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〇第四回

「わたし、あの……スペードのエースのことが、好きなんです。でも、全然振り向いてくれなくて。あの人、なんだかスペードのジャックと怪しいんです。いつも一緒にいるし、それに、べたべたしてるし。友情とは、ちょっと違う感じで。そんなのっておかしい。不健全だし、非生産的だと思うんです……そんなのって。だからわたし、彼をこっちに振り向かせたいの。それで、あの……わたし、どうしたらいいんでしょうか?」

 未だ恋路の途中にある俺が恋愛絡みの相談を受けるなどおこがましいとも思ったが、一応は真剣に、ダイヤのクイーンの話を聞いた。御倉井さんを主人と仰ぐ者が相手であれば、耳を塞ぐことは出来ない。

「どうして俺のところに?」

「あなたが頼りになる人だからです」

 その瞳に迷いはない。真っ直ぐに俺を見上げ、ダイヤのクイーンは続ける。

「あなたは、ジョーを連れ戻してくれた。あなたがいなかったら、ジョーは今頃、何処か遠くに行ってしまって……きっと、戻って来ることもなかった。今わたし達が全員揃っていられるのは、あなたのおかげです。感謝してます。ありがとう」

 初めはジョーの旅立ちを応援していた俺だ。自然、苦笑いも浮かぶ。

「俺はこいつに裏切り者と呼ばれた。それでも頼りになると言うのか?」

「ジョーに対する裏切りが、わたし達を一つにしたんです。ご主人も喜んでたし……結果オーライです。それに、ジョーもあれは言い過ぎたって、反省してました」

「ふん、余計なこと言っちゃってさ」

 ジョーは唇を尖らせる。

「ねえ、史郎。あんたさ、別に頼りになんかならないのにね。ふん」

「まあ、そうだな……」

 言われるまでもない。そんなことは誰よりも俺が一番よく判っている。

「それで、あの……わたし、どうしたらいいんでしょうか?」

 俺は益のある回答を持たない。俺に出来るのは唯一つ、同じく道半ばにあるダイヤのクイーンにシンパシーを感じ、一緒に思い悩むことだけだった。


 週明けの月曜から、俺は夜毎奇妙な人生相談に振り回される羽目になった。寝不足の日々の始まりだ。

 奴等は決まって日づけが変わる頃にやって来る。

 スペードの3は言った。

 大富豪に於いて、どうして自分達は最弱扱いされなければならないのか。こんなのは理不尽に過ぎる。別に最強になりたいわけではない。ただ、謂れのない最弱を甘んじて受け入れることなど出来ない。自分はそれぞれの3を代表してここに来た。貴君の力をお借りしたい。どうしたらいいのか。

 ダイヤのエースは言った。

 私は華やかなものに憧れているのです。でも、私にはダイヤが一つしかありません。それがとても悲しいのです。ジャックやクイーンやキングになれないことは理解しています。あの方達とは住む世界が違いますから。けど、それ以外にならなれるかもしれません。私はもっとダイヤを増やしたいのです。どうしたらいいでしょうか。

 クラブの8は言った。

 小生は四つ葉になりたい。小生が四つ葉になれたその暁には、全世界に余すことなく幸運を分け与えるであろう。何故なら、小生は末広がりの8。ただでさえ縁起物であるのだから、加えて四つ葉へと転身すれば、もう怖いものなしである。皆の為にも、小生は一刻も早く変わらなければならない。さて、どうしたらよいものか。

 俺は言った。

「どうしたらいいんだ?」

「そんなのさ、おいらに訊かれたって困るよ。おいらはただの仲介役なんだからね」

 ジョーは第三者の立場を決して崩そうとはしない。

「どうして俺のところに来るんだ?」

「あんたにはさ、実績があるからだよ」

 俺が相談事の嵐に巻き込まれた原因として、先のダイヤのクイーンの一件がある。

 恋に悩む同志として共感する以外、特にアドバイスも出来ず、何も解決せず、あれはあれで終わったと、俺はそう思っていた。だが、ダイヤのクイーンは恋路を迷う者が一人ではないことに、多少なりとも救われたらしい。力を、得たのだろう。

 わたしも頑張る、だからあなたも頑張って。

 俺へのエールも込めて、ダイヤのクイーンはスペードのエースに自分の想いを伝えた。今では誰もが羨むカップルとして、素敵な日々を送っているという。

 おめでとう。一夜限りの交流ではあったが、俺は心から祝福した。しかし、それを俺自身の実績とされたことに対しては、戸惑いを隠せない。

 かつて御倉井さんの祖母が人を占う手段として使用していたトランプ。そのトランプの悩みの解決を日替わりで迫られる妙。まったく、理解に苦しむ。

 戸惑いながらも、苦しみながらも、それでも適当な返事はしなかった。連中の真剣さが痛いほど判ったからだ。とても追い返す気にはなれなかった。

「あんたってさ、本当に損な性分してるよね」

「仲介役は黙っていろ」

 そうして一週間も経った頃、事件は起こる。


 ジョーとカーを除く五十二枚……

 連中が反旗を翻したのは、ある晴れた日の昼休みだった。


続く……

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