九話 氷結の魔剣
ジーニアス皇太子からの挑戦状の封筒が来た。
なんでも決闘を申し込んだらしいのじゃ。
場所は帝都の宮殿の庭で兵士が鍛錬を行う訓練所
何故か皇帝もこの問題行動を無視して、ジーニアス皇太子が訓練場でわしとの決闘するのを許可しおった。
そこまでわしにしつこく付きまとう原動力とはなんなのじゃ?
わしにはさっぱり理解できんわい。
訓練場に向かったわしに待ち構えていたのはジーニアス皇太子と野次馬の兵士達
真剣を使用する為、魔術師の治療師達もスタンバイしておる。
この戦闘訓練用の決闘場の空間なら、大けがしても、一瞬で傷が修復できるそうじゃ。
じゃが、致命傷の傷も治療できるかは知らぬがな。
帝国で開発された最新の魔導訓練施設がどこまで信用してよいのかがわからんのじゃ。
まあ、一本とったら終了じゃし、そこまで大けがはする事はないじゃろう。
「逃げずに来たことを褒めてやるぜ!」
そう言って自信に満ちた表情のジーニアス皇太子。
あれほどうち負かされた筈じゃのに、どうやったらそんな自信の満ちた表情を浮かべられるのじゃ?
そして、ジーニアス皇太子には青い宝石を右腕に握りしめているだけで、真剣がない。
まさか、あの宝石でわしと戦うつもりか? 舐められたものじゃな。
「現れろ! 俺の魔剣!」
ジーニアス皇太子が魔力を青い宝石に流し込むと、みるみると剣へと変化し、青白い魔剣へ変わっていた。
「へへ! どうだ、驚いたか!」
魔剣も所有していいとか聞いておらんぞ!
まあよい。わしも魔剣は2本ほどマジックポケットに眠っておる。
わしも、魔剣を使おうかのう。
そう考えたわしは、マジックポケットから、光輝く魔剣を空間の穴から取り出して
出現させた。
その一部始終を見ていた観戦者たちの声援が大きく響き渡る。
「てめえ・・・・・・何もない場所から魔剣を召喚するなんてカッコ……ひ、卑怯だぞ!」
宝石で擬態していた魔剣を持っていたおぬしに言われたくもないわ!
「わしだけが、魔剣を使えないのは不公平じゃろう?ここは公平にするのが常識じゃろう。」
しかし、ジーニアス皇太子が握っているあの魔剣。
この禍々しい雰囲気。
あの魔剣に似ておるのお……
嫌な予感がしてきおったわ。
「ふん、仕方ないな。こうなったらそんなナマクラな魔剣より、俺様の魔剣のほうが最強だって事を証明してやる!」
そう言ってジーニアス皇太子が切り付けてきた。
今回は魔術を行使するのは禁止にされているので、結構不利じゃ。
強化魔術が使えなくては、ただの幼い少女でしかない。
まあ、ある程度は鍛えておるから、か弱い少女ではなくなったのじゃがな。
わしはジーニアス皇太子の攻撃を受け流す。
「ちょこまかと生意気な!」
なおも攻撃を繰り出すが、ジーニアス皇太子の攻撃は荒いので隙が大きい。
わしはその隙を見逃さずに、ジーニアス皇太子を素手で殴った。
「がハァ!」
「ふふん、おぬしなんぞ、殴るだけで十分じゃ!」
皇太子はわしに殴られたのを怯んでしまい、そのままうずくまってしまった。
殴られた程度じゃのに、いくらなんでも大げさすぎるじゃろう……
「な、なんだお前は! 俺様の中に入って来るな! 」
なんじゃ? 皇太子の奴、急に一人で暴れはじめたぞい?
ついに頭がおかしくなってしまったか?
「やめろ……オレ……ノ……ココ……」
様子がおかしい。
ジーニアス皇太子の言葉がだんだんおかしくなってきおる。
しかも魔剣もかなり禍々しく青白く光っておるのじゃが……
「ククク……ツイニノットッタ……キブンハサイコウダ! マズハオマエカラ血祭りをアゲテやる!」
なんてことじゃ……
どう見ても魔剣に乗っ取られておるではないか!
あのグレンが持っていた魔剣ですら、乗っ取られてはなかったのじゃ。
そう考えるととんでもない魔剣じゃな。
そしてジーニアス皇太子が持っていた魔剣の一振りで、周りの会場は一瞬にして 氷の姿へと氷結させた。
その一瞬の出来事に、空間転移の魔術を使う暇すらなかったので
わしは、とっさに光り輝く魔剣の力でわしの周りに魔剣が光の壁を作りあげた事で難を逃れた。
「寒いのじゃ……」
なんじゃ、あの魔剣は……
明らかに強すぎるじゃろ!
「ケケケ、ソウダッタ、オレのニンムはコウテイのアンサツ、ハヤクイカナイト。」
そう言って、わしがまだ氷の中で生きている事を気づかずにジーニアス皇太子は立ち去って行った。
緊急事態じゃし、魔術で氷を溶かそうかのお。
辺りが閉じ込められている状態では空間転移は使用できない。
なので、聖石の力で増幅させたファイアーボールで氷を溶かした。
氷の穴から抜け出したわしが目に飛び込んだのは
殆どが氷の氷像と化した訓練場と観衆たち。
何が起こったのかもわからなかったのじゃろうな。
観衆たちの表情は普段と変わらない様子で凍っていた。
まさかあの魔剣も聖女が封印した奴なのか?
またルビアが封印した厄介な存在なのかを聞き出すために
ルビアを呼ぶことにした。
「ルビアよ! さっさと出てこんかーーー!」
わしはルビアを召喚する術を知らないので大声で叫ぶ。
「はいはーいー! 呼び出て飛び出てルビア様の降臨よーー!」
そしてその叫び声にあっさりと登場するルビアじゃった。
ルビアの召喚が女神の加護だという現実に悲しくなってきたわい。
「あらまあ……随分と凄い事になっているわねえ」
ルビアもこの惨状に驚いておるな。
「ジーニアス皇太子が持っていた魔剣。あれもルビアが封印したのか?」
だが、その表情は暗い。何故じゃろう?
「違うわ、こんな魔剣は知らない。私が魔剣に封印したのは魔剣から上級魔族に進化した魔剣ジラートよ。」
ルビアが封印したのはわしのマジックポケットに眠っている魔剣だけじゃったのか。
「でも魔族である魔剣ジラートに聞いてみたらわかるかもしれないわね。私の管轄外の出来事って、大体は魔界の事だろうしね。」
魔界?随分と話が壮大になっておらんか?
たしか数千年前に魔界から魔族が人間界に侵略して来た奴らじゃ。
勇者と聖女の活躍で侵略者は殲滅されたと歴史に残っておったのお。
魔剣ジラートもその時代で聖女によって倒された奴じゃったな。
「じゃが、魔剣ジラートの封印は解けかかっておるぞ?」
じゃが、そんなわしの不安はルビアには感じさせていなかった。
「私が居るから大丈夫よ。それに魔剣を破壊すると脅せば簡単に大人しくなるわよ!」
なるほど、そういえばルビアが封印したのじゃから、また封印するのは余裕じゃな!
安心したわしは危険物専用マジックポットから魔剣ジラートを取り出した。
「出たぞ……ついに虚無の地獄から我は解放されたぞおおおおおお!!!」
よほど元の世界に戻れたのがうれしかったのか、魔剣ジラートは喜びの雄叫びを浴びていた。
……じゃが、その喜びも長くは続かなかったのじゃ。
「元気になっている所で悪いけど私の話を聞いてくれない?」
そう言ってルビアは魔剣ジラートを光の呪縛で身動きを封じた。
魔剣の影が広がるも、光の呪縛の前では相殺されてしまい、無力化されてしまう。
「ぎゃああああああ!ななああなぜ貴様がこの世界にいるのだああああ!」
魔剣の恐怖が凄まじい
よほどの事があったのじゃろうか?
わしも面白いから悪ノリしようかの。
「のう、話を聞いてくれんかのう? 聞いた方がいいぞい? 魔剣を折られてしまってはさぞかし大変じゃろう……」
悪い顔を浮かべながらわしもノリノリとなった。
「き、ききさまらあああ!! この我を魔族だと知っ」
「黙れ。」
「……」
ルビアの威圧にすっかりと萎縮してしまっている。
「ねえ、私のお願い。聞いてくれるわよね?」
ニコニコした表情で笑うルビアの表情が怖く見えるわい。
「仕方がない……我も命が惜しい」
そして、あっさりと白旗を上げる魔剣ジラート。
じつにあっけないのお……
これがわしに恐怖を感じさせた魔剣じゃったとは
到底思えなくなってしまったわい。
「この広場に広がった氷の結晶はある青白い魔剣が、人間の身体を乗っ取って行われた惨状じゃ。なにか魔界で心当たりのある話はあるかのう?」
魔剣ジラートはその後
数秒の沈黙を保ってから喋りだした。
「肉体までも乗っ取るような事を仕出かす魔剣はあいつしか居ない。」
「あいつって誰よ?」
ルビアも心あたりは全然ないようじゃの。
ふむ、やはり魔界で存在する魔剣じゃったのか。
「氷結の魔剣……アイスセイバーだ。魔族の肉体を魂ごとのっとって暴れていた呪われた魔剣だ。我も同じ魔剣として、あの魔剣は好かん!」
魂ごと乗っ取る?
それではまるで……
わしが若返りの秘術でエリー王女と同化したような状態ではないか!
「それはつまり……既に肉体は乗っ取られておるから、魔剣を手放しても意識は戻らないと言う事か?」
「そうだ。魂を乗っ取った肉体は既に魔剣の操り人形だ。宿り主を変えない限りは、永遠と魔剣に乗っ取られたままだろうな。」
あれ? それってかなり不味いじゃろ。
皇太子はもう生きていないって事ではないか!
「かなり厄介な魔剣ね……でも何故そんな危ない魔剣がこの世界に落ちて来たのかしら?」
「我に聞かれても知らぬぞ。我は魔界から人間界に渡ってから数千年は経過しているのだ。我には魔界の現状は知らぬ。」
なんじゃ、使えぬ魔剣じゃのう。
しかし、どうしたものか、ジーニアス皇太子を救うてだてが無いのなら
殺すしかないのじゃが……
流石のわしも、いくらあやつが生意気で憎たらしくとも
子どもを殺すのは嫌じゃ。
皇族殺しの汚名を着せられるのも嫌じゃしな。
どうしたものか……
いや、まてよ。
一つだけ方法があるではないか!
確か魔剣ジラートは魂と魔力を魔剣に吸収する能力がそなわっておる。
「のう……魔剣ジラートよ、おぬしは魂だけを切り付ける事は可能かのう?」
「可能だ。もともと我は魂と魔力を養分として活動している存在だ。肉体に傷を付
けずに魂だけを切る事なんぞ容易いわ!」
なるほど、ならばこれは行けるかもしれぬぞ!
わしは思わずニヤリとほほ笑む。
「なになに? 何か思いつたの? 早く私にも教えなさいよ!」
ルビアもわしの知略に気づいたのじゃろう。
ふふふ、今回はわしに軍配があがったようじゃな。
「魔剣ジラート――おぬしには頼みがある。氷結の魔剣……アイスセイバーの魂だけを切ってくれんかのう?」




