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番外・ノーマルエンド・盲目たる水晶

羽津姫やホッシーはいなかったバージョン。

簡単な感じ(当社比)でまとめています。

あと、死ネタです。メリーバッドエンドに近いです。

羽津姫がいるか、いないか、そして闇落ち予定のキャラの心変わりしだいで、判定が変わる世界なので。


前回闇落ちしていたキャラ『本来』はどのような行動をとっていたのかを書いてみたかったので、書いてみました。前回と性格が変わっているような気がしますが、呪いによって、攻撃的な面だけが強調しているためで、『本来』の時空列では結構理性が残っています。

読まなくても本編には支障はなく……する予定(予定は未定)

そもそも、イワンもいなかったバージョンもあるわけで、それは本編とある程度関わらせようかなぁとか思っています。

この番外を単独で出したのも、イワンしかいなかったバージョンは、本編で使いどころがなくなる可能性(現時点のプロット的に)が高かったから……というのが、本音だったりしますけどね。

パラレル世界がいくつもある、という前提の話なのでこういうネタもありかな~と思っちゃったわけです。


なお、段わけが星☆でないのは仕様です。


 1


 時は反乱直後、月は冷酷に彼らを見下ろしていた──。

「くっ、あ……」

 暴力の嵐によって、全身が痛めつけられたサクル。

 朦朧とした意識の中、恐る恐るまぶたを開ける。つらい現実が目の前にあるのはわかりきっている。だけど、開かずにはいられなかった。

「兄上!」

 血のつながりはないが弟として大切にしてきたネムルは泣きじゃくりながら、兄の元に向かおうとしていた。だが、無骨な腕の中では、幼い体がいくら暴れてもびくともしない。

「ネムル……、つっ」

 まやかしの宝玉の効力がなくなり、彼らの本当の姿がさらされている。

 痛ましい姿の兄を見て、幼いネムルの心が痛んでいる。非情な現実に三つ目族の特徴である、額の第三の目からも涙が溢れていた。

「すまない、ネムル……。だめな兄でごめん、な……」

 囚われてしまったのだ。

 尊重である父が命がけで守ってくれたものが、すべてザンギスに奪われてしまうのだ。

 悔しい。

 悲しい。

 力がないとはこんなにもつらいものだったのか。

「兄上がだめなんかじゃないよ……ひっく、……」

 顔を真っ赤にしてポロポロと涙を流す、弟。

 近寄ってその涙をぬぐうこともできない。

 それどころか暴行により傷ついた身体が、強制的にサクルを眠らせようとしてくる。

 ああ、もう、絶望しかない……。


「これが、お前の絶望か」

 今夜空を照らす月と同じぐらい冷ややかな目を向ける青年がいた。

 歳はおそらく、サクルと同年代。だが、彼の老成した雰囲気が、そうではないと、第六感が訴えてくる。

 そもそも、いつ彼は現れた?

 藪を掻き分ける音もしなかったが、足音一つ聞いてない。

 急激に、前触れもなくはえてきたのではないかと、錯覚してしまうぐらいに、彼は派手なアクションもなく、この静かな雑木林の中で突っ立っていた。

 彼が現れてからさらに不思議なことが起きている。おそらく原因は彼の周りにあるキラキラと輝く幾多の層を持つ大きなリングだ。そこを中心に冷気を流れ込んできているのか、肌が異様な寒さを感じた。

「なんだ、お前は……!」

「はぁ。てめぇらにかまっているほど暇じゃねぇんだけど。リョート

 彼はただその一音だけで、周りを囲っていた兵士の足が凍り付いていく。

 ピキピキと音が立ったころには、銀世界へと塗り替えられていた

「お前、まさか……!」

「死神なんて物騒な呼び名があるが、なにか文句あっか?」

 答えをいう必要性がまったくないと言わんばかりに、彼は兵士たちに向かって凍てつく氷の鎌を振るい落とした。

「まさか、氷結の死神……」

「ああ、そういわれることもあるな」

 鎌を消失され、彼は俺たち兄弟に目を向けた。

「いや、それよりもサクル・キレスタール、その身体でまだ意識が保てられるのか」

 伝説のワルキューレの中で、もっとも冷酷で残忍で、時には悪魔であると称されている彼のその瞳は伝承通り氷のように鋭利だが、神のような慈愛も感じ取れた。

「…そんなにひどいのか」

 今、自分の状態がどうなっているか、サクルは鏡を見ていないからわからない。が、ネムルには大泣きされるし、死神には初目から心配されるほどひどいものだということはわかる。

 自身でも口から血は滴り出ているし、見えている限りの肌は真っ赤にはれ上がりっている。痛みは全身全体から感じ、とくに頭が一番ひどく、生きたまま脳がかき混ぜられたように痛い。

 この後、どうなるかなんてわかりきっている。

 だから、

「……この際、死神でもいい。ネムルを、ネムルだけでも救ってくれ……」

 サクルは意識が飛ぶ瞬間、義弟の無事を祈った。

「ふえぇ、兄上ぇえええ!」

「お、おい、サクル、そんな言葉言って倒れるなよ!」

 そして、これがイワン・サトゥールンとの出会いだった。


 2


 伝説のワルキューレの一人、氷結の死神として恐れられているイワンだが、そんな物騒な通り名を出すのは、非常事態だけだと言っていた。

 普段は何気ない顔で、何気なくはないけど遺産にも関わる冒険者ギルドで、優雅に茶を嗜みつつ運営しているという、貴族の末裔。

 世を渡っていくには貴族という身分があったほうが楽だからという、世知辛い理由は、妙に納得できた。

 他国とはいえ反乱をおこした村長の子供をかくまって、なおかつ養子として迎え入れるなんていう芸当をいともたやすく行ったのだ。

 特権の使い方をわきまえたその姿勢は感心するしかなかった。

 だからこそ、ただの同情とは思えない。

 サクルは昏睡状態に陥ってから数日後。

 身体が動けるまで回復し、落ち着き始めたころ。

 ……村の生き残りであり、恩義ある村長の実子であるネムルをフカフカのベッドで寝かしつけた後で、ある質問の答えを聞きに、イワンの個室へと向かった。


 イワンの個室。

 貴金属をあしらったものはほとんどないが、職人が手をかけたと思われる品のいい調度品がずらりと並んでいる。

 中には遺産もあるようだが、これだけの量では、どれが遺産か、そうでないかを区別するのは時間がかかる。

 それでなくてもイワンの部屋にあるものは、遺産キャパシティが高くなければ使えないものが多いので、並みの者では扱うことができず、その辺の置物と大差がない。

「どうだ。ここの生活も慣れてきたか」

 話がある、それだけで快く扉を開け、サクルを向かい入れたイワン。

 今の彼は恰幅のいい壮年の姿をとり、他愛のない話で場を和ませる、気さくのいい理想の養父そのものだ。

 不意にほのかに光るろうそくたちがユラユラと揺れ、影をいくつも作り出す。

 猫族特有の長くふわふわの尻尾は見せるが、心の尻尾は掴ませるどころか、まったく見せない、書類上の養父はいぶかしい。

 だが、サクルはイワンのいうとおりにするしか選択肢はなかった。

 今も、幼いネムルのためもあるが、彼のいうことを信じるしかない。

「マスター・イワン……なぜ、あなたはここまで俺たちに施しを与えたのだ」

「気になるか」

「ああ」

「残念だが、今のお前たちにその理由を話しても意味がない。俺は無駄が嫌いだからな。そのときが来るまで待っていろ、サクル」

 サクルはイワンのワルキューレらしい答えに苦笑するしかなかった。

(イワンは俺たち兄弟がどのような運命に踊らされるか知っているのだな。今はそれだけでも十分な答えだと思っていいだろう……)

 残酷な、未来だということは予想できる。

 なぜなら……。

「俺は、俺のベストは尽くした。後悔はない。ただ、一つお前に謝らなければならないのなら、ファラウラのことだ。俺では彼女を救えなかった」

 ザンギスにさらわれた三つ目族の少女。

 ネムルの実姉であり、サクルにとっては……。

「恋仲だったのだろう。俺も、お前たちを幸せにしたかったのに、な。すまねぇ」

 どうして、イワンはここまで濃密な人間関係を知っているのだろう。

 ワルキューレだからという理由で片付けられるが……。

「……もしかして、イワン。この時代にワルキューレになるやつでもいるのか」

 そうだ。

 イワンに何が起こるか教えたワルキューレなら、ここまで内情に詳しくてもおかしくはない。

 そして、そのワルキューレこそが、俺たちを救いたかったと願っているのだ。

「まぁな。でも、お前が想像しているワルキューレに、誰がなるかは言わねぇよ。兄様から硬く禁じられているからな」

 ワルキューレたちには、芸能システム的な兄弟姉妹がいるらしいが、その詳細はワルキューレならわかるという一点張りで教えてもらえない。

 すごく恥ずかしいのか、イワンは猫耳まで真っ赤にして、俺から聞きだそうとするなよ、絶対だぞ、と尻尾の毛を逆立てながら頑なに訴えている。

 だから、たいてい、はぐらかされる。

 疑問、疑惑は尽きない。

 だがイワンはけして敵にならないという、どこか奇妙な信頼関係だけを築いて、サクルたちはこのギルドにとどまるしかない。

 それ以外の選択は、イワンが全力でとめる。

 彼は、兄様といわれる人物から、守るように言いつけられているのだから。

 そしてそれこそが彼がこのギルドを築き、この時代で生きている目的でもあるのだ。

 イワンと短い付き合いだが、彼は目的のためなら手段をあまり選ばない。ただ、強行姿勢をとると、本当に大切なものを失ってしまうかもしれないと思っているようで、時代や世俗に沿った方法を用いて、適応している。

(俺たちの、幸せか……)

 村は滅んだ。ファラウラはいない。

 だけどここには平穏がある。

 イワンの精一杯がこれだというが、それだけでも十分ありがたいのは確かだ。

 近い将来、残酷な未来が待っていようとも、だ。

 そのときが来るまで、強くなって、受けとめなければならない。それが、生き残った自分たちに課せられた運命。

 幼い身体で懸命に看病をしてくれたネムルのためにも、そして自分自身のためにも、サクルはここで力をつけるしかないのだ。

(……イワンに兄様と呼ばれている人物からなら、理由を聞いてもいいのだろうか)

 スースーと心地よい眠りについている、義弟の柔らかなプニプニホッペをつつきながら、サクルもまたその日は眠りについた。


 3


 そして数年がたち……サクルたちは残酷な未来の結果を見せつけられる。

 水晶がちりばめられた装飾を身に着けていた、三つ目族の美女。妖艶で美しい姿なのだが、その目は濁り、退廃的であった。

 少なくとも幸福とは無縁であり、狂おしいぐらいに苦痛に満ちた世界にずっといたのだと一目でわかる。

「姉上!」

 兵士たちに一方的に傷つけられたサクルを見たときと同じように、ネムルは目が溶けてなくなってしまうのではないかと思うぐらいに変わり果てた姉の姿にポロポロと大粒の涙をこぼしていた。

 あれから、身体を大きくなり、精神もかなり鍛えられていたというのに。

 親族に対する情はまったく薄れていなかったのか。

 怒涛の勢いで流れる涙を止められない。

「ファラウラ……」

 そういうサクルもまたネムルに負けないぐらい、涙が止まらず、慟哭していた。

「……」

 結果を知るイワンが、黙って二人を守るように氷の壁を作り出していなかったら、ファラウラが操る不気味な光の玉に殺されていた。

 実の姉に、かつての恋人に、殺されようとしていたことに心が悲鳴を上げている。

「まったく。運命だか、なんだかしらねぇが、迷惑だぜ!」

 イワンは壮年の姿を模した特殊メイクを一瞬で脱ぎ捨て、サクルたちが初めて出会ったときの姿へと変わる。

「丸腰では不安だろ。氷製でいいなら、得意な得物を何でも作り出してやるから、願え」

 ファナティックスーツ鎮星の絆の付属武器である、リング状の死の欲動の一層それぞれ、サクルとネムルに手渡した。

 死の欲動のリングそのものには、攻撃力は一切ない。

 どこからどこまで力を使うか、その線引きをするためのようなものだ。範囲内であればイワンの望みの得物や現象を氷製であるが、可能な限り現出させている。

 この解釈であっているかどうか、はなはだ疑問だ。が、本当の能力は隠しておくものだと、常日頃言っているイワンが、いくら親しい関係者であろうとバカ正直にこの武器の本当の使い方を教えるわけがない。

「イワン、では……」

 サクルは弓と矢を。

 ネムルは一応数多の氷の粒。三つ目族は念動力に優れているので、下手に武器を手にするよりは、素手か、相手の武器をその超能力でのっとったほうが早かったりする。氷の粒にしたのは氷の壁が破損したとき、即座に修復するためだろう。

「……悪いな。お前たちも本当は戦いたいのだろうけど」

 永久水晶という、ファナティックスーツを纏っているファラウラでは、ワルキューレでなければ対等に渡り合えない。

 サクルたちはイワンの邪魔にならないようにサポートするしかないのだ。

「また……邪魔をするの、氷結の死神。私たち兄弟をそんなに引き離したいの」

「はぁ。確かに俺がかくまっていたけど。実力行使に来たのは、やっとサクルとネムルの有効性に気がついたからだろう。ザンギスがよぉ!」

 氷の鎌を振り回し、イワンは神音を奏でる。

 氷が割れるような、透き通った美しい響きがあたり一面に鳴り響き、新たな武器を呼び出す。

「形成せよ《フォールマ》、破壊球シャール・ラズルシェーニエ!」

 死の欲動が作り出す氷の大地から勢いよく、鎖が飛び出す。

 先端にはとげが周りについた、見るからに痛々しい氷の球があり、蛇のようにとぐろを巻いていた。

「ちいっと、ばっかし、俺と凍れる時間に付き合ってもらおうか、ファラウラ」

 演奏者が指揮棒を振った。

「きゃぁ!」

 ファラウラ目掛けて氷の球が泳ぐようにくねりながら駆け抜けていく。

「なによ! これぐらい。え、後ろからも!」

 前から突進した氷球を軽々とよけるが、氷の神音を鳴らし続けるイワンは、第二、第三の氷球を作り出し、ファラウラに向かわせる。

「物量で押す気なの、氷結の死神!」

「もちろん。俺の能力ではそれしか方法がないからな」

 演算能力に長け、相手の攻撃を予測して迎え立つタイプに、まともにぶつかり合って勝てるわけがない。

 イワンは奇襲と、物量で押すしかない。ゴリ押しにはなるが、戦えないわけではない。

「前戦ったときは逃げるだけだったくせに……!」

「あの時は、サクルは昏倒、ネムルは戦力外……しかもオラクルがついてくるという無理ゲーをやるわけねぇだろがぁ!」

 氷の鎌がまた神音を鳴らす。

 シャラララ。

 地面からだけではなく、宙からも出現した数十体あろうかという氷球が、一斉にファラウラに向かって飛び掛ってくる。

「くっ!」

 ファラウラは、腕に迫る氷の鎖に気がついて、慌てて悠久五幻想を遠隔操作する。

 ブォンッ、バッ、ヴォン!

 地面から伸びてきた鎖と宙から伸びてきた鎖では、若干、地面から作られたものの方が固いようだ。宙から出てきたものは並みの打撃だけで氷が破損するのに、地面からのはある程度距離をとり神音と鳴らした水晶で強打しないと、四散しない。ということは、宙の氷球はすべてブラフか?

「無駄だ。空気中に水がある限り、何度だって再生するぜ」

 イワンの神音が止まらない限り、一度組まれた氷球は即座に回復する。

 上がだめなら下から。下がだめなら上から。右がだめなら左から。左がだめなら右から。

 あらゆる方向から、先端の氷球は襲い掛かり、鎖がうなる。

「あなたはオラクルだけを警戒していたというの!」

 腕から肩へ巻きついた冷気を放つ鎖が、脇に滑り込んでくる。

 柔らかな乳房の側面をひんやりとした感覚に撫でられたファラウラは、顔を怒りの朱に染めて、身を捻り、巨大水晶で叩き落す。

 だが、ひとつ身体に近づいてきたからには、二つ目も、三つ目も……手では数え切れない攻撃が間断なく、執拗に続く。

「きゃああ!」

 ついにファラウラ、陥落。

 いくつもの氷の鎖に巻かれ、きつく手足をひき縛られた。

 悠久五幻想が、操り手を鎖から解き放とうとするがそれを、ほかの氷球が徹底的に邪魔をする。

 ガシャン、ガシャンと氷が割れる音が新たな神音となり、砕けた氷球を即座に復元。無限ループってこわくね、をそのまま実行。

 この状況を打開する方法はなく。まさに打つ手なしである。

「オラクルだけを警戒したわけじゃないさ。正確にはタッグを組まれたくないのさ」

 イワンは大鎌の音色を止め、佇む。額には大粒の汗が光り、吐いた息は白い。

 疲労の色が見えるが、一人ひとりなら、負ける気はしない。

 だが、二人同時となると、苦戦を強いられる。下手をすれば負ける、いやそれ以上の悲惨な目に会う可能性があるのだ。

 だからイワンは勝つためならば、策を惜しみなく使う。

「そう。オラクルがこないように……フリードリヒ二世が現法王インノケンティウス三世の子なんてデマを流したぐらいだからな」

 ともかく、時の権力者の権威を落とすような情報を流しに流しまくった。権力者たちが天使姿のオラクルを側から離さないようにした。

 オラクルがいるだけで、身の潔白を証明できるのだから。

 言い換えればオラクルがいなければ悪評がそのままダイレクトに襲い掛かってくるのだ。為政者としては避けなければならない事態である。

「あの悪質なデマを流したのは、あなたなの!」

 ファラウラは心当たりがあったのですぐ反応する。

 よりにもよって、教皇の悪評まで流すとは……。

 オラクルをここに向かわせない状況を作り出すためとはいえ、怖いもの知らずが!

「ちがう。発案は姉様、実行犯は兄様だ」

 身内ワルキューレの犯行には違いないようだ。

「ワルキューレのシステムはわからないが、イワンって結構番号が後ろのほうなのか」

 一応、ワルキューレの芸能的システムのことを前から聞いていたサクルだが、この時代に詳しくても、生きていたワルキューレがまさか教皇のクラスまで悪質なデマを流して、平気でいるとは思えない。

「……いっておくがトータル的に考えれば前半のほうだ」

 前に数人はいるがなぁ~、が続くだろう。

「最近妙に教皇様の周りがきな臭くなっているとは思っていたけど……」

「俺たちが介入しなくても、教皇権全盛期時代であっても、いやだからこそかもしれないけど、すごいことになるから。後の未来の評価は察してくださいレベルだから。ググッたら、そのあまりのひどさにシリアスな笑いを生むから。俺らが流したデマなんかかわいいものさ。歴史の流れ的には全く問題ないし!」

 歴史の流れさえつかめばオッケーなのか。

 ワルキューレの生態は、常人には理解しがたい。

「ともかく俺としてはファラウラからオラクルを引き離すのが目的だから、これでいい」

 単騎で来たファラウラを捕らえることこそが目的なのだ。

 それを知った彼女は顔をこわばらせる。

「あなたは、知っているの」

 これから起こる本当の悲劇を。

 それを回避させるために、どうせ堕ちた身なのだからと、半分自暴自棄で戦おうとしているのを。

 守りたい、人のために。

「知っているよ。だから、お前をトチ狂わせたやつに……お前がさらに傷つかせるような選択をするな! 俺は守り抜いて見せるから」

「!」

 水晶の動きが鈍る。

「はは。やっぱり、ファラウラ……お前は魔眼洗脳が解ける運命なのだな。今からでも遅くない。早く俺の手を取れ! そして、永久水晶を外せ。お前の遺産キャパシティでは肉体がもたない」

「なぜ、そこまで、知っているの」

「真のワルキューレなら、魔眼洗脳自体にかからないからな」

 ファナティックスーツを着込み、付属武器を使う。

 すべては遺産キャパシティの程度でその操作能力が変わる。魔眼洗脳はある一定以下の遺産キャパシティ能力者しか操れない。

 ワルキューレレベルならば、あんな簡易洗脳では到底操りきれないのだ。

 ファラウラは埋め込まれた水晶によって無理やりキャパシティを増幅させたことによって、皮肉にも魔眼洗脳から逃れられるようになったのだ。

 それでも即座にザンギスから離れなかったのには理由がある。

「ファラウラ、お前が恐れているのは、殺された未来のことなのだろう」

 ファラウラの顔がかわいそうなくらい青ざめる。

「俺たちワルキューレの介入により、歴史に変わろうとしている。それにより時空に大きなゆがみを引き起こし、対象のメモリーが殺された歴史の影響を受け、暴走する。おそらく、今から暴走するのは、オラクルの晴天の聖歌。それを解消するには、歴史を本来のものへと戻すか、それとも……戦って勝つかのどっちかだ」

「あの、マスター」

 ネムルがおずおずと尋ねる。

「それなら、姉上がなぜまだザンギスの元に……。マスターの話からすればオラクルが暴走すると思うのですが」

「言葉は正確にとらえような。オラクルじゃなくて、オラクルの晴天の聖歌が、暴走するのだ。そして、晴天の聖歌はある人物の『死体』を取り込もうと動き出す」

「し、『死体』!」

 ネムルの顔が、姉のファラウラと同じくらい青ざめる。

 血のつながった姉弟らしい。

「そう、大事なことだからもう一度言うが、『死体』だ。肉が削げ、眼球が崩れ落ち、死臭が漂うモノ。人の限界を超えているなんて生易しいものじゃない。そいつはもう何もかも終わっている」

 はき捨てるように、イワンはこれから起こりえるおぞましい出来事を述べる。

「その『死体』の魂は、なおも続く愛と過去の執着によって天に召されずに残っていた。大切なものをただ勝手な欲望によって奪われことに、絶望し、呪いを世界に振りまこうとする。


その報われなさと、嫌がらせでいうならば、歴代最凶だ」

 晴天の聖歌という名とは程遠い、復讐の担い手。

 死んでいるため、心が復讐という美酒に満たされることもなく、ただただ、悪意の中だけで蠢く。

「そんな、そんなの、あんまりです!」

 ネムルの心が悲鳴を上げる。

「俺たちワルキューレは、その『死体』になる人物を守り、なんとしてでも天寿を全うさせるために、この時代この場所に集まった。だから、ファラウラ、お前も、俺たちとともに、この悲劇だけは防がせてくれ!」

 氷結の死神なんて、恐れられているのに、イワンはどこまでも心の中は熱い。溶けてしまいそうだ。

 さけど、ファラウラは首を横に振るしかなかった。

「ごめんなさい。私は……」

 なぜと言葉を言う前に、彼女の体が消えた。

 彼女の体だと思っていたものが、小さな箱になってしまったのだ。

「な、これは、まさか……モノマ~ネ!」

 ファラウラの姿を模し、彼女と大差のない性能でイワンを翻弄していたのは、遺産・モノマ~ネだった。

 悠久五幻想もいつの間にか影も形もなくしている。

「くそ、しまった。悠久五幻想が本物だったから、だまされた!」

 永久水晶の付属武器であるこの水晶の飛翔能力は、この惑星ガイアの裏側だってたどり着けるのだ。ファラウラの遠隔操作能力を見誤った、イワンのミスだ。

「マ、マスター……」

 ネムルは混乱のあまり、涙目だ。

 こんな立て続けに、ショッキングなことがおきれば、しかも身内が不幸になるとわかったら動揺せずにはいられないだろう。

「マスター・イワン……その、『死体』となる人物は……」

 サクルもうすうす感づいていた。

 あの反乱後、雑木林でイワンが助けにこなかったのならば、間違いなく、彼が言った『死体』になるのは……。

 不吉だが、事実に近いことを言いかけたときだった。

 サクルの体に異変が起こる!

「え、あ……!」

 サクルの、指の何本かが、崩れ、地面に落ちた。

 それなのに、血は吹き出てこないし、痛みのない。

 しかも、崩れ落ちた指は、即座に灰緑色の粘液となった。

「や、兄上……いやぁああああ!」

「く、想像よりも腐敗が早い……望みの領域オーブラスチ・ジェラーニャ!」

 ネムルの叫び声と、イワンが神音を鳴らし、サクルに手渡ししていた死の欲動を起動させた音がする。

 この後のことは……サクルはよく知らない。

 殺された歴史を倒し、解決するその時が来るまで、サクルは氷の棺の中で、仮死状態にされ、眠らされていたのだから。


 4


 異変はサクル周辺だけのものではない。

「うわぁあああぁあああああぁぁ!」

 晴天の聖歌が、暴走しだしたのだ。

 たまたまオラクル以外のものが身に着けているときに。

 一瞬にして、見につけていたものの体を瞬く間に、生きなえながら、腐り落とした。腐敗ガスによって丸く膨らんだ腹に、頭……すべてが超加速で再現され、仕舞いには灰緑色の粘液になって、全体をドロドロと溶かしていく。

「いったい何が!」

 たまたまそのおぞましい光景を目にしてしまうザンギス。

 部外者にしてみれば脈絡もないファナティックスーツの暴走だ。

 いや、『たまたま』が二つ同時という点で、気がついているものはいるだろう。

 偶然ではないのだ。必然なのだ。

「ザンギス様!」

 銀色の翼を広げ、オラクルが咄嗟にザンギスを抱え、その場から空高く逃げ延びる。

「オラクル、あれは……!」

「わかりません、ですが……」

 そもそもオラクルはこのときなぜ自分がタイミングよくザンギスを救えたのかわからなかった。

 雲を掻き分け、地上を見下ろしたときには、人の体を食い破った現れた粘液がまた人型へと……いや、翼人のような形をしたゾンビとなって、周辺に粘液をまき散らかしながら、屋根の上の十字架で、獣のような咆哮をあげていた。

 そして、その場に暗部で活躍しているファラウラが格闘モードで、ゾンビの前で構えていた。


「で……この粘液に触れるだけで、ファナティックスーツの加護がないものは、感染し、ゾンビになるのよね」

 ファラウラはそう解釈していた。

 イワンがいれば、違う意見が飛びかっただろうが残念なことに、この場に晴天の聖歌と対峙できたファナティックスーツの装着者は彼女だけだった。

 デマを流していたという、イワンの言う兄様も、姉様も、どこが現場になるかまでは絞り込めなかったのだ。

 いま、晴天の聖歌の邪悪なオーラを感じ駆けつけているが、いかんせん、土地勘がほとんどないため、ここまでくるのは時間がかかるだろう。

(お兄ちゃん、なら大丈夫。だって、あの氷結の死神が守ってくれているのだから)

 ファラウラがイワンに会っていたのは、操られているフリをしたわけでも、ザンギスのためだけではない。

 最後に、サクルとネムルの無事をこの目で見ておきたかったのだ。

(わたしは、お兄ちゃんが無事ならいいの……)

 離れ離れになってしまっても、今でも愛している。

 だから、死体になんかさせない。

「晴天の聖歌、覚悟!」

 この肉体が崩壊し、体が燃え尽きるまえに、殺された未来の呪いによってゆがんだ晴天の聖歌を倒す。

 どうせ、残り少ない命なのだ。

 ファラウラは悠久五幻想を駆使し、呪に囚われた晴天の聖歌に立ち向かった。


 5


「兄上、姉上……」

 ネムルは一人、兄と姉の看病に勤しんでいた。

 何が起こって、家族がこんなひどい目にあったのか、理解しがたいが、ただ、これだけはいえる。

「二人とも、生きていて、本当によかったです……」

 そう、二人は生きている。

 これからの未来をつむげるのだ。それだけでも、ネムルは心が満たされる。

 それがたとえ……。

「あはっ、おかしいですよね。私は欲張りなのでしょうか。兄上、姉上……」

 三つ目からも涙がこぼれる。

 そう、たしかに、二人は生きている。

 だけど、無事とはいえない……。

 サクルはまだいい。あの場では仕方がなかったとはいえ仮死状態に陥ったため、眠っているだけなのだ。脳に少し損傷が出たかもといわれているが、その程度なら治せるから問題ないといわれた。時期を見てヒーリングを施せば元通りの生活ができるという。

 だが、ファラウラは違う。

 長年、ザンギスにいいように扱われ、フラリパ連合国の暗部を担ってきたためか、その体はボロボロだった。

 少しでもこれから長生きできるようにと体に埋め込まれた水晶、すべてを大手術の糧にし、消失した。が、それでも、酷使した体を癒しきるものではない。

 そしてとどめは永久水晶の装着者としての最後の戦い。

 彼女のおかげで、あの場所が大幅に地形変動を起こすことになったが、たまたま晴天の聖歌を装着していた者の一名だけの犠牲ですんだ。

 その代償に……彼女は両目と、第三の目の光を失った。

 盲人となったのだ。


 6


 ──そして、後に、ファラウラは愛する人との子供と引き換えに命を落とす。

 あの体では妊娠自体無謀だと思われていたのだが、姉は耐え切り、次代へとつないだ。

「……姉上、絶対、私がこの子を、村のみなの分まで守り抜いて見せますから、安らかにお眠りください」

 短くも、一生懸命、愛する人ともに生き抜いた姉の最後に、ネムルは最後となる涙をこぼした。


 月日が流れる。

 叔父となったネムルは甥っ子を背に、子守唄を歌っていた。

(予定調和、か……)

 ネムルはどのような生き方をしても、三つ目族と翼人の間に生まれた甥っ子を背負う運命にある。

 今回はささやかながらちゃんとした結婚式を迎えたことと、この子の父親が生き残るという、旗印を獲得した。

 なお、父親であるサクルは隣のベッドで眠っている。

 三つ目族の血をちゃんと受け継いだ甥っ子は、泣くとサイコキネシス大暴走するやっかいな特性もちゃんと受け継いでいた。赤ん坊のネムルの世話をしたことがあるサクルでも、やはり疲れるものは疲れる。

 この子は夜鳴きもすごいから、眠れるうちに眠らないと、とネムルが面倒を見ているときは即座に仮眠する。

 小さな暴君に苦笑いしながらも、ネムルは姉の忘れ形見を慈しむ。

(お前に父親の生きている姿を見せてやれてよかったです、ネスル)

 赤ん坊は、叔父の背がゆったりと動くと、親譲りの翼を嬉しそうに揺らし、額の第三の目を輝かせる。

 ネスル・キレスタール。後に、永久水晶のワルキューレを伴い、内乱が続くアラブア国の一角を陣取り、フラリパ連合国から領土の一部をのっとって、小さな国を建国する男だ。

 彼の功績と子孫たちによって、この地は種族たちの価値観を大きく変えていく。

 奴隷として愛玩されていた三つ目族が、一市民として確固たる地位を築き、虐げられた種族もまたすべてが解放されるという約束の運命が、今始まろうとしているのだ。

「ネスル、お前が成人し、その運命を受け入れるまで、私は温かい目と心でもって、お前を見守っていく。だから、今は幸福な眠りの中でゆっくりと羽を伸ばし、光を集めていなさい」

 ネムルの祈りと誓いがこめられた子守唄が優しくネスルを包み込む。

「父と母のぬくもりをわすれてしまっても、私はお前にこの歌とともにぬくもりを思い出させてあがる。だから、安心して大きくなりなさい」

 そういえば、別世界では、この一節は違うものだったな……。

『父と母のぬくもりをなくしてしまっても、私はお前にこの歌とともにぬくもりをタプリと満たしてあげる。だから、悲しみだけにとらわれないで……』

 それでも最後の一節は変わらない。


「世に、幸を。それがお前の父と母が望むこと」


 きらりと空に一番星が輝いた。


本編中ではおそらく入ってこない、ファラウラ対イワン。

ファラウラ対晴天の聖歌戦は、結果のみの扱いですけどね。


年号入れてあるのに、偉人ネタを入れていなかったので、番外編ですがためしに入れてみました。


今回ネタにしたのは

インノケンティウス三世(1161年 - 1216年)(ローマ教皇 在位1198~1216)

フリードリヒ二世(1194年 - 1250年)(神聖ローマ帝国ホーエンシュタウフェン朝の皇帝(在位:1220年 - 1250年)、及びシチリア王(在位:1197年 - 1250年)

詳しく知りたい方は、ググッて、ください、お願いします。

有名人なので、調べるのは楽です。しかし、まとめるのは大変です。

名前だけネタにしたのが、わかるぐらい、この二人の生涯は濃いです。彼らを語るだけで4万字オーバーも可能ではないかというぐらいです。

で、関係はそれなりどころか、結構深い縁ですね。本文中の悪質なデマが信じられるぐらいに(笑)。


といっても、舞台は惑星ガイアです。地球と同じような歴史をたどろうが、他人の空似みたいな世界です。

そもそもフィクションです。実際の人物や団体には一切関係ありません。

ですけど、ネタにはします! 歴史資料に基づくようなネタも仕込んでいきたいのですよ。パラレルな世界でも。いや、パラレルな世界だからこそいろいろはっちゃけたいのです。

SFらしく!(ここ重要)

あと、亜人もたくさん出したいです!(野望)



では、また早くて二ヵ月後。

出来上がっていたら、よろしくお願いします。

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