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2・悲劇的な未来を変えます、変えてみせます!

前回の続きです。実は、字数制限に引っかかって全部うpできなかったという諸事情がありました。

悪堕ちキャラがいるので、注意してください。というか、こういう悪堕ちキャラを出したくてこの物語作ったので、むしろ大好物の方楽しんでいってください。


2・悲劇的な未来を変えます、変えてみせます!


 シンッと静まり返る、氷点下の世界のなか、イワンはこれから現れる敵のことについて告げる。

「ちなみに、永久水晶は洗脳さられてボロボロになる寸前のファラウラを素に構成しているはずだから、見た目に驚くなよ」

 暗にファラウラに似ているといっているのだろう。

「それと、永久水晶には厄介な能力が……」

 前もって教えれば、心構えが出来るので、早めに言うつもりだったのだろう。しかし、イワンは続きを言えなかった。

 ダダダダダダッ!

 無数の足音がなる。

 さっそく、騒ぎを聞きつけ、客間に駆け込んでくる者たちが現れたのだ。

「なんだ、寒い!」

「ワルキューレ、だと!」

 ザンギス配下の兵士たちの方々だった。

「きゃあ」

 兵士の姿におびえたファラウラは一番近くにいて大柄だったイワンの背に隠れる。

 ガタガタとおびえる姿は年相応のか弱い少女にしか見えない。

(このこが、操られてね……)

 イワンの顔つきから考えれば永久水晶は強敵だと思われるが、数年のうちに何があって厄介な敵と称されるまでに陥ったのか。考える時間は、あいにくないだろう。

「ミーとしたことがケアレスしてたよ。そういえば、ここザンギスの要塞だったね☆」

 暴走するという永久水晶のことで頭がいっぱいになっているワルキューレたちは、素でここには中世の兵士たちがいるということを、忘れていた。

「で。どうするの、この人たち?」

「ん~、ベリ~、オブストラクティブ(邪魔)だから、関係ない人たちは、すべてバイバイしちゃおう。セルフィッシュ(自分勝手)だけど、いいよね」

 星型ビットは淡い光を発し、

「アンサーは聞いてない☆」

 パカッ。

「え?」

 突如兵士たちの足元が開き、

「うわーっ!」

「なぜだぁああああ!」

 まさかのボッシュート!

「うひゃぁあああぁああ!」

 こうして、要塞にいた人たちは、なすすべなく、窓の向こうに広がっている敷地外まで排出されていったのでした まる!

「ぶはっ!」

 たまらず羽津姫はふき出した。

「外に投げられて……いくらなんでも、雑、すぎ、ぷ~~~っ!」

 ドリフ色の光景に笑わずにはいられなかった。

「ちょ、風魔グリーン、笑いすぎ……ンクククッ!」

 目の前で人がボッシュートされたら、腹筋崩壊寸前までに陥ってしまうものだ。

 つぼに入った羽津姫とイワンは、ビタンビタンと地面を殴ったり蹴ったりして、意識を別なほうのもっていこうと、必死に笑いを堪えようとするのだった。

 無駄なことだったけどね。

「ふ~、これで、要塞内にはミーたち以外、だれ一人もいなくなったよ。これで、思う存永久水晶とバトルできるよ」

 三つの星型ビットはくるくる回り、大爆笑な展開の最大功労者である転送機がいい仕事をしましたと、報告。

「よし、やってやろうじゃない」

 まだ口元がピクピク痙攣しているが、羽津姫は力いっぱい氷のリングに足を乗せる。

 しかし、それはまずかった。

「ふわぁああ~!」

 ツルツルの氷に余計な力が入っている状態で乗れば、滑るものである。

 羽津姫は奇妙な叫び声とともに、あさっての方向にすべり転がる。さっきまで人のことを笑っていた罰なのだろうか。

「風魔グリーン! ブッファ!」

 イワン、ついふき出す。

 これから永久水晶と戦うというのに、こんなんで大丈夫か?

 彼の背に隠れたままのファラウラは少し不安になってしまう。

 だが、ワルキューレは人知を超えた力を操る者たち。

 それに羽津姫の行動にはすべて幸運が宿っている。一見すると不運に見えるものでも、最終的には必ず、いいほうにもっていける。

「にゃぁっごえ~!」

 それでも滑りまくっている羽津姫にしてみれば、いいことなしである。

「もう、こうならば……」

 ツルツルの地面ではつかむものがないので、壁などに当たって停止するしかない。

 覚悟を決め、出来るだけ衝撃を抑えられるよう、頭を守るように、付属武器KIAIのオーラを練りながら、手を十字したその時だった。

 ドゴオコオオオォォォォォンッ!

 ぶつかる予定の壁から、轟音を立てながら、人影が出てくる。

「えぇえええ!」

 叫び声をあげたのは羽津姫なのだが……。

 ゴオン!

 突如現れた謎の人影の顔面に、意図せず、クロスチョップを華麗に決めた。

「ふぇえぇっ、えぇ~!」

 しかも、都合よく吹雪によって風車手裏剣が、くるくると旋回し、その回転で揚力を発生。クロスチョップの反動により、後ろに呼び戻されるように大きく跳躍。

 羽津姫はヘリコプターの要領で、イワンの近くにやんわりと着地する。

「こ、怖かった……」

 劇中に背中の十字手裏剣が回転して飛行するというオプションがあるが、もちろん、それはワイヤーアクション。

 しかし、今のノーワイヤー。

 実際風に乗ってプロペラ飛行すると、感動よりも先に肝が冷えた。

「俺としては、風魔グリーンのほうが怖いわ!」

「ん~、さすがのミーもイワンとアグリーメント(一致)ね」

 額を流血させるような強力な攻撃を当てた人物のほうが、恐ろしい。

 素で引いている仲間たちに図太い神経である羽津姫もさすがに焦る。

「わざとじゃないよ、信じて!」

 ともあれ、先制攻撃があっさりと決まった。

「で、あれが永久水晶でいいの?」

 気を取り直して、羽津姫はケープで覆われ、宙を浮き、まがまがしいオーラを発する幽鬼のような三つ目族を指差す。

「……」

 永久水晶。

 限界まで遺産キャパシティを高めるためか、水晶がちりばめられた装飾を身に着けていた。その中でも一等輝くのは、ファナティックスーツ装着者の証でもある水晶型のコアは、頭飾りとついている。

 本来ならば、透明感があるものだろうが、黒ずみ、おどろおどろしい瘴気に満ちている。

「あれが、未来の私……?」

 自身の変わり果てた未来の姿にショックを隠しきれないファラウラ。

「ん~。ま、そういえばそうだけど、ノープロブレム。君をあんな姿にさせないために、ミーたちはいるよ」

 しゃべるお星様に元気付けられる、渦中の少女。

「それにしても……ね」

 羽津姫は今のファラウラとありえた未来の彼女を見比べる。

 殺された未来の姿とはゆえ、ゆるく渦巻く髪は今と大差がない。が、成長したその肢体は、ケープ越しであるもののはちきれんばかりの危うげな妖艶さが際立っている。

 魔眼処置により操られた悲運の少女の成れの果てだというのに、恐ろしくも美しかった。

「ああ。ごたごたが起きたから言いそびれていたが、永久水晶の演算能力は長けていて、攻撃を予測し、回避する性能があるのだが……説明が不要だったな」

 先の会話で永久水晶が予測不可能な攻撃を繰り出さなければダメージを与えられないと、続けるつもりだったが、羽津姫の絶対フォーチュンには心配無用だった。

「……」

 幸運の星を前にした永久水晶は、何も言わず、ケープを首もとの水晶玉に吸い取らせ、モードを移行しだした。

 彼女の肢体が露になる。

 顔からつめ先までいたるところに水晶が埋め込まれ、古代文字なのか虎柄のような文様が褐色の肌に刻まれている。

 おそらく、遺産を効率よく起動させるために、肉体すべてに改造を施されているのだろう。

 肢体を隠す布地はスポーツインナーを意識しているようだが、ほぼ必要最低限。かなりきわどいスタイルである。

「へそや下乳が、出ている、だと……」

 たわわに揺れている、二つの立派なチョコまんじゅうを見た羽津姫の率直な感想であったという。

「そこかよ!」

 イワンは能天気な羽津姫の場違いな感想にすかさずつっこんだ。

「だって、露出度高いと見ちゃうでしょ。胸、プリンプリンだし! 邪だけど、ここまで理想的な悪堕ちキャラだとは思わなかったし!」

 なぜ、羽津姫がここまで熱弁してしまうのか。

 子供の頃、あなたはアニメや特撮ヒーローものなどでキャラクターが悪の側にまわるというシチュエーションに、理由もわからないエロさを感じたことがないだろうか?

 悪堕ちとは、そういったエロさを言葉にしてわかりやすくした結果生まれた、夢のようなワードなのである。そんな悪夢だけどやっぱり夢に興奮せずにいられないぐらい、ファラウラのダークサイドに堕ちた姿は妖しく艶やかだったのだ!

「あの、緑のワルキューレさん、言っている意味が……」

「あ~、ファラウラ、ケアしないで☆ 風魔グリーンのバッドなほうのクセだから」

 ……でも、わかる人にはわかるけど、わからない人にはわからないけどね。

「……よくわかった。が、胸から目を離せ。あのプカプカ浮いている水晶玉に注目しろ!」

 イワンとしては、永久水晶を中心に飛び交う、五つの大きな水晶球のほうに目を向けて欲しかった。

「あれは永久水晶の付属武器、悠久五幻想。飛翔する武器で、ホッシーのスタービット君に似ているが、攻撃に特化され、耐久性は段違いだ。ファナティックスーツの力を持っても、壊れないから、壊そうとしても無駄だ。本体である永久水晶を破壊しない限り、停止しない」

「ほうほう」

「む~。その言い方だと、ミーのスタービット君はウィークて感じがするけど~」

「スタービット君はすぐ複製できるくせに何を言っている。て、いうか、わざと壊させて煙幕代わりにするときもあるだろうが!」

 遠隔誘導攻撃端末としての使い方は同じようだが、根本的な役割は少し違うらしい。

 例えるなら、スタービット君は安値で大量生産可能な便利な消耗品で、悠久五幻想は高価で職人が丹念こめて作りましたお宝的なみたいなものなのか。

「つうても、何で、モードを変えた? ケープを着込んだほうがいいのに……あ」

 イワンは注意深く見て、やっと気がついた。

 永久水晶の額、三つ目族特有の三つ目の目の下に埋め込まれていた小さな水晶にひびが入っている。

 原因は羽津姫のクロスチョップが決まったからだ。

 それは、永久水晶にとって痛手だったのだ。

 永久水晶が装着者に水晶を埋め込むのは、遺産キャパシティのさらなる上昇であり、悠久五幻想の操作性を高めるためである。

 特に、三つ目は核に近いもの。その周辺に施した水晶は他の部位に類しない、重要な拠点みたいなものだ。

 それが一打目でいきなり壊された。

 自己修復機能があるとはいえ、一瞬では修復が出来ない。それは、ファナティックスーツには、修復する機能を遅滞させる粒子を送り込ませる機能があるからだ。

 装着者同士の戦いは、ほんの少しの傷でも命取りとなるのはそのためだ。

 永久水晶が防御力の高いケープ形態を解いたのは、このままでは敵対者の攻撃をかわしきれないと判断したことと、失った出力をまかなうため。

「万全な状態だったのに、ね~☆」

 通信機越しのホッシーの声はおどけているはずなのに、震えているように聞こえる。

 遺産操作能力を高めるために開発されたもの同士、波長が合うのか、永久水晶の現状を一番理解しているようだ。

「出会いがしらに出力の三十パーセントもダウンしたら、ケープにつぎ込むエネルギーがなくなるよ~」

 永久水晶は焦燥している。

 だから、小細工も何もせずに真っ向から勝負にかけてこようとするのだ。

「……戦闘モードに移行、完了。これから、攻撃に移る」

 肉弾戦闘用モードに移行し終えた永久水晶は、うつろな瞳に凶悪な光を宿し、神音を鳴らし、悠久五幻想を携え、先制攻撃をした羽津姫に向かって突進してくる。

 ファラウラを背に隠しディフェンダーを勤めるイワンは守りを固めている今、成り行きとはいえアタッカーに抜擢されてしまっている羽津姫に狙いを定めたのは、戦術的には間違ってはいない。

 だが、羽津姫は幸運に守られている。

 それは自らジョーカー《ババ》を引いてしまったのと同じことだった。


「うわっ!」

 永久水晶の攻撃をすんでのところで避ける羽津姫。しかし、下は氷。勢いあまって、転びそうになる。

 いや、この体制は転ぶしかない。

「とうぅうう!」

 とっさに尻をついてやり過ごそうと、右足を上げたところに、幸運が起きた。

「……!」

 脚を振り上げた先には、永久水晶の腹部があったのだ。

 ミシリ。

 やわらかい感触と何かが砕ける音が同時に起きた。

「あっ……」

 羽津姫は氷上に尻がついたが、腹を蹴られる結果となってしまった永久水晶のほうが、明らかにダメージを受けている。

 キラキラと砕けた水晶の破片は、風魔グリーンの厳ついブーツの上に落ちていった。

「……、……!」

 思いがけない攻撃を二度も受けた永久水晶は、無表情ながらも怒りの形相もあらわにする。

「えっと……なんか、ごめんね」

 ただのご当地ヒーロー(バイト)が、時空を歪めて発生した闇によって強化させられたという遺産を追い詰めている、現実。

 相手の肩書きのほうがすごいから、余計にシュールだ。

 悲劇的な結末に絶望したビジョンによって構成された存在にとっては、許しがたい光景である。

「この、痴れ者が!」

 永久水晶は羽津姫に向けて、悠久五幻想を突進させる。

 彼女の手足のように動くそれらはバチバチと光と音を立てて、容赦なく襲い掛かってくる。

「なぜ、運命を変えようと抗う!」

 ブォンッ! ド、ドドドド、ドォ!

 風を切る音がする。宙に浮かぶ数珠たちから四方八方から繰り出される攻撃すべて、重く、そして悲しいぐらい強力ものだ。

「わぁ、これがうわさの遠隔操作なの?」

 オカスト系の定番、人魂に襲われるを体験する羽津姫。

「あ~、こりゃ、B級ホラーみたいだわ」

 しかも、すばやく飛翔して追っかけてくるのだから、恐怖映像シーンというよりも、アクションシーンといったほうが近い。

 壊すのは不可能だといわれたのだから、羽津姫は持ち前の運動神経の良さで回避するしか選択肢がない。

 だから、羽津姫はかわすことを意識し、その意識に同調するように幸運が発動する。

 スイスイと氷を滑りながら器用に人魂もどきの軌道からずれる。

「くっ!」

 永久水晶は焦燥した。

 悠久五幻想による猛攻は羽津姫には当たらないのだ。

 羽津姫としては軽くいなす程度なのだが、足元の氷の上を意図せず滑ることによって、誤差を生じさせ、演算能力に長ける永久水晶の計算でも予測不可能な動きをする。

 これではいくら先読みをしようとしても、予測が立てられない。

「私は受け入れさせられたのだ。それを勝手に変えるとは、私のこの思いを愚弄するのか!」

 あまりの悔しさにとは水晶は恨みつらみを叫ぶだした。

「……本来の悲劇はザッと聞いたよ。つらかっただろう、悲しかっただろう」

 まがまがしい光を放つ玉を避けながら羽津姫は応えだす。

 それが当たり前のように、慰めるように。

「そんな闇を抱えたあなたを、ワルキューレのなりたてで、ほとんど情けで行動している私が相手をするのは、腹立たしいだろうね」

 幸運を司る遺産は理不尽にも、理不尽な行為に翻弄された結果起きた運命を変えようとしているのだ。

「そうよ。生きるべき道筋を変えられるのは、私の思いすべてを消失するのも同然! それは許すべきことではない!」

 殺された未来としてはやりきれない思いで、いっぱいなはずだ。

 その一撃、一撃。

 当たってはいないものの、凍てつくほどの痛みと悲しみに彩られているのはわかる。

「でもね、私は悲劇的な運命をはいそうですかって、受け入れられないのよ」

 そんな悲痛な思いしか感じられない攻撃から、これから起こりえる未来を目の前の彼女だって受け入れたくて受け入れたわけではないのが、感じ取れる。

 だけど、存在を否定されたくないという想いもまたこめられている。

 この殺された未来の彼女には、報われない未来だろうと彼女にしてみればなくてはならないものなのだから。

「おせっかいだろうけど、私は変えてみせるわ。だって、私の信じる風魔グリーンなら、絶対ね、兄弟仲よく末永く暮らすハッピーエンドを選ぶから!」

 山小屋に残してきたあの兄弟たちの顔。

 彼らがファラウラのために流した涙を無駄にはしたくない。

 だからこそ、幸運は、ぶん殴ってでも、運命を変えてやるって決めたのだ!

「なんですって……!」

 不意に永久水晶の攻撃の手が鈍った。

 思うことがあるのだろう。だって、彼女はファラウラその人なのだから。

「そう、悲劇はここまで! これからの喜劇のため、勝たせてもらうよ!」

 その隙を逃さない。

 羽津姫は右手に十字手裏剣を構え、永久水晶目掛けて打つ。

「風魔の風は、今、義のため、吹き上がる! いけ、風魔忍術・雷神十字手裏剣!」

 もともとジグザグに動く手裏剣が、イワンの吹雪によって、大きくそれたり、曲がったりしながら、電撃を放つ!

「きゃぁ!」

 永久水晶は稲妻の唸りを上げる十字手裏剣に囲まれると同時。

 直後に、光が炸裂した。

 体に埋め込まれた水晶が、パリンッ、パリンッとシャボン玉のように割れていく。

「こ、この、偽善者が……!」

 永久水晶は電撃によって、キャパシティを高める道具であり、防具でもある水晶の原子結合が解かれ、消失していく状況に、真っ青になって慌てふためく。

「偽善者ね……上等。私は、何もしない善人よりもそっちのほうが好みなのよ!」

 十字手裏剣の放つ電撃がさらに高まる。

「物事というものは、何か起こすたびに、笑う人間と悲しみ人間がいるものなの。みんなが、みんな、喜んでくれるとは限らない。だけど、私はサクルやネムルに……大好きなファラウラを取り戻してあげたいと、願う!」

 バババアアァアアァァアアン!

 黒ずんだ水晶が澄んだ音を鳴らしながら割れていく。それはまるで装着者の闇を浄化させようとしているようにも聞こえてくる。

「お兄ちゃんとネムルが……私を、待っている、の……?」

 血色の悪い永久水晶の顔が、赤らむ。

 喜び、なのか。

 自分を待ってくれる場所がある。だけど、それは……。

 消えなければ、ならないということ!

「それでも、いやぁあああああ!」

 拒絶の叫びが、永久水晶の神音と共鳴する。

 消失間際の水晶が最後の光と音を発し、囲い込むように飛翔していた雷神十字手裏剣をすべて叩き落し、消滅させる。

「変えられたくない……変えたら……」

 電撃のオリを破壊したものの、永久水晶は、身につけている増幅装置が破壊された事実に、苦々しく下唇をかみ、血を滴り落とす。

「私は……私は、いったい何のために傷ついたの!」

 鬼のような形相で未来を変えようとする羽津姫を睨んだ。

「父や、村の人たちを失った苦しみを……私の気持ちがわかるか!」

 涙を流し、恨みをこめて、呪詛を吐く。

 ファラウラはずば抜けた才能や、たぐいまれな美貌などを持ち合わせたのに、この時代の理不尽で狂信的な理由で、愛するものたちを奪われ、破滅的に生きなければならなかったのだ。未来を殺すということは、彼女のその生き様と心意気を否定するのも同意だ。

「それは……」

 さすがの羽津姫も言葉が詰まる。

「答えられないでしょ。答えなくていいわ。あなたは、私という結果を否定しているだけだもの。経た過程については、言及していないものね」

 この先何があって、ただの村娘だった彼女がこのようなあわれもない姿へと堕ちていったのか、詳しいことは不明だが、想像を絶するほどの憎しみを永久水晶は抱いていたに違いない。

 悲しいぐらい美しくも、身の毛もよだつような恐ろしいその表情に、羽津姫は絶句するしかなかった。

「……」

「私は、もう、私にしかなれないのよ!」

 この程度では、闇に塗り固められた未来を打ち破れないのだ。

 永久水晶は手足のように扱う悠久五幻想を直線上に配置。羽津姫の心臓部を打ち抜こうと、全身全霊を込めた勢いで突撃してきた。

「なっ!」

 羽津姫を今度こそ捕らえている完璧な突撃は、避けようとしても避けきることはできない。

 ならば、避けなければいい。

「そうね。私はいくら格好いいことをいっても、あなたを否定するしかないわ。だけどね……」

 迎えうてばいいだけだ!

 すべてを諦め、闇に堕ちるしかなかった哀れな魂を救うためにも!

「はあぁああぁぁぁぁ!」

 羽津姫はKIAIのボルテージを高める。

 右の拳には輝かんばかりのオーラが巻き上がる。

「風魔ぁパンチィぃいい!」

 ほんのわずかなタイミング。

 悠久五幻想の攻撃が決まろうとする、わずかな一瞬に、羽津姫の拳が、直列している水晶玉のエネルギーの流れを司る、いわゆる要所を打ち砕く。

「私、小田原羽津姫は、あなたに恨まれようとも、戦う。すべては私の信じる義のために、ね!」

 突風のような強烈なエネルギーが、永久水晶を飲み込んできた。

 羽津姫は絶対フォーチュンの特性、幸運体質をフルにいかしたカウンター攻撃で永久水晶を迎えうったのだ。

 これは相手の強力な技を繰り出し、発動するその前に技を殺しにかかる、通称技殺しである。

 そしてこの技殺しの怖いところは、発動直前までためられて技を強制的にキャンセルするので、費やし行き場を失ったエネルギーを風魔グリーンの必殺技と掛け合わせてそのまま相手の無防備な体に撃ちつけることにある。

「!」

 発動寸前の技がかき消されたことでおきる究極のカウンター。

 攻撃が決まらず、相殺されるどころか、要所を破壊されたため受け流しきれずに四散したエネルギーが、永久水晶に凄まじい勢いでフィードバックしてくる。

 遺産であり、ファナティックスーツの付属武器である悠久五幻想自体は破壊されなかった。が、操る本体の肉体は受け流し仕切れない。

「そ、そんな……」

 埋め込まれている水晶のほとんどが破損している状態で、許容値を超えるエネルギーを送り込まれてしまったのだ。

 まるで、それは嵐のように、素早く、そして強烈に、容赦なく、永久水晶のボディに襲い掛かる。

「きゃあぁああああああ!」

 バリリリィィィリリリン!

 過剰エネルギーは、永久水晶を構成する体すべてに行き渡ってもまだ抑えきれず、対象者の肉体の臨界値を越えたと同時に細胞レベルで損壊していく。

 全身に埋め込まれている水晶から絶え間なく破裂する不吉な音が、鳴り響いてきた。

「……それとも変わるという言葉がいやなの。なら、奪ってあげる!」

 吹雪に乗って、背中の風車手裏剣が大きく回転。揚力を生み出すことによって、羽津姫の体を天井のシャンデリアまで高く飛ばす。

「あなたのその絶望も、その悲惨な未来も。私はあなたを悲しませたもの、すべてを迷惑料代わりに、盗んでみせる!」

 緑色のオーラが燃える炎のように湧き上がり、KIAIを高める。

「だって、風魔グリーンは義賊でもあるんだからね!」

 羽津姫は体を大きくひねり、回転することで軸となる右足に強力な磁場を発生させる。

「風魔忍術奥義!」

 劇中では風神と雷神の力を併せ持つ、風魔グリーンの一撃必殺。

 いつもよりも高く、そして回転時間を長めにすることによって、オーラがより高度に、そして強力に練られる。

「!!!!!!!」

 永久水晶は風魔グリーンの攻撃着地ポイントを明確に予測できたのだが、全身が再起不能寸前まで痛めつけられている今、動くことが出来ない。

「あ……、負けるの……」

 自分でもあきれるぐらい冷静に、永久水晶は悟った。

 疾風と雷光は、ものすごく勢いで真っ直ぐ、そして吸い込まれるように己の体を向かってくるのだ。

 これは、確実に――負ける。

「風魔ぁあ回転キィィィィックゥウウウウゥゥ!」

 緑色の竜巻と金色の光が一面を覆い隠し、そして──。

「……っあっ……」

 ドグシャ!

 永久水晶は肉体がめり込まれる大きな音と風魔グリーン必殺の蹴りを真正面から受けることとなる。

「……!」

 ドガガァァッァァアアア!

 強風と雷鳴が轟く中、蹴り潰される、永久水晶。

 細胞から粒子レベルまで破壊が進攻。出力はビジョンの維持を不可能レベルにまで低下。

「え、や、そんな……!」

 永久水晶のビジョンが、膨れる。

 赤、緑、青、といった光の三原色となって浮き上がり、大きくぶれる。足の先からバチバチと音を立てながら、三色の無数の円球キューブとなる。

 もう、人の形さえ取れなくなったのだ。

 原色、原型へと戻っていく。

「きゃぁああああああっ!」

 そして──。

 パンッ、パンッパン!

 それらが、色水が入った水ヨーヨーのように破裂し、三色インクをぶちまけると同時に、消失していく。

 脚が消え去ると、宙に浮かぶ機能も保てなくなるのか、氷上に落下。三色の液体を飛び散らかしながら崩れ落ちる。

「あああああ、ああああぁああぁああああぁ!」

 ノイズがかかった映像と音声が流れ、奇声が上がる。

 もはや、人としての面影はなかった。そこにあるのは、悲劇的な運命に翻弄された数年後のファラウラの姿ではなく、バグによって映像が乱れたような物体。

「ああ……、私、消えちゃうよ……」

 だが永久水晶は、なぜか笑っていた。

「どうして、私、笑っているの……」

 戦いを見守っていたファラウラはイワンの背に隠れながらも、消え行く未来の自分に疑問をぶつける。

「……」

 永久水晶はファラウラの、今の彼の目に何か強い光が込められているのを感じた。

 その瞳にはこの先どんな困難が待ち受けていようとも、あるいは、先の見えない苦境に立たされようとも、それを打開するため戦い生き抜こうとする意志があるのだ。

 悲しい結末を希望のワルキューレに奪われたからなのだろうか、にごりも曇りもしない、力強く、未来を信じるまばゆい光が灯っていた。

「そうね……」

 永久水晶はやっとわかったのだ。

 自分は、今、この強い意志を持ったファラウラのために生まれ落ちたのだと。

「負けちゃったからかな。いえ、あなたの目を見たからやっとわかることができたの……ウフフフ」

 ファラウラはこの戦いを見て、強くなろうと決意したから。

 だから、運命が決定的に変わったのだ。たった一つの思いでこうまで変わるのかと、笑ってしまうのだが、あの悲惨な運命に呑まれ、こうなってしまったのは無駄ではなかったということに喜びさえも感じる。

「こんないい目をするようになれたのね、私」

 殺された未来といえでも、自分がいなくてはいけなかったのだと、確信できる。

「私の存在は消えてなくなってしまうけど……これで、やっと……私、ネムルとお兄ちゃんのところに……いける……のね!」

 ただの悲劇に流され、堕ちていった村娘ではなく、自分で立ち、挑む強い心を胸に抱いたこのファラウラなら、きっと。

 いや、絶対。

 お兄ちゃんと一緒に未来を歩ける!

 それは困難を極めるだろうけど、本当の望みが叶うのだ。

「緑のワルキューレ、ありがとう……。これで私は、幸せになれる、のよね……」

 永久水晶はここで握手をしたかったのだが、腕が消えてしまったので、アイコンタクトを取るしかできない。

「ファラウラ……」

 羽津姫は消え行く悲惨な過去を目をそらさずに見るしかできなかった。

「あは。うれしい、うれしいよ……おにい、ちゃん……」

 そして、最後に顔を上げると、闇に飲まれたビジョン──敗れ去った歴史のファラウラは最後の言葉を口にする。

「おにい、ちゃんと一緒なら……私は……それでいいの……。そうでしょ、私……」

 声はそこで途切れた。声帯も弾け飛んでしまったらしい。

 間を置かず、永久水晶を構成したビジョンは、バンッとひときわ大きな音を出して破裂した。

 無へと帰したのだ。

「……さようなら、未来の私……」

 正確には、だったファラウラに、救われたファラウラは別れを告げたのだった。

 ──こうして、悲劇的結末だった未来が、新しい未来へと書き換えられたのだ。


「か、勝てた……」

 羽津姫は目を閉じて、低頭した。黙祷だったのかもしれない。

 闇に飲まれていた魂が満面の笑みを浮かべ消えたとはいえ、エゴで破壊したのだ。洗脳され、それでも必死になって生きていた存在を踏みにじったのだ。

 いいことか、悪いことかという選択があるなら、いいことであり、ハッピーエンドのためなら仕方がないことだ。

 が、祈らずにはいられなかった。

(……ごめんね)

 浄化され、強制休止した永久水晶は、先の戦いでのまがまがしさをなくし、透明感のある輝きを取り戻している。

(私ができることをいえば、あなたにこんな悲しい結末があったのだと覚えることぐらいだけど。それで、許してね)

 ギュッとこぶしを強く握り締めた。

「終わったな」

「さすが、風魔グリーン☆」

 仲間たちの声で、現実に戻る羽津姫。

 脳裏に思い浮かべるのは、山小屋で寝入っている、キレスタール兄弟のこと。ザンギスの計略によって、住んでいた村を滅ぼされた、哀れな兄弟。だが、彼らにはイワンのすぐそばで守られている少女の帰りを待っているのだ。

 悲劇的な運命から外れた、この少女を。

「よかった……マジよかった。勝った、第三部、完!」

 ワルキューレとして。風魔グリーンとして。

 羽津姫は役目を全うし、信念を守り通せた。

「はしゃぎすぎるな、風魔グリーン。まだちょっと続くぞ」

「え~。あとなにかあったけ……」

 あとやっていないことといえば……。

「あ~~~~~! ザンギス、殴ってない!」

 このミッションはなんとしてでもやり遂げたいのだが、羽津姫はチラリとファラウラを見ると、ため息一つ。

 イワンは口に出さないが、何かをあきらめようとしている羽津姫をみて、一言。

「……元凶を殴りにいきよ、風魔グリーン。俺が先にファラウラをキレスタール兄弟のもとに送り届けるから」

「いいの、イワン」

 羽津姫はファラウラを救い出したのだから、兄弟の感動の再会を先にすべきではないかと、考えていた。

「ザンギスが魔眼処置装置を持っているだろう? それ、奪わないと帰れないのだろう?」

「あ……」

 戦いに集中していた羽津姫はレベル十以上の遺産を改造して、タイムマシンにしないと、現代に帰れないことを忘れていた。

 しかし、それなら、先ほど森で焦がした箱や、今イワンが握っているピンポン玉ぐらいの大きさの水晶球でも……。

「風魔グリーン、ファラウラを救ったお前が、何を戸惑う」

 イワンがまだ迷う羽津姫に後押しする。

「お前は、もう二度とこんなことがおきないようにザンギスをぶん殴って、魔眼処置装置をかっぱらう。それでこそ、風魔グリーンらしいじゃねぇか」

 風魔グリーンのキャラを突き通せ、と。

「イワンがそういうなら……ホッシー」

 羽津姫はイワンの言葉を素直に受け入れ、ホッシーに声をかける。目的であるザンギスの現在位置を知るためだ。

「そうなると思って、もうスペスィフィック(特定)しといたよ」

「ホッシーも、察しいいじゃない」

 うんしょ、うんしょ、とめり込んでいた星型ビットが飛び出し、三体そろったところで、小太郎の前に待機。いつでもいけると、アピール。

「じゃ、集合場所は山小屋で。スタービット君たちがうろちょろしているから、イワンならわかるだろ」

「まぁな。じゃ、風魔グリーン、いってこいや」

「いってきます!」

 仲間たちの声援をうけ、羽津姫はかっこよく駆けようとしたときだった。

 ゴコオオオォォオオォオオン。

 どこからともなく、何かが崩れ去ろうとする音がする。

「あ、しまったデース」

 星型ビットたちが一斉に反省のポーズを取る。

 かわいいが、後ろに流れている不吉な音は止まらない。

「もしかして、ホッシー。落下装置をつけたのと、永久水晶と風魔グリーンの激闘もあって、要塞が壊れやすくなっていたというわけじゃねぇよな」

 イワンは毛を逆立て、口元を怒りでピクピクさせならが、違法改造建築ロボットに問いかける。

「おしい、ちょっと違うデース。壊れやすくではなく、これからブレイクデース! 崩れて、ドカーンデース!」

 無茶な改装と、大きな衝撃により、要塞のヒットポイントはゼロになったらしい。

「というコンディションでオチをつけてもいいよね、アンサーは聞いてないデース」

 建物破壊までがコントです……じゃないよ!

 羽津姫とイワンは心の中でつっこんだ。

「もうホッシーたら、であれ?」

 突風が舞い込み、その風に乗って氷の上にある羽津姫の体が、急速に窓辺へと向かっていく。

 そして、あっという間に自分が壊した窓から、外に排出。

「ふえええええええぇぇぇぇぇぇ!」

 飛んだ。

 背中にプロペアみたいなものがあるだけという、心もとない飛行能力だというのに。

「さすが、風魔グリーン! あの距離なら空をフライしたほうがクイックね!」

 もともと宙に浮いているビットは難なくついていく。

「いや、これ計算してやっているわけじゃないから! たぁ~すけて~!」

「といいつつも、ザンギス、上空からディスカバリー。やったね、風魔グリーン! ザンギスに鉄拳ぶちかませられるよ!」

「見えないよ! わからないよ! 降ちるぅぅううう!」

 背中の風車手裏剣が大きく旋回しながら、緩やかなカーブを描きながら落下していく。いくら絶対フォーチュンの加護があっても、重力の束縛から逃れることはできないようだ。


 ズボッ。


 頭から、何かにつっこんだ。

 奇跡的に無傷で滑降したが、無事に着地したとはいえないようだ。

「暗い、狭い、頭に血がのぼるぅ~!」

 羽津姫の頭はつぼと思われるものの中にスッポリとホールインワンしていた。

 しかも、頭にジャストフィットしているらしく、なかなか抜けない。

「誰だ、貴様は!」

 上から突如現れ、つぼに頭を入り込ませた緑色の面妖な人物を見かけたら、誰だってそういう。私だってそういう。

「う~、空からの使者、風魔グリーン、ただいま参上!」

 つぼに頭がはまったままの名乗り。

 格好悪いことこの上ないが、いたしかたない。

 見えないながらも、羽津姫は立ち上がった。

「風魔グリーン、向き、コントラリー(逆)」

 相手に背中を見せることになったけれど。

「ただの大道芸人ではないようだが、何が目的だ!」

 普通の大道芸人が空からやってくるわけがない。

 羽津姫は要塞から落ちて、ここまで風に飛ばされてきたようなものだ。

 が、それは絶対フォーチュンが呼び起こした幸運によるもので、正直に言っても不可解極まりないことなので、信じてもらえないだろう。

「そんなの、決まっているじゃない!」

 ともかく、ホッシーのいうことにゃ、この近くにザンギスがいるはず。

 お嬢さん、おいいなさい、相手も目的のことだけを問うたのだし。

「ザンギス、お前を殴りに来た! ついでにいうと、魔眼処置装置もいただきに来た!」

「それなら、風魔グリーンがウェアニングっているのが、魔眼処置装置だよ☆」

 目的その一がすでに達成されていた。

「え、ただのつぼじゃなかったの。もういいや、ザンギス殴れば、それで!」

 こまけぇこたぁわいいんだよ! といわんばかりに、羽津姫は魔眼処置装置をかぶったまま、人の気配がするほうに思いっきり、

「お、りゃぁあああぁあ!」

 親指を目につっこんで殴りぬける気で拳を放った。

「ぎゃああ!」

 悲鳴が聞こえた。

「どう、ホッシー。私、ザンギス殴れたか!」

 人を殴った感触があるが、見えていないのでわからない。

「エクセレント~! さすが、風魔グリーン目が見えないくらいじゃ動じないね☆」

 身分と強さは一致していないので、あっけなくザンギスを叩きのめした、風魔グリーン。

「よし、勝った。今度こそ、第七部、完!」

「風魔グリーン先生のネクストプロジェクトにご期待ください☆」

 幸運に頼った当てずっぽうの一撃でも、すっきりした。そりゃ、本音を言うならば、これぐらいじゃ足りないのだが……。

「ザンギス様~~!」

 空から翼がバッサバッサと羽ばたく音がする。

 オラクルだ。

 ザンギスを慕う、一途なワルキューレ。

 目的を達成した羽津姫は彼とこれ以上争う気はない。

 そう、ファラウラのような悲劇が生まれてこなければ、いいのだ。

 だけど、この時代の人間にソレを伝えても理解できるだろうか。いや、教えることは無意味だ。己自身で答えを出さない限り、彼らは不当な摂取をやめようとしないのだから。

 人の愚かさに胸糞が悪くなるが、その愚かさを正そうとする精神は人からでしか生まれないし、育たない。

「よく聞け、ザンギス将軍とその配下の戦士たちよ!」

 だから、少しだけヒントをやる。

「晴天のワルキューレの顔を立てて、今回はこのぐらいで勘弁してやる。だがな、また風が嘆いたとき、私は再び現れる。その時は要塞だけでは済ませないぞ。肝に免じておけ!」

 義の忍者風魔グリーンらしいことを早口アドリブで述べると、エクストラステージに突入する前に、

「我が義、遂行した!」

 羽津姫は猛ダッシュでこの場を退散。

 奇しくも要塞が最後に大きな爆発を起こし、無に変えるのと時を同じだったという。

 ズブズブと崩れ落ち、粒子を巻き散らかして消えていく古代遺跡を背に、風魔グリーンは崖から勢いよく飛び降りていった。

「え、あれは緑のワルキューレ! ……いや、それよりも、ザンギス様、ザンギス様!」

 崖から飛び降りていく緑色よりも、昏倒しているザンギスの看護をとるオラクル。

 当然といえば、当然の判断だ。

 幸運の塊である緑のワルキューレを相手取るよりも、目の前の大切な恩人を守ることこそが先決なのだから。

 追いかけるのはほぼ不可能な幸運の塊である緑のワルキューレよりも、目の前の大切な恩人を守ることこそが重要なのだ。

 オラクルは寄り添い、ザンギスの呼吸音と心臓音が正常であるのを知ると、安堵の息を吐く。

「む、オラクルか……」

 ザンギスは起き上がった。

「ザンギス様……」

 そしてまだ再生途中の白銀の鎧を見て、ザンギスは悟った。

 それは緑のワルキューレに負けたことではなく、怒らせたということ。何に起こったのは具体的にはまだ理解できないが、その答えを見つけ出し、改善しなければまた怒り狂うのだろうということは容易に想像がついた。

「オラクル。風の嘆きを止めるために戦うとは、どういうことだろうな」

「申し訳ありません。私は、存じません。ですが、三つ目族を絶対奴隷としたことに怒っていました。そして、神は……三つ目族の管理を望まないと。いえ、それだけではなく……人を差別するのは神ではなく、人だと……」

「そうか……。ならば、緑のワルキューレは永久水晶も盗んでいったのだろうな」

 緑色の面妖な人物は三つ目族を操るための魔眼処置装置を堂々と奪い取ったのだ。ならば、三つ目族を狙わせないように、水晶型のあのメモリーも盗んでいても不自然ではない。

「そして我々は随分と難しい命題を課されたわけだな」

 ザンギスは低い声でうなると、遠くを見つめる。

 要塞があったところから、氷がまだ残っている。それは、死神のワルキューレもこの場にいたということだ。

 実際は、羽津姫は殺された未来によって暴走した永久水晶と対決したのだが、その場の詳細を知らない兵士たちはこう思っている。

 安然を望む緑は冷酷な死神と戦い、怒りを解く代償に要塞が犠牲になったのだと。

 ワルキューレは同志であると同時に、それぞれが固い信念を持ち、揉め事があると時として戦いによって決着をつけるとされている。それによって勝ったほうのワルキューレは、負けたワルキューレを抑え、勝ったほうの正義に基づいてこの場を治めるという。

 死神が勝っていたら、ここ一帯は死の世界へと変わり、兵士たちはもちろんのことザンギスも死を迎えていただろう。

 だが、今回の勝者は緑。

 死者を出さないが、代わりに説教をする。ワルキューレたちを怒らせた問題を解決されないと、今度こそ緑は愛想を尽かし、別のワルキューレが世界を蹂躙する。

 猶予を与えられたようなものだ。

 だからこそ、兵士たちは緑色の面妖な人物がザンギス将軍の近くに現れても、即座に攻撃できなかったのだ。

 緑のワルキューレのお告げを聞き逃してしまったら最後。問題が解決されず、猶予期間の期限が切れた時、また災厄が、いや、それ以上の悲劇が待っていると固く信じられているからだ。

 もし、羽津姫がその場に残っていたら、その勘違いに驚いただろう。

 が、世界は闇に堕ちたファラウラの代わりになるような、歴史の転機を起こさせようと動き出している。なので、たとえ見当違いなことであってもそこは大目に見て欲しい。

「私にここまでの試練を与えたのは、晴天のワルキューレがいるからなのだろうな。オラクル、お前には苦労をかけることになるが、ついてきてくれるか」

「どこまでもお供します、ザンギス様」

 晴天のワルキューレは微笑みながら、ザンギスに付き従っていく。

 なお、このザンギスの悟りこそが数百年後の宗教改革への小さな一歩になるのだが……あまりにも小さすぎて誰も気がつかなかった。

 だが、側に付き従うオラクルは知っている。

 そしてこの価値ある敗戦こそが、彼をもっとも高潔とされるワルキューレへと導いていく。もっともそれが形作られるまで永い年月が必要となるが、彼もまた成長しだしていた。


☆☆★☆☆


「……さすが、運でなんでも切り抜けられる風魔グリーンというべきか……」

 ──山小屋にて。

 魔眼処置装置を頭にかぶったまま戻ってきた羽津姫を見た、イワンの感想である。

「いや~、崖から飛び降りたときは死ぬかと思ったけど、『昇龍風』のおかげでなんとかなったわ」

「そうか、あの形勢逆転にもつながる有名な神風が吹きましたのかよ! しかもその上昇気流に乗ってここまで来られるものなのか!」

 オラクルから逃げ出した後、羽津姫は要塞での滑降と同じ要領で、山小屋に着地。

 ファラウラを背負って、氷の道を架けて滑って戻ってきたイワンとほぼ同時に帰ってきたのだった。

「それと、私、なんとなく風車手裏剣で空を飛ぶ感覚をつかめた気がする」

「そっか、人間超えたのか。おめでとう」

 付属武器KIAIをもつ羽津姫だから出来たことであって、絶対に真似しないでください。

「グレイトに無敵だね☆」

 ホッシー本体もやってきて、羽津姫の顔にかぶさってある魔眼処置装置をペタペタと触る。

「触診終了。これから、解体アンド改造しちゃうぞ☆」

 テクノミュージックのような神音が鳴る。

「ぷはっ!」

 ガッチャンと、羽津姫の視界が開けると同時に、顔を覆っていた魔眼処置装置は形を変え、いくつかの四角いキューブになった。

「やっちゃって、スタービット君!」

 ホッシーはいくつかの星型ビットに命じて、ポロポロと落ちたキューブを回収するとともに、火花を散らす。

「タイムマシンのメイキングまで、あと十数分かかるかな☆」

「はう。これで一安心ね」

 羽津姫は帰りの足も確保して、ようやく大きく息をついた。

「首、重かった……」

 自分の首を撫でて、そこに肌の感触があることを確かめると、安堵の息が零れた。

「それだけですむなんて、運がいいやつだな」

 イワンはあきれつつも、羽津姫の首元に触れる。

「すりむいているか……」

 羽津姫の首に赤い線が走っていた。つぼ口との境目は特に赤く腫れており、首の後ろまで続いている。

 赤い線が首をぐるりと回り、その上下に赤くにじむ掠れた跡があった。

「ん~、あまり痛くないから、ほっといてもすぐ治るよ」

「マヌケが。たしかに、ワルキューレならこんな傷ぐらいすぐ治るだろうが、見ていて気分がいいものじゃない。ちょうど軟膏があるから、塗るぞ」

「ひゃぁあん!」

「あ~、イワンずるい、ミーもやる~!」

 羽津姫はイワンとホッシーにもみくちゃにされるように、傷薬を塗られるのであった。

「はぅ、うんっ! やらぁ……もう、終わってよぉ!」

「ああ。塗り終えたぞ」

 マスク越しであるが顔を真っ赤にして、はぁ、はぁと、荒い息を吐く、羽津姫。

「ぜっ、は……」

「はは。さすがの風魔グリーンもくすぐりには弱いようだな」

 イワンの唇が、薄い笑みを作る。ようやく解放された羽津姫はイワンを睨みつけた。しかし、したり顔をするイワンには効果がない。

「む~~」

 このままイワンに得意げな顔をされるのはしゃくな、羽津姫。

 何かないかなぁとアイデアを絞りつつも、パッとは思い浮かべられない。

(うぅ~ん……)

 羽津姫は考えを変えて、治療がすんだ首元を意識する。ミントが配合されているからなのか、しみこんだ薬はスウとなじんで、心地よい。

「イワンの傷薬は気持ちいいよね。やっぱ、イワンの言うとおり治療、必要だったよ」

「……そうか」

 何気ない感想だったのだが、予想以上にイワンにきいているようだ。

 イワンはほめられると、恥らうように顔を赤く染め、視線を右側に逸らすくせがある。

 羽津姫は素直になれない幼馴染をほほえましく思う反面、いじり倒したいという小悪魔的な考えがよぎる。

(あ、そうだ♪)

 羽津姫はさらに言葉を追加。

「イワン、ありがとう」

「!」

 猫耳がピンと張り、イワンの顔がおもしろいぐらいに赤く染まった。

「ワォ! イワン照れている、照れている。へ、ブシ!」

 はやし立てるホッシーにイワンの拳骨が飛び交った以外は、いつもの反応である。

「ミーにはジェントルじゃないのですか!」

「ないね!」

「ひどっ! ひどいよ~、イワン!」

 じゃれあうホッシーとイワン。イワンとは仲むつまじいホッシーに少し驚きながらも、羽津姫は仲良くけんかしている二人を見ていた。

「あ、あの……ワルキューレの皆さん」

 ボーイソプラノ。

 一同振り向いてみれば、そこにはネムルがいた。

 羽津姫たちとは背丈の差があるので、どうしても上目遣いになるので、かわいいくりくりとした大きな瞳がよく見える。

「あれ、ボーイ。ユーのシスターとの感動の対面、もう終わっちゃった?」

「あ……、それは、えっと……」

「察しろよ、ホッシー。場の空気を読んで、こっちに来たに決まっているだろ」

 イワンはホッシーの鈍感さにいらだっているようだ。

 羽津姫もはてなマークを浮かばせていたが、サクルとファラウラ、うら若き男女ということに合点がいった。

(だから、お兄ちゃんがいればいい、か……)

 殺された未来のファラウラが消滅寸前に述べたあの言葉。

 せつなくて、胸が張り裂けそうな思いがこめられていた意味がわかった。

「あ、サクルとファラウラはラ~ブラ~ブだからか☆」

「ホッシー、お前な……」

 慎みという言葉がないホッシーに呆れるイワン。

「もう、こういうオースピシャスな(縁起のいい)ことは積極的に言葉にしないと、祝福できないよ。つうことで、式には呼んでね☆」

「気が早いわ、ボケが!」

 イワンはハリセン(氷製)を取り出し、ホッシーにむけて、たたき付けた。

「……さみしくないの、ネムル?」

 羽津姫は無駄に神音鳴らしながら漫才をする男二人を放っておいて、子供らしからぬ気のきいた行動をするネムルの頭をなでる。

「ぼく、ちょっとさみしくても我慢できるよ。父上との約束だもの」

 親公認の男女の仲だった。

「それに、うれしいんだ。大好きな兄上と姉上が幸せになれるなら……」

 ネムルはよほど嬉しいらしく、あどけない頬に笑顔を浮かべた。

「きゃあ、ネムル! 超かわいい!」

 羽津姫はヒョイっと小さな体を抱き上げ、抱きしめる。

「わっ!」

 急に地面から浮いた体に驚く、ネムル。

「いい子、いい子~♪ そうだね、愛する大好きな人同士が結ばれたら、ハッピーエンドに決まっているものね!」

「う、うん……あれ?」

「どうしたの、ネムル。怖かった?」

「いえ、そうじゃなくて……」

 ネムルは信じられないという顔をしながら、もみじのような小さな手で羽津姫の胸をモミモミする。

「あんっ。くすぐったいよ、ネムル」

 ただのくすぐりかと思いきや、腕の中にいるネムルは神妙な顔をして羽津姫にたずねてきた。

「あの……もしかして、女の人、なの?」

「そうだけど。あ、そういえば……」

 羽津姫は、曲りなりとも男装中である。

「ボーイ、気づいたか。ミーもはじめてノウしちゃったとき、サプライズしたものだよ☆」

「本人は素で忘れているけどな」

 風魔グリーン性別詐称被害者の会が結成された。

「ええ! そんなにショック! だいたい、男装といっても、さらし巻いているだけじゃない!」

「ほれ、このとおり、当人は隠しているつもりがないからな。ただ、風魔グリーンになりきって戦っているだけ。いわゆるコスプレマニア魂があるだけだからな」

「あまりにもしっくりしていたから、ミーも不審に思わず、ファーストミ~ティング時は、ベリーだまされたよ」

 マスクで顔を隠す緑色の面妖さのほうが、インパクトが強くて、性別なんか特に気にしていなかった。

「腕っ節がよくて発言もマンリー(男らしい)だったから、先入観で男性だと思い込むよね☆」

「ところどころに女言葉使っているのに、な……」

 遠い目で語る、風魔グリーンの中の人性別詐称被害者の会。

「初対面だと男と思われるってことね。まぁ、別に問題ないじゃない」

「……」

「……」

 被害者の会、無言の否定。

「うん、本人に自覚ないから、いっても無駄だってわかっていたよ、ミー。だけどね、いいたくなるってことあるよね」

「ホッシー、いいたいことはわかる。でもな、世の中、そういうものなのだ。そうだ、宇宙は広い。だから、気にするな」

 仕舞いには、被害者の会同士の慰みあいに発展した。

「ちょっと、何、悟り開いちゃっているの!」

「あわわわわわ……」

 一方で、確かめるためとはいえ、女の人の胸を揉んでしまったネムルは顔を真っ赤にして慌てふためく。

(緑のワルキューレが女の人だったなんて!)

 改めて意識して近くでみれば、目の前の抱きしめている人は、外装は角ばり、さらしでごまかしているのだが、線は細く、丸みを帯びている。

 それでも、じかに触れなければわからなかったは、外野のいうとおり、緑のワルキューレ当人の気質によるところが大きいのだろう。

(それに、なんで。抱きかかえられてからすごくドキドキする。それも、嫌な気がしない、むしろとてもステキなことのような気がする……)

 生まれてはじめの感情。体の中にある見えないスイッチを入れられたみたいに、ネムルの心臓は激しく鼓動する。

「あれ、ネムル?」

 ここでようやく羽津姫は腕の中の小さな体が微動だにせず、直立不動で全身が真っ赤になっていることに気がついた。

「もしかして風邪でもひいたの?」

 度重なる疲労によって、幼い体に病魔が付け入ることはよくあることである。

「い、いえ、そんなこと、じゃ、ないと思う……」

 ネムルはのどから声がしぼり出すように。

 何かを祈るように。

 胸のドキドキに翻弄させられながらも、風邪ではないと否定する。

「すごく気持ちいいから、かな……ぼうっとしちゃった」

 暖かいこのぬくもりに、ネムルの強張っていた心が溶かされていくような感じがする。

 村が反乱を起こすと決めてから、ネムルはずっと漠然とした不安の中に押しつぶされないようにだけ、気張っていた。

 弱い自分が泣き出してしまっては、村のみんなの決意を台無しにしてしまうのではないかと、幼い体でも一生懸命考え、貫いてきた。

 反乱が終わり、仲のよかったペリセウルの村人とは散り散り、父を失った。兄と姉がいるが、大きな不安はまだ襲っている。

 そんな過酷な状況の中だというのに、なぜ、体と心にとろけてしまうくらい心地のよい熱が染み込んでくるのだろう。

「風邪じゃないなら、いいや」

 ネムルは羽津姫にギュッと抱きしめる。

「あ……」

 ネムルの胸がさらに高鳴る。

(どうしちゃったのかなぁ、ぼく……変じゃないかなぁ……)

 甘酸っぱいようなこの激情が何であるのかを理解するには、この当時のネムルは幼すぎた。

 だけど、これからどうすればいいのか、なんとなくだけど、兄と姉の真似をすればいいと思っていた。だから、ネムルは目の前のもっと人物を知りたくなった。

「あ、あの、緑のワルキューレさん」

「ん」

「えっと、名乗るとき、なに、グリーンって言っていたの?」

「風魔グリーンだけど」

「ふうまグリーンさん?」

 いくらネムルが大人びていようとも、舌足らずの幼い子供で、なおかつ羽津姫とは言語圏が違うため、いいにくそうだった。

「ん~、これはあくまでも名乗りだからね。本当の名前は、羽津姫。小田原羽津姫だよ」

「おだわらはづき?」

「そう。フルネームは小田原羽津姫。だけど、それは秘密の名前。ネムルが特別いい子だから教えてあげる。お兄さんとお姉さんにも秘密だよ」

「うん、わかった、羽津姫」

 ネムルはうれしそうに羽津姫の名をつぶやいた。

「だから、風魔グリーンとして戦うときはあくまでも、風魔グリーン。もし、また会う日が来たら、そういってね」

「わかったよ、風魔グリーン……羽津姫!」

 チュ。

 羽津姫の頬に暖かくて柔らかいものが触れる。

「え、ええ?」

 頬に唇を当てたのだと、わかるまで数秒かかった。

「やっぱり、女の人だね、姉上みたいに柔らかかったよ」

 無邪気に笑うネムルは、イタズラが成功した子供そのものだった。

(あ~、親愛だよね。うん。ネムルの歳でもこういうのは当たり前の時代と文化だよね)

 羽津姫は正直ドキッとしたのだが、ここ、奥ゆかしい文化のジャパートじゃない。

(大体、こんな小さい子が意味わかってしているわけないか)

 正直、少しドキッとしたが、姉のファラウラと同様扱いなら、問題ないだろう。

(かわいいお礼ってところかな)

 羽津姫はそう結論付けると、ますますネムルがかわいく思えて、ギュギュギュ~と腕の中の小さな体を抱きしめた。

「……」

「……、わかっているだろう、ホッシー、羽津姫の天然さを」

 ヒーローと子供の戯れが行われている一方で、被害者の会は遠くで小さく呟きあう。

「うん、羽津姫って、子供にモテモテだからね。うん、ミーもよくわかっている。わかっているけどね、わかっているけど……。わかっていても、パーミッションしないぃいいいぃぃ!


 なお、動揺しているホッシーを尻目に、スタービット君たちはがんばっていた。

「ピンポンパンポ~ン、ピンポパポ~ン! タイムマシン、完成しました☆」

 お星様のやりきった感のする声が響く。

「へ~、これが、タイムマシンって……」

 羽津姫は改造用のスタービットが群がっていた場所を見ると、そこには、つぼから金色に輝くバランスボールに進化(?)したものがあった。

「なんで、効率よく骨盤のゆがみを解消する、イタマロ発スイベで使用のリハビリとフィットネスに最適な道具に変わっているの!」

 どこをどう改造すれば、硬質の陶器から弾力性のある運動グッズに変わるのか!

「やけに詳しいね、羽津姫。ひょっとしてユーの家にあるのか☆」

「……気持ちはわからないわけではないが。あ~、あれだ。見た目はアレだけど、中身は最新な、冒険心をくすぐる遊園地の遊具みたいなものだ」

 イワンは癖のある巻き髪を指でクルクルさせながら、もっともらしい理由を苦し紛れに言う。

「遊具ならありだけど、遺産でこれはありなの?」

「遺産のほとんどがイロモノだと思え。そう思えば、これぐらいまだ許容範囲内だぞ」

「……これよりも見た目アレな遺産があるの……」

 イワンが遠い目をしながら語る、まだ見ぬ遺産のイロモノ率の高さ。

 羽津姫はいろんな意味で衝撃を受けた。

「敵の目をごまかし、見たものの心理的影響を与えるっていうタイトルがあるけどね☆」

「なんとなくだけど、わかったような気がする」

 とりあえず、羽津姫はバランスボール型のタイムマシンに乗ってみる。

 ポヨン、ポヨン。

 乗り心地といい、この弾力といい、エクササイズのお供にぴったりである。

「これで、元の時代と場所に戻れるならすごいと思うけど……へ?」

 バランスボールが光った。

「羽津姫の腰の揺さぶりで、ゴールデンボールがみなぎったよ!」

「その言い方やめて、ホッシー!」

「ジョークにしては悪乗りしすぎだ!」

「?」

 ネムルが首をかしげているのだけが救いだった。

「羽津姫ってば、ツールのエクスプラネイションする前にドゥしちゃうかな。ミー、ゆっくりレストする暇ないヨ」

 ホッシーはヒョイッと軽くジャンプすると、バランスボールに跨ったままの羽津姫の側まで来て、前から抱きつく。

「わ、ホッシー! 何で」

「ん~。ミーは羽津姫と一緒がいいから。じゃ、イワン~、ネムル~、レイラァ・アゲイン~☆」

 バイバイと手を振るホッシー。

「え、もう」

 次に逢えることがあるかどうかなんてわからないのに。

 惜しむようなまなざしを向け、ネムルは一度口を引き結んでから小さく、つぶやいた。

「あ、ありがとう……」

「……ネムル?」

「ありがとう、羽津姫、ホッシー! 僕、絶対忘れないから! 僕のこと忘れないで!」

 ネムルは大声で叫んだ。

 一度触れ合った他生の縁でも。

 このか細い縁を忘れずにいてほしいと、祈るように願う。

「ええ。私だってネムルのこと忘れないわ。ネムルも私の名前を忘れないでね」

 緑のワルキューレという呼称ではなく風魔グリーンと、そして小田原羽津姫と。

「うん。約束、約束だよ! 羽津姫!」

 ネムルは光の中に消えそうな羽津姫をじっと見つめ返し、ゆっくりと頷いた。


 パシュン!

 空間が割れるような音とともに、バランスボールまたがった騒がしい嵐のような者たちは消え去った。



☆☆☆☆★☆☆☆☆



 パッ!


 光によって失っていた羽津姫の視界が開ける。

「ここは……」

 真っ先に目に映ったのは、新型のシステムキッチンである。IHヒーターも搭載しており、手入れがしやすい。

「……現代(グリゴレウス暦2025年)でいいわね」

 周りを見渡せば、濃いクリーム色の壁に、落ち着いた雰囲気のするアンティーク家具がずらり。穏やかなオレンジ色の光を発する照明は部屋に調和し、来訪者に安らぎを与える。

 稀にある品のいい洋館の内部であることはわかる。

「まさか、ここは……」

 羽津姫にとっては見慣れた場所だった。

 そして、この洋館の主もよく知っている。

「……!

 羽津姫の鼻腔をくすぐりだしたのは、ダージリンの香り。

 彼が好んでよく飲む紅茶だ。もちろん接客にも使うお気に入りだ。

「あ、羽津姫~。ここ、ここ~」

 ホッシーの声が聞こえてくる。

「よ、羽津姫。お疲れ。男勝りでかっこよかったぜ」

 よく知っている彼の声だ。

 アルバイト先で彼から同じような台詞を聞いたのに、意味合いが違うように感じた。

「いや、誕生おめでとうというべきか。絶対フォーチュンの適応者、幸運のワルキューレ、風魔グリーン」

 普段着のイワン・サトゥールンがいすに座っていた。

「イワン、これはいったいどういうことなの」

「お茶を飲みながらで、いいか」

 入れたての紅茶においしいお菓子。魅力的な提案である。

「ん~。デリシャス~」

「気に入ってよかったぜ。お前の味の好みはいまいちわからなかったからな」

 すでにホッシーは腰を下ろして、紅茶の側に置かれているクッキーをぽりぽりと食べている。

「そういってもね……」

 風魔グリーンの衣装のままでなければ、すぐにでも飛びついただろう。

 アルバイト先の大事な商売道具をいつまでも着ているのは、違和感がある。

「あ~。言ってはいなかったな。今、羽津姫が着ている風魔グリーンの衣装、俺が作った」

「何ですとぉ~!」

「風魔グリーンの製作者である北条ソーウン氏の指導と監修によって、俺が一から作ったものだ。羽津姫が風魔グリーンを代役で務めると知ってから、すりかえておいた」

「イワン、あなた、ソーウン氏と知り合いだったの」

「メル友だ。羽津姫がワルキューレになったときから、風魔グリーンの衣装を着込んでいたことは知っていたからな。怪しまれないように工作はしておくさ。そして、これ、もな」

 イワンがパチンと指を鳴らすと、緑色の面妖な人物がヌッと現れた。

「風魔グリーン!」

「正確には遺産モノマ~ネによって、羽津姫に似せた替え玉だ。羽津姫が途中退出したさいの代役としていつも持ち歩いていた」

「持ち歩いていたって……、私、身長百六十八センチもあるのよ、どうやって」

 大柄とはいえないが、小柄ではない。

 旅行用のアタッシュケースなら持ち歩くことはできそうだが、そんな大掛かりなものイワンは持ってきてはいない。

「ああ、この姿のままじゃ驚くな。元の形にもどれ、モノマ~ネ」

 ボン。

 白い煙を立て、替え玉がいた場所から現れたのは、箱。

「はこ~?」

 遺産だが、こんなみやげ物コーナーに並ぶケーキ箱と変わらない大きさのものだとは思わなかった。

「デジャビュかな。見覚えがあるサイズだけど……」

「森の中、雷神十字手裏剣で焦がした箱そのものだ。自己修復するまで五年ぐらい必要だったな」

「あ~、あの時誰かがこれで替え玉を向わせていたってこと。でも、遺産はたしか……」

「これはレベル四十六だから、ミーの妨害電波発生ジャミングは効かないよ」

 見た目に反して高レベルな遺産だった。

「即効で倒せてよかったな。もし、戦闘に持ち込まれていたら、苦戦を強いられていたぞ」

 悪戯が成功した子供のような顔で得意げにネタばらし。

「と、まぁ、そういうことで羽津姫の着ているものは完全な私物だ。破こうが、傷つけようが特に問題がないが、工作費と手間はオリジナルとほぼ同じだから大切にはしてほしい」

 下地になったタイツにクツ。光沢のある布地にアクリル宝石。プラスチックとアクリル板製の防具に風車手裏剣……それだけでも結構な値段はしたはずである。

 プライスレス(製作日数)にいたっては恐ろしくて聞けない。

「まぁ、無理だとわかっているけどな」

 イワンはあきらめ口調を紅茶とともに飲み干した。

「イワン……私のこと、私がこうなることをあらかじめ知っていたってわけなの」

「ああ。つい最近思い出した」

「?」

「時間も限られているから、手短に話すぞ。俺は人類が文明を構築した時代からずっと歴史とともに歩んできた」

「て、ことはイワンってかなりの歳!」

「ざっと、五千歳と言ったところだな」

「えっと、イワンはイワンさんなの! ……ですか」

「イワンでいい。戸籍と肉体年齢は羽津姫と同い年だ」

 おじいちゃん扱いはするなと、けん制。

「そりゃ、一緒にこの街で育ってきた仲だし……あれ?」

 よちよち歩きの保育時代は思い出せないが、おそろいの園児スモッグを着て一緒に通っていた時期もあった。

 イワンは小学校、中学校、高校、そして今の大学まで、一緒に成長して側にいた幼馴染のはずである。

「羽津姫と一緒に育ってきたのも、つい最近ワルキューレとして活動していた記憶がよみがえったのも、事情があってなんだけどな」

「事情?」

「ああ。ちょうど羽津姫が生まれたころに、ある遺産によって発生された時空のゆがみで、俺は体と精神を乳幼児まで戻された。こうなること事態は事前にわかっていたことだし、俺がサトゥールン家に引き取られ、ジャパートで暮らすことも想定済み。ただ、いつ俺の記憶が戻り、羽津姫がワルキューレになるかまではわからなかったな」

 イワンが空になったカップをテーブルに置いたころには、羽津姫が気になっていたことがあらかた解消された。

「じゃぁさ、これから過去の世界で会うイワンは、私と幼馴染であるイワンではなく、歴史の流れに沿って生きていたイワンってこと」

「そうだな。俺ではすべてのワルキューレたちを救うことはできなかったが、な」

 イワンは唇を強くかんだ。

「ふむふむ。イワンもイワンでベストを尽くしてきて、今ができたってわけか」

 ホッシーは甘いお菓子を食べ終え、ぺろりと下唇をなめた。

「今が、て、どういうことなの」

「イワンの介入で歴史にちょいちょいっと修正した結果、風魔グリーンや小田原羽津姫がこの世界に生み出されたってことだよ」

「私がいるのって、イワンのおかげなの」

「過程をすっとばすが、結果的にはそうなるな」

「じゃあ、ワルキューレの伝説のオチがたくさんあるのって……」

「別次元のワルキューレの介入によって、その都度、歴史が塗り替えられているからな。普通は気がつかない。こうティータイムを楽しんでいる間にも、世界は作りかえられ、新しい世界を作り出している。何巡しているかは知らん」

 イワンの胸元にある氷の結晶のような形をしたメモリーを光らせる。

「ファナティックスーツの適合者であるワルキューレとなったら、気づけるようになる。巡回の輪から外れ、出来事すべての記憶を持ち越し、体験しているからな」

「それって……」

「歴史に重大な変化があった場合、混乱してしまうこともあるってことだね。でもそんなに歴史が大きく変わることはほとんどないね。村ひとつぐらいの人口が増えるぐらいがせいぜいってところだね。だって、歴史の修正力はそんなにフレイルじゃないからね」

「えっと、ホッシーはなんといっているの」

 聞きなれない英語にクエッション。

「フレイル……もろくないといっている。それにしてもルー語になってしまうとは、な」

「これはミーの個性ってことで」

「個性にするか。まぁ、お前の代償はこれぐらいですんだだけでもめっけものか」

「代償?」

「ん~。ちょっと、時空のゆがみの影響で。ミーが羽津姫に気がつくまでスリープモードだったのも、傷ついた機能を自動回復させていたからだけどね」

 サラリといっているが、時空をゆがませる大事件に巻き込まれたことを指している。

 ホッシーは遺産を作り出した古代文明が滅びたそのときを生きたのだ。そして、生き残っている。

「言語がルー語になるぐらいですんだのは、僥倖かもしれねぇが……」

「そうだね。ランゲージっていうのは、通じればいいわけだし。多少ニュアンスがおかしくても、ご愛嬌ってことで」

 テヘペロ☆

 どうも、この男、緊張感がまるでない。

「羽津姫、よくわかっていないようだから言うが、ワルキューレとなった時点であらゆる言語を自国語として理解できる。現に中世で難なく現地人と会話できただろ」

「そういえば。気にもとめなかったけど」

 なお、自分から発する言葉は相手の言語にほとんど自動的に翻訳されるため、相手と自由に会話できるのだ。

「とある青いタヌキの未来蒟蒻シークレットツールと効果はほぼ同じだ。あっちは制限時間があって一言のみの効果だが、遺産のほうはほぼ永続、多言だ。その機能がホッシーはいかれて、ルー語になってしまったのだが……」

「おま、詳しいな。ファンなのか」

「ああ。劇場版のガキ大将の活躍には何度も胸がときめいたな。って、茶々入れるな、ホッシー……あ……」

 イワンは眉間にしわを寄せるが、何かを思い出した、あわてだす。

 ときどき抜けているところがあるからか、こうあせってことを進めるときもあるが、帳尻はきっちりと合わせるタイプだから特に問題ないと思うけど……。

「そうだった。そんなことよりもこれを渡さねぇと!」

 テーブルの下に前もって準備していただろう。災害リュックを取り出し、羽津姫に手渡す。

「こ、これは!」

「必要そうなものを適当につめておいた。そろそろ次が……つまり、悲劇的結末を変えるために、勝手に時間跳躍するはずだ!」

「早!」

「絶対フォーチュンは羽津姫の意思と関係なしに、時間跳躍するからな。気をつけろよ。といっても、そう悪いものじゃないはずだ」

「はずだって。そんな殺生な!」

「風魔グリーン、小田原羽津姫ならどんな試練にだって乗り越えるさ、うん。そう、決まっている、はず!」

「はず、を強調するな!」

 羽津姫が災害リュックを右手でつかんだところで、鈴の音のような神音が鳴り響く。

「あ~! ミーもいく。いく、いっちゃう!」

 ひょいっと、ホッシーはバランスボールのときと同じく、羽津姫の腰に引っ付く。絶対フォーチュンの時間跳躍に便乗。

「いやらしい言い方だな、もう!」

 鈴の音が高まっていく。そろそろ時間なのだろう。

「と、とにかく、いってきます、イワン!」

 行くしかないなら、行ってやろうじゃないかという、ほぼやけくそで羽津姫たちは出発した。

「がんばれよ。頼りにしているからな……羽津姫」

 イワンはとても穏やかな表情で、過去の悲劇へと立ち向かっていく羽津姫に向って手を振ったのだった。


 羽津姫たちの姿が見えなくなると、イワンはテーブルに着き、残っている菓子をひとつつかみ、噛み砕く。

 甘い。

 だけど、嫌いではない。

「この菓子の味を教えてくれたのは、風魔グリーンだったな……」

 イワンもまた、羽津姫に救われた一人のワルキューレである。

「これから、これからだ……」

 絶望が希望に変わり、その希望が絶望だった世界を鮮やかに幸福へと変えていく。それはドミノのように連鎖されていのだ。

 すべての始まりと終わりにつながる時間跳躍の冒険記。

「そう、俺は……いや、俺たちは羽津姫の活躍を確信している。だから……」

 機運の星を携えた幸運のワルキューレの戦いは続くのだ。くすぐったいが、この暖かい未来のために。

「俺たちをここに導けよ、初恋ドロボーさん」



これでグリゴレウス暦一二〇六年編は終了です。

キリのいいところで終わらせようとしたため、前回より字数は少なめになってしまいました。

このシリーズは基本、このような悪堕ちキャラが出てきます。なぜ、悪に堕ちてしまったのか、それを打開するためには殺された未来で堕ちたキャラの心変わりが必要となります。

羽津姫は物理で後押しことが多いです。一つは戦闘シーンを織り込みたいという、雪子自身の願望もありますが。

結局、他者はアドバイスを送ったり、手助けするだけのありがたい存在であり、変わるには自身の足で立って、自分で覚悟を決めなければならないものなのです。

だれだれちゃんに言われて~、仕方がなく~。こうするしかなかった~。だから自分は悪くないという流れは、自分を傷つけないためには必要でしょうが、それって、周りを傷つけるだけの最低な思考だと思うのですよ。

感謝されるためにしたわけではないですけど、つまらないことをしたなって、落ち込んでしまいます。


絶対フォーチュンの能力的に考えて、そんな実りのないことをさせていいのかな~って思うわけで。

心変わりはほぼ通常運転で、行きますよ。

悪堕ちも光堕ちも、おいしくありませんか?

同志、求めてます。

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