十四話 暗殺者を仕留める元爺
ここに一人の魔族が人間に化けて王都に潜入していた。
彼の名はニビル。魔国の四天王で最強の幹部として君臨する。
王城に広がる街である王都は復興作業が進み、かなりの人盛りが出来るほどまでに、大きくにぎわっていた。
そんな王都へ最強の暗殺者である魔族が潜入した目的は聖女であるエリー王女の暗殺。
もしも暗殺が出来ない程の強敵ならば、対聖女兵器を使って封じ込めるつもりでいる。
騒ぎを起こされないように、エリー王女が一人になる隙を伺ってはいたものの
騎士を複数人つれながら、小さな子どももエリー王女に付きまとっていて、なかなか一人にはならず、王都から旅立ちはせずに王城へ住み続けていた。
「おのれえ……あれから数週間は王城を監視していたが、未だに一人にならないぞ……王都を出れば、魔物の仕業として処分できるものを……」
ニビルはイライラしている。
魔族の力なら直に王城を滅ぼす事は可能だろう。
だが……あまりにも暴れすぎてしまえば、聖女ルビアに気づかされる危険性がある。
ニビルは慎重な魔族だ。
なかなか一人にならなかったエリー王女に
食べ物で猛毒を仕込むことも行ったが
エリー王女は何も苦しむようすすら発生せずに食べ終えてしまった。
明らかに解毒されている。
毒殺は失敗した。
だがそんなニビルに、ついにチャンスが訪れる。
「くくく……ついに王都から出て行ったか!」
愚かな聖女の姿を見て思わずにやける。
そう、人通りが多い王都や王城から馬車で旅立ち……草原や森が広がる人通りが少ない道へと辿って行ったのだ。
このチャンスを逃してはならない。
護衛の騎士と小さな子どもだけだ。
これなら行ける! そう確信して、魔族は準備をしていた魔物をエリー王女に向けて解き放った。
地中から現れたモグラのような姿をした魔物。
そのツメは人間を簡単に切り裂くほどの力をもつ魔物として高ランクに属する危険な魔物だ。
その集団が今、エリー王女と護衛達に襲い掛かる。
「さて、ジーニアスよ、わしの言ったとおりに魔術を唱えてみるのじゃ」
だがエリー王女はこの襲撃を事前に察知したかのように落ち着いていた。
それは他の騎士小さな少年も変わらない。
「へへへ!見てろよ!今こそ修行の成果を見せてやるぜ!」
小さな少年が詠唱時間を殆ど行われずに巨大な風を渦巻く刃を複数に出現させていた。
そしてその渦巻く刃に秘めた風をモグラに向けて四方の全てへと……一斉に発射される。
ただそれだけで、モグラは強力な硬さをもつ爪までもが両断されてしまい、辺りのは森林もなぎ倒されて一気に視界が開けてしまった。
たった一つの魔術を発動しただけで、モグラは全滅。
「ふむ、まあまあじゃの。」
そんな弟子の成長に満足していたのか、エリー王女もご機嫌な様子で、ジーニアスも喜びが顔を表にしていた。
様子を見ていたニビルは驚愕する。
エリー王女を少しでも体力を減らそうとしたが、その連れの子どもによって全滅させられた。
どうやらこの連れのメンバーはなかなか侮れないようだ。
軽い冷や汗をかくニビル。
そしてエリー王女の様子がおかしい。
まるでニビルが隠れている物陰に気づいているかのようにこちらへ見つめていた。
「そろそろ出てきたらどうじゃ?数週間前からわしを監視しておったようじゃが……狙いはわしじゃろ?」
ありえない。
人間に化けていたニビルの変装は完璧だった。
誰にも怪しまれずに変装し、認識妨害魔術もあるので、ある程度なら人に気づかれることもない。
それを、王都に潜入した当日で気づかれていた。
ありえない。
「態々わしが、人影が全く無い森へと移動してやったのだ。さっさと姿を見せよ。」
もう姿を隠すのは無理のようだ。
ニビルは大人しくそのエリー王女の言葉に従い、認識妨害魔術を解いて、姿を現した。
「何故……気づいた?」
「おぬしの魔力じゃよ。他の人には気づかぬじゃろうが、わしには誤魔化せん。人
間にはありえぬどす黒い魔力。そう……魔剣ジラートと同じ匂いをした魔力じゃな。おぬし……魔族じゃろう?」
エリー王女はニビルが潜入した当日から気づいていた。
それに警戒したエリー王女はつねに複数で行動し、相手がどう出るのかを伺いながら様子を見ていた。
だが……数週間経っても一向に相手からの襲撃は一度も襲ってはこず、拍子抜けしたエリー王女は、鬱々しく監視を続ける魔族をおびき寄せる為に、わざと人影のない森へと移動する。
そして案の定、複数の魔物がエリー王女達に釣られていたので、魔物はジーニアスの修行成果を出す相手に丁度いい。
そう……襲撃する側だったニビルは、エリー王女におびき寄せられてしまったのだった。
「どうやら……釣られたのは私のようだな……だが!」
こちは人間よりもはるかに身体も魔力も強靭な魔族だ。
聖女と名乗ろうが、人間に後れを取るほどに弱くはない。
闇の魔術で出現した3メートルはあるだろう巨大な黒い物体。これを受けたものは一瞬にして肉体を消滅させてしまう威力を誇り、魔族に伝わる強力な魔術だ。
その詠唱名はダークボール。
人間如きには一たまりもないだろう。
だが、相手側は攻撃を仕掛ける様子はない。
何かを仕掛けてるつもりだろうが……このダークボールを防ぐ手立てはないだろう。
そして巨大な黒い物体がエリー王女に向けて発射された。
「魔剣ジラートよ、おいしい餌がきおったぞ」
エリー王女はニヤリとした表情で突如に出現した魔剣を両手で握りながら腕を振るい……黒い物体は切り裂かれて消滅してしまった。
「流石は魔族の魔力だ。我の腹を最高に満たしてくれるわ!ふははははは!!」
魔界出身の魔剣ジラート……魂と魔力を餌として活動する呪われた魔剣。
相手が魔族だろうが所有者殿に逆らう事はない。所有者殿であるエリー王女に忠義を誓ったのだから……あのアイスセイバーのように所有者を裏切ることは決してない。
「どうやら、魔剣ジラートを従えさせていたのは本当だったようだな。だが……攻撃範囲の大きい魔術ならば、その魔剣では防ぎきれまい」
「発動される前に倒せばいいだけの話ですね。」
一人の茶髪の騎士が表情をニッコリとしながら視界から消えた。
ニビルの目ではその騎士を捉える事が出来ない。
「ちい!」
背後から気配を感じたニビルは魔術の詠唱を中断し、魔剣を右手に握り、攻撃を仕掛けてきた騎士を片手で受けようとする。
「馬鹿な……この私が人間如きに力負けをしているだと!?」
両手を使っても力負けをしている。
あの映像で見た騎士とは別人の強さだ。
さらには、何度も騎士から襲いかかる斬撃に、ニビルは防戦一方になっていた。
それほどまでにこの騎士の身体能力が人間離れをしている。
不利と悟ったニビルはそのまま地面を蹴って空高く飛び、翼を広げながら空を浮くことで騎士の攻撃から難を逃れた。
「おしいのお……ライネスならば、わしの強化魔術で仕留められると思ったのだがのお……」
ライネスは高い魔力抵抗の影響によって
剣士で必須の術である強化魔術を自身に施すことは出来なかった。
だが……そのハンデをものともせずに、騎士や剣士との戦闘で勝利し、王国では 敵なしとなっていた。
そう……身体能力は既に人間の域を超えている。
それほどまでの身体能力を持つライネスに強化魔術を施せばどうなるのか?
エリー王女は長年にも渡る魔術研究の成果のお蔭で、他人へも強化魔術を施す事が可能になっていた。
魔力への抵抗力の高いライネスもエリー王女ならば施す事は可能だろう。
好奇心に釣られたエリー王女は、ぶっつけ本番でライネスに強化魔術を施し、見 事にニビルを退けるほどの身体能力を手に入れる事を成功させた。
やはり魔王様の証言された通りだ
聖女と名乗る王女とその護衛…………
魔王様が危惧するのも無理もない
「なるほど………流石は聖女の護衛と云った所か」
「ふふん、凄いじゃろ!」
エリー王女はまるで自分が褒められてるのが如く喜んでいる。
ジーニアスもライネスもエリー王女が居なければここまで強くはなれなかっただろう
それほどまでに彼らは成長し……強くなっている。
これが弟子の成長を喜ぶ魔女の姿だったのだろうとエリー王女は感じていた。
「だが……私の勝ちだ!」
既に準備は整っている。
対聖女兵器には詠唱時間も必要ともしない。
一回限りの使い捨てだが、すでに標的は定めている。
ニビルが所有する腕輪から無数の空間が歪み……巨大な穴がエリー王女達に出現していた。
「な、なんじゃとー!?」
エリー王女は空間から現れた黒い穴になすすべなく吸い込まれてしまう。
穴に吸い込まれたエリー王女はそのまま穴も閉じられてしまい、もう助け出す事も不可能になっていた。
勝った……! これでエリー王女は永遠の異空間に彷徨い……餓死するだろう。
ニビルは勝利を確信していた。
だが、エリー王女を失っていても、騎士と少年には動揺は見られない。
「どうした? 聖女が消されて茫然としたのか? くくく……」
「違うね……逆だよ。」
「エリー王女がこの程度で死ぬわけないじゃん!」
二人ともエリー王女は消えていないと確信している。
何故ならば……異空間に閉じ込められた場所は……エリー王女だけが使える魔術と似ていたのだから……
そして、そんな動揺すらしていない少年と騎士が居る場所の近くで、また空間が歪みだす。
ニビルが使った兵器はすでに使用していない。
暴発でもしたのだろうか?
だがその予想は外れる。
再び黒い穴が出現し……そこには聖女の姿が映っていた。
「ふう……久しぶりにあの空間に入ったわい。」
エリー王女は何事も無かったかのように空間を開けて地上へと降りてきてしまった。
青髪の巫女衣装の女性と一緒に……
「全く……酷い目にあったわ!」
エリー王女の生命に危機を感じたルビアは直ぐにが飛ばされた異空間へ召喚され……そのままエリー王女と一緒に閉じ込められてしまった。
だがこの空間はエリー王女が魔女との修行で魔術に失敗した時に閉じ込められた場所である。
魔女の手を借りなくては抜け出せなかった異空間も今では自力で抜け出す事は可能になっていた。
「残念じゃったな。わしの得意魔術は空間魔術でのう……その手の術は通用せぬぞ」
「あり得ない………!? あの兵器は完全に異空間へ閉じ込める術式兵器だぞ! それを何事も無く戻って来るなど……あり得ない!」
空間魔術は知らない。
この兵器は偶発的に開発された術式兵器でしかない。
異空間に閉じ込められれば、どんな強者でも抜け出すことは出来ないと魔界での実験で証明されていた。
その研究は人間界にも知れ渡っていたなどどの情報は、魔界に知らされてなかった。
「全く……まさか魔族がまた懲りずに人間界へ侵入してたとはねえ……やっぱり所詮は汚物ね!」
それにあの青い髪は誰だ? 何故エリー王女と一緒に出現した?
わからない……想定外の事が立て続けに起こりすぎている!?
「ルビアよ……汚物とは流石に酷いじゃろう……ここはゴミクズと言う方が気分的にいいぞい!」
ルビア……その名はあの聖女と同じ名前。
「ルビアだと……まさか……お前は………!!!」
その青髪の女性の笑顔から放たれた言葉は処刑宣告に等しかった。
「そうよ!私こそが数千年前に魔界で大魔王を倒した聖女ルビア様よ!」
もはやこの場は一刻も早く逃げなければならない!
魔王ですら恐れる聖女ルビア……
四天王の一人まで上り詰めた魔族ですら感じるこの恐怖……
呼び出してはいけない存在が降臨させてしまった。
「すっげーー!聖女ルビアってあの有名な人じゃん!」
「この神々しい雰囲気はまさにエリー王女様と同じですね!」
相手が聖女ルビアの降臨で盛り上がっている隙を見逃さずにニビルは空高く飛び、逃走する。だが全力で逃げたのにも掛からわずにエリー王女とルビアはそれを逃さずに追いつかれてしまう。
逃げる事をあきらめ、その場で停止したニビルは最後の奥の手を使う。
「あれだけわしを付きまとっておいて、それはないじゃろう?」
「そうよ!ストーカなんて死ぬべきだわ!特に汚物なんて消毒させないと!」
前方にはエリー王女……背後には聖女ルビア……もはや退路は塞がれていた。
こうなれば最後はあれを使うしか残されていない。
「認めよう……どうやら私の負けのようだ。」
「負けを認めても遅いわよ!汚物は人間界から消毒されるのが定めなのよ!」
完敗だ……魔王様の言った通りだ。
対聖女兵器すら効かず
このエリー王女は聖女ルビアすらも従えるほどの化け物
決して敵にまわしてはいけない人間だった。
今更気づいても遅い。
だからせめて……一人でも多くを道連れにしてやらねばならない!
「そう……負けを認めるが………貴様らも道連れだっ!!」
体内に溜めた魔力を一斉に放出……この一帯の範囲は全て灰になる威力をもつ
生命を燃やす術………だが……
「チェックメイトじゃ。」
突如視界から現れたエリー王女が魔剣ジラートを両手に握りながら降り注ぎ……
回避をする暇もなく両断される。
自爆を発動させる魔力も魔剣ジラートに吸収されて不発になり、簡単に封じられてしまった。
そのまま2つに両断されたニビルは魔剣に吸収されるのも時間の問題だ。
「もう……しわけありません……魔王…様…」
そう言いながらニビルは自分の不甲斐なさを悔やんで消滅する。
ふう……久しぶりの敵じゃったな
まさか異空間に閉じ込める魔術を使うとはのお……
魔女が独自に編み出した魔術の筈じゃったが
魔界でも誰かかが魔術研究をしているのじゃろうな。
「うふふふ……まさか汚物がまた人間界へ侵攻するなんて!こうしちゃいられない
わ!直ちに上司に報告して、魔界へ攻める許可は取らないと!」
そういって不気味に笑うルビアは消え失せてしまった。
ルビアの魔族嫌いがあれほどとはのう……
信仰を集める為の悪役にはもってこいの魔族じゃからなのか?
まあ良い。
わしがいのちを脅かすほどの敵ではなかった。
あの巨大な黒い竜を超える敵が何回も現れてはたまらんしのお……
魔族があの程度ならこれからも大丈夫じゃろう。
魔王の討伐さえしなければ、わしに命を脅かす敵は現れないわ!
ぬははははは!!!
じゃが……わしは今……生命の危機を感じておる……
辺りは暗く……見たこともない植物が広がっていた。
仲間の連れを除いてわしは今……敵地に来てしまっておる。
「のう……何故わしは魔界に居るのじゃ?」
きっかけはたった一人の魔族が人間界に忍び込んでいた事に対する報復。
わしらの一団はそのまま女神であるルビアによって、無理やり魔界へと連れさられてしまった。
わしはルビアの不気味な笑いに引いてしまう
「掟を破って人間界へ侵略した魔国は滅ぼさないと行けないのよ!……でも私一人じゃ魔国へ行けない……だから貴女達も一緒に汚物を消毒しましょう!」
「魔王を倒すなんてわくわくしますな!これで僕も英雄になれます!」
「へへ!!今こそ俺様の莫大な魔力を使う時が来たようだな!」
だのに……元凶のルビアはいいとして……この二人は何故かノリノリじゃった。
何故じゃ……少しは生命の危機を感じるのじゃ!
おぬしらはそこまで命知らずじゃったのか!?
そもそも女神ルビアに無理やり連れてこられては
人間界へ帰る術すらないのじゃ……。
「ルビアよ……魔界は嫌じゃ!人間界へ帰るのじゃー!」
「魔王を倒したら帰ってもいいわよ!」
「なん……じゃと……!?」
ルビアの憎たらしい笑顔で放った言葉はあまりにも死刑宣告に等しい。
愕然としてしまうわし。
もはや退路はない………
現状を受け入れるしかなかったのじゃー……。




