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〇最終回

 夢を見る。

 俺の隣には君がいる。

 終わりのない大草原を、俺と君は手を取り合い、ゆっくりと歩いている。決して急がず、しかし決して立ち止まらず。

 空は高く青く、そこに浮かぶ雲もまたゆっくりと、西から東へと流れていく。まるで俺達と足並みを揃えているかのように。つかず離れずの関係に、自然と笑みが零れる。

 そよ風が君の髪をなびかせる。仄かな香りが緑の匂いと混じり、辺りにふわり漂う。露わになった横顔。俺は魅せられる。君を美しいと思う。視線に気づいた君は頬を染め、はにかみながら俯く。愛おしいと、俺は思う。

 心地いい、二人だけの世界。邪魔するものはない。

 君は問う。

「私達は何処へ行くの?」

「君の行きたいところへ」

 俺は答える。

 大草原に終わりはない。ここは永遠だ。果てしない旅に、俺達は身を置いている。君の行きたいところへ。俺の行きたいところへ。いつ辿り着くのかは判らない。辿り着かなくてもいい。こうして二人肩を並べて歩いていることに、同じものを求め、前へと進んでいくことに、おそらくは意味がある。

 望み、望まれ、俺達は旅を続ける。

 君は遠くを指差して言う。

「ねえ、あれは何?」

 訊かれて彼方に目を向ける。一羽の鳥が翼を広げ、遥か上空を旋回しているのを、俺は認める。今まで気づかないでいたのが不思議なほどの存在感に息を飲む。それを邪魔だとは思わない。

 青空を背景に何度も何度も同じ軌跡を描き、やがて鳥は俺を誘い、君を誘い、北に進路を変える。

「あの鳥は何処へ行くの?」

 君の手を引き、俺は言う。

「追いかけよう」

「……うん、そうだね。私達も行かないとね」

 見失わないように。

 逃さないように。


 短い秋が終わり、町はクリスマスカラー一色で彩られている。そこかしこから聞こえてくる鈴の音。点灯を待つイルミネーション。道行く人は誰しもが寒さに凍えながら、それでも何処か浮き足立っているように見える。

「悪くない」

 呟きは白い吐息を追い、刹那に消える。余韻も残さずに。

 この雰囲気を味わいたかった。より賑やかな場所を、空気を、俺は求めた。結果、気づけば駅二つ分の距離を歩いていた。日頃の運動不足が祟ったのか、ふくらはぎの疲労は無視出来ないものになっているが、それすらも悪くないと感じた。

 不況がまるで嘘のように、ロータリーは喧噪に満ちている。俺は多分に刺激を受けながら、タクシー乗り場の脇にあるベンチに腰を下ろす。そして今日の成果を確認する。

 オレンジ色のワックス、四枚刃の髭剃り。散々迷った末に、ドラッグストアで買った。

 タウン情報誌。立ち読み客を押しのけ、ろくに中身も確かめずレジに並んだ。

 映画の前売り券が二枚。緊張に震える指先で、コンビニの端末を操作した。

 これ等を揃えるのに、たっぷり二時間はかかった。全てが、クリスマスの為の準備だ。明るい未来を掴む為の用意だ。

 興奮と不安が交互に襲いかかる。

 他に必要なものはないか。心構えに不備はないか。ここ数日、何十回、何百回と飽かず繰り返した問いを今一度ぶつける。限られた予算、無限の想い。問題ないだろう。

 あとは明日、週明けから始まる期末試験を無難に乗り切ればいい。手を伸ばせば届く。そう信じるしかないところまで、俺は来ているのだから。

「あんた……」

 ふと過去が脳裏をよぎる。

 去年の今頃、俺は何をしていたのだろうか。

 考えるまでもない。俺は普段通りだった。昨日と今日の区別もつかない毎日を過ごしていた。右肩上がりで募る恋心を持て余していた。特別な存在になりたい。そんな憧れを抱きながら、しかし一歩を踏み出せずにいた。仕方ないと言い聞かせる一方で、これでいい筈がないとため息をついていた。

 俺は喧噪に目を戻す。腕を組むカップルが目と鼻の先を通り過ぎた。彼等は辺り構わず幸せをばら撒いている。俺はそれを、以前ならばまた違ったのだろうが、不愉快には思わない。幸多からんことをと、笑える自分がここにいる。

 それはおそらく、俺にも幸せの形がどういうものか、少なからず見えているから。

「ねえ、あんたさ……顔がコロコロ変わってるけど……ちょっと面白いね、それ」

 結局のところ、背中を押したのはこいつだ。

「人が多い場所では喋るなと言った」

「大丈夫だよ。こんなに騒がしいんだもの」

 俺はこいつに感謝すべきか。

「いい加減なことを……何が大丈夫なものか。お前は目立たなくても、お前に話しかけている俺は目立つだろう」

「あんたは大きいからね」

「お前が小さいだけだ」

 こいつの身勝手は度を超えていた。俺達は散々に引っかき回された。加害者か被害者かを問えば、こいつは確実に前者だろう。被害者面をした加害者という、最も質の悪い部類に入る。普通に考えれば、感謝など出来る筈もない。

 いつだったか、ダイヤのクイーンは言った。「結果オーライです」と。終わりよければ全てよしとするその理屈を、俺は正直好まない。ゴールテープを切るまでの道のりを、俺は忘れたくない。忘れてはならないと思っている。

 だがそれでも、

「あのさ、聞いてくれる? おいらね……」

「何だ?」

「あんたのこと、すごく応援してるよ」

 今この時だけは、感謝してやってもいいだろう。


 俺は夢を見る。

 薔薇色の、この世のありとあらゆる幸せをつめ込んだ夢を、繰り返し見る。

 ベッドの中で、あるいは白昼夢として。

 時間も場所も関係ない。俺はただ、それを受け入れるのみだ。

「どうかしたの?」

 君は俺の顔を覗き込み、そして……

「史郎くん」

 そっと名前を呼んだ。


これにて、史郎達の物語は終わりとなります。

それぞれの関係がどうなったかは……

読んでくださった方のご想像にお任せしたいと思います。


前書きでもお伝えしたように、この作品は某文学賞に応募したものです。リライトの際、多少の修正はしましたが、ほぼ原文のまま載せてあります。

よろしければ、感想等お聞かせ願えれば幸いです。


ここまでおつき合い頂きましたことに、心からの感謝を。

ありがとうございました。

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