
お師匠様もビックリとした表情で凄く驚いている。
僕だって驚くよ
「お師匠様、パラミア王国ってどのくらい遠いのですか?」
「そうねえ……かなりの遠くの国だった筈だし、ここからだと、その国へ辿り着くまでは、かなりの時間が掛かるわねえ」
エリー王女はすっかりと肩を落としながら、落ち込んでいる。
配下や仲間も居ない……何も知らない辺境の土地。
ここへ突然に転移されたのだから、落ち込むのも無理はない。
「けど……そんな遠くへ空間転移する魔術なんてあるのですかね? お師匠様でも、指定した場所へ転移するのには、数百キロで限界ですよね?」
「空間魔術は、私と貴方しか使えない魔術よ、空間転移で飛んだ可能性は低いでしょうね。」
「じゃあ、わしは何でこの場所へ転移したのじゃー!」
「考えられる可能性の一つとして……召喚魔術かもしれないわ」
「召喚魔術……!?」
召喚魔術……精霊や魔物を従えさせる事が出来る、伝説の魔術の一つ。
確かにその可能性が高い。
僕も召喚魔術で遺体を召喚……
あれ? 僕は召喚魔法なんて知らないのに、なんでこんなに詳しく知っているのだろう。
うーん……全然思い出せない。
「けど、流石に生きた人間を召喚させる魔術なんて聞いたことがないわね。」
「むむむ……凄い陰謀を感じるのじゃ……」
それから、僕たちは、様々な意見を交わしたけど、結局は、エリー王女がこの場所へ転移した原因が分からなかった。
だから、当分の間は、この家へ住まわせてあげる事をお師匠様が許可してくれた。
だけど……僕の部屋にエリー王女とすみわけされた影響で、僕のスペースがかなり減ってしまった。
「それ、僕の玩具だよ! かってに使わないでよ!」
「独占はいかんぞい! わしが有効に使わせてもらうのじゃ!」
僕の玩具を盗んでいるエリー王女には云われたくないよ……
そして、気が付けば、既に夕日は沈み、もう夜空は暗くなり、夜となっていた。
そろそろ寝る時間帯だ。
僕は睡魔に襲われて、そのままベッドの布団へと倒れこんだ。
そして、そのまま僕は睡魔に襲われながら、意識を失う。
……ん? 背中が締め付けられるかのような違和感が襲っている。
気になった僕が目を覚ますと、僕を背中から抱き着いた状態でエリー王女が寝転んでいた。
「ちょっとまってよ、ここは僕のベッドだよ! エリー王女は臨時のベッドを用意してあげたじゃん!」
お師匠様の生活で必需品の殆どはマジックポケットに貯蔵されている。
その中には、ベッも複数が保存されていた。
「嫌じゃ! 一人だと、とっても怖い夢を見るのじゃ……」
「どんな夢なの?」
「黒い鎧を着た騎士が……わしの兄上と姉上を切り裂いて……その後……わ、わしを……」
エリー王女が声を震えながら泣いている。
それほどに、恐ろしい夢だったのだろう。
「分かったよ、今日だけは特別だからね」
「うん」
黒い騎士によって、家族が殺される夢。
それは、この辺境の土地へ転移したのと関係があるのだろうか?
もしかしたら、それが本当に起こった出来事なのかも知れない。
何故かは知らないけど……僕はその夢が現実で起こった出来事なのだと、確信していた。
「不思議なのじゃ……ユリスと一緒にいると、凄く落ち着けるのじゃ。まるで、わしと心が繋がっているかのようじゃ」
「僕もそう感じるよ」
初めてあった気がしない、このもやもやとした気持ち
まるで一心同体だったかのように、エリー王女の心情が読み取れる。
「一つだけ思い出したのじゃ……わしは……あの黒い騎士に殺された筈なのじゃ……」
僕はその話を聞いた時、突然に胸が苦しくなる。
やめてくれ、そんな真実はいらない。
ここは、僕の理想の世界、そんな悲しみはいらない
嫌な思い出なんて思い出したくないよ!
「わしは、既に亡くなっている存在……この世界に居てはいけない亡霊なのじゃ……」
「違う! エリー王女は生きている! 体温だってこんなに温かいじゃないか!」
僕はエリー王女の方へ体を向き、ギュッとエリー王女を抱きしめる。
体温だって感じる。死んでいるなんて、ただのまやかしさ、師匠だって……
「もうよいのじゃ、わしは……もう悔いは無いのじゃ。」
「ここなら、思い出をいっぱい作れる……だから一緒にお師匠様と暮らそうよ!」
エリー王女は僕に向かってニッコリとほほ笑んでいる……
なんでだよ……なんで、そんなに笑えるんだよ……
僕のほうが涙がこぼれてるじゃないか……
「ここは、わしには眩しすぎる。」
「嫌だよ……どうして、いつも僕だけを置いて消えて居なくなるの? お願いだから、一人にしないでよ……」
「安心するのじゃ、わしはいつだってユリアの魂と一緒にいるのじゃ」
そうだ……僕の魂にはエリー王女の魂も眠っている。
ここは、僕にとっては、既に過去の出来事
僕が使えなかった光属性の魔術も……エリー王女の魂と同化したお蔭で得意魔術になっていた。
今までの出来事が、全てを透き通るかのように鮮明に思い出していく
そうだ……僕は、踏みとどまってはいけない……世界で一番の使い手の大魔術師になる努力を……
「ありがとう……僕もやっと、この世界から抜け出す覚悟が出来たよ」
「ふふふ……おぬしと、同じ年齢じゃったら、わしはユリアを大好きになっておったじゃろうな」
もう過去へは戻れない、あの日常には、戻れないのだ。
だがら僕は……
「一緒に……あのトーラを倒そう!」
「うむ!」
魔女の部屋に入る為にドアを叩く。
そこには、いつもと変わりのない様子で、とんがり帽子の被った魔女が椅子に座りながら少女の姿をじっと見つめていた。
「ついに、旅立つのね。」
「そうじゃ、お師匠様……今までお世話になったのじゃ。」
魔女も少女がもうすぐ旅立つと確信している。
それほどまでに、少女からは、その気迫と覚悟が伝わっている。
「体には気を付けるのじゃぞ……師匠はもう年なのじゃから……」
「……ふふふ、そんな心配しなくても大丈夫よ、私はまだまだ若い。」
40歳と思わぬ美貌をもつ魔女……
だが、着実に、身体は衰えているだろう。
「約束なのじゃ……絶対に病気にはなっては、駄目なのじゃ……」
「ほらほら、涙を流しちゃだめよ? これから死地へ向かう貴女を止められなかった、私にも責任があるのだから」
少女の瞳は涙が流れていた。
既にこの世界から決別をする準備は整っている。
もう二度と会えないであろう一番大好きな存在であった魔女。
過去を引きずるのはこれで最後、だから、別れを惜しむ訳にはいかない。
「さらばじゃ……わしの、偉大なるお師匠様……」




