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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
偶像崇拝
97/315

08

 間違いない。アイツは『悪食トロール』だ……!

 直感がそう告げて……というか、見たまんまだ!!


 ニタリと笑ったその口から、砂利のようなものがパラパラとこぼれて手すりに落ちた。

 大理石の手すりには、大きな口でかじったような跡がある。


 穴に沿ってぐるりとある手すりには、同じような三日月形の歯型があった。

 いや……手すりだけじゃない。壁にも、床にも……天井以外のあらゆるところに噛み跡がある……!


 もしかして、食べるものがない間は部屋をかじってたの!?

 全部アイツの仕業だとしたら、まさしく「悪食」……!


 不気味な笑みに込められているのは、脚があって美味しそうなのを見つけた……みたいな、まるで脂の乗った魚を目の前にしたような反応。

 私は打ち上げられた魚が跳ねるような勢いで転回し、迷うことなく敵前逃亡。


 ……もうあんな痛い思いをするのはイヤだ!

 最下級モンスターを、五人がかりで、しかもやっと倒しただけの自分に、あんなのが手に負えるわけがない。


 ひとまず呪印の向こうに逃げ込んで、アイツがあきらめてどっかに行くまで隠れてよう!

 ドアノブにすがって回してみたが、ガチャガチャいうだけで開かなかった。


 ろ、ロックされてる……!?

 な、なんでっ!? 

 

 顔をあげると目の前には「この先は緊急時の避難所になります。閉じると自動的に施錠されますのでご用の方は呼び鈴を鳴らしてください。」事務的で非情なプレートが下がっていた。

 じ、自動的に施錠って……何ソレ!?


 しばらく押したり引っ張ったりしてみたが、偶然開いたりすることはなかった。

 ど……どーしよーっ!? そっ、そうだ!! 呼び鈴はっ!?


 必死になってあたりを探すと、ドアの側にかつてベルであったような残骸が歯型つきで吊り下げられていた。

 まさか……こんなモノまで食べたっていうの!?


 ベルをこんなふうに噛み砕くなんて、いったいどういうアゴをしてるんだろう。

 バリバリと頭から食べられちゃう自分自身の姿を想像して、私は完全にテンパってしまった。


「だっ、誰かーっ!! 開けて! 開けてくださいっ!! た、助けてぇえーっ!!」


 パニック気味に扉をドンドン叩いて助けを呼ぶ。

 しかし中からは何の反応もなかった。……って、当たり前か! この中にはロサーナさんしかいないんだった!!

 彼女は上の階にいるからこの音が聞こえてるかはわからない。聞こえていたとしても脚が悪いから、ここに来るまでかなりの時間がかかるはず。


 こうなったら……扉を蹴破るかっ!?


 扉を蹴破る……「冒険者になったらやってみたいこと」の上位にランクインする行為。

 モンスターのいるアジトに、囚われの姫の元に、財宝あふれる宝物庫に……蹴破って踊り入るのは冒険者なら誰もが憧れるシチュエーションだ。


「よおしっ! やってやるっ!!」


 いったんは決意して助走をつけてみたが、蹴る寸前で思いとどまり扉に激突して倒れた。

 この扉を壊しちゃったら……モンスターが入り放題になっちゃうじゃないか!! と床を転げながら思った。


 ひとりあたふたする私の側に、嫌な気配が近づいてくる。

 鈍く光る肉切り包丁を、大きく振りかぶる影が横目に入った。


「ひっ!?」


 私は悲鳴とともに転がり、ギロチンのように振りおろされたソレを寸前でかわした。


 鈍そうな外見からは想像もつかないほど速い太刀筋。

 一瞬でも遅れていたら、また首と身体がセパレートになってたかもしれない。


 床にめりこんだ包丁を軽々と引き抜くトロール。仮面のように張り付いた笑顔のままで。


「ひいいいーっ!?!?」


 あまりの戦慄に、我ながら情けない悲鳴をあげる。腰が抜けて立てないので這いつくばって必死に逃げた。

 水の入った長靴をはいて歩いているような、ずしゃ、ずしゃという足音で迫ってくるトロール。


 も、もっと早く這って逃げ……いや! 早く立ち上がらなきゃ!!

 しがみつくように壁に手をかけ、体勢を立て直そうとする。


 立ち上がって走り出そうとしたその瞬間、風を引き裂く音とともに飛んできたフォークが壁に刺さり、動きを封じられた。

 フォークの又の間にちょうど私の首があって、まるで首輪をされたように身動きを封じられてしまった。



「……で、今度はどこのどいつにやられたんだい?」


 鏡ごしに私を見ながら、ロサーナさんが尋ねてきた。


「トロール」


 思い出したくない記憶がよみがえってきて、それだけ答えるので精一杯だった。


 フォークに挟まれて逃げられない状態になった私は悪食トロールにつかまって、勢いよく壁にぶつけられた。

 石壁に何度も何度も激突させられたあと、メンコみたいに床に叩きつけられた。


 骨が折れ、砕け、ぐしゃぐしゃになった。

 ぐにゃぐにゃになった私は、長い舌でアイスクリームのように舐めまわされた。

 ヤスリみたいな舌で、肌を、皮膚を、薄皮をこそぎ落された。

 果汁のように溢れる血をすすられたあと、まるで干し肉のようにかじられ、引き裂かれた。

 まずは腕から、そして次は脚。続けて胴体にかぶりつかれた。

 

 まるで活き作りを味わうかのように、息の根が止まるのを遅らせる食べ方。

 悲鳴は伴奏に、涙は調味料のように、私がふりしぼったものはすべて味わい尽くされた。


 この世に地獄があったとするならば、そこでの責苦はきっとこれに違いない。

 まな板の上の鯉の気持ちがよくわかった気がする。


 最上階の聖堂で再び目覚めた私はしばらくの間……夕暮れまで呆然としていた。

 お風呂に入るのを手伝ってくれとロサーナさんから言われたので、一緒にお風呂に入った。


 そして今、洗面台の鏡の前でお風呂あがりのロサーナさんの髪をすいてあげていた。

 出会ったときは顔色も悪くて死人みたいなボサボサ髪だったけど……こうして結ってあげると、あと百年は生きてそうな元気バーチャンになった。


 それに比べて私は……まるで抜けがらみたいな顔をしてる。

 ブラシをかけなくてもよさそうなほどベリーショートになってしまった自分の髪を鏡で見ながら、ため息をつく。


「……もうあきらめようかな」


「なんだい、急に元気なくしちまって」


「あんなに怖くて痛い思いするくらいなら、ここでじっとしてたほうがマシかなと思って」


「そうかい…………ま、好きにおし」


 ややタメがあったが、特に気にもとめないあっさりした様子でロサーナさんは言った。


 それから食堂に向かうと、晩ゴハンが出てきていた。

 パン、スープ、サラダ、肉料理、食前酒にデザートまでついている。


 お昼ゴハンに比べたらだいぶ豪華だ。

 だけどふたりで半分こして食べたらちょっと足りなかった。


 ロサーナさんは離れたところに飾られている群像を指さす。


「あの彫像が持ってる瓶は陰の塔への伝声管なんだ。おかわり要求しとくれよ」


 水浴びしている天使たちを模した像。手には瓶をもっていて、よく見ると金属のフタがついている。

 あの瓶にむかってしゃべると、陰の塔にいる人に伝わる仕組みになっているらしい。

 

「……もしかして、私たちの会話って、全部筒抜け?」


 ロサーナさんとのやりとりを聞かれてたら、私の脱出計画はすでにバレバレということじゃないか。


「フタがしまってるからバカでっかい声で叫ばなきゃ聞こえてないよ」


 ……そういえばこの食堂でロサーナさんと初めて会ったとき、餓死しそうな彼女を見て私は食べ物のことを叫んだ。

 そしたらゴハンが出てきたってことは……私の声を聞いて出してくれたんだろうか。


 あのくらいの声量だったらフタが閉まってても聞こえるのかもしれない。

 瓶のフタをはずしてから、私は叫んだ。


「あのー、すいませーんっ! ぜんぜん足りないのでおかわりくださーいっ!」


 糸電話みたいに私の声がパイプの中で反響する。耳を当てたりしてみたけど返事はない。


 しばらくすると、さっきの食事の五倍くらいの量が載せられたトレイがせりあがってきた。

 スープはどんぶりに入ってるし、サラダなんか馬がたべるのかと思うほどの量があった。


 おお、すごいすごい。私のひと声でゴハンが出てくるなんて、なんだか本当にお姫様になったような気分になる。


 だけど……いかんせん量が多すぎる。ぜんぜん足りないとか言うんじゃなかった、少し足りないくらいにしとけばよかった。

 なんにしても出されたものを残すのはイヤなので、ロサーナさんと共に頬張った。


 お腹いっぱいになったあとはクリスタルの壁一面に広がる星を眺めながら、お茶を飲んだ。

 藍色のカーテンに、小さな穴がいっぱいあいたみたいな空。黒いローブのクロちゃんが横たわってるみたいな山々のシルエット。


 あの山の向こうには、もしかしたら本物のクロちゃんがいるかもしれない。

 クロちゃん、シロちゃん、ミントちゃん、イヴちゃん……今ごろどうしてるだろうなぁ……寮の食堂でワイワイとゴハンを食べてるんだろうか。


 みんなでゴハンたべて、みんなでお風呂に入って、みんなでおしゃべりして……みんなで冒険する。

 ついこの前まで当たり前だったことが、今はなにひとつない。


 夜空に浮かぶ、みんなの顔。


 元気な笑顔のミントちゃん、やさしい笑顔のシロちゃん、からかうような笑顔のイヴちゃん、無表情だけど笑っているクロちゃん。

 みんなはみんなで、楽しくやってるんだろうか。


 うつむくと、紅茶の水面に自分の顔が映っていた。死んだ魚みたいな目をしてる。

 ぬるくなったソレを顔ごと一気に飲み干した。


 立ち上がって部屋の隅に歩いていき、ほっぽっておいた手作り装備を手にとる。

 おもむろにそれを身につけてみると、なんだか力が湧いてくるような気がした。


「ちょっといってくるね!」


 夜の散歩に出かけるような口調でロサーナさんに挨拶する。


「……ここで大人しくしてるんじゃなかったのかい!?」


 2杯目の紅茶に口をつけたばかりの彼女は目を白黒させていた。


「いやあ、やっぱりじっとしてるのは性に合わないみたい」


 さっきまではもうイヤだと思ってたけど、みんなの顔を思い出してたらまたやる気が出てきた。

 みんなのところに戻れるんだったら一回や二回ゴハンになるのが何だってんだ。

 

「よぉーし、いこうっ!!」


 ドレスの袖をまくりあげて、私はふたたび飛び出していった。

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