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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
偶像崇拝
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04 イヴ

 学長室をそそくさと出たアタシは、背後で扉が閉まる音を聞いた瞬間に駈け出した。

 早くアイツの居場所を突き止めないと。


 渡り廊下を走っていると、窓から見える校庭に大勢の人が整列していた。

 掲げられた横断幕に『リリーム・ルベルム捜索本部』と書かれていて、つい足を止めてしまった。


 朝礼台にはティアが立っていて、拡声筒を片手になにやら怒鳴っている。

 アイツは村の長もやってるから、集められているのは村人たちだろう。


 権力と金の力にモノをいわせて人海戦術でリリーを探そうとしているようだ。

 実に卑怯で下劣なやり方だ。実にアイツらしい。


 あんなヤツに先を越されるわけにはいかない。

 こうなったら、仲間に協力してもらうべきか。


 しかしここに入学するときに母上と約束した「身分に頼らず、自分ひとりの力で武勲をたてる」に反することになるかもしれない。

 そのうえアタシが王女だということがバレてしまう可能性だってある。


「泥を這い、草の根を分けてでもリリーさんを見つけだしますわよぉーっ!!!」


 まわりの迷惑を考えないティアのわめき声が、アタシの鼓膜を揺らす。

 村人たちは「おおーっ!!!」と拳を突き上げて答えると、揃って校庭から出て行った。


 ……ええい、迷ってるヒマはない。

 アタシは遅れをとってなるものかと再び走り出した。


 疾走して寮に戻ると、入口でばったりミントとシロと出会った。リリーを探しに出かけようとしていたのでそれを遮った。


「リリーが誘拐されたわ」


「ええっ、誘拐っ!?」


 大きな目をことさら見開き、両手で口を押さえて息をのむシロ。

 この子はいつもナチュラルな反応をする。


「ねーねー、ゆうかいってなーにー?」


 対照的なほどノンキなミントは、シロのローブの裾を引っ張っていた。


「はい。つかまって、どこかに連れていかれてしまうことです」


「ふ~ん、リリーちゃん、つかまっちゃったの?」


 意味がわかっても調子は変わらない。いや、ただ単に事態の深刻さがよく理解できてないだけなのかもしれない。


「そう。だからアタシたちで取り戻して、引きずって帰りましょ」


「は……はいっ。リリーさんはご無事なのですか?」


「さあね。アイツのことだから元気でしょ、まったく世話が焼けるんだから」


 大げさにため息をついてみせる。

 本当は心配でたまらないのに、興味ないフリをする。


「お元気だとよいですね……。リリーさんはどちらにおられるんでしょうか?」


 まるで自分が不幸にあったような、心を痛めた困り顔。アタシもこの子くらい素直に感情表現できたらいいのに。


「わかんないわ。だからまずアイツの部屋をあさって、手がかりを探すのよ」


「はい、かしこまりました。でも……勝手に入ってしまってもよろしいのでしょうか?」


「誘拐となれば話は別よ。事態は一刻を争うわ、今すぐ行きましょう」


 アタシはふたりの仲間を連れだって、寮の4階にあるリリーの部屋へと向かった。


 玄関扉には鍵がかかってなかった。というか、扉も窓も開けっぱなしだった。

 アイツはいつもそう。寒くならない限りは閉めようともしない。


 以前、廊下から部屋の中が丸見えだから閉めなさいと注意したことがあったが「見られても平気だよ~」とか言ってた。

 まったく、見てるこっちが嫌だっての。


 普段は見たいとも思わなかったけど、家主がいないとなるとまた意味合いも違ってくる。

 その気になればリリーのプライバシーに関わるモノとかも見れるかもしれない。


 アタシはやや緊張しながら……玄関に足を踏み入れた。


 部屋の中は雑然としている。

 奥にあるベッドには起きた直後みたいにめくれた布団が放置してあり、床には読みかけの本やら落書き途中の紙切れやらが転がっていた。

 まわりの壁にはいろんなところの地図やら、いままで受けた依頼書がベタベタと貼ってある。


 正面の壁の目立つところには壁掛けのカレンダーがあって、その隣には5枚の手配書が貼られていた。この前の冒険でアタシたちが指名手配されたときのやつだ。

 手配書が発行されるなんてめったにないことだから記念に……とかいいながら貰っていたようだ。


 アイツは思い出になるからとか言って何でもかんでも持ってくる。まるで犬みたいに。


 奥まで踏み込もうとしたらシロから「あっ、あのっ、すみませんっ」と呼びとめられた。何かと思ったら足元を見ている。

 それでリリーの部屋は靴を脱いであがるタイプなんだと思い出し、玄関にもどってブーツを脱ぎ捨てた。


 改めて部屋の真ん中にわずかにある何も置かれていないスペースに立ち、あたりを見回す。

 この中で手がかりがありそうなのは……やはり机か。


 リップクリーム作りを新しい趣味にしたようで、机上には薬品の瓶やらアルコールランプやらが置かれている。

 それを押しのける形で、宿題のノートが広げてあった。


 でかでかと「パーティメンバーの紹介 M-1 リリーム・ルベルム」と書かれたページが目に入る。

 アタシが今朝やってた宿題と同じやつだ。


 パーティメンバーについて分析する宿題……リリーはどんなことを書いたんだろう。

 自然と手が伸びていた。アタシに対しての評価が気になって、心臓が高鳴る。


 ふと視線を感じて隣を見ると、アタシの顔をじーっと見つめるミントとシロがいた。


「べっ、別にリリーの宿題なんてどーでもいいわよ。だけどいまは些細なものでも手がかりにしなきゃいけないから、仕方なく見るだけなんだからね!」


 フンと鼻を鳴らして、ことさら興味なさそうに振る舞う。


 ああ、もうっ。見たいなら見たいってハッキリ言えばすむことになのに。

 どうしてアタシはこうなんだろうか。


 半ばヤケ気味に表紙に手をかけ、勢いよくめくった。

 宿題の本文が目に飛び込んでくる。思わず生唾を飲み込んでいた。



 私には4人の仲間がいる。まずはイヴちゃん。

 イヴちゃんはウヒャア



 ……文章はそこで終わっていた。さらにページをめくってみるが、あとは全部白紙だった。


「なによっ!? 一体なにがウヒャアだってのよっ!?!?」


 反射的に机をバンと叩いてしまっていた。

 こんなに短いのに、続きが気になる文章に出会ったのは生まれて初めてだ。


「それにアイツ、挫折するの早すぎじゃないのっ!? たった2行しか書いてないじゃない!!」


 同じ部屋にいるふたりが引いた反応をしていたので、自分がかなり怒鳴り散らしていたことに気づく。

 咳払いをしてごまかしていると、


「リリー捜索に出発する」


 入口のほうから声がした。


 見ると、いつからいたのかクロが立っていた。


 いつもの真っ黒なローブは相変わらずだが、ひどく汚れている。

 まるで山のなかを転げ待ったみたいに葉っぱやらツタやらクモの巣やら泥やらが付着している。


 しかもフードごしの額からは、血がダラダラと垂れていた。

 まつ毛にまでかかっていたがそれを拭うこともせず、


「リリー捜索に出発する」


 同じことを繰り返し発声しているのでかなり不気味だ。


「落ち着きなさい。まずは事情を説明して。いったいどこで何をやってきたのよ?」


「マシバイの実をめぐって、野鳥と争いになった」


 シロの回復魔法を受けホワホワ光りながら、端的すぎる説明をはじめるクロ。

 リリーの部屋のカレンダーで木の実探しに出かけていることを知り、もしかしたら山の中で遭難しているのではないかと見当をつけ、あたりの山を探していたらしい。


 アタシはその話を聞きながら、チラリと横目で壁のカレンダーを見た。先週末のところに「木の実ほきゅー」と書かれていた。

 アイツは木の実が好きで、欠かさないよう定期的に山に採取に行っているようだ。……それにしても「補給」くらいマトモに書けないのかしら。


 クロの捜索はラカノンの先にある山まで及び、そこでリリーが好きだというマシバイの実がなる木を見つけたそうだ。

 木から少し離れたところからマシバイの実が点々と落ちていたらしく、それを追っていたが野鳥が実を食べようとしていたので阻止しようとしたら攻撃されたらしい。


 結局……実は途中で途切れていたそうだ。


「リリー捜索に出発する」


 クロはローブについたゴミを取ってもらいながら、頑なに主張を続けている。


 普段は必要最低限のことしかしゃべらず、何を考えてるかわからないほど冷静。

 だがいまのクロは同じフレーズが刻まれたレコードを乗せた蓄音器のようだった。


 意図としては、アタシたちにも一緒に来いと言っているのだろう。しかし拒否したところでひとりでリリーを探しに出かけるだろう。

 山の中に落ちてる実を見つけて手がかりにするなんて、並大抵の執念じゃない。このままほっといたら行方不明者がひとり増えるくらいのムチャはしそうだ。


「……わかったわ、クロ。いますぐそこに案内して!」


 アタシがそう答えると、闇のようなフードがゆっくりと大きく縦に動いた。

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