32 エピローグ
……来たっ!!
迷いを一切感じさせない疾走で、二刀の勇者はどんどん距離を詰めてくる。
いつでも背中の剣を抜けるよう、前傾体勢での走り込み。
もしかして……間合いに入ったら居合いのような抜刀をし、その流れのまま上段斬りをしてくるつもりだろうか。
勢い負けしないようにしなきゃ。
私はさらに腰を低く落として、つばぜりあいの準備をする。
「くらぇえええええええええええええーっ!!!」
しかしユリーちゃんは直前で跳躍した。ジャンプ斬りかっ!?
次の瞬間、激しい衝撃とともに視界が真っ暗になる。
わけがわからないまま私は吹っ飛ばされて、意識は急速に遠のいていった。
「ふぁ……?」
意識が戻って最初に見たのは、心配そうに覗き込むシロちゃんの顔だった。
「よかった、気づかれたんですね」
不安そうな顔がほころんだ。いつのまにか私は気絶していて、シロちゃんの膝枕で介抱されていたようだ。
……そういえば、ユリーちゃんは?
がばっと起き上がってあたりを見ると、もう夜だった。
すっかり暗くなった校庭にはイヴちゃん、ミントちゃん、シロちゃん、クロちゃんが座り込んでいた。ユリーちゃんの姿はない。
「ユリーちゃんは?」
「アンタがのびてる間に帰ってったわよ」
あぐらに頬杖ついて、待ちくたびれたようなイヴちゃんが教えてくれた。
「えっ、ホントに!?」
しまった、なんてことだ。全然お別れができなかった。
「まったくだらしがないわねぇ、一撃でやられるだなんて」
「だってぇ、つばぜりあいのはずなのに、違うコトしてくるなんて思わなかったんだもん」
てっきり『ふたりの勇者』の筋書通りに最初はつばぜりあいを仕掛けてくるんだと思って、その対応準備しかしてなかった。
だけど予想に反してユリーちゃんは飛び蹴りをしてきた。
完全に不意をつかれる形になった私は、その蹴りをもろに顔面にくらってしまったのだ。
「はずなのに、ってなによ。アンタの予想が外れただけでしょ」
当然のことを指摘されて、私は言葉を失ってしまった。
そっか……そうだよね……ユリーちゃんは決闘を申し込んできたんであって、絵本の再現をしたいわけじゃなかったんだ。
私が勝手にそう思い込んじゃったってことか……って、ユリーちゃんが『ふたりの勇者』の話から入ったからそう誤解しちゃったじゃないか。
「あーあ、せっかく再会できたってのに、情けないまま終わっちゃったなぁ……」
がっくりと肩を落とす。
ユリーちゃんは私のことをライバルだと思ってくれていた。私もそのつもりになっていたけど……全然勝負にならなかった。
もしかしたらユリーちゃんは呆れながら帰ってったかもしれない。
私がもっとしっかりしていれば……もしかしたら今頃くらいまでユリーちゃんと息もつかせぬほどの大立ち回りを続けられてたかもしれないのに。
そしたら例え負けたとしても、ユリーちゃんのがんばりに報いてあげることができてたかもしれないのに。
「それに……それに……私がもっともっとしっかりしてれば、この前の冒険もあんなにピンチだらけにならなかったのかもしれないのに……」
この前の冒険は危機的状況の連続だった。結果オーライとはいえほとんど運で潜り抜けたようなところがある。
本来冒険者であるならば自分の力で打破しなきゃいけないのに……。
自分のあまりの無力さに心が沈んでいくのを感じた。許されるならばこのまま身体ごと地面に沈んでしまいたいくらいに。
ずーんとした気持ちでうなだれていると、
「あの……ユリーさんとはいつかお会いできると思います。またお越しになるそうですから」
シロちゃんが励ますように語りかけてくれた。
「え?」
「今回の交換留学は試験的なものだったそうですけど、そのあと本格的に始まる選考に応募されるそうです。それで、その……今度こそリリーさんをお嫁さんにしたいって、おっしゃってました」
言い終わったあと、まるで自分のことのようにポッと顔を赤くするシロちゃん。
「あの……この前の冒険も、リリーさんは立派だったと思います。私は何度も命を助けていただきました。リリーさんに助けていただけなかったら、きっと私は冒険をやり遂げられませんでした」
そして深々と頭をさげてくれた。
「ミントも! リリーちゃんがいなかったらつまんないもん! はぐれたときとかも、はやくリリーちゃんにあいたいなーっておもってた」
人なつっこい笑顔をこれでもかと向けるミントちゃん。
なんだかふたりして改めてそんなことを言われると、なんだか照れくさい。
「リリーはサキュバスの淫夢術を自らの力だけで打ち破った。悪魔の力に対抗するのは一流の冒険者でも難しいこと」
次に改まったのはクロちゃんだった。いつもの淡々とした口調だったが、言葉には賞賛が込められていた。
彼女にそういう風に言われると……なんだかすごいことを成し遂げたような気分になる。
「それにグーゼンかもしれないけど腕輪を取り戻せたんだし、いいじゃない。私たちがいなかったら今頃、あのムイラとかいうでっかいのがサキュバスに操られて村を襲ってたかもしれないでしょ」
イヴちゃんまで私に気遣ってくれている。彼女は私にクヨクヨするなと言いたいのか、つとめてあっけらかんとしていた。
「そっか……そうだよね」
みんなの励ましが沁みる。
それ以上にみんなの気持ちが嬉しくて、渇いていた私の心はみるみる潤いを取り戻す。
偶然だったかもしれない。もっといいやり方があったかもしれない。ものすごい遠回りだったかもしれない……。
だけど私たちは強大な力を持つ腕輪を悪魔の手から取り戻すという、一流の冒険者並のすごいコトをやってのけたんだ!
「みんなありがとう! よぉーし、次にユリーちゃんが来るまで、もっとすごい活躍しちゃおうよ!!」
やる気が再び爆発した私はいてもたってもいられなくなる。
跳ねるように立ち上がり、拳を突き上げてみんなに宣誓した。
「はいっ!」
「おーっ!」
「……」
賛同するように、次々と立ち上がるシロちゃん、ミントちゃん、クロちゃん。
見上げていたイヴちゃんはあぐらをかいたまま、からかうように口を開いた。
「アンタの事だからどうせまたすぐ落ち込むんでしょう。朝ゴハンのメザシの数が一匹少なかったとかで」
ちょ、せっかくいい雰囲気だったのに何てこと言うの。それにいくらなんでもそんなことで落ち込んだりはしない。
……いや、落ち込むかもしれないけどほんのちょっと、見た目でわからないくらいのわずかなへこみができるくらいだ。
「だからその前にアタシとの約束を果たしてよね」
ようやく立ち上がったイヴちゃんはお小遣いをねだる子供のようにニカッと笑った。
「……約束って?」
「忘れたとは言わせないわよ? 森の中で約束したじゃない、生きて戻れたら好きなだけドーナツ食べさせてくれるって」
「うぐっ」
完全に忘れていた。
私とイヴちゃんがグルグル巻きになってイノシシに追いかけられたとき、そんなことを叫んだような気がする。
「さぁーて、明日は休みだし、ドーナツパーティよ!!」
私のお株を奪うように、イヴちゃんは拳を振りかざしながら叫んだ。
……そして次の日の午後、私は約束どおりにドーナツパーティを開催してあげた。
だけど主賓の彼女は不服そうだった。
「……なによ、ドーナツ食べさせてくれるっていうからてっきり『エンジェリング』のドーナツだと思うじゃない」
『エンジェリング』は最近ツヴィートークにできたドーナツ屋さん。
美味しくてツヴィ女生徒にも評判で、行列ができるほどの人気店だ。
だけども1個が高いので、それを好きなだけ食べられたら私は破産してしまう。
というわけで私は昨晩のうちにシロちゃんからドーナツの作り方を教わり、食堂を借りてイヴちゃんに手作りドーナツを振る舞うことにしたのだ。
もちろんイヴちゃんだけでなく、ミントちゃん、シロちゃん、クロちゃん、さらにはティアちゃん、ベルちゃん、ノワちゃん、フランちゃんも招待した。
「銘柄は指定してなかったから、これでもいいでしょ?」
「まぁいいわ、さっさと作りなさいよ。マズかったら承知しないわよ」
「へへ、もう生地は寝かせてあるんだよね。すぐに美味しいの食べさせてあげるから待ってて」
スキあらば手伝おうとするシロちゃんをなだめ、つまみ食いしようとするベルちゃんをなだめ、ケンカしようとするイヴちゃんとティアちゃんをなだめ、イタズラを仕込もうとするミントちゃんとノワちゃんをなだめ、ひたすら大人しく待っているクロちゃんとフランちゃんの相手をし、私は8人の食べ盛り相手にドーナツを揚げまくった。
プレーンと砂糖がけとチョコの3バリエーションしかなかったし、シロちゃんが作るほど上手にはできなかったけどみんな喜んで食べてくれた。
でも……人が食べてるところを見ると、自分も食べたくなっちゃうよね。
みんながひと心地ついたところで、私も食べる側にまわることにした。
まとめて揚げたドーナツをテーブルの真ん中に置き、あいた席につく。
まだ湯気をたてるドーナツの中から、他のと比べてひときわ大きいのがあったので手にとる。
ずっしりと重いそれに、私は大口をあけてかぶりついた。
「いただきまーす!」
ガリッ
「あいたっ!?」
揚げたてのドーナツは柔らかいはずなのに、すっごく硬かった。
不思議に思って噛んでみても、噛み切れない……。
ガチガチと歯を立てていると生地が剥がれ、中から何かが見えた。
衣のようになってしまっているドーナツ生地を取り除いてみると、すすけた緑色した金属の輪っかが出てきた。
「……なに、これ……?」
みんなの注目が集まる。
ドーナツ状になっている金属の表面には、なにやら複雑な文様が彫りこまれていた。
「も……もしかして……これって……」
平和なドーナツパーティに突如現れた謎の物体に、場は一気に緊張を帯びる。
ティアちゃんたちは事態が飲み込めていないようだったが……私たちはつい先日、コレとそっくりなのにさんざん振り回されたのだ。
「……青銅の腕輪」
クロちゃんがついに誰も触れられなかった、いや、もしかしたらわかってても触れようとしなかったのかもしれないこの物体の名を口にした。
顔を見合わせる私たち。
「ええーっ!?!?!?」
新たな波乱の予感。
嬉しいような、嬉しくないような……悲喜が混ざり合った複雑な悲鳴が食堂に響わたった。
「ふたりの勇者」完結です。
拙い文章を最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。




