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3・落演の死都~からの脱却を目指して……時をかけるワルキューレたちの思惑

タイムスリップモノなので、年号に注意をはらう、この作品。

なお、今回のB級ホラー要素はゾンビです。パニックタイプではないのは、特撮仕様ゆえ。怪異は大事!

プロローグ 落演の死都


 0巡回目。


 貴重なレンガと石畳がふんだんに使われている大聖堂。

 天使が象られた豪奢な門をくぐると、青藍の空間が出迎え、数多の窓に飾り付けられたステンドグラスによる、多彩な色のハーモニーに奏で、来訪者を天空に遊ぶような優雅な気持ちにさせる。

 その中でも天井にあるものは格別で、一際あでやかな色彩を放っている。

 天井一帯に、国教の終末論を多様な色と光で表現しているからだ。

 高度な技術力を有していたとされる古代遺産文明の遺産。その一欠けらの結晶に職人が手を加えたことにより、生み出された至高の芸術。

 敬虔な者と選ばれた者には永遠の命を与え、不敬虔な者と悪魔には限りない苦悩を宣告するというクライマックスシーンは壮大としかいえない。

 左側には天国へと導かれる人々、右側には地獄へと追いやられる人々。中央には蘇ったすべての人間を裁くためやってくるという、公正さを量る天秤を持つ大天使の姿が象えられ、世界の終わりを表現するには、申し分ない出来だろう。

 天の裁きを担うにふさわしい色彩のイリュージョンを一身に浴びるように、主祭壇の上で一人の翼人が羽ばたいていた。

 彼はこの世界のすべてを浄化しようとしている。

 それは、彼が神とあがめるものの命令であり、宿願だからだ。

「来たか」

 かの者の名はマーシー・カンブリカ。

 通称マーシーは、人々から神の使いと恐れられ、羨まれていた。

 それは彼が周辺の街を、そして人々を異様な方法で支配したときからだ。

 神の使いとしてふさわしい方法かどうかは意見が分かれるだろう。

 が、この姿だけを見ればそう納得せざるをえないぐらい、彼は、儚くも麗しい形成なのだ。体のあちこちに青い花を咲かせた大きな翼を持つ翼人。花から発する匂いは、この世のものとは思えないぐらいの不思議で芳しい香り。それを神秘的な現象の一つとして常に振りまいている。

 草木で両目が覆われているので、表情を見ることはかなわないが、男として理想的な体つきと、それを魅力的にみせる凛とした姿勢の前では、訝しがるよりも先に、無条件でかしこまってしまうだろう。

 高い遺産キャパシティを持たない限り着ることさえもかなわないという伝説のファナティックスーツ晴天の聖歌をまとい、青い花びらを満遍なく散りばせ、大きく羽ばたくその姿は、神々もとりこにしてしまうぐらいの、愛された姿態としかいいようがない。

 人を超越した存在というものは、こうであるべきだと見せ付けている。

 彼は残酷なほど神々しいオーラに満ち溢れていた。

「よくぞここまできたな、永久水晶のワルキューレ。おもしろい。ヌシはワレ、自らが手を下そう。なに、怖いのは一瞬よ。自分が自分でなくなるのを恐れぬ生き物はほとんどおらぬからな。しかし、満たされれば、人のままでは味わうこともない快感と充実感を与えよう」

 人の身では到達することはない麗しい顔の口元が、酷薄に歪んだ。

 この壮絶なる力と美の化身の前に、並の人間ならば即座に服従を誓うだろう。

 たとえ、その先に待つものが死だとしても、彼の善悪と超越した天使のような微笑みのために、崇高なる栄誉と甘美な快楽の中でおぼれてしまうのだ。

 だが、主祭壇の翼人と同じくらいの強い光を発する水晶は違った。

「お断りします」

 無色透明な鉱物にまとった永久水晶の新たな三つ目族の装着者は強靭な意志とそれ相応の覚悟をもって、神の使いからの誘いを拒んだ。

 マーシーにとって、この地に降り立ってから初めての拒絶である。

「ほう。ヌシは姉とは違うということか」

 マーシーは瞬時に三つ目族の遺伝子情報を読み解く。

 そこから己側近として侍らせ、緊密な関係を築いた女が姉であったといることがわかったのだ。

「ヌシの姉はワレに忠実であったのに、な」

「……っ」

 彼女は完全に支配されたわけでもないのに、マーシーに従順であった彼女。そのいじらしさに愚かにもかわいいものだと思っている。

 しかも体の相性はよかった。

 生物的な機能を残させているこの肉体の生理的現象に何度も付き合わせていた。

 愛などといった甘い感情はない。三つ目族でしか扱えない古代遺産ファナティックスーツ永久水晶を飼いならすためだ。

 そしていつかあわられる、真の永久水晶の奏者を作り出す気でいた。

 彼女の遺伝子情報から、それに近いものが神音を奏でられるほどのキャパシティを持つワルキューレになることを知っていた。

 数多の時代を駆け巡り、運命を打破する存在は、古代遺産文明の中にもいたのだ。

 幸運と希望の申し子と呼ばれ、あらゆる世界を変えていくワルキューレ。

 ドクターという人物の元に集ったという以外なぞが多い集団だ。

 マーシーもまたその存在を恐れている。

 晴天のファナティックスーツをまとうマーシーが万が一敗れ去る可能性があるのは、同じくスーツをまとう、ワルキューレに他ならなかった。だから、いつか生まれる永久水晶の真なるワルキューレを取り込もうとした。

「姉から永久水晶を受け取ったというのに。ワレに楯突くか。遺伝子構成が似ているだけでは従わないものなのか」

「それは……そうですよ」

 強く誘いを断った三つ目族の新たな奏者の視線こそは鋭い光を宿したままだが、今にも泣きそうな声で答える。

 信じたくなかったものを見せ付けられたような、そんな悲しい色が瞳に入り混じっている。

「あなたは確かに人の心を救うでしょう。しかし……」

 奏者は、マーシーが支配下に置いた街を、人々をこの目で見て、彼の行いを知っていた。

 確かにかの者に支配された人間は、表面上は幸せに見えた。

 食事、排泄、就寝、起床などといった日常の習慣的行動には殆ど支障がなかった。

 が、その生活は支配下に置かれる前の記憶になぞっているようなものである。

 そこに意思はなく、人としての生活をできの悪い人形のように演じ、繰り返しているだけだった。

「あなただけでは人の営みを救うことはできないのです」

 空虚な意味のない仕事を繰り返す、違和感だらけ空間。

 特に水晶が目をむいたのは、彼らが腐った食材で料理らしきものを作って食べていたことだ。

 生命を維持できるだけの栄養素を得られない状況。偽りでも精神が満たされていようと、肉体は有機物のままなので、ちゃんとした食事を取らなければ、死んでしまう。ほぼ餓死に近い形で生命活動が停止したモノも当然出る。

 死体となったのだからそれなりの処置をしなければ、自然の流れで肉体は腐りきって崩れ落ちるのは必然。

 物理的に動けなくなっていく体。

 それでも、筋が切れていない動ける体のうちは、人間であったころの思い出に沿って、ありし日のように踊ろうとする。

 だから、街は動く死体の見本市に変わり果てていた。

 活気ある生き生きした街の姿は完全に消え去り、かつての栄光になぞらえた趣味の悪い人形劇の舞台にされている。

 マーシーに支配された人々は、失われた遠き日の生活をなぞった不気味なゾンビへと、生きながら堕ちていくしかないのだ。

「それは仕方がないことよ。自動操縦でなければ手が足りぬ今、自我を失った個体の肉体的な損傷まで気が回らぬ」

 侵略者はいつだって現地住民に厳しい。

「だが、それは必要経費と考えるべきではないか。ワレたちは新たな時代を呼び起こすもの。人々の命というのはその代償を払った結果に過ぎない。そう思わぬか、永久水晶」

「次代のため、ということですか……。しかし、それでも、私はそんなこと認めません! 認めたら……私たちは夢や希望を失うことになります」

「フフフ……。子供らしい意見だな、永久水晶。よく考えてみよ。人を幸せにする方法とは何だ。たった一人の欲望でもすべて叶いきれるわけがなかろう。人は環境によって変化する生き物ゆえ、欲望は多岐に渡る。無限大だ。だけど世界は有限。どの道いつかは限界を迎える。ならば、幸せを感じられるようなものを勝ち取るのではなく、どんな過酷な状態でも幸せと感じるように洗脳したほうが話は早いではないか。自由を奪い、視野を狭め、価値観を固定化させたほうが支配しやすかろう」

 これが侵略者視点の正しさだ。

 死者の街となっても、動かせるのならば問題ない。人ならざるものらしい、効率と数字だけの世界。

「認められるわけ、ないじゃないですか。それを認めたら、私は……私が好きな……色鮮やかな世界をすべて否定することになるのです!」

 千差万別。いろんな人がいるから、いろんな色で輝ける。

 対立もする。

 傷つくこともある。

 だけど……違う存在だからこそ優しく抱きしめることも、はるか高みにいるものに尊敬することもできる。

 かつて永久水晶の奏者が心から慕いあこがれた人物は、そういってポンポンと幼いころよく髪をなでてくれた。

「だから、私は私であるがために、マーシー、あなたを止めます!」

 嗚咽が漏れそうなのどを叱咤し、永久水晶の奏者は怒鳴った。

「ふむ。説得失敗か」

 マーシーは残念そうにつぶやく。

「ワレは兵器ゆえ人の感情に疎いらしいからな。ヌシの怒りがわからぬ。ただ文章を並べればいい訳ではないようだな」

 人の心も命もないマーシー。

 彼はもともと人の形にこだわりはない。

 人の形であり続けたほうが、何も知らない他者を誘い込みやすいからという理由で保たせているだけに過ぎない。

 だから彼は人の生死について頓着しない。人々の意識を奪い、生きながら死体へと変貌させていることに罪悪はない。

 人のように見えてまったくの別物の生き物であるこの天使にしてみれば、人の形のままを保持させているだけでも、善意に近いのだ。

「しかし、運命は変えられぬぞ。武器妖精アルム・フェーを手にしたワシこそが晴天の聖歌の真なる奏者。永久水晶の真なる奏者、ワレらとともに世界を変えていくべきだ!」

 運命。知っている。

 ワルキューレたちはどんなことがあっても、最終的には手を取り合う存在だということは、自明の理である。

 だけど、本当にこの晴天の聖歌は真なる奏者なのか。

 その答えを知るために、三つ目族の奏者は最終確認をする。

「……最後に一つ、質問します。私はあなたにとってなんですか」

「使える駒。それ以外にワレらを示す言葉はなかそう」

 マーシーにとって己も含めてすべて駒でしかないのだ。

 水晶を取り込もうとしているのも、使える駒だからほしいといったところからだ。

「……そうですか」

 三つ目族の奏者は目を伏せた。

 潤む瞳、震える体。

 悲しみに打ちひしがれているのが目に見えてわかる。

 もっとも、マーシーには見当もつかないことではあろう。人ではないマーシーにとって、外殻に使っている体が水晶にとってどんな存在であったのか、そんな感傷的な心情を理解できないのだから。

 それは古代文明時代に作られたもの達の共通認識に近い。

 人よりもはるかに高い知能もつ遺産ではあるものの、そう調節されるからか、遺産たちは自身の性質通りに動こうとする。理性というよりも本能からそうすべきだと、モノとしての性能にとらわれている。だから人の形を模していても、けして人と交わることのない平行線の上でしか存在できない。

「ひっく……んっうぅぅ……」

 奏者にもわかっていたことだ。

 このマーシーの外装としてあこがれていた人物の死体が取り込まれている。だから、他のゾンビたちと同じように、彼本来の元の人格なんてとうの昔になくなっているのだ。

 永久水晶の奏者はこぼれそうな泣き声を我慢しながら、震える唇で言葉を出さずにはいられなかった。

「兄上……やはりあなたはもう『いない』のですね」

 残酷な現実を認めた瞬間。

 ポロポロ、ポトリ。

 右、左、そして額の瞳から透明なしずくがそれぞれ一粒ずつ滴り落ちる。

 悲しみに彩られた涙が地面に吸収されると同時に、永久水晶の奏者は悠久五幻想を構え、戦闘態勢を整える。

 先ほどまでの弱々しさがうそのように、活力がみなぎっている。

「ならば、もう交わす言葉はありません。いきますよ! 兄上、いえ、マーシー・カンブリカ!」

「ほう。あくまでもワレの神託から抗うか、永久水晶。おもしろい、受けてたとう!」

 透き通るような美しい神音が大聖堂に響き渡る。

元素革命サウラ・オンヌス!」

 先手を取ったのは永久水晶だった。

 彼の周りに浮遊する五つの水晶からまばゆい光が放たれる。

 風のように猛烈に。

 火のように苛烈に。

 地のように強烈に。

 水のように激烈に。

 空のように鮮烈に。

 五つの光が、数多に分裂。

 いや光と同じかそれ以上の速さで悠久五幻想が同じぐらいの大きさの丸い光のエネルギー弾を発射しているのだ。

 風を切るうなりを上げ、無数の光の弾はマーシーの肉体を抉らんと放射状に飛び出す。

 その動きはまるで流星群。

 悪夢の根源であるマーシーを消し飛ばさんばかりの勢いで、撃って、撃って、撃ち付ける。

「フハハハハハ! なるほど。これだけの力はもつか。だが、ワレの、ワレがまとう晴天の聖歌にヌシ一人にいつまで立ち向かえるかな! 天の裁きを《ジュージュモン・セレスト》!」

 ハープのような神音は水晶の人格を壊そうとあらぶる。

 何もなかった空間から、不浄なるもの滅するという聖なる光を携えた槍が割り出て、動き回るものすべてに容赦なく降りかかってくる。

 ステンドグラスを通った光も例外ではない。

 光の点滅により、差し込む色鮮やかな光も揺れ動く。結果、動くものすべてに反応する光の槍が礼拝堂全体に余すところなく突き刺さる。

 対峙している三つ目族の褐色の肌はもちろん、マーシーのそれも槍の衝撃と余波により、ヤスリで削られるように切り刻まれ、両者とも鮮血を飛ばす。

「うっ!」

「フフフ……」

 一見すると自爆技にしか思えないのだが、マーシーはうっとりと微笑んでいた。

 その笑みは天使のように清らかであった。

「ヌシの血は赤いな……」

 ダラダラとマーシーの肉体から流れるのは、青い花と紫色の液体である。

 紫色の液体は人でいう血と同じような役割を持つと同時に、液状の麻薬である。

 なぜ、マーシーの身体の中で麻薬が合成させられているか。麻薬によって敵対者の正常な判断力を奪い、意のままに操るためだ。

 現地住民を効率よく洗脳、隷属化させることをテーマにしたマーシーの真骨頂。

 あらなる方法を用いて思考回路を低下させることこそが、古代侵略兵器マーシー・カンブリカの恐ろしいところなのだ。

「さぁ、甘い香りに酔うがいい!」

 紫色の液体が派手に吹き散らかされる。液体は大気に混ぜることで、人をとりこにする甘い香りをさらに発する。

 礼拝堂は悪魔のような危険な香りに満ちた。

「……っ」

 三つ目族の奏者は皮膚を傷つけられたことで、マーシーから発せられる麻薬が浸透しやすくなっている。

 荒くなる自身の呼吸に心拍数。

 天使の甘い毒が全身に浸透すれば意識と正気を失い、肉体的にも精神的にも死を迎えてしまうだろう。

「はぅ……あっ、ま、まだぁ……ああぁ!」

 光の槍は水晶を貫くことはなかった。

 永久水晶の付属武器、悠久五幻想を破壊することは不可能。なぜ、そのような仕組みなのかはこの場にいるものでは説明できないが、ただわかることはある。

 ボロボロになろうが奏者がいる限り、幻想は終わらないとう事実。

 輝かしい五色の光を放つ水晶は高貴な存在感を誇示し、甘い香りを払い、浄化していく。

 奏者の意地が継続する限り、水晶は主を裏切らない。

「まだ、いけます!」

 お返しだといわんばかりに、三つ目族の奏者は水晶たちに動くように命じる。

 天使が繰り出す光は稲妻とするなら、水晶の光は流星。

 大自然の驚異に匹敵する神秘の輝きを携えて、古代遺産の奏者たちは己の信念のために、ぶつかり合う。

 空のように青く透きる天井と、色鮮やかなスタンドグラスに囲まれた大聖堂の中で、これから三日三晩、壮絶な神音の旋律が鳴り響いたという。

 悲しみと絶望が交差し、歴史の闇へと消え去った勝利者のいない遺産の戦いの結末としては、ふさわしいクライマックスシーンである。

 そう、この戦いには勝利者なんかいなかった。

 死都が消え、何も得るもののないぽっかりと空いた地面にたって、永久水晶の奏者はやっと気がつくのだ!

 ネムル・キレスタールは!

「あぐぅ……うっ、お、終わ、りました……ああぁああああああ!」

 誰も知らないうちに、考えられるさらなる悲劇を止めただけだから、誰もほめてくれない。

 ……ほめてくれないと述べたが、正確にはほめてほしかった相手がもういないとう、残酷な現実を直視しなければならなくなったのだ。

 死者はけっして生き返らない。

 傷ついた心は完全にふさがることはない。

 一体何のために戦ってきたのかわからなくなるその瞬間、望んでいたぬくもりがなくなった現実を受けいて、悲しみに打ちひしがれて泣くしかない。

 が、そんな結末を、頭から否定するものはいる。

 それもいい。

 否定することで、変えようと思えるからだ。

 だが、ただ変えろと不平を言うだけではだめだ。

 どうすれば変えられるか、具体的に想像し、実行し、くそったれな結末を改変しろ。

 力を持ってしまったものの義務だから?

 それだけではない。

 個人の好意や理想に寄りかかっているだけでは破綻してしまう。

 人間の理性に訴えるのではなく、感情や欲望を上手に誘導しなければ、変えられる悲劇を変えることはできない。

 自分のできるすべての力をぶつけて、そのうえで協力を仰いで、みんなと一緒に飛躍していかなければ、望んでいる未来にはつながらない。

 成功率が低かろうと、報われない努力になるかもしれないけれど、恐れるわけにはいかないのだ。

 後悔したくない。

 それだけで己を、薄暗い現実の中でも、明るい未来を信じられる。

 ただ、一歩進みたいから、ワルキューレたちは過去を破壊し、未来を創造し続けられる。

「そう、だから……私たちは運命を変えようと動き出したのだ」

 時間跳躍能力を所持する赤き武人のワルキューレは博士の命令を受け、起こってしまったこの最悪な結末を阻止するために時をさかのぼる。

「だから、もう泣くな……兄様!」

 事実を書き換えるのは後手に回ってからではできないから、数年の月日を用いた。

 運命の日までのカウントが一年をきったとき。

 ワルキューレたちはある場所へと足を進めていた。



1・時をかけるワルキューレたちの思惑



 ──グリゴレウス暦一二一一年、中世ヨーロッパ最東部、自由都市国家スイベ。


 そのスイベの中心都市には冒険者ギルド・フリークラントがある。

 腕に覚えがあるよろずものが屯っているので、良くも悪くもうわさが絶えない。

 が、傭兵国家であるスイベではどこにでもある話であり、とくに特記することではない。

 華美とは言い切れないが質素というわけではない東方の独特の文化の衣装をまとい、見るからに異国の者が入りこんできた。

 ギルドの荒くれ者たちも道を自然と開ける。

「あら。ようこそ、フリークラントへ。マスターがお待ちですよ」

 異国の客人の姿と顔を見ると、ギルドの受付を担当している三つ目族の女性は畏まる。ゆるくウェーブのかかった髪をなびかせ、お辞儀し、訪問者たちを向かい入れる。

「ああ。世話になる、ファラウラ」

 凛とした女性の声が響く。

 フードつきのマントを羽織った健康的なオリーブ色の肌が特徴的な女性。といっても、ファラウラのようなふんわりとした家庭的な女性らしいしぐさは見えない。

 刀剣のような鋭い光を宿した瞳に、精励された無駄のない動き。

 確固たる信念を持ち、戦いに身を置いた女傭兵か、軍人か。第一線で戦い続ける女性のカリスマ性とオーラに満ちている。

「もう。アスラがそんな殺伐としているから、ファラウラや周りのみんなが萎縮しているじゃないか。アスラ、ここは戦場じゃないのだから、もうすこし笑って。せっかくの美人さんが台無しだよ。楽しくいこう」

 一方、黄土色のマントを羽織る、糸目の四足の獣人。

 にこやかな笑みに温和な声。

 彼のその一言で緊迫気味だったギルド内が一気に穏やかな、いつもの雰囲気に戻っていく。

 ファラウラも少し微笑んだ。

「兄様……どうも、私は緊張感がない空気にはなじみがなくて……」

「ここはイワンが仕切っているギルドだよ。アスラの物騒な風を持ち込ませてどうするの。姉として威厳も大事だけど、姉として寛大な心も持たなくっちゃ。それと、まずは消毒しよう。最近の病は物騒だし。アスラは頑丈な体だから問題ないかもしれないけど、僕らのせいでここの子たちの間で流感がはやってしまった日にゃ、イワンに大目玉だよ。弟にしかられるの、僕は勘弁だよ」

 兄様と呼ばれた獣人は、ファラウラが用意した香水瓶を手にし、アスラと呼ばれた女性にふりかける。

 アルコールの独特の香りが即座に充満する。

「これでよし子ちゃんだね」

 くだらないギャグとともに緊迫感と警戒心が解かれていく。

 ここは危険な外ではなく、温かく迎えてくれる安全な場所なのだ。気を緩めてもいいのだと、気持ちが切り替わってくる。

「……善処します、兄様」

 アスラは獣人に頭をたれる。

 長旅によって研ぎ澄まされた感性はまだ残っているが、先ほどと比べればいくらか穏やかなものになっている。

「うんうん。アスラのこういう素直なところは好きだよ、僕」

 血がつながっているわけではないが、運命がつながっている兄妹。

 マスターも彼らの弟ということだけはわかっているが、深くなるであろう過去話には、みな干渉しないようにしているのだ。

 無粋な詮索をしてはいけない。

 相手が話すまで深く関わらない。

 これが、このギルドの掟みたいなものだ。

「で、ファラウラ、お腹の子、順調に大きくなっているようだね。あと八ヶ月ぐらいか」

「え。見ただけでわかるのですか。まだお兄ちゃんやネムルにも言っていないのに……」

 たしかにファラウラの腹は少し膨れているが、微細なもので、とても新たな命が宿っているようには見えない。

 だが、獣人は一目で見抜た。

 この細い瞳でよく気がついたものである。

「ほ、本当ですか、兄様!」

「アスラったら、そんなに興奮して。まぁ、気になるだろうね。サクルとファラウラの子供だからね。イワンの養子同士の初孫……僕達にとっては新しい親戚だね」

 獣人は細い目をさらに細めて、微笑む。

 優しい親戚のおじさんそのものである。

「両親に似てものすごい美形になるだろうから、楽しみだよね。だから、丈夫な子を産んでくれよ、ファラウラ」

「あ、ありがとうございます」

 獣人のするどい眼力に驚いたが、後は変哲のない社交辞令だったので、ファラウラは深く考えていなかった。

 アスラの焦りがどれほどのものだったのか。

 今、世界におきようとしている異変が、ワルキューレたちにとってどれほど重要なことなのか。

 彼女はまったく気にしていなかった。

「ふふ。もうあなたのことばれてしまったわね。お兄ちゃん……いえ、サクルはどう思うのかしら。喜んでくれるかしらね……」

 当事者から外れ、闇に堕ちる運命から開放された三つ目族にとって、お腹の子のことを考えるだけでいいのだ。

 それは、運命を変えることを希望したワルキューレたちにも僥倖である。

 だから、これ以上何も言わず、何も教えず、異国の客人たちはギルドの奥へと向かった。

 なお、ギルド内にいるメンバーは、早速ファラウラの懐妊を祝って盛り上がり、色々とはじけてしまう。いつもより食費が高くなったり、羽目をはずして興奮した結果建物の一部が欠けるなど、破損もあったりするのだが、マスターであるイワンそれについては不問とした。

 それはイワンもまた祝福しているからだ。

 大勢の人たちに祝われ、見るからに幸せそうな世界でこれから生まれる子供を迎え入れる準備金としては安いものだと太っ腹のことも言ってのけた。

 そして、各自に私的な依頼を命じる。

 各国の祝い品の取り寄せである。

 一見すると養父として、孫に多大な期待を寄せている、親バカ孫バカにしか思えないだろう。

 だが、それには意味がある。

 これから起きる運命の歯車を円滑に動かすためだ。

 糸目の四足獣人と、オリーブ色の肌の女軍人という異色な異国の客人が向かう先で話し合った結果である。



☆☆★☆☆



「兄様、姉様。よく来て下さいました」

 ギルドマスターの私室。

 部屋の主であるイワンは遠方から来た客人のために、お茶を出していた。

 紅茶の暖かな匂いが充満し、気分を落ち着かせてくれる。

「久しぶり、イワン。相変わらずいい趣味しているね」

 家主の趣味で部屋の中には貴金属をあしらったものはほとんどないが、職人が手をかけたと思われる品のいい調度品がずらりと並んでいる。

 その中には高レベルな危険な遺産が混じっているのだが、扱えるだけの遺産キャパシティを持つ悪質なものは今いないので、ほとんど無害である。

「ふう。この心遣い、うれしいよ」

 四足で器用にいすに座り込ませる、獣人。

 旅人のマントを脱ぐと、額の陶質のように美しい一角と黄色い毛むくじゃらの馬のような下半身があらわになる。

「僕はどちらかといえば、ウーロン茶派だけど。イワンが煎れてくれた紅茶ならおいしいから何杯だって飲めるよ」

 その姿は東国の稀少種族、麒麟である。

 ケンタウロスと違うのは、色と角だけではなく、空を自由に駆けるという飛行能力を有しているところにある。

 空から襲いかかることができるだけでも、大概の人は驚き、畏怖するであろう。

 といっても、麒麟という種族は武人というよりは文化人としての側面が知れ渡っている。彼らの書き綴った書物の評価は高く、海外でも人気である。

 書き写され、翻訳され、活版印刷がまだないこの時代でも世に出回っているという。

「ああ。博士にも負けないぐらいの力量をもったな、イワン。これなら、本場でも店を出せる」

 一方、健康的なオリーブ色の肌の女性もマントを脱ぎ、姿をあらわにする。

 女性的な曲線を描く肢体。大きくて豊満な胸もプリンと聞くだけで甘く柔らかな音と同時に、鋭い大きな耳も飛び出てくる。

 特徴的なその大きな耳はエルフで間違いないだろう。

「身に余る光栄。ありがとうございます、兄様、姉様」

 イワンは軽く表情を緩めるが、

「兄様が来たということは、今回の異変の最終確認に来た、と考えていいのか」

 イワンは獣人の細い目を射抜くのではないかというぐらいの真剣な目で見つめてきた。

 おっとりとした丁寧な口調からすごく簡潔な口調へと切り替えるのは、聞き間違いが許されない、重要事項に立ち会うから。

 言葉のアクセサリーを撤去し、挑む。

「そうだね。五年前に倒した古代侵略兵器マーシー・カンブリカがと同じ気を感じてきたよ。日に日に強くなってくるから気持ち悪い」

 獣人は眉間にしわを寄せる。。

「僕がこの手で倒したはずなんだけどね。アスラにも聞いたけど、これは必然なのか、イワン」

「ああ。マーシー本体は『このタイミング』で活躍するからな。『殺された過去』とまた戦わないといけない」

 イワンもまたこれから起こるであろう遺産の暴走について頭を悩ませていた。

 五年前、闇堕ちしたファラウラとの戦いとほぼ同時並行で、マーシーの『復讐』を撃破する作戦を立てていた。

 話し合いの結果、イワンはファラウラ、獣人とアスラはマーシーを担当。

 イワンのほうは緑のワルキューレという思わぬ助っ人の協力も得たのも幸いし、作戦は理想的に成功した。

 だが、マーシーの戦は、それ自身の能力の関係上、完全に時間軸の歪みを正しきれていない。

 五年前の一戦だけではマーシーによる侵略と、それに伴って出る多くの犠牲の未来が決定的に変わっていないのだ。

 停戦状態を余儀なくされていたのだが、最近動き出してきている。

「今、いたずらにマーシーと接触しても、歪みによる強化は避けられないので時期が来るまで待ってくれ、兄様」

 マーシーは再び歪みを使用して復活。そして世界を混乱させる。

 それは変えられない運命だ。

 即効で倒したいのだが、時機を見間違えてはいけない。

 悲劇的な運命を変えるには、早すぎてもだめ、遅すぎてもだめなのだ。

「まぁ、タイミングは君たちに任せるよ。そういう約束だし。『未来』《さき》を知らない僕はでしゃばらない」

 麒麟は未来から来た弟妹のアスラとイワンの言うとおりに行動している。

 彼自体が弟妹とどう知り合ったのかについては追々説明するとして、彼が協力する大まかな理由は、この弟妹たちといると楽しい、飽きないといった単純なことにある。

「あ~そうそう、これはいっておかないといけないかな。ファラウラは妊娠していたよ」

「ファラウラが、もう妊娠しているのか!」

 ガシャンとイワンのカップが大きく揺れる。

 驚きのあまり声を荒げ、信じられないという顔つきで麒麟を見る。

「うん。ファラウラの胎内で理想的に順調に大きくなっているよ」

 時代の英雄は確かに彼女のお腹の中ですくすくと育っていた。

 永久水晶のワルキューレとともに一つの国を作り上げ、ワルキューレたちを陰ながら援助する一族の始祖。

 彼が生まれたからこそ、アスラやイワンの言う博士は協力と援助を受け、遺産の研究を進められたのだ。

 これから生まれるサクルとファラウラの子はワルキューレが活動していくには必要不可欠だ。

「君達の報告ではまだ先のようだったけど、穏やかな日常にいるからか、今回は早産になることはないだろうね。これなら無事出産できるんじゃないかな」

「たしかに、ファラウラは無理な肉体改造により命を縮めたと見方があるが……」

 アスラとイワンはまだ混乱している。

 予定よりも早い妊娠報告を頭が受け付けないらしい。が、そこは麒麟が話を切り替える。

「さあって、これはこれで大変だね、イワン。義理の息子と娘の結婚式を進めないと。あ、僕、大食漢だから間に合わせのもので満足はしないよ」

「兄様、代価を支払わないと動かないという方針を変える気はないのか……」

 この麒麟のワルキューレはこまったことに、願いを叶える代わりに相応の代価を望む傾向がある。

 品物自体は気まぐれな兄様によってコロコロと代わるが、金銭的な赤字を覚悟しなければならない。

「それはこれ、これはそれだよ。いくらかわいいアスラとイワンの頼みでも、僕はただ働きをしたくない」

 にっこりと意味深に笑う麒麟。

「人は要求を激化させる傾向があるからね。過剰な要求をさせない、されないためにも物品や金銭できっちりと線引きしとかないと」

 扱いにくいところでもあるが、ある一定の線引きをしている彼だからこそ、人の心を持ったまま人の世で遠い未来まで生き残れたのだ。

 ここは彼のルールに従うしかない。

「とりあえず、今の僕的には、海外の贈り物を見てみたいな~」

「欲しい、ではなく見たいのかよ!」

「そりゃ、僕が所持してもほとんど意味ないだろ、イワン。僕の能力的に」

「たしかに、兄様の能力をでは……」

 アスラは妙に納得しているが、イワンとしては頭を抱えたくなった。

 食べ物だけならこのスイベだけでも用意しきれるのに。

 兄様を納得させるには、各国から物品を取り寄せるしかない。

 現地まで文字通り飛んで、持って帰ってくる羽目になった、中東・アフリカにあるエジイカの死者の書の一部より、難易度はましだろう。

「いやぁ~楽しみだな。きらびやかな白いドレスに、貴金属、あ、祝いの品ってどんなのあるのかな~」

「……もしかして、結婚式にちなんだもの?」

「そうだよ。だって結婚式を開くんだろ。そんなめでたい日に僕の対価も払っていいんじゃないか」

 ホクホクのほほんといってのける麒麟。

 集めるほうの気苦労なんか知ったこっちゃないようだ。

「こうなったら、兄様が目を見開くようなすばらしい祝いの品を各国から取り寄せてやるさ。兄様、楽しみにしてろよ!」

 とりあえずサクルとファラウラの結婚式が確定した。

 イワンは義理の娘の胎があまり目立たないうちに式をあげさせようとやっきになる。

 さっそく、顔見知りの貿易商に連絡にも取ろうとしたとき、麒麟から少し待ったがかかった。

「あ、せっかくだからさ。ネムルには故郷近くのチッタの街で祝いの品を買って持ってくるように依頼してくれないか。イワンのことだからほかのギルドメンバーにもそういう現地で買ってくる系の依頼もあるとは思うけど」

「な!」

 ずっと話を黙って聞いていたアスラだが、麒麟のその一言で眉をひそめた。

「それはどういうことだ、兄様」

 ネムルをあのフラリパ連合国に行かせるとは。

 それ以上にあのチッタの街に向かわせるということは。

 どういう意味なのか、麒麟もわかっていないわけではない。

「うん。ネムルをこれから起きる異変に巻き込もうと思っている」

「な!」

 ネムルはまだ少年だ。

 ワルキューレとして覚醒した自分たちとは違い、見た目も中身も年相応なのだ。

 保護者的な立場にいるイワンとしては手元で大切に育てていく義務と義理がある。

「ネムルのこと大事にしているのはわかるよ。でもね、彼はこの異変の最重要人物だからね」

「それは、そうだが……」

 水晶のワルキューレはこれから起こる悲痛な出来事で覚醒する。

 あがきたいと思うのは間違っているのだろうか。

「イワン、何度も言うけど、これは業だ。逃れられないって僕たちだってわかっている。だから、つらい思いをしてもいかせて欲しい」

 水晶のワルキューレがいないとこれから起こる異変は解決できない。

 それは決定された変えられない運命なのだ。

「僕の、約束された勝利への道《ルー・ダォ・ションリー・ディ・チァンヌゥオ》も示しているからね」

 麒麟は軽く人差し指で、路到胜利的承诺(約束された勝利への道)と彼が最も馴染み深い言語圏で宙になぞる。

 なぜ、その文字が見えるのかというと、彼の指先から金色の粒子が発せられたから。

 ペンライトで文字や絵を描く要領で宙にくっきりと書かれた文字。読み終えられるぐらいゆっくり宙に滞在すると、スッと消えていく。

「さあって、そういうことで、役者はそろえないと。オラクルのほうもチッタの街に向かわせるために誘導するか」

「兄様が流したうわさのせいでオラクルは教皇のそばを離れられないというのに……」

 オラクルの行動範囲を絞るためとはいえ、この兄様、法王のスキャンダルを流しに流しまくったのだ。

 中でも傑作なのは、現法王インノケンティウス三世の隠し子説。

 フラリパ連合国の一国である神聖イタロマ国の皇帝、及びシチリア王フリードリヒ二世というビックネームを入れ込むことにより、妙な真実味もあって広まったのだ。

「ふふふ。うわさを流した当人がチッタの街にいるってことにすればいいのさ。あの法王ならそれだけでオラクルを派遣させる」

 これから数年後には『教皇は太陽。皇帝は月』と第四回ラテラン公会議で演説する、プライドが高い法王が悪評を流したものを許すわけがない。広めた者を捕らえ、見せしめに罰しでもしなければ気がすまないだろう。

「それに、チッタの街の異様さを教皇庁も察してきているよ。怪しげな傭兵騎士団の動きもあるし。ここでうわさ話を広めた人物がいるとなれば、ほぼオラクルが来るのは確定だね」

「うわさを流したのは兄様だけどな……」

「まぁ、間違っちゃいないだろ。僕もチッタの街に向かうわけだし。あることないこと今回暴走するマーシーに押し付けちゃえば、逃亡も楽になるし」

「さすが兄様。情報操作のみごとさに、このアスラ感服するしかない」

「……お前ら、ひどくね?」

 効率を重視するアスラは即効で納得しているが、この時代に長らく身をおくイワンにはやるせなさがある。

 迷惑がかかるのは仕方がないことだが、ここまで堂々と割り切っているのもいかがなものかと思うのですよ。

「何が不満だ、イワン。情報操作だけですんでいる現状のほうが好ましい!」

 アスラは豊満な胸をブルルっと大きく降らし、鼓舞する。

 思いがけない犠牲者はいるだろうが、考えられる……いや本来のモノと比べれば微々たる物だ。

「信仰心に漬け込んで現地人を支配する侵略兵器マーシーシリーズの芽を出した、この時代に非がないわけがなかろう。ならば、血と肉で精算するしかあるまい」

 原因の一端には間違いなくこの時代の稚拙な社会構造にある。

「そう、嘆きはあって当たり前。不幸はどこにでもある。改変による犠牲を出さずに流れを変えることができないなら、そこはあきらめるしかない」

 情に流されすぎるな。

「だから犠牲になったものたちのためにも、私たちの目的を達しなければならない」

 大局を見誤るな。

「忘れるな、イワン。私たちは善意や慈善で動いているわけではない。特に私とイワンは恩人である博士の本気に報いるため、博士の願いを叶えることを正義と信じ、戦っているだけではないか。エゴだと罵られてもかまわないのは、私たちは私たちの正義のための苦を恐れていないからだ」

 博士至上主義者、アスラの目に強い意志が宿る。

 赤き武人と恐れられ、たたえられている彼女がはっきりと声高々にこう宣言する。

「私たちの正義、願い……悲劇を変えるという想いはどこまで届くのか。それを知るために、それを世界に証明させるために、私たちは命懸けで戦っているのだ」

 神に等しい力を持つワルキューレといえども、みな、それぞれ個性がある。

 形が違うから時には争う。ただ、博士の下に集い共感したものたちは、悲劇を変えたいから、協力し合う、どうしようもない兄弟姉妹。

 だが、単純な願いなのだが、結束するには十分。

 理想のため、始まりと終わりを繰り返し続けられる要因でもある。

「それを、私たちワルキューレが納得しないわけがないだろう。そう、たとえワルキューレとして目覚めていない状態でも、だ」

 いつ、どこで、どのような過程を経て、悲劇を変えるという願いを持つのかわからないが、博士の下に集うころには皆が持つ共通の願いだ。

 その願いのために、過去の自分自身が犠牲になってしまってもいいとさえ割り切っている兄様がいることをアスラもイワンも知っている。

「うんうん。いつもながらアスラも意気込みはすごいね。だから、僕も協力者になりたいって思える」

「兄様……アスラはうれしいです。兄様が変わらないこと。兄様がいたからこそ、このアスラをはじめとするワルキューレがいるのですから」

「おおげさだな」

「そうともいえないんだよな、これが」

 結果を知っているアスラとイワンだからこそしみじみと思う。

未来さきの話か。僕にはまだ実感ないけど、そうなのか」

「俺たち、弟妹がここにいるという結果からだな」

 そうこの麒麟はワルキューレの中で一番最初に博士と会合する。

 言い切れるのは、兄様たちよりも下の番号は兄様たちがいないとそもそも存在すらできないのだ。

 彼らが努力して、望む未来に切り替えていく過程の中で、副産物みたいに四番目のアスラ以下のメンバーはこの世界に存在できる。

 そう、初めはたった三人だったのだ。

 博士と出会い、意気投合し、時代に転機をもたらせたワルキューレは、三人しかいなかった。

 だから、その原始の三人のワルキューレがメモリーを受け取り、ファナティックスーツをまとい、覚醒したときから、アスラとイワンは『兄様』と呼び、慕うことにしている。

「ふ~ん。なら、もっと単純に考えるか。僕たちは、どんなに時代が変わっても、どんなに世界が変わっても……ひどい結末はぶん殴ってでも止めたいってことだけで動いているのだな」

 ワルキューレたちの共通の願いだ。

「そうだ」

「イワンがギルドを立ち上げたのだって……。村や、町……滅亡したことで暴走した遺産の悲劇を止めるため。それだけの力と立場をもってやっと……ここにある数だけの悲劇を食い止めた」

 ズラリと並ぶ遺産。

 大半のものは、大切なものを奪われ、壊され、殺されたものたちが自暴自棄に陥って、遺産に破壊と滅亡を望み、その願いを実行するはずだったものだ。

 影響自体は各々だが、どんなにあがいても報われることはなく、悲劇的結末しか引き起こしていない。

「イワン、お前は死神と罵られても、なおこれだけの暴走するはずだった遺産を回収している。なぜだ? それは大義のため……なんだろ?」

 未来を変えることは容易ではない。

 変革したことで、『殺された未来』が襲い掛かる。イワンの活躍により、死ぬはずだった人間が重症だが生き残れたり、消滅するはずだった村が半壊で抑えられたりと被害は本来のものよりは圧倒的に少ない。

 それでも、知らない人間から言わせれば、災厄をイワンによって引き起こされたとしか思われないのだ。

 感謝されるよりも咎められるほうが多いのは、そのためだ。

「ああ。悪く言われるのはわかりきっていた。俺の能力では軽減するので精一杯だからな」

 イワンの目は鋭く光る。

 彼もまた大義のためならば、悪者となってもいいと、本気で開き直っているのだ。

「だから、俺は目の前の障害をぶっ飛ばすのに特化している……ただひたすらに、目標だけを追うのが一番合ってるワルキューレに『大事』を任せている。代わりに他のものを見るのも、別のことを考えるのも、俺がやるって決めた」

 イワンは仲間至上だ。

 チームを勝利に導かせるために、自身をたやすく犠牲にする。

「俺は、俺だけしかできないことで悲劇をあざ笑う下種を見返してやるつもりだ」

 世の中の汚い闇を知っているものにしかできない、特有の含み笑いがイワンの顔に浮かんでくる。

 願いのためとはいえ彼が以下に苦労したのか、傷ついてきたのかを物語っている。

「俺たちは願いのために戦うことを選んだ。その覚悟を、踏み止まらせてはいけないな」

 全体的な正しさは後の歴史学者の評価あたりに任せればいいのだ。

「すべては悲劇を喜劇に変えるため……ワルキューレの絆を信じるか」

 今すべきことをしなければならない。

 ファナティックスーツ・鎮星ちんせいの絆の装着者であるイワンは覚悟を決めた。

 さっそくペンを握り、麒麟、アスラ監修の元、ネムル宛の依頼書を製作しだす。

「そうそう、絆を信じて。大丈夫だって。僕は、いや僕たちはどんな結果だろうとイワンを恨まないさ。緑のワルキューレ……たしか羽津姫だっけ? 羽津姫なんかその筆頭だろ?」

「え、ええ?」

 彼女は希望へと導く、ワルキューレ。

 今からずっと先の未来に生まれ、数々の悲劇を喜劇へと変えるといわれる緑のワルキューレ。

 そんな彼女の名を言う麒麟はニコニコと笑っているが、味方だとわかっていてもの圧倒的な雰囲気にイワンは冷や汗をかいた。

「僕と羽津姫の思考って似たり寄ったりなんだよね。だから大体想像できる。イワンのこと好ましく思っているよ。だからじゃれることはあっても、邪険にすることはない。どんなことがあっても、絶対に、ね」

「……羽津姫、が」

 イワンの頬は赤くなり、麒麟から目を逸らす。

 本人は照れ隠しをしているつもりのようだが、白い猫耳を小刻みに動かし、喜びをあらわにしている。

(おやおや、ま~)

 緑のワルキューレの名を出したときから、イワンのしっぽはユラユラと揺れ挙動不審気味だったが、ここに来てこの決定打だ。

 イワンは羽津姫に心を奪われている。

 どんないきさつがあったかわからないが、絶対フォーチュンのワルキューレのやさしさに救われたことがあると見て間違いないだろう。

(羽津姫に惚れるやつ、多いな~)

 麒麟はうっすらと目を開きながら、イワンの恥らう顔を面白がった。

「しかし、羽津姫がこの時代に来るなんて確証がないではないか……兄様」

 アスラが怪訝そうに口を挟む。

 あるかどうかもわからない、不明確な戦力は心もとないのだろう。

「そうかな。絶対フォーチュンの適合者は近いうちにくると思うよ。それに、ファラウラとサクルの結婚式に呼んでほしいて、星のワルキューレもいったのだろう」

「ホッシーのことか。たしかにやつはそういっていたが……」

 五年前は気が早いと思っていたのだが……。

 イワンはそこでハッとする。

「まさか、そんな……」

「緑のワルキューレ曰く、言葉に霊的な力が宿っているから、いいことも悪いことも言葉通りに本当のことになってしまう、だっけ。もともと僕たちの力だって、聞き取れないけど遺産の言語どおりに動いているのだから、そう間違っちゃいない。その遺産そのものが、参加したいといったのだ。実現できないとは言い切れない、だろ」

 そして星のワルキューレは緑のワルキューレから離れることはない。

 それを意味するのは、式場さえ用意すれば幸運は必ずこの時代に来るということ。

 そして幸せな挙式を行わせるために力を貸してくれる。

「時計仕掛けの神は設置させているわけだよ。そして、彼女は常識にとらわれない発想と、それを実現する能力があるからね。思いもよらない方法で今回も僕たちにアプローチするんじゃないかな」

 ファラウラのときもそうだった。

 いきなり現れて、事情も知らずにあっさりとこちらが助ける予定の人物を救っていた手際のよさは、麒麟も目からうろこを出すしかなかった。

「正直、反則的な幸運の前に、地味な工作作業をするのが馬鹿らしくなるよ。でも僕がやむを得ない犠牲と思っていたものも、違くなる。いい悪いで考えたら、すごくいいことだと思う。僕だって、犠牲が少ないほうが断然いいから、みんなの力を使いたい」

 真摯に、麒麟は微笑を浮かべる。

「なぁ、イワン。ポテンシャル以上の結果をだすには、人の性質を見なくちゃいけない。性質、性格を観察して行動を予測することで、やっと奇跡を掴めるんだよ」

 数々の奇跡を起してきた、原始のワルキューレの一角らしい意見だった。

「わかったよ、兄様。俺たちは協力し合えば、きっと未来を変えられる」

 イワンは長兄の言葉に勇気付けられ、ペンを握る力を強め、必要な書類を書き上げる。

 光と影、混沌渦巻かの地への片道切符はこうして発行された。

 信じられるもののため己の信念をかけて戦いに明け暮れるワルキューレたちの始まりと終わりの物語に、また新たなページが書き加わる。



☆☆☆☆★☆☆☆☆



 ──二ヵ月後、フラリパ連合国 教皇庁


 養子を連れた一人の男が物思いにふけていた。


 己が己でなくなる。

 そんな恐怖に何度も立ち入ったことはある。

 そして己の存在を賭けて戦い、打ち勝ってきた。

 だが、もう少しで、己を形作ったものすべてが消える。

 そのときが来れば、強制的に、己の誇りも、気持ちも、思い出も、心残りも、霧散する。

 これが『死』という状態なのか。

 いや、違う。己という殻が崩れ去ると孵化しようとするものがある。

 郷愁、回帰、そういった感情に近い。

 恐れるな、本来の姿に戻るのだよ。

 己ではないが、己の声が聞こえてくる。

「ザンギス様、顔が青いですよ。何か悪いものでも食べましたか。それとも病気ですか」

 ハッとする。

 すぐそばに控えている翼人、オラクルが心配そうにこちらを見つめる。

 ここは、教皇庁の廊下。

 先ほど、教皇じきじきにチッタの街にいるという不届きなうわさを流した背信者を捕らえろ、という命令を受け、現場に赴こうとしているところである。

 ただ、ザンギスも歳なのか、最近調子が悪くなっている。

 その様子を日ごろから見ている翼人は、白にも銀色にも見える美しい立派な翼がわかりやすいぐらいに下がっている。

「いや、最近どうも寝つきが悪くてな。だが、これぐらいは問題はない」

 どうしようもない不安があるが、体力や体調にまでは影響していない。

 だから、うそではない。

「しかし……。ザンギス様、本当に大丈夫ですか。私としては、ザンギス様に調査からはずれ、安全な場所で指示を出してほしいです」

「心配性だな、オラクル。お前の心遣いはうれしいが、私は大丈夫だ。わかってくれるな、ワシの愛しい息子よ」

 深いしわが刻まれた手が、金色の髪をなでる。

 オラクルは恥ずかしそうであったが、うっとりとした表情を隠し切れずにいる。

「はい……」

 思えば、当初この子がここまで己に懐くとは思ってもみなかった。


 ──はじめてこの子を見たのは、教会の孤児院の一室。

 いつものように遺産キャパシティが高い子がいないか探っていたとき、ベッドの中で寝込むこの子をいた。

 歳はおよそ3~5歳ぐらいか。本当はもっと上かもしれないが、正確な年齢を知る機会はない。彼は捨て子だった。全身あざだらけで、今にも消え去りそうな弱々しい子供だった。

 この子がどのような地獄の中で生きて、ここにたどり着いたのか、誰もわからない。捨てた親が何を思って教会の前に置き去りにしたかもわからない。ただ、少しだけ愛情はあったと信じたい。

 子供は類まれなる高い遺産キャパシティをもっていた。しかも種族は翼人。病人ということに関わらず、特別にザンギスにお目通しができた。

 そして、ザンギスは一目で、この子が気に入った。何か与えたい。では、何を与えようかとこの子をじっと見るとすぐにわかった。

 愛に飢えている子。

 光のない空虚な瞳から誰が見ても明らかだった。

 だからザンギスはこの子を引き取るとオラクルという名を与え、愛しんだ。

 ダイヤモンドの原石だったからか。

 ただの同情だったか。

 一緒に暮らしていくうちに情が移り、深いものとなっていく。戸惑いつつも、笑うようになったオラクルにザンギスもまた笑みをこぼした。

 しかし、平穏というわけではなかった。

 生まれつきなのか、栄養失調だったのか、体が弱くて病気がちであった。

 高熱を出し、うなされるオラクル。

 そして、もれ出る言葉にザンギスはぞっとしたものだ。

「もう、死にたいよ……」

 オラクルが悪いわけではないが、この子は病と戦い続けることに苦痛を感じていた。

 辛いことを堪える精神力を失い、これ以上自分が傷付かないよう、本能で口が動いていたのだろう。

 全てを投げ捨てて楽になってしまいたいと願ってしまっている。

 それは、だめだ。

 だけど、とっさにそんなことはいえなかった。

 幼いオラクルはもう肉体的にも精神的にもまいっている。

 そこでもっとがんばれと、過酷なことがいえるか。

 希望を持たせられることを、与えられない己が……。

 ザンギスは唇を強く噛み、オラクルの望みを何一つ叶えることができない非力な己を悔いた。

「晴天の聖歌……それさえあれば……」

 翼人専用のファナティックスーツ。

 オラクルほどの遺産キャパシティがあれば、着こなすことはできると、ザンギスは誰かに言われることもなく確信していた。

 問題はどこにあるかわからないことだ。

 そして、おそらくザンギス以外が、晴天の聖歌が今どのような形態をとっているのかわからない。

 メモリーと呼ばれる、休止状態のときはただのアクセサリーと大差ないのだ。

「晴天のような、青く透き通ったブローチ……それさえあれば」

 ザンギスは『そんな装飾品』を集めているとうわさを流す程度に抑えているのはそのためだ。

 何も知らないものからすれば、金持ち貴族の道楽にしか聞こえないもの。

 そして、第三回十字軍のときにアッコンを奪還に尽力をした騎士であり、教皇に覚えめでたい英雄が欲しがるものということもあり、社交界であっという間に広がった。

「くっ、あんなことがなければ、すぐに使えたものなのに……」

 ザンギスは家のために騎士団を結成させ、軍人として戦場に赴いき、活躍した。

 だがそれが災いし、嫉妬に狂った先代当主……ザンギスの腹違いの兄により、当時のザンギスの持ち物はすべて売却されるか、燃やされるかで失っている。

 ザンギス自身も殺される一歩手前、幸運にも生き残った。

 先代当主が無能だったとはわけではない。ただ、ザンギスのほうが運も知力も上だったに過ぎない。今の当主は兄の息子。幼すぎることもあり、家の実質的な権利はザンギスの手にある。

 と、いってもザンギスは己の領分を家を引き継ぐことではなく、あくまでも家に名を上げるため、外に赴く手足のような存在であることだと思っている。

(ワシの居場所は戦場であり、付き従うことにある)

 先代もザンギスのその性質を見極めてくれさえすれば、不相当な遺産を起動させ、暴走によって死ぬということにならなかっただろうに。

(今は国のため、遺産キャパシティの高い子達を集め、騎士として教育する、それは確かだ)

 病続きで衰弱しているが、オラクルの遺産キャパシティにザンギスは惹かれていた。

(だが、それだけではないな、オラクルは……)

 オラクルも最初青田買いの一環であったようなものだが、どういうわけか、実の息子のように面倒を見るようになるまでいたっている。

 もともとザンギスは、教育に熱心なところはある。教え子は愛しい。が、オラクルに限ってはそれ以上の感情が出会った瞬間から芽生えていた。

(これが、父の情というものなのだろうか……)

 ザンギスは腹違いの兄といざこざがあったことで、家の後継者になるような存在を作るわけにはいかないと、妻を娶らず、実子を作らないことにしている。

 だからこそ、血のつながりのない養子にその分の、いやそれ以上の愛情を注いでいても当然のことなのかもしれない。

 汗を流し、息も絶え絶えと見るからに苦しそうなオラクルの弱々しい姿にザンギスの心が痛む。

(オラクル……)

 何もいきなり健康優良児でなくてもいい。

 オラクルを普通に歩かせ、遊ばせられるぐらいの……そんな当たり前のことができる程度でいい。彼に空を駆ける自由を与えさせたい。

 金色の髪をなびかせ、その白い翼を羽ばたかせたら、今までの苦労を差し引きできるだろう。

 傷つきすぎたこの子に、光を……与えたい、見せてあげたいのだ。

「……オラクル。もう少し、もう少しだけ待っていろ」

 ザンギスはオラクルの小さな手を握り、病気に苦しむ子に勇気を与えるとともに己の心を奮わせた。

「ザン、ギス……様……」

「オラクル……愛しい子よ」

 優しく、語りかけるよう髪をなでながら言う。

 同情がなかったわけではない。

 打算もなかったわけではない。

 きっかけがどうだろうと、ザンギスは心の底からオラクルが愛おしいと思っている。

「お前に与えられた苦行をなんとしてでも打破してみせる」

 だからこそ、愛しい子を、このまま病に魂をくすぶられ、絶望のうち死なせたくない。

 代われるものなら、代わりたいとも思えた。

 現実、そんな遺産や能力は報告されていないので無理だが、それほどまでこの子を助けたい。

 生きて欲しいのだ。

「必ず、ワシはお前を救ってみせる……だから安心して眠れ、マイ・ロード」

 ん?

 なんか変な言葉が思わず出てきてしまったが、気が動転してしまったからだろう。

 これ以上、ここにいてもお互い混乱するだけだろうと、ザンギスは名残惜しくも、この部屋から離れた。

「早く、晴天の聖歌を見つけ出さねば……」

 ザンギスは足を速め、執務室へと向かう途中だった。

 一人の小間使いが大慌てでザンギスを探していた。

「ザンギス様、大変です。東国から来た商人がうわさを聞きつけ、ブローチをもってやってきました!」

「何!」

「そ、その、オネット候のご贔屓でもあり、数ある貴族達もその商人から珍しい品を購入することで……」

「ふむ……」

 聞いたことがある。

 金払いがよければどんな品でも揃えるという、胡散臭い商人の話。

 妖術を使っているのではないかといううわさもあったが、なんてこともない。彼は強力な遺産キャパシティの持ち主だということがわかると、皆が納得したぐらいだ。

 商人にはもったいないぐらいの力の持ち主ではあるが、遺産の目利きしなければならないのならば必然かもしれない。

「タイミングが良すぎはしないか」

 ついつい疑心暗鬼に取り付かれてしまう。

「え、い、今から追い返しますか」

「いや。つい癖でそう疑ってしまっただけだ。ブローチ……目的の物であったら、それでいいのだ」

 オラクルの様子からして時間は残されていない。

 なら、罠でもなんでもいい。財ならばなんでもくれてやる。オラクルを救うことさえできれば、それでいいのだ。

「ごきげんうるわしゅう、ザンギス殿」

 応接間で待っていたのはオネット候と東国の稀少種族、朱雀であった。

 翼人の亜種とされている一族で、飛行能力を持つところまでは同じであるが、炎属性に特化し、自己回復能力を所持しているという。

 麗しい朱雀は東国の商人が好き好んできているゆったりとした服を身にまとい、炎のような赤い翼と尾を優美に揺らしていた。

「カタフコール・オネット候の紹介でやってきました。キン彩虹ツァイホンです」

 この後一言二言社交辞令があったが、そんなこと記憶の片隅にもない。

 ザンギスにとっての大事はこの胡散臭い商人、彩虹が持ってきたブローチこそ、失くしていたのどから手が出るほどほしいもの、そのものだということ。

 高額で、取引内容もほぼ相手が提示してきたものに沿うものになったが、惜しくもなかった。

 晴天の聖歌にはそれ以上の価値があるからだ。

 晴天のワルキューレがこの時代に顕在できる。

 聖地奪還までは頭が回らなかったが、正直どうでもよかった。

 愛しいオラクルが生きて、自由になることのほうが重要だったからだ。


 ──そして、数年がたち、ザンギスの予想以上に立派に成長したオラクルが目の前で動いている。

 これ以上の幸せは考えられない。

「オラクル。お前にはワシのすべてを引き継いで欲しい。だから一日でも多く、教え導きたいのだ」

 ザンギスの歳は四十四。

 この時代では折り返し地点を曲がり切ったような歳だ。

 いつ迎えが来てもいいように準備するのは、至極当然であろう。

「実践ほどいい経験はない。だから、今回の調査はワシとしてはむしろご褒美だ。これでオラクルにまたいろいろと教えられるからな」

「ザンギス様……」

「ワシもオラクル。お前と同じ気持ちだ。この命がある限りお前とともに歩みたい」

「はい、マイ・ロード」

 オラクルの翼ははち切れんばかりに揺れた。



☆☆☆☆★☆☆☆☆



 ──さらに一ヵ月後 フラリパ連合国 辺境の村ペリセウル。


 ……といっても、もう村はない。五年前、反乱を起こし粛清されたと記録を残している以外、村があったという痕跡はどこにもなかった。

 炎で焼かれた村は風と水の中で浄化され、ミサク雑木林の一部へと塗り替えられた。

 そこに藤紫色のケープを着込んだ一人の冒険者が足を運ぶ。

 彼の名はネムル・キレスタール。

 ペリセウル村の最後の村長の血のつながった実の息子で、三つ目族の隔世遺伝が現れた少年である。

「やっとここまでこれました」

 サラリと長い髪が風に舞う。

 羽津姫の読みどおり、ネムルは美少女と見間違えるほどの美貌の持ち主となっていた。

 もともと姉と顔立ちが似ていることもある。さらに、ギルドのマスターから、遺産キャパシティの有無は体質や遺伝であり、三つ目族は髪は長さの分だけ遺産の操作性が高まるから、絡まない程度に伸ばすようにとアドバイスを受け、髪を伸ばしたのも性別詐称の要因のひとつであろう。

 ツートンカラーの前髪を水晶をあしらった髪留めでお下げに結え、伸ばしっぱなしの後ろ髪は腰まである。そのため、一目だけでは女性に間違えられることも多々ある。

 だが、彼は気にしていない。

 五年前からあの日からずっと憧れている人も性別がうやむやだったからだ。

 それに、占い師として振舞うのなら、中性的でミステリアスな部分が多いほうが客ウケする。

 三つ目を堂々とさらけ出しているのもそのためだ。もっとも、あまりにも堂々としているので、本物とは思われていないのだが。

 髪留めに合わせ、装飾品には透明感のある水晶をあしらったものを身につけ、ケープ以外は白を主体とした清楚な印象を与えるものを着込み、褐色の肌を映えさせる。もちろん、まやかしの宝玉もつけ、よりうさんくささを演出。

 占い師としての器量にギルドでの功績もあって、幻のネムルという二つ名を持つまでにいたった。

 少し気恥ずかしい二つ名ではあるが、同時に一人前と認められ、諸国をめぐることも、墓参りに行くこともできるようになったのだ。

「父上……」

 と、いっても明確に墓というものがあるわけではない。

 炎に焦がれ、風と水によって再生したこの地に人工的なものは一切残っていない。

 家も、畑も、村の信仰を支えた五つの祠もみんな暴虐にのまれ、塵へと帰っていったのだ。

「村が変わったように、私も変わりましたね」

 反乱を起し、炎に包まれた中、救いのヌシに手を差し伸べられた。

 その影響もあって、村から出るという発想がなかったネムルの今は、国をまたがるほどの立派な冒険者となって、かつての自分のような弱者に救いの手を差し伸べられるように強くなりたいという、願いを持つように劇的に変化している。

「今日は報告があってきました。兄上と姉上が正式に結婚することになりました」

 もともと仲むつまじい二人で、当初からずっと一緒の内縁状態。ギルドのメンバーからも、まだかまだかとささやかれていた。

「だいたい、結婚していなかったのは、私が独り立ちするまで待っていたからなのですよ。兄上も姉上もひどい。私はもう子供じゃないのに!」

 まだ幼気が色濃く残る頬を膨らませる。

 年相応ではあるものの、これでは青二才と思われても仕方がないだろう。

「私はもう、おじさんと呼ばれる覚悟はできていたのに、ですよ。ねぇ、父上」

 姉が兄に、兄が姉にとられるとわかっていて、それがつらいと思ったときもあった。自分は一番になれないことに、疎外感があったのだ。稚拙だが、それなりの嫉妬をした。そのつど、今は物言わぬ父に諭されたものだ。

 たとえ、一番大切にされなくても、大切にされているという事実は変わらないし、大好きな人同士がとびっきりの笑顔で結ばれるのであれば祝福するしかない。

 それが大切にされたことへの唯一の恩返しであるのだから、と。

 ネムルはその言葉を信じ、兄と姉の邪魔にならないように応援することにした。

「私、大きくなれましたか。父上に恥じない息子になれましたか。そういえば、姉上は今の私と同じぐらいの歳で兄上に惚れ込んでいることを自覚したといっていましたね。私もその歳になったら好いた人ができると思っていました。でも、現実は……あ……」

 何かを思い出して、ネムルの頬はほんのり桜色。

 兄と姉を祝福すると誓言したその後、父に続けて言われたことがあった。

 それはネムル自身のことで……。

「ふあ、あぁ」

 その言葉を思い出し、ネムルノ顔が赤く染まった。

 心当たりはある。

 自覚もある。

 だけど、気恥ずかしさもあって、墓石の前といえども報告できないものであった。

「えっと、その、私自身のことは、まだ、その……好いている方はいるのですが、その、いわゆるなんというか……!」

 しどももどろに。動揺して、頭では何もまとめられなくなってしまう。

 いや、この心の中でさえ不安定で、孵させる段階までいたっていない。

「と、ともかく、今は、その、もう少し待ってください。申し訳ありません、父上!」

 まだまだ未熟だな、とどこか奥底にいる冷静な自分が自己分析しだした。

 大人になりきれていない、少年であることを認めてしまったようなものだが、こればかりはまだ心の整理がつかない。

(だって、あれっきりなのですから……んっん!)

 甘い高ぶりと、心の中がとげが刺さったように痛む。

 父が言ったあの言葉を直結しているのは間違いない。

「兄よりも、姉よりも大切にしたいと思う気持ちができたのなら……」

 おそれてもいい、投げ出したいと思ってもいい。

 だけど、真正面からぶつからなければならない。

 兄と姉もたどって、出したのだ。

「ネムルも大きく、強くなったら、答えを出さなければならない。出した答えは、まず父上に……っという約束がありましたが、本当に申し訳ありません。まだ出せません!」

 あたふたと取り乱すしかない、ネムルだった。

「あ、帰りに、父上が好きだったお酒を持ってきますね。今はそれで許してください」

 ネムルは藤紫色のマントを調えながら、落ち着きを取り戻そうと話を変えた。所属するギルドの拠点には、父が好んでいた酒は出荷されていないので準備できなかった。

 だが、これから向う先にはあるのだ。そしてそこに、彼の目的がある。

「と、いうわけで。父上、近いうちにまた寄りますから、そのときまで……私の答えは待ってください」

 われながら苦しいいいわけだな、とは思う。

 だけど、今自分に出せる精一杯の答えはこれだった。

 ネムルは一礼し、歩みだす。

「さぁってと、今日はあの山小屋で休もうかな……」

 まだ残っているかどうかわからないが、あの思い出深い場所にも足を運びたい。

 切なくも愛おしいあの場に向かおうとするだけで、足取りは軽くなり、目がらんらんと輝き、口元は花がほころぶように微笑んでしまう。

 ネムルは村の跡地を後にし、次の目的地へと向った。



☆☆★☆☆



 小田原羽津姫にとって、中世ヨーロッパのイメージは、歴史シミュレーションゲーム『十字軍戦乱・アイユーブ!』によるところが多い。

 このゲームは、R12指定の中世ヨーロッパとアラビア半島を舞台にした国とり合戦ゲームである。中世に西ヨーロッパのサラスト教会の諸国が、聖地テンパーマをモフフワ教諸国から奪還することを目的に派遣した遠征軍をモチーフにしており、実際に十字軍が派遣された年ごとに戦うことを強いられるイベントがあるから、年号を覚えるのには向いている。

 だいたい学校の授業で歴史は習っていても、十ページにも満たないものなので、内情なんか知るわけがない。ゲーム知識に傾倒しても仕方がないだろう。

 といっても、このゲームが史料に基づいてはいるとしても、出典の真偽まで考察しているかどうかというと疑問の嵐。エンターテイメント性を高めるため、実際のものとは異なっているはむしろ当然である。

 ゲームを盛り上げるために、当時蚊帳の外だった国や地域も攻略対象として巻きこんでいるから、実際のものよりも規模が大きくなっているのはもう公式で発表されている。(具体例;ジャンヌ・ダルクやナポレオンが仲間になるよ! 有名人の特権だね♪ 同じ理由でシンドバット【課金キャラ・DLC専用ステージ一千一夜もついてくる】まで出てくるよ!)

 時代と感覚がマリアナ海溝並みに深い差があるのだから、解釈の違いもあいまって、かなりの誤差があるだろう。

 それでも戦記ものには必ずある、財源確保のために魔女裁判して金持ちから財産没収し、村や町では重税かけて逆らうものは容赦なく……、というシーンは戦術的には必須だろうとお世辞にもいいイメージが沸くわけがない。

 もちろん、そう、こういう時代だから仕方がないとは頭では理解している。時代や価値観、それによって変わるものが正義。けど、世紀末な英雄みたいなことをしてしまうのは、力があるものの至極当然なことだと、この時代に生きる人たちの正義をエゴで介入しているとわかっていても心では訴えてしまうのだ。

 だから、羽津姫自身、自分が行ったことがすべて正しいとは思っていない。

 だけど、救いの手を差し伸べたいと思うのは、人道的に当たり前だと思っている。

 受け取ろうとし手を伸ばした人のために、自身がこれまでの人生で得た技も、力も、知識も、たった一つのこの体に収められたもの、すべて惜しまず、自由に、余すことなく使うのだ。

 自身の力全てで道を開いてみせる風魔グリーンらしく。

 そんなヒーローにあこがれている小田原羽津姫らしく。

 どんなところに飛ばされても、自分を失わず、持ち前の適応能力で環境に適合し、希望と幸運の緑のワルキューレの名にふさわしい義の時代を作くろうと奮闘する。

 たとえ、それでののしられ、恨まれても、覚悟はできている。

 そして今、羽津姫はどこかで見た辺鄙な景色の中にいた。

「また山小屋!」

 二十一世紀のイワンに渡されたリュックサックを背負い、絶対フォーチュンに導かれた場所が、見たことがある山小屋であった。

 しかもわりと最近。

 というか、中世フラリパ連合国にタイムスリップしたときお世話になった場所だよね、ここ。

「イエス。でも、前回とはファイブイヤーズも経っているネ」

 五年という月日の重みはまったく感じないのはなぜだろう。帰ってすぐ着いたところが同じような風景だから?

「あ、ただ単に見栄えが変わっていないだけなのね」

 人里から離れたこの山小屋に好き好んでやってくるものは少ないだろう。

 そう、こんな建築物の、しかも外装に劇的な変化を求めるわけにはいかないだろう。

「ファイブイヤーズのダストにまみれるのはノンだから、スタービット君である程度クリーンアップしとくネ」

「よろしくね、ホッシー」

 前回は緊急事態だったから速攻で入ったが、今回はまだ切羽詰った状態ではないので、環境を整えてから小屋でのんびりと一休みしたい。

 安らぎを欲している羽津姫にはホッシーの気配りがものすごくありがたかった。

「じゃ、私はどうしようかしら。ふぅっ」

 マスクをはずしむせている髪を解放する。

「そういえば、汗臭いし……」

 ヒーローショーに、怒涛の展開、さらに戦闘をこなしてきたのだ。

 スーツの中が汗でビッショリするのは当然であろう。

「ん~。ホットなバスタイムはまだだけど、バスイング(水浴び)はできるよ、羽津姫」

「まじで。どこどこ」

 ベトベトのままであることは年頃の娘として許せなかった。

 軽くでもいいから、体を清めておきたい。

「ここからまっすぐゴーして、百メートルもしないところにあるネ。ファナティックスーツにプロテクトされているミー達はナチュラルなポイズンは無効化されるから、ボディをすっきりさせるにはグット・ゴンビニエンス(都合がいい)デスよ」

 外された風魔グリーンメットはさっそく洗われている。

 どうやら洗濯はここにあるスタービット君がしてくれそうである。

「おお。あとはリュックの中に着替えがあれば……って、あるのね」

 リュックの中から着替え一式が取り出される。下着はさすがに新品だが、高校時代の芋ジャージ(小田原というネーム入り)と学校行事の一環で作ったオリジナルTシャツという、寝巻きにも野外活動にも使える一品が詰め込まれていた。

「イワンが私の幼馴染なのは、必然だったということかしらね」

 そういえば、ついこないだイワンの家の家庭菜園の手伝いをしたとき、この服だった。

 予想以上に泥だらけになったから、コレは洗って返すとイワンに言われ、預けたような気がする。

 今思えば、仕組まれたことだったのだろう。

 理由を話しても意味がないとはいえ、よくもまぁこんな手間のかかることをしたものだと、改めてイワンの誘導に舌を巻く。

「まぁ、せっかくだし。細かいことは気にせず、水浴びを楽しもうかしら」

 羽津姫はホッシーの好意を素直に受け取った。

 ルンルン気分で、言われた先の小さな湖の前で風魔グリーンのスーツを脱ぎ、程よい冷たさの水に浸かる。

「ふぅ……」

 お湯でないのが残念ではあるが、火照った体にはちょうどいい。

「きもちいいっ!」

 羽津姫はパシャパシャ、スイ~スイ~と全裸で水浴びを堪能する。胸を圧迫していたさらしを取り外したときから羽津姫のテンションは高い。

 鍛えられていても女性らしい丸みを帯びた体。

 細めの腕を万歳するようにつきあげ、お椀のような大きさと形を保つ若く瑞々しい乳房が、飛沫とともにゆれ動く。

「はぁ~、極楽、極楽」

 いくらまわりに知り合いがいないとはいえ、大胆過ぎると思われるだろう。だが、心の洗濯に身をゆだねたい時だってあるのだ。

 覚悟も認識もなしにまったく異なる時代、国、社会に放り込まれたため、ストレスがたまっていた。それを一気に放出しようしたら、すっぽんぽんになってしまったと。言い知れぬ解放感が流れ、羽津姫はほほを紅潮させ、とことん酔いしれた。

 裸体主義者の気持ちが少しだけわかった、今日ころごろ。

「……」

 水浴びを終えた後は無言で着替える。

 一時のテンションに身を任せた結果がこれだよ、という状態である。

 冷静に考えたらやはりというか、かなり恥ずかしいということに気がついたらしい。

 やる前に気がつかなかったのは、若さゆえか。

(何、はっちゃけて、フルオープンしていたの、私。超、恥ずかしい~)

 小豆色の芋ジャージよりも赤く染まった顔ではあるが、風邪を引いたわけではない。

 パタリと倒れたけど、氷枕も体温計も注射も点滴も栄養剤も必要ない。

 だけど、精神的にはまいっているので癒しは欲しい……。

「あ~う~」

 露出癖という一面が自分にあったことに気がついた羽津姫が正気に戻るまで少々お待ちください。


「誰か、いるのですか」

 ちょうど影になっているところだろうか。

 チャプンという水音と波紋が広がっている。

「あ、うん」

 人の気配を感じた羽津姫は地べたに転がるのをやめ、立ち上がる。

 体勢を整え、人前に出ても問題ないように軽く見繕う。

「私の名は小田原羽津姫。風来坊よ」

 どこからともなくやって来る人そのものなので、これ以上ない答えだろう。

 一般的なそれとのは違いは、時をかけてきましたけどね。そのせいで身元はない。不審者なので深くつっこまれると困る。

「え、羽津姫?」

 相手の声があらぶっていらっしゃる。

 子供よりはやや低めだが、大人になりきれていない人影は、少年か少女のものと判断していいだろう。

 ガザガサ藪を掻き分け、現われたのは身長はやや羽津姫よりも低いが、髪が腰をゆうに超えていぐらいに長い年下の子だった。

 時代と地域が違うこともあって、この時代ではこれが普通なのかもしれないと、思うぐらいなので身なり自体には気にしてはいなかった。が、あまりにも長い髪なので自然と目がいってもおかしくはないだろう。

「ん~」

 特徴的な髪ではあるものの、見覚えがないので、今度は顔に注目してみる。

 顔に三つの目がついているという、どこからどう見ても、三つ目族。

 三つ目族の知り合いなら二択。

 しかし、ファラウラとは違い、妖艶というよりも清らかで無垢という感じがする。

 それにあれから五年たっているとホッシーがいっていたことから、うまく成長していたら……と考えると、一人しか該当者がいなかった。

「あ、もしかして……ネムル?」

「覚えていてくれたのですね、羽津姫」

 あどけなさが残る顔で上目使い。大きな瞳がきらきらと輝き、唇がニュット左右に広がって、誰もがひきこまれるかわいい笑顔が作られていた。

「ええ、まぁね」

 大人びたネムルではあるものの、その愛らしい顔に思わず羽津姫の口元が緩む。

 年下の美少年に慕われているのだから、悪い気はしないのだ。

「また会えてうれしいわ、ネムル」

「私も、です」

 ネムルは瞳を潤ませて、恥ずかしげに顔をうつむけ、かあっ……と頬を染める。

「それに……覚えていてくれたのですね。忘れないで、とはたしかに告げましたが……成長した私を一発で当てるとまでは思いませんでした」

 五年の重みがついにきました。

 羽津姫は少し望んでいたとはいえ、目の前に出てきたことで、軽く頭が混乱しだした。

(やば。ネムルが美少年になるのまでは予想してたけど。しゃべって、動いている姿は予想以上にくる。かわいすぎる!)

 男であるネムルに、かわいいと形容するのはいかがなものかと思うが、かわいいとしか形容しきれないぐらいのかわいらしさがあった。

「そ、それにしても、背も髪も伸びたわね」

 羽津姫は改めてネムルの美しい見事な髪のほうに視線を変える。そうじゃないと、口から汗とか、鼻から赤いものとかが出そうなところをこらえきれない。

「はい。あれからずっと伸ばしていましたから」

「へ~。あれから、ということは……だいたい……。ん~。見ただけじゃ、わからなかったわ。ネムルは今何歳なの?」

「十三歳です」

 十三歳といえば、心と体が急成長する時期だ。

 ネムルは筋肉と骨格が発達し縦に勢いよく成長していた。子どもから大人の体に近づいているものの腕も足もいまだいささか脆弱な印象もある。しかし、若木が成長する勢いのみずみずしさと、水晶の神秘的な色合いも相まっている。

 コロコロとした子どもともがっしりとした大人とも違う危うい印象は、言い知れぬ魅力があった。

「大きくなったわね……ネムル」

 親戚の子を久しぶりに見た親戚のおばさんはこういう心境なのだろうか。

 自分や従兄弟を見るたびにしんみりし出す親族の気持ち……今なら全力で同意できる。

(うわぁああ、うれしい! 超うれしいんですけど。今日のこと、日記に書いておきたい!)

 羽津姫は兄の背に隠れていた子どもから一人旅ができるまでたくましくなったネムルの姿に感動していた。

「あの、羽津姫はこれからどうするつもりですか。私はこの先のチッタという街に向かう予定ですが……」

「ん~。私としては特に予定はないのよね」

「そうですか……」

「でも、ここにいるってことは、ネムルについていったほうがいいわね。私のファナティックスーツの特性上、巻き込まれるのは目に見えているし、何より、ネムルと一緒のほうがこの時代を満喫できるだろうし」

 ホッシーの衛星による情報集めよりも、現地人に案内されたほうが手っ取り早い。

「あの、巻き込まれる、とは?」

「イワンに言われたのよ。これから遺産が原因の異変に巻き込まれるから~とか、運と気合で何とかなるはずだ~とか。なら、私としてはグッドエンド目指していくしかないでしょ。風魔グリーン的に考えて」

 偶然だろうと、必然だろうとワルキューレになったのだ。

「大いなる力には、大いなる責任がついてくる……私の言葉じゃないけど、共感できるのよね。この力をこれからも使っていくしかないなら、うまく付き合っていくしかないでしょ」

 小田原羽津姫のことをまったく知らないこの時代なら、思う存分発揮できる。

 その間に、力の性質と制御方法を学ばないといろいろまずいと、うすうす感づいていたのだ。

 それでなくても元の時代に戻ったというのに、すぐUターンするぐらいだ。

 幸運の作用を考えると、今の、なにもわからないままでは日常生活を送れないと思っていいだろう。

「羽津姫にも、羽津姫なりの事情があるのですね……」

「同情するなら、一緒に行動してぇ~。それでなくても文無しで、山小屋に泊まろうとホッシーが清掃中なのよ」

 一般常識を知る者を逃がすわけにはいかないのだ。

 説得も必死になる。

「あ、はい。私でいいのでしたら。それに、私がチッタの街に行くように命じたのはマスター・イワンですし」

「あ、イワンね。イワン。なら考えていた通りなのね」

 またイワンの誘導か。

 ハイスペック・幼馴染がハイスペックすぎてつらい。

「そうですね。でも、私はとてもうれしいです。だって、大好きな羽津姫とまた会えるなんて……」

「ネムル?」

 どうやらネムルは初恋の人に会えたうれしさを隠しきれなかったようです。

 羽津姫とて、なんとなく好感はもたれているなとは思っていたものの、まさか、ここで言葉に出してくるとは……。

 さすが外国の中世……やるな!

「あ、いえ、その……ご迷惑じゃなければいいんですけど……あ!」

 ネムルの言葉が途切れたのは、すぐ近くで金色のなぞの物体が何の前触れもなく大量に現われたからだ。

 驚きのあまり、目を大きく見開き、のどから声が出せなくなったのだろう。

「なっ……」

 羽津姫も目にしたとき、驚いた。

 しかし、ネムルとは違う意味である。

 原因はどう見てもホッシー。というか、やつしかいない。

 そう思わせるには十分な物体が宙を浮き、そして──落下していったのだった。



☆☆★☆☆



 ──時刻は少し遡る。ちょうど羽津姫がハイテンションになって素っ裸で湖で泳いでいたときのことであった……。

「んふふふ~んふんふ♪」

 ホッシーは鼻歌まじりで、スタービット君を操作していた。

「ゴールデンなボールが放置されたままなのは、ラッキーだったネ~。しかもグットな熟成しているし」

 ピュンピュン。

 グガ!

 ガガガッガガガガガガガ!

 掃除中というよりは工事中といったほうが正しい音が鳴り響く。

「あとは、えっと……」

 スタービット君を四方に配置し、長方形状の半透明の画面とキーボードのようなパネルを浮かび上げらせる。いかにも近未来的な立体映像パソコンである。

「タイトルは……【セカンドシーズン】義の忍者、中世、なう【到来ネ~☆】と」

 ホッシーはそれを軽やかなタッチで操作し、書き込んでいく。

「これぐらいでいいかな。ポチっとセンド(送信)☆」

 周り一帯にホッシーの神音が、空気を塗り替えるような勢いで響いていく。

「イワン、ノーティスしてくれるかな~♪ と、いってもこの時代、ミーの衛星たちからのインフォアメーション(情報)をリードするのはイワンぐらいネ~。アップデートしているだけで察してくれそうネ~♪」

 ホッシーは上機嫌でクルクルと星型のビットたちとともに踊る。

 古代遺産時代に作り出された遺産そのものにふさわしい洗練された動きは、かのものを力や技能を真に理解できないものでも見とれてしまうであろう。

 だから、少し遠くにいた程度ならば、人を引き寄せてしまうのも納得できる。

 テクノミュージックが鳴り響くその場に、西洋甲冑を身にまとった団体が一歩一歩近づいてくる。

「ふ~ん☆」

 ホッシーはその物音に驚きはしなかった。

 ただ、人が多く集まってきたな、面倒なことにならないといいなという思いはあった。

「および出ないお客様でも、とりあえずグリーティング(挨拶)しておくネ。ミーのネームはホッシー。ユーたちでいうところの、古代遺産文明の申し子、ワルキューレの一人ネ」

 おどけているようだが、彼のサファイヤのような瞳はまったく笑っていない。

「で、ついでにヒアーするけど、ユーたちはミーをどうしたいの?」

 得意武器である、遠隔操作タイプのスタービット君も警戒するように静かに、獲物を取り囲むように配置されていく。

「あ、そうそう。プロテクト(保護)とかなら間に合っているネ……オラクル!」

 ビクリと白銀の翼を持つ鳥人が大きく揺れる。

「私の名前、わかるの……か。ワルキューレにとって、ワルキューレ同士の名は知っていて当然なの……ですか」

「ん~。半分正解、半分はずれ。ミー的にはすでにオラクルにミートしたから、知っている。ミー達ワルキューレはファーストページも違うし、ファーストコンタクトも違う。ユー、シー?」

 時間や空間を行き交うワルキューレ。

 時を越えて出会っているという概念がないとまず伝わらない話ではある。

「申し訳ありません。私の理解力では……少し……」

 緑のワルキューレ戦を経て、オラクルは少し変わった。

 今までは自分こそ正義だといわんばかりに一方的であったのだが、自分の理解に及ばない出来事も、受け入れようとする心を持ったのだ。

「あれ? ファイブイヤーズたってすこーし大人になった?」

 といってもホッシーにとってオラクルたちは、村人を切羽詰らせ反乱を起すように仕向け、村人のほとんどを殺した悪い団体。なので警戒を解く気はない。

 あいかわず、星型ビットはピュンピュンとすばやく動き、オラクルを含め山小屋に来た一同を取り囲んでいる。

「でも、ミーたち……遺産キャパシティが高いものたちを力ずくで奪おうって考えはなくならないようですネ~。これ以上のディアログ(対話)は無理って言うなら、ミーもそれなりのことするヨ。アンサーは聞いてない!」

 ビュッ!

 星型ビットからレーザーが発射され、妖しい動きをしていた兵士の手を掠める。

「うっ!」

 短い悲鳴とともに、手から何か転げ落ちる。

 レーザーによってある程度焼け焦げているが、ホッシーの解析能力で遺産名とその性能を導き出す。

「遺産名、眠りの音。効果、人を眠らせる。無音に近い音のため、対象者に気づかれにくい。残念! ミーはこの手の遺産でスリープしないし、気づきにくいっていっても所詮は人の耳であって、ミーのハイスペックなこのイヤーには、はっきりくっきりとヒアーできるのデース」

 ホッシーは特徴的なイヤーポットを小刻みに揺らし、構える。

「スタービット君、カモン!」

 数体のスタービット君がホッシーの左手に集まり、グルグルと回る。その速度は時間がたつにつれ速くなり、小型なつむじ風となる。

「ミーが考えた、最強のザ・ストロンゲスト・ガン!」

 ホッシーはテクノミュージックのような神音を奏で、左手を中心に竜巻状になって回るビットたちに号令をかける。

 神音に共鳴した星々は、よく小学生ぐらいの子供がチラシ裏か、落書き帳に描く、ゴテゴテでなんの役に立つかわけのわからないパーツがやたらに多くが、筒状の銃身であることから、とりあえず『銃』であることだけがわかるモノへと変化した。

「催眠レーザー、シュート!」

 ホッシーはオラクルたちに向かって、トリガーをひく。

 ……ある意味期待を裏切らなかった光線銃は水色の光を放った。

「!」

 一発、二発、三発、四発、五発……。

 光線の発射音とほぼ同時に、オラクルの周りのもの達が同じ数だけ倒れていく。

「くっ!」

 動いていないものを攻撃しない必殺技、天の裁きを、はトリガーを引く指以外微動だしていないホッシーには通じないだろう。

(ならば……)

 この五年間、オラクルは自身のファナティックスーツ晴天の聖歌についてさまざまな考察をしていた。

 何ができて、何ができないのか。

 発動する条件、他の遺産とのセッションは可能なのか。

 ありとあらゆる実験と検証から導き出した答えは、遺産奏者としてのオラクルを高めていった。

「ザンギス様、お願いします! ホッシーは私と同じワルキューレでも、実力は私よりも数段上です!」

 己の弱さを即座に認め、助けを求める。

 一昔前なら、けして認めなかった。が、冷静に観察する術を覚えた今は、冷静に事実を受け入れ、最善の手を打てるようになるまで成長した。

「うむ。わかった」

 初老の恰幅のいい男性が、オラクルのお願いどおりに遺産を起動させようと右手を動かす。

 右手の、人差し指、中指、薬指の三本の指に指輪をはめている。赤、白、青と宝石のように輝く遺産が埋め込まれているソレらは、パッと見ではホッシーでも解析できなかった。

「今、このときをもって、私はザンギス様の遺産に対して、調和アルモニーを宣言します!」

 オラクルの晴天の聖歌がうなる。

「響け、私の神音! オラクル様にさらなる力を! 神からの祝福べネディクション・ドゥ・デュー

 ハープのような神音がザンギスの指輪をやさしく包み込み、音を高める。

「ありがとう、オラクル。いけ、赤き雫よ! 切り裂くのだ!」

 そして、赤い宝石が光るとともに、カマイタチが発動。

 ホッシーに襲い掛かる。

「ワォ!」

 ビュンッ、ビュンッ、バシッ!

 ホッシーの肩のアーマーを弾き飛ばし、その下の衣服をパックリと切りつける。

「なな!」

 攻撃は当たるとは思っていた。

 だが、予想に反するものがあったことに、オラクルは短く叫ぶ。

「ん~、レッドなブラッドでも出るとか思った?」

 一方、ホッシーは余裕綽々。それでも目は笑っていないので、不気味さが増す。

「ミーはプニプニのマシュマロ~ンな肌触りだけど、良質なたんぱく質のブロックではないのネ」

「まさか、ゴーレム!」

「ストーンのようなスキンを持つ種族だったけ? それともデファーデスよ。ミーはキュートだけどメタルなボディをもつ、スーパーロボットなのネ!」

 血を噴き出さないだけではなく、肌に線一本を走らなかったこと違和感を覚えたのだろう。

 その答えをホッシーは説いたのだが、わかっただろうか。

「もう。風魔グリーンじゃないからイメージされにくいかな。なら、ミー自身……ミーをストラクチャー(構成)するすべてが、遺産デース。だからミーはとってもハードなのデース」

 ホッシーは胸を大きくそらし、自信満々に忠告する。

「ミーをスクラップにしたいなら、最低でも天地を揺るがすぐらいのパワーがないとできないヨ、オラクル」

「……」

「ちまちまとレーザー放つのもバッドなんで、そろそろ、ビッグなトリック、いってみよ~♪」

 今度はホッシーの神音が高まる。

 これ以上ない複雑怪奇で、しかし、心を躍らせるような美しい音が空へと駆け上っていく。

「空から降る一億の星《ア・ミリオンスターズ・フォールイング・フロム・ザ・スカイ》!」

 パチンと指先を鳴らすと、空が割れ、亜空間からいくつもの丸い物体が現われる。

 その丸い物体に、見覚えがあるものは多数いた。

 その物体は、五年前のあの日、要塞にいる兵士全員にぶつけられたものだった。大半のものが気絶させられ、気がついたら要塞の外に放り出されていたという、いわくつきのものである。

「ぬっ。まさか、あのときの攻撃は……!」

 ガコンッ、ガコン、ガコーン!

 そして、今日もまた頭から振り落ちてきた金色の物体。

 金ダライ。

 その正式名称をいえる者は今、山小屋周辺の異変を感じ取って、向かっている最中だった。



☆☆★☆☆



 さて、ここで問題です。ちょっと水浴びで留守にしていたら、戻ってきたとき西洋甲冑を着た一団が金ダライによってのびていました。

 さぁ、あなたはどんなボケ倒しをしますか。

「ホッシー……とりあえず、怪我はないわよね」

「イエス。ミーも、そこのエネミーもちゃんと生きているヨ!」

 死ななきゃ安い。

 死んでいないなら、細かいことなど気にするな。

 あえてコント的な惨状をスルーして、羽津姫は後ろを走っているネムルが来るのを待つことにした。

 なお、羽津姫がジャージという走りやすい格好であることと、もともと道場の娘として日ごろから鍛えていることもあり、中学生ぐらいの歳の坊やぐらいなら、余裕で勝てる脚力はある。

「はぁ、はぁ……ホッシーも……お久しぶりです。ところでこれは……?」

 大量の金ダライとフラリパの騎士たちが転がっていたら、誰だって驚くだろう。

「ん~。ミーのこと、エロ同人誌みたいに襲い掛かってきたから撃退したのネ~」

 その言葉、切らせてもらえないだろうか。

 敵対したとはいえ相手の名誉のためこの意見はスルーしていいだろう。いくらなんでもそこまでヒドイ時代だとは思いたくない。いろんな意味で。

 とりあえずホッシーを取り込もうとして、返り討ちにあったことだけはわかった。

「ん……、んん……」

 ヨロヨロとではあるが白銀の天使が起き上がった。

「わ、早い回復」

「金ダライは気絶効果しか付与してないものネ。それぐらいの状態変化ならすぐリカバーするヨ」

 あくまでも、ファナティックスーツの恩恵があってだろう。

 現に他の兵士達は目覚める気配がない。

「オラクル~、下手なムーブはノンだヨ~。羽津姫を傷物にでもしようものなら、いくら温厚なミーでも本気モードで対応するネ~」

「ホッシー、翻訳機能、間違ってない?」

 古代文明時代に造られ、現在絶賛起動中のホッシーは、文明が滅びるほどの異変が起きたとき、生き残れたのはいいが、プログラムに取り返しようのない大ダメージを受けてしまったという。それが翻訳機能の奇怪なバグである。

 そのバグにより、通常なら違和感がない悠長な言語で意思疎通が可能なところ、ホッシーが発する言葉だけが微妙なルー語に変換させられてしまうのだ。

「わかりました……。それに私もご婦人方がいる前では、勝算もないのに、無様に暴れたりはしません」

 ご婦人方?

 羽津姫とネムルのことか?

 前者は、風魔グリーンスーツではない素の状態であるので、女だとわかる。

 後者は、髪が異様に長く、しかも少年の域なので、パッと見では性別詐称してしまう。

 慣れているとはいえ、ネムルはうつむき、複雑な表情をした。

「……正しい判断ね。で、何しにここに来たの。まさかだと思うけど、本当に……」

 神様、どうかエロ同人誌展開だけは勘弁してください。

「近くで神音が流れていたので、気になって近づきました」

「で、ホッシーに目をかけたと」

「はい」

「こんな派手な外見じゃ仕方ないけど……扱い困るわよ」

 わかっていることだけでも、妨害電波に監視衛星。家屋の床に穴を開かせ、外に排出させる程度の工作も難なくできる。

 まず捕まえようとは思わない。というか、捕まえてもホッシーのスペックならすぐ逃げられるだろう。

「あ~ん、羽津姫~。ミーはこんなむさくるしいおっさんどもについていくホビーはないデース。オラクルと違って!」

 羽津姫に引っ付いて頬ずるホッシー。

「ミーは羽津姫と一緒じゃないとノンなのデース。」

 その光景は大型犬が主人にめっちゃ懐いているのによく似ていた。

「ほら、この通り。ホッシーとオラクルでは考え方が全然違うから、話も合わないわよ。こんなのまで入れないといけないぐらい切羽詰っているんじゃないなら、ここはあきらめたほうがいいわよ」

 曲りなりともワルキューレだから使える人材だろうが、言うこと聞かない駄犬ではいないほうがましである。

 手に余るものは、ないのも同然。それどころかマイナスにしかならない。

「なら、その……羽津姫殿、あなたが来れば……」

「あ、私もパス。面倒くさいんで」

 情報が少ないうちはいろいろと問題が起きそうなので、宗教系の団体だけは関わりたくない。

 無知ほど怖いものはないのである。

「そうですよ。だいたい教皇庁が現役冒険者を勧誘すること自体問題ですよ」

「……?」

 ネムルの台詞に羽津姫は首を少し傾げるが、ここは話をあわせたほうがいいだろう。

 現地人の知恵に便乗することにした。

「あ、そういえばリュックの中にこんなペーパーがあったヨ」

 ガサゴソと取り出したるは、二枚の冒険者登録証だった。

「いつの間に?」

「羽津姫がバスイングに出かけていたときにリュックの中をまるっとチェックしたネ。これがあれば、中世なら苦労しないってメモがあったよ」

 後銀色のプレートもあった。

 冒険者の証だと思う。

「この登録証にプレート……フリークラントの者か」

「はい。我々は滞在することを許可されています」

 どうやら、冒険者になると教皇庁は手出しできないらしい。

 どういった取り決めがあるかまではわからないが、面倒なことにならないならラッキーだ。

「ワルキューレ込みで、一体何の相談ですか。……まさか、教皇様のあのうわさを流したのは……」

「なんのことか存じませんが。チッタの街には向かいますよ。依頼がありますので。もういいですか、我々はこれからに対して打ち合わせする時間も欲しいので、これ以上無駄に付き合いたくないのです」

 淡々と受け答えするネムル。

 その瞳は冷たく、絶対零度のような凍てつくものがあった。

(ネムルは一方的にオラクルを嫌っているようね……ま、当然か)

 オラクルたち……つまり、ザンギス配下の者たちがネムルが育った村を滅ぼしたのだ。

 当時幼いネムルといえども知っていたのか、それともイワンが教えたのか。

 どちらにしろ、これ以上ネムルとオラクルを一緒にするのはまずいだろう。

「ネムル! もうそのへんでよくない」

 羽津姫は大人の対応をとってピリピリするネムルを少しでもやわらげたくなって、強引だろうかネムルの右手に触れた。

「あっ!」

 顔が上気するネムル。

 先ほどの冷徹さはあっさりとなりを潜め、恋する少年の目になった。

 これは憧れのお姉さんだからこそできる、特殊コミュニケーションスキルである。わかっていてするなんて、なんて罪深い女かと思われるだろうが、羽津姫は道場にやってきているちびっ子にこの手のことを何度もやっている。

 ボディタッチは基本。抱っこしたり、抱きついたりは日常茶飯事。ぐずりだした子を対応しまくった結果、極限まで精励された解決方法がこの『さりげなく手と手を合わせて、黙らせる』なのである。

 なお、この方法はあくまでも好きだと確定している異性であるから通用するので、好き嫌いがあいまいなときは逆効果になる可能性がある、諸刃の刃的なテクニックである。

 この手のテクニックは下手をするとセクハラと訴えられてしまうので、まずは事前に言葉でちゃんと確認することをおすすめする。

「じゃ、そういうことで。私たちはこの山小屋で寝るから、そっちはそっちでってことで」

 羽津姫はソソクサとネムルの手を引いて、抱きついているホッシーを引きずりながら、山小屋のほうに足を進めた。

「ちょっと、こちらの話はまだ……あっ!」

 ベチョリ。

 どこからともなく粘着系の音がする。

「まだ何か……て」

 オラクルに降りかかった災難をみたとき、羽津姫は思わず視線をはずした。

(ああ~、そういえば、風魔・警戒線を発動させたままだったわ)

 そういえば、この山小屋一帯を守るように張っていたのだ。

 解除し忘れていた。

 しかし五年もたっているので、もうこの技が消えていると思ったけど、ここは遺産クリオティ。

 五年くらい経っていても大丈夫だった。

 あのとき仕掛けた、あなたの意思は引きつがれていた。

(この技の効果は、たしか……守る相手の敵を……)

 現実から思わず逃避しかけたが、ずらした視線を少しずつオラクルへと戻す。草の上に白いなぞの物体が散らばっているのが見えた。

 白い粘液みたいなものを顔に浴び、髪にうけ、胸や腹にべっとりと粘りつかせ、オラクルは地面に無造作に転がっている。

「……」

 これだけしか表記していないと、いや~んであは~んな場面を思い浮かべるかもしれないが、アダルトなビデオの一コマではない。どちらかというと、体をはったコントによく出てくるような場面だ。台所にある、黒き悪魔Gをおびき寄せる、ホイホイ的なノリのほうの。

(『トリモチ』で行動不能にさせる、だったわよね。たしか)

 オラクルにべったりとくっつき、地面にくっつけている白い粘着物の正体は、トリモチである。

 正確には、トリモチ型に練られたオーラというべきか。

(さすがは風魔グリーンの必殺技!)

 提供は、遺産である絶対フォーチュンによるものである。

 この技は、KIAIをトリモチのように粘った白いオーラにして、特定の条件にあった敵が触ったときのみ、一定の時間捕らえるという仕組みになったようだ。

 なお、この技は劇中では悪しき心を持つものだけをわなにはめ、トリモチをくっつかせ、この場で動けなくさせるというものである。効果は捕縛グモと同じく半日から一日。

 子供向けのヒーローの技ゆえ、殺傷能力を極限まで抑えた結果、トリモチとなったのであって、大きなお友達向けのロマン技ではないはず、なのだが……。

(むむむ~。子供のころはそんなに気にしてなかったけど……この技って、エロい)

 実際、技をかけてみてみると、いかがわしい妄想をかきたてる要素満々であった。

「あっう……ぅう、こ、これはなんです……あっ、いやっ……なんか変に生暖かいっ」

 生まれてはじめてみるものに、オラクルは慌てふためく。

 震える体にくっつく白い粘着物。熱く、重く、硬い弾力が押し付けられるような感覚がする。

「あっ、ベトベトするっ……いぃあ、こんなところにっ! いや、入ってこないでぇえ!」

 振り払おうとすると余計に、いやらしく、こびりつくらしい。

 オラクルはすっかり取り乱し、真っ赤な顔をいやいやと振りながら、あちこちに白くて粘々したものを飛び散らかす。

「はう。うっ……んぅ、あひ……もうぅ、勘弁してぇ……くださいぃ」

 うっすらと生理的な涙を浮かべるオラクル。

 事後ですっていうモロローグが出ても、差し控えがない光景になってしまった。

 違和感、仕事しろ。

(いやいや、これトリモチだからね。いいえ、ケ○ィアですとかと、同類だからね!)

 羽津姫は十八禁を免れる魔法の言葉を心の中で唱えた。

「……無様ですね」

 ネムルはあきれつつも、気が張っていた状態を緩和することができた。

 薄暗い笑いも入っているが、だいぶ溜飲が下ったようで、落ち着きを取り戻しつつある。

(お笑いの力ってすごい)

 オラクルには悪いが、ネムルの悪感情をやわらげさせたのだから、上出来だろう。

 まぁ、見下しているだけだろうけど。

 褒められた癒し効果ではないが、一触即発の雰囲気が裸足で逃げ出したのだ。オラクルには悪いが、このままトリモチまみれになってもらおう。

「こんなトラップにもかかるのか。武器妖精がいないオラクルはダメダメデース」

「武器妖精? 遺産……よね? ホッシーと同じ自立型なの?」

 ホッシーのお知り合いだろうか。

「オール、イエス。遺産用の外付けHDみたいなものネ。遺産知識が乏しい適正者に優しくて、みんなの人気者デース」

「へ~」

 遺産の操作が下手な相手に辛らつなホッシーとは違うらしい。

 初心者用のお助けキャラなのかもしれない。

「もう、オラクルはこんなところで油売ってないで、さっさと自分専用の武器妖精……オラクル専用だから武器妖精アルム・フェーをみつけてあげなよ」

「あれ、意味同じなのに発音変わったわね?」

「武器妖精は、仕える主を決定すると、主の言語に合わせるのね。フラリパ連合国の公用語だと武器妖精アルム・フェーになるのデスよ。ちなみに、オラクルにはずっと武器妖精アルム・フェーと聞こえているよ」

「そっか。みんな言語ばらばらだったわね」

 メモリーを飲み込んだ羽津姫の発する、聞き取る言語はすべて自動翻訳されている。

「で、オラクル専用の武器妖精アルム・フェーは今頃、さびしい、さびしいって泣いているデスよ」

「よくまぁ、そんなお助けキャラ的な存在を教えるようになったわね、ホッシー」

 武器妖精がどんな形態をとっているのかわからないが、名前からして期待できる。

「不快にする回答しかしないクイズの回答者から、珍回答でわかしてくれる愛すべきおバカキャラになったから☆」

「あ……そう……」

 一応オラクルはホッシー的には好ましい方向に成長しているようだ。

「今のオラクルなら武器妖精アルム・フェーをアンハッピーにさせないと思うからティーチするだからネ。ミーはまだオラクルのこと認めてなんかいないから、勘違いしないでよネ!」

 でなければ、同胞っぽい武器妖精の情報を公開することはないだろう。

武器妖精アルム・フェーがいないオラクルといいバトルなんて無理、無謀。とっとと泣いてるかわいそうな妖精みつけて、仲良しこよしになるまでミーとバトルしないで」

 どうやらホッシーは正しく遺産を使うものの味方になる傾向があるらしい。

 好感度を上げるなら、ステータスを一定以上スキルアップしないといけないのは、どこの恋愛ゲームでも一緒である。

武器妖精アルム・フェー……ですか」

 オラクルはその遺産名をつぶやく。

「そ。奏者としてたくましく成長していたら、ミーも考える。だから、フェイスをウォッシュして出直して来い、オラクル」

 トリモチによって薄汚れている顔もあって、二重の意味がある。

「あの、大変差し出がましいと思うのですが……ホッシーさん、もしかして武器妖精アルム・フェーとは、虹色に輝くガラスのような材質の翅を持つ少年のことですか」

「ずいぶん具体的に知っているのね、オラクル」

 晴天のワルキューレに、そういえば時々金魚の糞みたいにくっついている、セット商品となる小型の妖精がいた。が、アレか。

 時々というところから察せられるだろうが、よく省略される。類似品でいうとアテナにニケがくっついていない状態である。ティンカーベルみたいにキャラ立ちするのは、お供的な存在には大変厳しいのである。

 なお、武器妖精アルム・フェーは絵師によって多少詳細は異なるが、愛くるしい少年や少女の姿をとってことが多い。

「イエス。大体そんな感じネ。ボーイというけど武器妖精はみんな年齢設定をチェンジできるから、今のフォーマーがボーイとは限らないけど」

「え、歳変えられるの?」

 トクンと、羽津姫の心の琴線に触れる。

 実はショタじじいとかロリばばあという設定にロマンを感じてやまないのである。

 現に幼馴染のイワンの実年齢を聞いて、驚きと同時にちょっとときめいた。

「あ、このタイミングじゃ、羽津姫は知らないか。遺産の中には原住民に溶け込んで、ことをなすタイプが存在するネ。植物だったり、動物だったり、中には知的生物だったり。オバニズムなのネ、そうなのネ♪」

「……そんな遺産があるのですか」

 ネムルも話に乗ってきた。

 たしかに、気になる。

「武器妖精はその中でも特殊な部類で、本来の記憶を封じ込めて、別人みたいに現地人としてライフするネ。で、ロード……力を有効に使ってくれる主を見つけるために放浪することもあるネ。オラクルの武器妖精アルム・フェーはオラクルをロードで登録済みなので、人の姿でまぎれているだろうけど、近くでスタンバっていると思うヨ」

「それは、どういうことですか」

「オラクルもまた、いつか古代遺産文明時代に飛んでミーたちと関わる。そのとき、まだ製造過程中の幼生であった武器妖精に唾つけて、武器妖精アルム・フェーをゲットしたって聞いたことがある」

「うわ……」

「教皇庁の騎士ってやはりそういう趣味なのですか」

 思わず一歩足を引いた羽津姫とネムル。

 この場でフォローするものは、もちろんいない。

「あ、いえ、たしかに我々は幼いうちから遺産キャパシティの強い子どもを確保しますけど。私は保護されていなかったら、病死確定でしたし。幼いうちから鍛えないと、遺産の暴走などで取り返しのつかないことになるんですよ。だから、悪いことばかりじゃないですよ~」

 必死すぎるオラクルの反論。

 でも一理ある。

「んぐ……。それは……聞いたことありますが……」

 ネムルの顔が複雑そうに歪む。

 イワンもどうやら、この思想の欠点と利点をちゃんとネムルに教えたらしい。

(そういうこともあるのね……)

 でも、村ひとつを滅ぼすのは、さすがにやりすぎだと思います、先生。

 ネムル君はこの通り、割り切れていません。

「ミーもそれは悪いとは言わないネ。幼いうちから正しい知識をティーチするのは大切デース。ちゃんと同意の上だったら、ノープロブレム。だけど、強行なのはノンなのヨ。人に優しくないし~、侵略兵器にプロセスがのっとられる恐れもあるし~」

「侵略兵器?」

 ここにきて、また新たな単語が。

 メモの準備をしたほうがいいだろうか。

「ここではよく古代侵略兵器というネ。ミーたちワルキューレとよく敵対する団体だヨ。パーパス(目的)がミーでもはっきりわからないっていう不気味なところもある。現地人にはハードすぎてついていけない。古代侵略兵器たちも個体個体でやり方がデファーらしくって、力ずくで排除するタイプや、現地人を洗脳して支配下に置こうとするタイプなど、あり方からしてナウな人類と共存できるモノじゃないデース」

「それはずいぶん厄介な団体ね」

「管理者がロストしていなかったら、また違ったアプローチをしてきた可能性はあったけどネ。ともかく古代侵略兵器だけはミーでも手が負えないので、敵対したらブレイクしかないネ」

「ふ~ん。壊すしかないね……」

 乱暴な言い方だが、説得が通じない、共存できる品物でないものなら破壊するしかあるまい。

 羽津姫はふと殺された未来のファラウラを思い出す。

 恨みと怨念により心を塗りつぶされ、狂ってしまった人。

 戦い、そして勝たなければ生き残れないときだってあるのだ。

(悲しいね……)

 戦うと決めたのだから、生死が関わることを理解している。

 羽津姫は物思いにふけ、思わず遠くの空を眺める。

 そして……気がついてしまった。

 変なものがこちらに近づいてきているのを。

 羽津姫が気がつけたのは風魔グリーンの技の一つ、風魔千里眼のおかげだ。技名を叫べば、千里先の針の穴さえも見ることができ、通常でも視力を6.0にできる優れもの。

 その眼が捉えたのは、鳥のような羽根つきで、西洋甲冑の隙間の部分から緑色の細長い線状のものがギチギチいっている、どう見ても怪しい存在だった。

「ところでさ、ホッシー。ちょっと参考に聞くけど……古代侵略兵器って……鳥人か……それとも蔓みたいな植物なもの?」

 羽津姫は空を飛んでやってきているモノを特徴を述べ、ホッシーに回答を求める。

 特撮系のヒーローによく出てくる怪人だよね、あれ。どう考えても悪い予感しかしない。

 それでなくても何気ない会話の中に新たな敵との遭遇のフラグを立てちゃっている。しかも自身の幸運体質の効果を考えると、ほぼ間違いなしの気がするのだが……。

「古代侵略兵器は、植物型デース。環境にはやさしいけど、現地人にはハードなウェポンネ」

「そう」

 やっぱりといわんばかりに、羽津姫は顔を引きつかせながら、遠く、空のほうを指さした。

「なんか、それっぽいのがこっちに向かって来ているわ、ホッシー」

「へ?」

 ホッシーは事の重大さに気がついたらしく、即座に神音を鳴らし、辺り一帯をテクノミュージックでいっぱいにする。

「まさしく、あれは古代侵略兵器。しかも、マーシー・カンブリカ01型デース。あちゃ~、人にはデンジャラスな子、来ちゃったヨ!」

「えっと、マーシーなんとやら……は、どうしてそんなに危険なの?」

「通称マーシーは、麻薬精製能力を持ち、現地住民を麻薬中毒者、廃人、場合によっては死体にして意のままに操るようにプログラムされている個体ネ。植物型のゾンビ製造機と思ったほうがわかりやすいデスね」

「いやゃああぁああ!」

 名前がいいだけに、そのギャップが怖すぎる。

 エンジェル・ダストとか、エンジェル・ヘアーとか、名前はかわいいけど、中身は凶悪、強力で危険なおクスリ(ジャパートでは麻薬に指定されている。もちろん違法である)を思い起す。

「今回ミーが兵士たちを気絶させちゃったわけだから、マーシーの餌食になるのは忍びないので、ディフェンスします。と、いうことで、羽津姫、後アスク~☆」

「ちょ、ちょい待った。私、着替えてないけど……」

「羽津姫はイメージが武器だし、そもそも幸運体質もあるから、このままでも十分いけるヨ」

 ちょっとテンション下がるが、特に問題なさそうである。

「あ、そういえばそうね。じゃあ!」

 羽津姫は水浴びしたときに外した、風車手裏剣を持ち、

「いっけー! 風魔忍術・風神風車手裏剣!」

 力の限り思いっきり標的に向けて、打った。

 同時に、大きな風が吹き上がる。

 風魔グリーンが背負う巨大な手裏剣には風神の加護あるという設定で、風が吹いているとき、様々な恩恵を使用者に与えている。

 ヘリコプターのように空を飛ぶこともできれば、手に持って、鈍器に盾にと考えつけばなんにでも使える。

 今はその巨大な手裏剣であることをいかし、KIAIのオーラで竜巻のような速さと音を鳴らしながら、空を飛んでいた怪人を一撃でなぎ倒す。

「クオリティ、高っ!」

 蚊トンボのように落ちていく、怪人に一言。

 そして、羽津姫は標的を倒し、主の元へとブーメランのように戻ってくる手裏剣を右手でがっちりと受け止め、ポーズを決める。

 以上ここまでが劇中での風魔グリーンの必殺、風魔忍術・風神風車手裏剣である。

 敵を一撃のうちで葬り、手元に帰ってくるまでが遠足なのである。

「ホッシー他のはどこから来る、もしかして下からってこともあるの!」

 相手がゾンビ製造機なら、ありえる。

 それでなくても前回のB級ホラーものといい、今回もそういう展開を警戒した方がよさそうである。

「イエス。だけど、ミーのスタービット君バリアを地中からでも突き破ることはできないネ」

「と、いうことは……ゾンビの大群が、バリア範囲外から、のっそりと出てくるのを考えるべきね」

 直下から手が出て、こんにちは~しないだけ、ましだと思うしかない。

「え、え! ゾンビ、とか……そんな恐ろしいものがここにくるのですか!」

 ネムルは冒険者としての経験か、イワンの教育の成果によるものか、敵が来ること自体は疑問視しない。が、ゾンビが大群で、となるとどうすればいいか迷ってしまう。

「気を確かに。マッドネスはノンなのデース。SAN値は大事に。戦場ではいかに冷静であるかがヴィクトリーへのキー。ネムルはセーフティーから出ないで。このままステイ。ミーとしては勝手にムーヴされると困りマース」

「あ、はい」

 遺産同士の戦いでは足手まといというのがわかっているからか、素直にネムルは防御の構えを取り大人しくなる。

「あの、私は……」

 オラクルはトリモチにより強制的に動けない。

「う~ん。今のユーは羽津姫のお邪魔虫にしかなりそうにないから、このままステイで」

「……弱くてごめんなさい」

 同じワルキューレでも、力の格差が激しくて、涙が出てきそうである。

「えっと……弱いと大切なもの守れないから、早く強くなってね、オラクル」

 羽津姫としては一応励ましの言葉なのだが、いわれたオラクルの陰がさらに強くなる。

 ネムルも飛び火を受け、黙り込んでいる。

「ズケズケ言う羽津姫、超クールね」

 ホッシーもさすがに顔引きつっているのだが、羽津姫には伝わっていないだろう。

「あ、うん、ありがとう」

 この通りほめ言葉ととらえていらっしゃる。

 男性陣の心の嘆きは届かず。

「さぁって、相手がゾンビだろうが、なんだろうが、敵ならば容赦しないよ!」

 羽津姫は構え、相手の出方を伺うと、かびと死の臭いが鼻に付く。

 実際ゾンビと出会うのは生まれて初めてのことなのだが、なんとなく、これが生きる屍が動く独特のにおいだとピンと来た。

「そろそろくるってことかしら」

 のっそりと、愚鈍だが、それらは羽津姫たちの視界へと現われた。

 数は数え切れないぐらい多く、年齢も服装もまちまちである。皆どこかの村人といっていいぐらいの簡素な服装で、遠方で見た西洋甲冑タイプと比べると非力に見える。

「数で勝負にきたってこと。なら、風魔忍術・雷神……」

 緑色のKIAIのオーラを十字手裏剣に練ろうとしたときだった、

「あぁあああああああああぁああ!」

 ネムルが大きな悲鳴を上げる。

 絶叫。

 まるでこの世の終わりかと思えるほどの叫びだった。

 額、右、左、と三つ目からは大粒の涙がこぼれ、流れていく。

「ネムル! SAN値直葬! なんでデース!」

 守りを任せているホッシーも多少なりとも動揺している。

「と、とりあえず、組みしくヨ! てい!」

 精神分析がないメンバーあるあるの行動をとるホッシー。

 物理はすべてを超越するのである。

 古代遺産文明産のロボットに、稀有な能力者を輩出する三つ目族とはいえ生身の人間が、速さも筋力も対抗しきれるわけがないので、あっさりとホッシーはネムルを捕縛することに成功する。

「ホワイ、ネムル。冷静なユーらしくないデスよ。まず一回深呼吸してくだサーイ」

 発狂した者を、このまま放置するわけにはいかない。

 精神が不安定なキャラは、状況を悪化させる行動をとるというホラーゲームのお約束がある。

 せっかく造ったバリケードを壊され、大量にゾンビが向かってくるようなことがあった日にゃ、目も当てられない。

「スーハー……」

 がっしり組み付いたホッシーを振りほどけるわけがないので、ネムルは言われたとおりに深呼吸する。

「よし。ユー、グッドボーイ。じゃ、次は理由デース。コンフィージョンしていても、必要なワードはこっちでまとめるから、いうだけイって。はいドーゾ!」

 泣きじゃくった名残で、横隔膜がケイレンしていて、うまく言葉の出ないネムルなのだが、彼はのどの奥から振り絞るような声を出しながら、確かにこういった。

「し、信じたくないのですが、あのゾンビは……ドッブおじさん、ビルニーク兄さん……フィールに、アルナブ姉さんも……」

「ネームがわかるのデスか」

 ゾンビの生前の名がわかる。それを意味することは……。

 それでなくても、ネムルは五年前、反乱を起し、焼き払われた村の生き残りである。

 ゾンビの服装に冒険者らしいものが見えないのならば、消去法でも可能性はあれしかない。

「あのゾンビたちは……私の、私がいたペリセウル村の……村人たち……です……」

「くっ……」

 ネムルが名前を知っている時点で予想はしていたが、羽津姫は舌打ちするしかなかった。

「そして……あれ……」

 ネムルの涙で潤ませ目の先には、奥に陣取っている、ゾンビ。

 それは古びたローブをまとい、他の村人ゾンビとは一味違う圧倒的な存在感を見せる。

 腐敗し零れ落ちた肉体の隙間から青い花をのぞかせ、おどろおどろしくも美しい肢体がそこにあった。

 均整のとれたその肉体は、生前は美丈夫であったことが容易に想像できるぐらいである。

 そしてあの容姿は、見覚えがある。ただし、瓜二つというものには出くわしたことはない。かなり成長させて……髭をはやさせて……ふけさせれば……。

「あれは、父です。私の父上なのです……私の、父上がっ、ああ、ああぁああああ!」

 ……やはりネムルの血縁者でした。

 親しく身近な存在だった人たちのゾンビ化。

 これはきつい。かなりきつい。

 むしろ、ここまでよく言えた。全力でほめてあげたいレベルである。

「こういう場合、せめて安らかに……とかいって攻撃すべきなの。それともあの状態から復活できるとかそういうご都合主義はないの、ホッシー」

「残念だけど、あのナカには魂がない。ただの屍はリザレクションできないヨ……」

「くっ。モンスター扱いのゾンビとは戦うしか道はないってことね」

 苦々しく唇を歪ませる羽津姫。ご都合主義と述べたところからも、本心から救えるとは思ってはいなかった。だけど、心の奥ではまだ希望があることを祈った。

 だけど結果は無残にも……命がないので、もとから助けることができないという現実を突きつけられただけだった。

 悔しい。

 後味の悪い結末しかないのが悔しいのだ。

「だ、大丈夫です……覚悟はできてます……羽津姫、私は大丈夫ですから……ですから、父や皆のこと……楽にさせてください」

「わかったわ……」

 せめて安らかに逝けるように、寺生まれのTさん……もとい道場生まれのKさんは『破ぁ!』という掛け声を上げて、悪霊を即座に退散させるしかない。

 羽津姫は対悪霊専用の風魔グリーン必殺技のポーズの構えとる。

「風魔忍術・悪霊滅颯電アクリョウメツサツデン!」

 羽津姫は敵に向かって電流のような閃光がきらめきをもつ手を広げる。

「破ぁあああああ!」

 指を下に向けた形で下からやや上向きに胸を突き飛ばすようにつくと、突風が舞い上がる。同時に電流は手から放れ、舞い上がった風に乗ってゾンビめがけて飛んでいく。

 バリッ!

 バリリリリリリィィリリィィイイ!

 平手で相手を突く、張り手をモチーフとした動きである。この張り手攻撃は一撃必殺の風魔パンチや風魔回転キックと大きな違いがある。それは連打攻撃である。

 悪霊滅颯電は両手を使い、下から上に回すように繰り出すたびに、手から電流は放たれ、吹き上がる風にのってゾンビたちを迎え撃つ。

 すばやく動けば動くほどこの電流弾は連続で繰り出すこともでき、金剛力士のような力強さもあいまって、ちびっ子には人気のある技である。

 なお、風魔グリーン設定集によると、一秒間のうちに五千も突くらしい。

 一撃でも重いのに、それを何千、何万発もうけることになるのだから、ゾンビの肉体が粉々に砕かれ、まるで塵となって消えていくように見えるのである。

「さすが……風魔グリーン。これだけの敵でも臆すことはないか」

 ネムルの父親とされるゾンビからの声。マーシー・カンブリカ、そのものの意見だろう。

 村人の認識なら、今の羽津姫を百歩譲ってワルキューレの一人としてみても、緑色の光沢あるコスチュームではない芋ジャージのままの羽津姫を、風魔グリーンもとい緑のワルキューレと判別できないはず。

 古代侵略兵器たちは風魔グリーン=小田原羽津姫と認識しきることから、戦う運命にある敵と思っていいだろう。

「ふん。ゾンビは確かに怖いけど、それで尻尾巻いて逃げるなんていうわけないでしょ」

 芋ジャージとはいえ、心は風魔グリーンになりきっております。

「戦う。そう決めたからには、考えられる勝つための手段をすべてとるつもりよ」

 羽津姫は張り手を連打しながらも、考えをめぐらす。

 この場合話せるゾンビ一体を残して情報収集か。

 ゾンビ総本山に当たりをつけ、ホッシーの衛星をピンポイントに配置させれば……いや、チッタの街も気になる。

 イワンがわざわざネムルを向かわせたのだ。

 ならば、マーシー・カンブリカはそこを拠点としているというメッセージとも受け取れる。

「あいかわらず厄介なやつよ、風魔グリーン。何も知らぬくせに、なぜ、いつもワレらの邪魔をするのか」

「……最低でも、原住民をゾンビにして、操っている兵器が安心安全とは思えるわけないじゃない!」

 まったくの正論。

 一個人の感情でも許しがたいが、客観的に見ても破壊しないとまずいとしか思えない。

 そうこういっているうちに、羽津姫の張り手がゾンビの肉盾を突き破り、最後の、奥にいたネムルの父親まで迫ってきた。

 一秒間に五千なら、三分なら単純計算で九万発。村人全員をゾンビにできたとしても、しょせんは中世の国境付近のひっそりとした村。万単位の数ではいない。

 数の暴力で勝負をかけても、トンでも設定が通常営業である特撮ヒーローの技に勝てるわけがないのだ。

「くっ、ふふふふふ」

 ネムルの父親は突然笑い出す。

 気が狂ったかのように。

 しかし、うろんだ瞳から発するのは不気味ほど強く光。

 まだ、何かある。

 気になるが、羽津姫は張り手を止めることはなかった。

 ここで攻撃しないほうがまずいと思ったからだ。だが、一瞬、ほんの刹那、鈍ってしまったのは確か。

 コンマ以下の時間でも、マーシー・カンブリカには十分だったようだ。

「……コード0、型式と所有者名をあげよ……武器妖精アルム・フェー

 ネムルの父親とされるゾンビから、奇妙な言葉発せられる。

武器妖精アルム・フェー?」

 オラクル専用の武器妖精。ネムルが……それなわけないだろうし。なら、まさか、この金ダライによって気絶させられ、転がっているおっさん達の中にいるのか。

「え、武器妖精アルム・フェーが側にいるの? どこどこなのデース!」

 武器妖精の現地人にまぎれる技能はホッシーの解析能力よりも上回っている。

「ハーハハハハ、気がつかなかったようだな、ホッシー!」

 バリリリリ!

 張り手の電流によって粉々になる、ネムルの父親。

 だが、その顔にはやりきったという表情を浮かべ、体内に巣くう青い花とともに消えていく。

「……っ、父上、みんな……」

 ボロボロと涙を落とし、ネムルは動かなくなった。悲しみに打ちひしがれているようすが、遠めでもよくわかる。

「……」

 慰める言葉なんか思い浮かべられなかった。

 そして、まだ羽津姫の勘に妙なしこりがある。

「嫌な予感がするわね」

 目にしたゾンビたちはすべて消滅させたはずなのに、どうもすっきりしない。

 散り際の言葉もあって、羽津姫は胸騒ぎがする。たとえ、伏兵として配置させられていたであろう、あの西洋甲冑を着た……鳥人か翼人かわからないけどそりあえず鳥のような翼をもって、空をバサバサと飛ぶものをすでに倒していたとしてもだ。

 なにか、見落としていることがある。

 そんな気はしていた。

「イエス。まだ……マーシーはハンドをヒットしているはずデース」

 ホッシーはスタービット君たちをめまぐるしく動かしている。

 敵が動くまでわからないなら、敵の動きをぎりぎりまで予測するしかない。そのために些細な情報だろうと取りこぼすわけにはいかないのだ。

 そして……あたりが『静寂』になる。

 羽津姫の神音が一切止まり、鳥や虫の鳴き声も聞こえなくなる。

「……!」

 このとき羽津姫の心は戦慄を覚えた。

 数分後にはゾンビ製造機だとという言葉のほうがインパクトがあったために、マーシーの兵器としての本領、『ゾンビを作る過程の中に麻薬を扱っている』ことをすっかり忘れていたことを後悔する。

 さらにいうならば、麻薬のことを危険なお薬としか自身の認識のなかにはなかったことにも歯軋りする。

 一八九〇年にある文章の中で、英国の医師サー・ジョン・ラッセル・レイノルズ氏は「純粋な状態で、使い方さえ間違えなければ、大麻は人類にとって最も価値ある薬の一つだ」とインド原産の植物、大麻の持つ医薬的効能をそう賞賛している。

 そう賞賛されるぐらい、大麻は有害で危険な麻薬ではあるが、それと同時に、重病患者や慢性痛の治療に使われる特殊な薬にもなれるのである。

 用は使いよう。

 簡単に言えばそうなるわけだ。ならば、疲れた体をゆっくり休ませる、後遺症がほとんどない薬も調合しだいでは作り出すことも可能であろう。

 ほんの少しでも相手を操るぐらいの強力な害意があれば、理不尽すぎるの幸運の前に、何らかのアクションがあったかもしれない。が、マーシーがこの場で散布した薬……いや、アロマにはそんな敵意はない。

 むしろ善意。

 戦闘により高揚し、疲弊した体は何の抵抗もなくスポンジのように好意を受け入れてしまうものだ。

 古代遺産侵略兵器マーシー・カンブリカはそんな羽津姫の幸運体質の弱点を突いた安らぎを与えるアロマを、あたり一面に散布した。

「はう。ち、力が……ぬけりゅ~」

 ほわわ~ん。

 ネムルの父親が消失する寸前、あの青い花から発せられた香りにまさかこんな効果があるなんて考え付かなかった。

 それでなくても死肉によるきつい臭いのせいで、鼻が麻痺して花の匂いまで感じ取れなかったのだ。

 植物型ゆえの発想に羽津姫は感心と同時に恐怖した。

(ますます危ないじゃない、この植物兵器!)

「シット! 風向きまで考えてなかったヨ!」

 ロボットであるホッシーにはもとから無効ゆえに対処が遅れた。

 そしてネムルを組みしいている今はとっさに動けない。

 そう、マーシー・カンブリカの『薬』の香りに満ちたこの空間の中をとっさに動けるものは、生身の人間には無理なのだ。

 それこそ、ホッシーみたいな古代遺産でなければ、すくっと立ち上がれない。

「……」

 スクッと立ち上がれた、背にステンドグラスのように色鮮やかな翅を持つ、武器妖精でなければ……。

「まさか……まじで……」

 羽津姫は言葉を失った。

 確かにホッシーは、オラクルの側にいるんじゃね? とか匂わせていたが、まさかここまで近くにいるとは……。

 翅持ちの西洋甲冑を身にまとった人物に、目が釘付けになる。

「アウチ。ミーも予想できなかったヨ……」

 年齢を変えられるとはいえ、ここまで大きくさせる意味がわからなければ想定外であろう。

「そ、そんな……」

 ファナティックスーツの恩恵により意識を失っていないオラクルが、わなわなと唇を震わせ、武器妖精の今生の名を呼ぶ。

「ザンギス、様……なんで……」

 武器妖精は動揺するオラクルを尻目に、手を上げ、指に輝く三つの宝石を天へとかざす。

「型式02、所有者名オラクル……Gコード確認。初期化、実行しますか」

「うわぁああああ、それ、らめぇええええんっ!」

 初期化という言葉に反応した羽津姫が思いっきり叫ぶ。

 侵略兵器によって、強制介入させられたということに気がついた……というわけではなく、とてつもなく嫌な予感がしたので脊髄反射並みの速度で拒絶の言葉を発したのだ。

「……暗証番号とパスワードを入力してください」

「いや、し、しるわ、けないでぇしょ、」

「暗証番号1844ruwa、パスワードke71d4y。確かに承りました」

 あっていたよ。すごいな幸運。

 ついこの間敵対した関係だとしても、取り返しのつかないことになるのは嫌な羽津姫はひとまずホッとした。

 それにしてもなぜ、羽津姫のジャパート語対応だったのはなぜなのか。ホッシーのいうことだと、オラクルの母国語であるフラリパ語がベーシックのはずなのに。

 その疑問を解決させる前に、武器妖精は抑揚もなく、言葉を進めさせる。

「これにより悪意ある第三者がGコードが介入したと推測されました。安全のため現時刻から二十四時間機能を停止。ロード・オラクル、問題の解決をお願いします」

 プツン。

 強制シャットダウンしたのか、ザンギスの体はそのまま糸が切れた操り人形そのものとなって、動かなくなった。

 音声どおりならば、これから二十四時間動かない。

 その間に、問題を片付けておかないと。脳が柔らかい羽津姫とてこの急展開についていける気がしない。

 オラクルにいたっては、思考停止しているのではないかといわんばかりに呆然としている。

「えっと……ホッシー。まずはどこから説明をお願いしようかしら」

 当てのない問答をせずにすむのだから、古代遺産のスーパーロボットがここにいて本当に助かる。

 ホッシーに話を振った羽津姫は、このとき金色になぜか輝きだす山小屋を見た。

「なに……あれ?」

 しかもこの光、どこかでみたことがあるような気がする。

 あ~、そうだ、ゴールデンなフィットネスボールだ。

 いつでも手軽にトレーニング、みんな知っているバランスボール。

 だけど古代遺産文明ではタイムマシーンという……。

「もしもし、ホッシー君。山小屋があのタイムマシーンのように光っているのはなぜかしら」

 思考回路がショート寸前ゆえか、某教育番組のとんまな人形とおねえさんのやり取りのような会話を開始しだした。

「それはね、ミーがあのタイムマシーンを山小屋に組み込んだからだよ。五年も保管されていたから、ちょうどよくエネルギーがたまっていたネ~。羽津姫の幸運パワーに反応して、今からタイムスリップしマース」

 一見冷静に、しかし目はキラキラ。口元はものすごくきれいに笑っている。

 この状況を楽しんでいらっしゃる。そして、これから起こることにドキドキワクワクさせている。

 山小屋のように羽津姫やホッシーの周りも、おまけにネムルやオラクルも金色に光ってきている。

「いやぁあああ。収拾つくの、これぇえええ!」

 羽津姫の悲鳴を飲み込むように、金色の光は四人を時間跳躍させた。

 ネムルの村の悲劇。

 オラクルの武器妖精。

 そして植物型侵略兵器、マーシー・カンブリカの魔の手。

 たしかにこの三つを知らなければ、これから起こりうる歴史を変えようとは思わなかっただろう。

「あぁああぁああん、神様のイジワル~!」

 それでも羽津姫はこのときそう叫ぶしかなかったという。

 飛ばされる先は、グリゴレウス暦一一九二。第三回十字軍が終結した年。一二一一より十九年前。

 世界は緑色の幸運が黄金の光に乗って、舞い込むのを感じ取ると……ほんの少しほっとした。

というわけで、次回は今回を踏まえた上でのタイムスリップ。もちろん、羽津姫たちは歴史を変えるためにがんばってもらいます。

バッドエンドからのハッピーエンドを目指すという目的で作っているので、頭がこんがりそうです。更新が遅い理由その2ですね☆

ふりがな機能をいまいち使いこなせていないためか、ホッシーとオラクルの必殺技がうまくふれない……。あと、麒麟(本名はまだ秘密)のほうも技名が……。

字数が多いから~という可能性が高いですけど。(ネムルは漢字を当てると四字熟語になるようにしているので問題ないのですが)


とりあえず、本文中での字余りであまり必殺っぽくないので改めてここで。


日本語表記『』 読み[]


●ホッシー

『最強の銃』      [ザ・ストロンゲスト・ガン]

『空から降る一億の星』 [ア・ミリオンスターズ・フォールイング・フロム・ザ・スカイ]


●オラクル

『天の裁きを』   [ジュージュモン・セレスト]

『神からの祝福』  [べネディクション・ドゥ・デュー]


●麒麟   ベーシックは中国語(普通語)

『約束された勝利への道』 [ルー・ダォ・ションリー・ディ・チァンヌゥオ]


必殺技考えるために辞書と翻訳サイトのお世話になっているので、どうしてもここはないがしろにしたくないのです!

こわだってます、はい。




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