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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
偶像崇拝
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02 リリー

 ぬるめのお風呂に浮かんでいるような心地よい感覚とともに、私の意識が戻ってきた。

 晴れた休日の目覚めのような、もうちょっと寝てたいような、すぐに起き出したいような、そんな感覚に包まれる。


 瞼の裏が明るくて、なんだかまぶしい……。


 うぅ~ん、どうしようか、そろそろ起きたほうがいいかな……それともこのまま二度寝するのもいいかも……などと考えつつウトウトしていたが、それどころではないことを思い出してがばっと上体を起こした。


 こ……ここは、どこっ!?


 視界に飛び込んできたのは、お城の中かと思うほど広くて豪華な空間。

 特に目をひいたのは部屋の壁が水晶っぽくなってて透明で、外が透けて見えることだった。


 壁一面がそうなってるせいで部屋の中はすごく明るくて見晴らしがいい。まるで山の上にいるみたいに。

 まわりに遮るものが見当たらないから、この部屋はかなり高い位置にあるのかもしれない。


 こういうの、なんていうんだっけ……たしか、ティアちゃん家のお風呂場もこんなカンジだったよね。壁がガラス張りで、そこから村一面が見渡せて……たしかサンルーム? とか言ってた気がする。


 クリスタルの壁のまわりには高そうな調度品が並んでいる。テーブル一式とワゴンに乗ったティーセットみたいなのがあるから、たぶん景色を見ながらお茶を飲むところなのかな。


 見回した拍子の衣擦れの音がいつもと違ったので服を見てみたらまたびっくり。

 いつもの勇者ルックではなく、お姫様が着るような豪奢でヒラヒラな薄ピンクのドレスに変わっていた。


 あ、あれ? なんで服が……? 誰かに着替えさせれたのかな?

 まるで最初からなかったかのように剣と盾も見当たらない。


 目が覚めた途端にわけのわからないことの連続。何がなんだか全然だ。

 この部屋といい、ドレスといい、いったいどういうことなんだろう……?


 こんなキラキラした部屋でラメラメしたのを身に着けるなんて夏休みの豪華客船以来のことだからなんだか落ち着かなくて……考えがまとまらない。


 いやいや、落ち着け落ち着け。

 ひとまず、いままでのことを整理してみよう。



 ……ムイラ族の秘宝を取り戻した英雄として、族長さんがツヴィ女に感謝の意を寄せてくれた。

 それが功績として認められて、新しい呪文の習得を許されたんだ。


 いままで私が使える呪文といえばママから教えてもらった『勇者の呪文』と、授業で習った『静電気の呪文』ふたつだけだった。

 そこになんと……回復呪文を教えてもらったのだ! シロちゃんが得意とするあの回復呪文!


 といっても僧侶科の生徒が一番最初に習う基礎中の基礎のやつなんだけど……でも私にとっては大躍進といっていいパワーアップだ。


 回復呪文を使えるようになって気が大きくなった私は、毎週やってる木の実採取でいつもより遠くに足を伸ばしてみることにした。


 で、ラカノンの村のちょっと先にある山の中を歩いてたらマシバイの木を見つけたんだよね。

 喜んで実を取ってたら夢中になっちゃって、人が近くに来てたのにも気づかなかった。


 白い仮面みたいなのをつけた人たちに囲まれて「姫、我々と一緒に来てもらいましょうか」なんて言われたんだ。

 意味がわからなくて「へ? 姫?」なんて間抜けな返しをしていたらなぜだか急に眠くなった。

 殴られたわけでも、なにか嗅がされたわけでもないのに急に意識がモウロウとしてきて……あれは多分だけど、眠りの呪文をかけられたんだと思う。


 授業中の睡魔にもほとんど勝ったことがない私だけど、ここはがんばって抵抗した。

 だけどどうしようもなくフラフラになって、その隙に布の袋みたいなのを被せられ、担がれた。


 なんかどこかに運ばれてるなぁ……なんて考えているうちに、意識は完全に途絶えてしまった。



 ……それで、いま目を覚ましたというわけだ。


 私をさらった人たちは「姫」と呼んでいた。

 ってことは……私ってもしかして、お姫様だったの!?


 それならこの格好も納得がいく!

 実は私は王家の血をひく人間だったなんて!!


 ……って、そんなわけないか。 

 私はママの子だ。ママの血以外が流れてるなんて、ありえない。


 さて、誤解をとく間もなくこんな所に連れてこられちゃったけど、話せばわかってくれるよね。

 起き上がって、誰かいないか探してみることにした。


 立ってすぐに壁に掛けられていた鏡が目に入る。

 私によく似た誰かが映っていて、一瞬どちら様かと思ってしまったが自分自身だと気づいて「うおっ!?」っとなってしまう。


 鏡面に映っていたのは、編んだおさげ髪がまるごとなくなっているショートカットの私だった。


 首筋がやけにスースーするなぁなんて思ってたけど……そういうことだったのか……寝てる間に切られちゃったんだ……。

 それはちょっとショックが大きくて、行動開始したばかりなのに再びガックリと膝をついてしまった。


 うう~っ、ひどいひどい。髪といえば女の子の命なのに~っ。

 ……そりゃイヴちゃんやシロちゃんの髪みたいにツヤツヤじゃないし、クロちゃんやミントちゃんの髪みたいにフワフワじゃないけど……赤いクセっ毛でまとめてないとすぐボサボサになっちゃうけど……それでも命の次…………いやもっと下か、えーっと……図書館で借りた本の次くらいに大事にしてたのに~っ。


 ひとしきりいじけたあと再び起立して鏡を見る。相変わらず、サッパリした髪型の女の子がそこにいた。

 短いとくせっ毛がやけに目立つ。なんというか、その……揚げ麺みたいだ。


 ただ不幸中の幸いだったのは、勇者のティアラだけは相変わらず私の頭に載っていることだった。

 ママからもらった勇者の証を見つめているうちに、衝撃の連続で忘れかけていた本分を思い出す。


 やる気がコップに勢いよく注いだコーラの泡のように、勢いよく溢れてくるのを感じる。


 そうだ……私は「勇者」なんだ! お姫様なんかじゃ断じてないっ!!

 人をこんな所に連れてきて、こんなカッコさせて、どういうつもりかしらないけど文句のひとつも言ってやらなきゃ!


 生地が段々になっている長いドレスの裾を引きずりながら、私は部屋の隅にあるドアまで歩いていく。

 ノブをひねってみたが、鍵はかかってなかった。イヴちゃんがよくするみたいにバンと勢いよく扉を開いた。


 その先は、さらにまばゆく輝いていた。

 目覚めた部屋と同じ水晶の壁をバックに、紫水晶でできた像が置かれている。


 よく見るとその像はミルヴァ様の像だった。

 像のまわりには燭台や説教台があって、さらにそれを囲むように長椅子が置かれている。


 ツヴィートークの大聖堂に置かれているのと同じような装飾品が目につく。

 ひょっとしてここは……聖堂?


 大聖堂にあるミルヴァ様の像は真っ白い大理石で出来ててとってもキレイだけど、薄紫のクリスタルで出来たミルヴァ様も神秘的なカンジでステキだ。

 いまの私は神にもすがる思いだったのでつい拝んでしまう。


 他に目ぼしいモノもなかったので、さらに奥に続く扉に向かう。


 次の部屋にあったのは大きなカウンターテーブルといくつものダイニングチェア。

 ここは……食堂かな?


 あたり一面になにかの包み紙みたいなのが足の踏み場もないほど散乱していて、豪華な部屋だというのになんだか妙な親近感を覚える。

 カサカサと紙を踏み鳴らしながら中に入ると、テーブルに突っ伏す人影が見えた。


 誰かいる……!?

 とっさに身構えたが、私と同じようなドレスに身を包んだ人影はピクリとも動かなかった。

 

 こっそりと近づいてチョイチョイと突いてみると、小さなうめき声がした。

 モ……モンスターとかじゃ……ないよね?


 思い切って肩を掴んで起こしてみる。

 カサカサのシワがれた顔が現れて、一瞬ミイラかなにかかと思って悲鳴をあげそうになったがよく見たらおばあさんだった。


 まるで捨てられた人形のような生気のなさで、力なく天井を仰いでいる。

 白目をむくその顔に、おそるおそる問いかけてみた。


「あ、あの……生きてます?」


 我ながらおかしな質問だ。


「う……あ……あ……ハ……ハラ……が……」


 おばあさんは悪夢にうなされるような声をあげた。


「えっ、ハラ? お腹が空いてるの? 食べるものがあればいいのね!? ちょっと待ってて、探してくる……!」


 しかし次の瞬間、まるで私の言葉に反応したかのように食卓の中央が開き、料理の乗ったトレイがせりあがってきた。


「え……?」


 あっけにとられてしまった。食べるもの探さなきゃと思ったらパンにスープ、じゃがいもにポークチョップがメインディッシュでしかもできたてみたいな湯気をたててるのが現れたんだから。


 簡素な料理ではあるが、絶妙なタイミング。でも……あまりにも不自然すぎる。

 これ、毒とか入ってないよね……?


 ……えぇい、迷ってるヒマはない。

 私がこのおばあさんで、お腹がペコペコだったら例え毒入りでも食べずに死ぬより、食べて死にたいと思うはず。


 私はトレイに乗せられた銀のスプーンを取って、スープをすくってひとくち飲んでみた。

 味は普通。毒が入ってるカンジもなさそうだけど、これで一蓮托生だ。


 もう一度すくって今度はおばあさんの口元に持っていく。

 ニオイでわかったのか、彼女は最後の力を振り絞ってそれをすすった。


「ああ……うま……」

 

 このまま死んじゃうんじゃないかと思うほど安らかな一言が漏れた。

 やっぱりお腹が空いてたんだ。


 少し食べさせてあげると元気が湧いてきたのか、今度は自分からがっつきはじめた。

 年寄りとは思えない猛然とした食べっぷり。まさに餓死寸前だったんだろう。


 ふと皿の下に、二つ折りの羊皮紙が見えた。

 手に取ってみると、それは手紙だった。

 


 姫、ご気分はいかがですか?

 我々にはこの程度のおもてなししかできませんがご辛抱のほどを。


 ここには姫が暮らすためには困らない設備が整っています。

 お腹が空いたらお声がけいただければ、すぐに食べるものを用意します。


 ですので数日の間、ここで大人しくしていただきたい。

 そうすれば、また元の暮らしに戻ることができるでしょう。


 変な気を起こさず……くれぐれもこの階から下には行かぬようにお願いします。

 背いた場合、身の安全は保障いたしません。


 それでは……どうかおくつろぎを。



 この手紙……たぶん、私に宛てられたものだ。姫じゃないけど。

 文面からするに、私は幽閉されてるってことになる。


 数日の間、ここで大人しく……ってことは、そのあいだに私の身柄を使って誰かと取引するつもりなんだろう。

 私は姫じゃないから、おそらくソレは成立しないと思うけど。


 あと、このおばあさんは何者なんだろう? 姫の世話役という感じではなさそうだし……私と同じくさらわれてきたんだろうか?


「ああ、生き返ったよ……どうもね」


 食べ終えたおばあさんはひと心地ついた様子だった。

 顔色も良くなっており、ミイラ度もだいぶ下がってる。


「ところで……アンタは何者? ここに人が来るなんて20年ぶりのことだよ」


 彼女は続けざまに、とんでもないことを言った。

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