03
おばあさんはロサーナさんと名乗った。
ロサーナさんからの話を要約するとこうだ。
ここは大昔に作られた高名な貴族の別荘で、名前は「クリスタルパレス」。
高い塔の形状をしており、今いる場所は最上階。
戦争時代を経て打ち捨てられ、いまは廃墟となっている。
ロサーナさんは20年前にここにやってきて、住んでいるそうだ。
しかし非常食が尽きて死にそうだったところに私がやってきた……というわけらしい。
「で、アンタは何者? そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかい?」
改めて問われてハッとなった。
自分の疑問を優先するあまり質問攻めしていたことに気づく。
「えっと……私はリリー、リリーム・ルベルムっていいます」
自分はツヴィ女の学生であること、木の実を取ってたら仮面をした怪しい奴らに襲われて、気づいたらここにいたことを話した。
姫と間違われてる可能性ついては特に言わなかった。私が勝手にそう思い込んでるだけだったら恥ずかしいから。
「なるほど、そりゃ災難だ」
さしたる同情もないような感想が返ってくる。
「ここは安全だけど、下の階にはモンスターがうじゃうじゃいるんだ。逃げ出すのはまず無理だね」
「モンスター!? ……じゃあ、私はどうやってここに?」
「アレかもしれないね」
ロサーナさんは食べカスのついた指を立てた。指先を目で追うと、天井には吹き抜けの穴が開いていて青空が見えた。
フチのところには昇降機の残骸のようなものがくっついている。
「あそこは非常口さ、昔は昇降機で行き来できたみたいだけど今はあの有様だから登るのは無理さね。だけど上からロープなり魔法なり使えば人間を中に放りこむことはできる。……あたしゃその現場を見たわけじゃないから何とも言えないけどね」
喋ってるうちに何か思いついたのか、アゴに手を当てて考える仕草をするロサーナさん。
「そう考えると、ここは人手をかけずに誰かを監禁しておくにゃ、いい場所かもしれないね」
「……どうして?」
「まだ魔法設備が生きてるから暮らしていくには不自由しないし、食べ物は陰の塔から運べるんだ」
「陰の塔?」
「このクリスタルパレスは円柱みたいな形をしてるんだけど、そのうちの半分がここ『陽の塔』で、残りの半分は『陰の塔』というんだ」
陽の塔は貴族の居住区で、贅を尽くした作りになっているらしい。
陰の塔は貴族たちの世話をする奴隷たちの居住区で、奴隷たちは貴族たちに姿を見せることなく世話ができるような仕組みになっているそうだ。
「貴族にとっちゃ、奴隷なんざ目障りでしかないからね」
「ふぅん……」
目障りというのがよくわからなかった。
私が貴族だったら賑やかなほうがいいから、奴隷の人たちとも一緒に暮らすのに。
「たとえばホラ、食事だって奴隷の姿を見ることなく受け取ることができる」
自分が食べ散らかしたトレイを指さすロサーナさん。さっきテーブルの下からせりあがってきたやつだ。
じゃあこれはロサーナさんの言う魔法設備によって隣の『陰の塔』からここに運ばれてきたということか。
魔法設備は以前、夏休みにやった冒険で初めて知った。
火で沸かしてもないのにお湯が出たり、お日様がなくても洗い物が乾いたりする凄いモノだ。
しかもそれだけじゃなくてゴハンまで作ってくれるらしい。
なんていう便利なものなんだろう。ツヴィ女の寮にも普及してくれたらいいのに。
「さらった奴らはこうやって、陰の塔から遠隔でアンタの世話と監視をするつもりなんだろうよ」
「でも、なんでそんなことを?」
「まずひとつは少ない人数で賄えるからだろうね。ここだとモンスターがいるから見張りに人手をさく必要はないし、魔法設備が整ってるから最低ひとりいれば幽閉できる。そしてもうひとつは顔を見られずに世話ができるメリットがある」
一拍おいて口角を少し歪めたあと、
「アンタをさらった奴らは仮面をかぶってたんだろ? よっぽど顔を見られたくないんじゃないかい? ……さらった奴らの正体はアンタがよく知る人間かもしれないね」
「なるほど……」
わからないコトだらけのモヤモヤが、少し晴れた気がした。
同時に出会ったばかりのおばあさんに対して深く感心する。
ロサーナさんは私の少しの情報だけで、誘拐犯の狙いや人物像を予想してみせた。
当たってるかはわからないけど、かなり核心を突いている気がする。
……かなり頭の切れる人なのかもしれない。
話し終えた彼女は手についた食べ汚れを舐めてキレイにしていた。
拭くものはあるのに使わないのは、その僅かなものでも無駄にしたくないんだろう。
よく見ると、指先から血が出ていた。
「あ……ロサーナさん、ケガしてる」
「ん? ああ、夢中で手づかみして食べたからね。どっかで切ったんだろうよ」
「わ、私に任せて!」
最近の私はケガした人を見ると黙ってられなくなっていた。
なぜなら、覚えたばかりの回復魔法が使いたいから。
……新しく覚えた技術とかって人前で使いたくなるよね。
私はロサーナさんの骨ばった手を両手で包み込んで、目を閉じた。
シロちゃんから教わった回復魔法を使うときのアドバイスを思い出す。
「お元気にされていた頃のお姿を想像して、そうなっていただきたいとお祈りしながら呪文を詠唱しております」
彼女のやさしい声が頭の中で響く。
この場合、ロサーナさんの元気にしていた頃の姿ってことになるけど……会ったばかりなので正直よくわからない。
強いて挙げるならさっきゴハンを食べていたときの姿だ。
がっつく彼女を瞼の裏に描きながら、回復呪文を口にする。
「……いたいの……いたいの……」
しわの刻み込まれた手を、唱えるのにあわせてさする。
詠唱が終わると同時にカッと目を見開き、
「とんでけーっ!」
両手をバッと上にあげてフィニッシュをキメる。
キョトンとしているロサーナさんの指先がホタルのお尻のように光った。
最初はハトが豆鉄砲をくらったような顔をしていたが、患部が光に包まれたことで期待に満ちた瞳に変わる。
しかし、いつまで経っても指先に血が滲んだままだったので、すぐに冷めた表情に戻った。
「……ぜんぜん治らないじゃないか」
「うん。痛みを一時的に飛ばす呪文だから」
「いたいのいたいのとんでいけ」は回復呪文の初歩中の初歩。
病気やケガを治すことはできないが、痛みを一時的になくすことができるのだ。
「そう言われてみれば、痛みはなくなったね」
ロサーナさんの期待していたものとは違っていたみたいだけど、ちゃんと効いてるとわかるその一言はまさに私の求めていたものだった。
「でしょ、でしょっ?」
嬉しさのあまり前のめりになったが、
「あいたっ!?」
不意に顔にカミソリがかすめたような痛みが襲い、思わず歯痛のように頬を押さえてしまった。
「今度はなんなんだい?」
「と……飛ばした痛みがほっぺに当たっちゃった」
この呪文は痛みを消すわけではなくて、痛みを別の場所に移動させる呪文。
飛ばした先に誰かいればその人に痛みが行ってしまう。
だからこの呪文を使うときは周囲に誰もいないところでやる必要がある。
私が前のめりになったせいで、飛ばした痛みが自分に当たってしまったのだ。
「なんだいそりゃ」
ロサーナさんは呆れたように言ったあと、傍らに立てかけていた杖を手に取った。
その杖を床に突き立てて、まるでボートの上にいるみたいに漕ぎ出した。
よく見たら彼女の座る椅子の脚にはキャスターが付いていた。
優雅な猫脚の底面にくっつく小さな車輪は不釣り合いで、後から付け加えたようなアンバランスさがあふれていた。
「もしかして、脚が悪いの?」
「……ああ、ちょっとね」
私はぎこちなく遠ざかっていく背もたれに追いつき、手をかけた。
「押してあげる。どこに行けばいい?」
「ああ、そうかい? それじゃ隣の部屋にたのむよ。薬箱があるんだ」
ロサーナさんが座る簡易車椅子を押して、隣の部屋に向かった。
隣室は娯楽室になっていて、チェス台とかポーカーテーブルとか蓄音機とかが並んでいた。
例によって壁はクリスタルで、一面の景色を楽しみながらチェスとかポーカーが楽しめるカンジの部屋だった。
刺繍台がぐるりと輪になって並べられている婦人コーナーみたいな一角があって、救急箱はそこにあった。
いつのものかわからない軟膏と包帯をつかってキズの手当をしてあげた。
包帯の巻かれた指を先を、彼女独特のあきらめにも似た目つきで眺めまわしたあと、
「ありがとうよ。アンタのおかげで生きながらえたようだし、さぁて、日向ぼっこでもしようかねぇ。アンタ……いや、リリーはこれからどうするんだい?」
急に問われてハッとなった。
ロサーナさんが飄々としてるからつい忘れちゃってたけど、私は囚われの身だったんだ。
「私? 私はもちろん……」
そうなると、答えはひとつしかない。
「ここから脱出する!!」
胸をドンと叩いて宣言した。




