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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
偶像崇拝
95/315

06

 目を開けて最初に飛び込んできたのは……ツヴィートークの聖堂の天井にある、見慣れた漆喰画ではなかった。

 しわくちゃの顔が覗き込んでいる。


「ほれ」


 彼女はティーカップに入った水を差しだしてくれた。

 私はかなりうなされていたようで、全身汗びっしょりだった。

 起き上がってカップ受け取り、一気に飲み干す。


「ぷはあっ! はぁ、はぁ、はぁ……こ、ここは……どこっ!?」


 ぶんぶん顔を振って、あたりを見回す。


 目の前にいるお手製の車イスに座るおばあさんは……ロサーナさん。

 その背後には陽光を受けて輝く水晶の壁と、紫水晶のミルヴァ様像。


 ここは……『陽の塔』の聖堂……!?


「ど、どうして、ここに……?」


 死んだらツヴィートークの聖堂に戻るはずなのに、なぜこっちの聖堂にいるんだろう。

 途方にくれる私に、信じられない一言が降ってきた。


「ここが復活場所になっちまったってことさ」


「な、なんで……?」


 死んだときの復活地点を変える方法は知っている。

 復活地点としたい場所の聖堂主様にお願いして、魂の帰る場所となる祈りをともに捧げるのだ。


「紫水晶は心を奪う石だからね。少しでも気を許したヤツの魂をかすめ取っちまうのさ」


「そ、そんな……」


 目を覚ましたあと初めてこのミルヴァ様像を見たとき、その美しさに確かに心を奪われたし、祈りもささげた。

 そのせいで、復活場所が変わっちゃったってこと……?


「あっ!? ってことは……死んでも脱出できないの!?」


「そういうことになるね」


「そっ、そんなぁぁぁーっ!?!?!?」


 それはあまりにもショックな事実で、耐えきれずズベシャッと滑り込むようにその場に倒れ伏してしまった。


 首を切られて、そのうえ食べられちゃって、かなりひどい殺され方をしたけど……それでもツヴィートークに帰れるからってガマンしたのに……メチャクチャ痛かったのに……。


 うつ伏せになったままウォンウォン泣きだす私。いや、泣いてるフリだけだったけど、ひたすら唸った。 


「で、どんなのにやられちまったんだい?」


 悲しみにくれる私におかまいなしに、容赦ない問いかけが飛んでくる。


「う~っ……わかんなぁい。姿を見る前にやられちゃったぁ……。大きい肉切り包丁みたいなのとフォークみたいな三又槍を持ってるのは見えたけどぉ~」


 顔を伏せたまま、いじけるように答える私。


「ああ、たぶんソイツは『悪食トロール』だ。脚が大好物のヤツでね。脚のあるものだったら椅子だって食っちまうヤツさ」


 もう少しイジイジしてようと思ったけど、なんだか興味深い話になったので顔をあげて聞いてみる。


「なんで脚が好きなの?」


「食い過ぎのせいで自分の脚が見えなくなるほど太っちまったんだ。脚を食えば自分にもまた脚が生えてくると思ってんのさ」


「ふぅん……詳しいんだね」


「そりゃ20年も住んでりゃ、詳しくもなるさね」


 自虐気味に肩をすくめるロサーナさん。そんなもんなんだろうか。


「ああ……でもどうすればいいんだろう」


 このクリスタルパレスにいるモンスターは私がいままで出会ったきたどんなモンスターよりも圧倒的に強い。

 なんたって姿を見ることすらできずにやられちゃったんだから。


 あんな強豪がうじゃじゃいるとしたら、殺されるたびにここに戻ってくるのはすごく困る。

 「振り出しに戻る」だらけのスゴロクをやらされているようなものだ。


「さらった奴らはこれも計算済だったかもしれないねぇ」


「そう、なのかな……やっぱり」


 しょんぼりする私を見かねたのか「しょうがないねぇ」とため息をつくロサーナさん。


「……死んでもここに戻りたくないなら、方法はないこともないね」


「えっ!? なになにっ!? どうすればいいのっ!?」


 不意に出された助け舟に、ワラをもつかむ思いの私は溺れる者のようにすぐさましがみついた。

 ちょっと意地悪なカンジのおばあさんだけど、知恵だけは確かだ。きっと有益なアドバイスがもらえるに違いない。


 マジメな表情の老婆は「それはね……」とためをつくる。

 つられて私も真剣な表情になり「うん」と頷く。


「それはあの世に行くことさね。……ひゃーっひゃっひゃっひゃっ!」


 私は再び地面に転がった。本格的にスネることにした。



 ……愚かな冒険者ほど、死は突然やってくる。


 なんて言葉がある。

 聡明な冒険者は罠やモンスターの待ち伏せを察知できるように行動し、不意打ちを受ける確率を減らす。


 ああ……迂闊だった。

 はやる気持ちに負けて扉をロクに調べずに開けてしまった。


 この前の冒険で遺跡に行ったとき、さんざん罠に引っかかりまくったというのにその教訓が全然活かされてないじゃないか。

 バカ、バカ、バカバカ。リリーのバカ。


 それとも私みたいな忘れんぼのオッチョコチョイはじっとしてたほうがいいんだろうか。

 ここには大きなお風呂にふかふかのベッドもあるし、ゴハンも自動的に出てくるから生きていく分には不自由ない。


 それなら助けが来るまでここで暮らして……って、助け……来るのかなぁ?


 ふと水晶壁のほうを見てみる。スケスケになっているそれは、遮るもののない周囲の景色を映し出している。

 雲ひとつない青空と、遠くに見える山々。


 寝たままナメクジのようにズルズルと壁際まで這っていく。よく見ると、壁にはブロック大の穴がぽつぽつと空いていた

 この穴から外に出れないかと一瞬考えたが、まるでサイズが小さくてがんばっても頭くらいしか通らないことに気づく。


 というか、壁際に来てはじめて私のいる場所が足のすくむような高さであることに気付いた。

 遥か下方には霞みがかった森が広がっており、湖やら集落のようなものも見える。まるで断崖絶壁の山の頂上からの眺めみたいだ。


 ……ココ、どこ?

 バスティド島ではあるんだろうけど、高すぎて全然わからない。


 水色の絵の具を水で薄めたような空には、気持ちよさそうに鳥が飛んでいる。

 ああ……あんなふうに飛べたら楽なのになぁ。鳥サイズなら壁の穴からもカンタンに出られそうだし。


 少し離れたところではロサーナさんが壁の穴から入ってきた鳥に対してパンくずをあげていた。


 ……そうだっ!!

 その姿を見て、ひらめいた。


 聖堂を飛び出した私はその足で書斎まで駆けていき、重厚なカンジの木の机をあさった。

 引き出しの中から羊皮紙の紙束を取り出して、椅子に跳ね乗る。


 大きくゆったりした椅子に身体が沈みそうになったので、あわてて浅く腰かける。

 机の上にある怪鳥の羽根みたいなペンを取り、ペン先をインク壺のなかにジャボンと沈める。


 咳払いをひとつし、紙上にペンを走らせた。



 『クリスタルパレスのいちばん上につかまってます。

  だれか助けにきて。』


 

 こんなカンジかな。

 でも……もうちょっと頭が良さそうというか、これを拾った人がすぐさま助けに来たくなるような文章ってないだろうか。

 私はさらにペンを動かした。



 『私は大金もちです。

  クリスタルパレスのいちばん上につかまってます。

  だれか助けにきて。

  助けてくれた人には、いっぱいお礼をあげます。』



 こんなもんかな。

 さっきよりは助けたくなる文面だと思うけど、問題は内容がウソであることかな。

 ……ええい、どうせ私自身が人違いでさらわれてきたんだからもっとそれっぽくしよう。

 新たに取りだした紙に、ガリガリとインクを刻む。



 『わたしはお姫さまです。お姫さまなのでもちろん大金持ちです。

  金色にかがやくツインテールが似合っていて、とってもかわいいです。

  だけど怒りっぽいところがあるので、これからは怒るのをひかえます。

  特に身体をさわると怒るけど、これからは怒りません。

  あとは頼まれたら宿題も見せてあげます。

  なので助けてください。クリスタルパレスにつかまっています。』



 うん、だいぶ囚われのお姫様っぽくなったかな。

 ……っていうか、これイヴちゃんだよね。


 お姫様というキーワードから思いつくさま書いたらこんなになってしまった。

 イヴちゃんがお姫様だってのは内緒のことだけど、名前書いてないから大丈夫だよね。

 それよりも問題は内容が大ウソだってことだ。

 この手紙を見て助けに来てくれた人が私を見たら、ヒザから崩れ落ちるかもしれない。


 でも……ま、いっか! 

 同じ文面の手紙を量産したあとそれらをこよりのように小さくまとめてから、私は書斎から飛び出した。


 エサやりおばあさんのところに戻る。

 鳥たちは常連なのかだいぶ慣れていて、ロサーナさんの手の上に乗ってパンくずをついばんでいた。


 その細長い鳥脚にそっと手を伸ばし、先ほど作ったこよりを結び付ける。

 手紙をつけられた鳥はびっくりして飛び去っていった。


「おやおや、今度はなんなんだい?」


「助けを呼ぶ手紙を書いてみたんだ」


 ふむ、と鼻を鳴らしたロサーナさんは、


「この鳥たちは『ナツワタリ』っていってね。夏になると遠方に渡る性質があるんだ」


 またもや新たな知識を披露してくれた。

 打てば響くように返ってくるその様はまるでクロちゃんみたいだ。……性格はだいぶ違うけど。


「だけど寒くなるこの季節だと遠くには行かずに近くのナワバリを飛び回るだけだから、手紙なんて届きゃしないよ。来年の夏まで待つなら別だがね」


 そうなのか。でもこれについては私は悲観することはなかった。

 元々けっこう運任せの案なので、そんなに効果を期待してるわけじゃなかったから。


 思いついたものを手当たりしだいにやってみる作戦。

 どうせヒマはたっぷりあるんだ。どれかひとつでも当たるまでやってやる。


「まぁ、オッチョコチョイのナツワタリがいるかもしれないから……」


 私がそう取り繕うと、


「リリーみたいなのがいるかもしれないねぇ」


 ロサーナさんはからかうように言って、また愉快そうに笑った。

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