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〇第五回

 放送部が流すイージーリスニングが、突然ぷつりと途絶える。

 それに代わって、

『聞けっ!』

 スピーカーを震わせる大音声が校内に響き渡る。

『下賤の者共に告げる。心して聞くがよい。妾はハートのクイーン。今し方よりこの学校を統べる、至高の存在である』

 あんまり面白くない。大半の反応はそんなものだった。喋るトランプの存在を知る人間が俺と御倉井さん以外いないのだから、自然そうなる。

『妾には五十を超す忠実なるトランプの兵士が仕えている。無駄な抵抗は身を滅ぼすだけと心得よ!』

 寝不足に加えて、頭痛の種がまた一つ増えたことを俺は知った。

『最早そなた等に自由はない。妾が法、妾が世界である!』

 俺は教室を出た。一人で迅速に、全てを終わらせるつもりだった。だが、放送室へと続く階段を上っている途中の踊り場で、俺は背後から名前を呼ばれた。

「廿楽坂(つづらざか)くん」

 振り返れば、そこには御倉井さんがいた。

「大変なことになっちゃったね」

 トランプの主人としての自責の念が、御倉井さんの表情を暗くしていた。

 巻き込みたくない。それは俺のエゴだ。そのエゴが、おそらく彼女を余計に傷つける。その判断に間違いはないと思った。

「これから放送室に行こうと思う。連中を止めたい。御倉井さん、一緒に来てほしい」

 俺は言った。

「うん、私も行く。こんなこと、早くやめさせないと」

 ジョーを連れ戻した際の誓いを忘れたわけではないが、俺は相変わらず一歩を踏み出せずにいた。確かに、多少は親しく言葉を交わすようにはなっていた。それでも正直、情けなくて仕方がない。

 だからこそ、俺はこのチャンスをものにしなければならなかった。二人同じ目的の為に動いているこの時を、活かさなければならなかった。こんな馬鹿げた騒ぎはさっさと終わらせて、御倉井さんとの仲を深めようと、俺は愚かにも考えていた。

「ねえ、あんた。何かいやらしいこと想像してない?」

「……いたのか」

 俺の左肩にジョーが、そして御倉井さんの右肩にカーが、唐突に姿を現した。

「ねえ、多分さ、あんたとご主人、勘違いしてると思うから、これだけは言っておくよ」

「いいだろう、話せ。道理を説くのはそれからでも遅くはない」

 昼休みはまだ半分以上残っていた。相手の言い分を聞くだけの余裕が、俺にはあった。

 ジョーからカーへ、カーから御倉井さんへと視線を移す。三者の中で神妙な面持ちをしているのは御倉井さんのみ。責任感を表に、彼女はジョーの話の続きを待っていた。

「ほら、やっぱり勘違いしてる。困っちゃうなぁ、ホントに。あのさ、今回のことはさ、おいらとカーには関係ないんだよ」

「関係ない?」

「僕達には関係ない、とは言えないんだけど……」

 カーが台詞を継ぐ。

「ハートのクイーンはね、生まれながらの女王様なのさ。わがままで、しかも絶対なんだよ。彼女の命令には逆らえない。そういう風に出来ている、ってわけ」

 ジョーが「そうそう」と頷き、俺は苛立ちを隠さない。御倉井さんはより表情を真剣にする。

「言い訳はそれで終わりか?」

「もう少し。ジョーの言う関係ないは、僕達ジョーカーには女王様の命令は届かないってこと。僕達はいつだって自由なのさ。ジョーカーは誰にも縛られない」

「仮にお前の言葉が本当だとしよう。ジョーカーはどんな時も自由、何人にも縛られない。そうだとして、なればこそ、止めることくらいは出来た」

 俺はジョーとカーを摘み上げた。

「怠慢だな。お前達は連中が悪ふざけをする前に、どうにかするべきだった」

「そんな、よしてよ」

 ジョーはわざとらしく、大袈裟に首を振る。

「五十二枚相手にさ、おいら達に何が出来るっていうんだよ。クシャクシャにされちゃうのがオチだよ」

 その一方で、カーは落ち着いた様子を見せる。

「あいつの気持ちも、僕には判るからね」

 スピーカーが震える。ハートのクイーンの高飛車な声が響く。傾国の女王然とした哄笑が、俺の苛立ちに拍車をかけた。

「急ごう、廿楽坂くん」

 御倉井さんが俺の袖を引く。

「そうだな。さっさと終わらせよう」

 終わらせて、そして俺はチャンスを掴む。一歩を踏み出す。情けない自分に別れを告げ、想い人の隣にいるに相応しい男になる。その筈だった。

 甘かったと奥歯を噛んだのは、それから間もなくのことだった。


 現実は厳しい。

 連中も馬鹿ではなかった。迂闊な行動は身の破滅につながる。ハートのクイーンはそれを示し、俺達は動きを封じられる。

 放送室の前で泡を喰っている部員の男女を御倉井さんに任せ、俺はドアに駆け寄った。当然、錠がかけられている。「鍵はないのか?」と俺が訊けば、「あるけど使えない」と、部員二人は声を揃えた。その理由はほどなく判明する。

『聞けっ!』

 ハートのクイーンがスピーカーを通して言う。かすかな肉声が、ドアの向こうから漏れてくる。必死の形相で鍵を守る男子生徒を苦々しく思いながら、俺はドアを叩き、ノブを回し続けた。

『妾にはそなた等を御する術がある。即ち……』

 要約すると、以下の通りになる。

 生徒から教師に至るまで、誰しもが一つは抱えている秘密を、ハートのクイーンは掌握している。トランプの兵士を使い、黒歴史を、あるいは現在進行形の表に出せない部分を、女王様は短い期間で拾い集め、それを武器にしたというわけだ。

 従わなければ秘密をばらす。

 悔しいが、それは実に有効な手段だと言わざるを得ない。連中の身体は小さく薄い。いつ如何なる場所であっても、気づかれることなく入り込むなど造作もない。

 俺達は丸裸にされ、生殺与奪の権利は、知らず掌サイズの紙切れに委ねられた。

『妾の言葉が偽りではないことを証明する』

 見せしめにさらし者となった数学教師を笑う人間はいなかった。

『有史以来、そなた等は妾達を弄び、享楽に耽ってきた。しかし、それも今日で終わりとなる。これより先は、妾達がそなた等を弄ぶ。下賤の者共よ、光栄に思うがいい!』

 事前に脅しを受けていた男子生徒は「渡せないんだ」と呟き、足早にその場を去っていった。


続く……

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