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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
ふたりの勇者
86/315

29

 それから私たちは馬に乗せられ、村からちょっと離れた渓谷のような場所に連行された。


 滑車のついた大きな昇降機で深い谷を降ろされる。底についたところで拘束を解かれ、没収していた武器が返された。


 武器を身に着けているうちに昇降機は上昇し、私たちだけが取り残される。


 谷底のまわりは隙間なく岩で囲まれ、さながら天然の牢獄のようだった。

 一か所だけ巨大な鉄扉があるけど、見るからに固く閉ざされているカンジだ。


 床にはなにかよくわからない骨が散乱しており、壁にはなにやら呪術っぽい文字が書きこまれている。

 どす赤いソレは血文字のように見えて実に不気味だ。


 うーむ、どう見てもこのまま放免してくれるような雰囲気じゃない。

 まるで千尋の谷につきおとされた子ライオンの気分だ。


 空を見上げるとさっきまで晴れていた空は暗雲に覆われ、雷が鳴りはじめている。

 まるで誰かに怒っているかのように、ゴゴゴゴと唸っている。


 暗雲の下にある絶壁のフチ、一か所だけ飛び込み台のように突き出た岩があり、そこには両手を広げた族長さんが立っていた。


「さぁ……裁きを受けよ! これより現れるムイラ様の使い『虎王』にそなたらの力を認めさせることができれば……罪は清算されるっ!!」


 高らかな宣言が、谷じゅうに響く。


 村で私たちに下された「虎王の谷での裁き」の内容が判明した。

 なぜ武器を返してくれたのかわからなかったけど……これで理解できた。


「何かと思えば大げさに……ようはこれから出てくるやつを倒せばいいってことでしょ」


 こんな状況でも挑発的な態度を崩さないイヴちゃん。


「いでよ!!! 虎王っ!!!」


 雄々しいかけ声とともに、奥にある鉄扉が地鳴りのような音をたてて開いた。


 中にあるのは暗闇だったが……激しい稲光に照らされた瞬間、洞窟の奥から巨大な獣が歩いてくるのが見えた。


 あれが……虎王っ!?


 歩くたびに地面を揺らしながら、私たちを審判する獣がその全貌を現した。

 それは……白くて巨大なサーベルタイガーだった。


 で……でかい……!! 3メートルはある!!

 剣歯なんてロングソードくらいあるじゃないか!!


 ロックボアも大きいと思ったけど、あれに比べたらアルマジロみたいなもんだ。

 まさしく虎の王の名にふさわしい風貌。


 ゴブリンとスライムしか倒したことがない私たちに、アレは無理だっ!!

 尻込みする私だったが、ユリーちゃんはむしろ踏み込んだ。


「へへ……いいじゃねぇか。あのくらいじゃなきゃ盛り上がらねぇよなぁ」


 声が弾んでいる。この状況を心から楽しんでいるようだ。


 すごい……岩砕きのときもそうだったけど、その自信はどこからくるんだろう?

 まったく、その根拠のない自信のせいで今こんな状況になってるっていうのに……。


 その顔がチラリとこちらを向いた。


「まるで『ふたりの勇者』に出てくる猛獣みたいだよな? リリー?」


 ウインクと共に投げられた彼女の言葉に、私はドキッとした。

 リリーちゃんも『ふたりの勇者』のこと、覚えてたんだ……。 


 『ふたりの勇者』……私とユリーちゃんが子供の頃に読んだ絵本。

 剣と盾の勇者と、二刀流の勇者が力をあわせて民衆を脅かす猛獣を倒す話。


「アレをマネして、アイツをどっちが先に倒せるか、勝負しようぜ!!」


 ユリーちゃんは戦えることを楽しんでいるどころか、絵本と同じ勇者のように勝つ気でいる。


「へへっ、実を言うとな、俺はあの絵本の内容を……リリー、お前と再現するのが夢だったんだよ」


 ひとさし指で鼻をこすりながら、ちょっと照れくさそうにしている。


「俺も勇者になって、お前も勇者になった……ならやるしかねぇだろ? なっ!?」


 その一言に、頭をハンマーで殴られたみたいな衝撃を受ける。

 そうだ……そうだった! 私は……『勇者』だったんだ!!


 『勇者』なのに……強敵を前にして勝つのは無理だなんて思っちゃダメだっ!!

 あきらめてるヒマがあったら、みんなでこの困難を乗り越えることを考えなきゃ!!


 へし折れそうなほど曲がっていた私の心が、まっすぐに伸びあがるのを感じた。

 さらに袖まくりをして気合も入れなおす。


「よぉーしっ!! みんなっ!! やろうっ!!」


 私は露出した二の腕でガッツポーズをキメながらみんなをぐるりと見渡した。


「私たちはあれよりでっかい巨大イカを倒したこともあるよねっ!! だから……やれるっ!! やれるよっ!!!」


「フン、あれはグーゼンじゃない……でも、ま、いいわ」


 半ば呆れながらも、背中の大剣を颯爽と抜くイヴちゃん。


「へっへーん、ミントにもキバがあるし、ツメもあるもーん」


 がおっと口を開いてかわいらしい犬歯を虎王に向けるミントちゃん。

 招き猫のように手をこいこいとやりながら、篭手の爪をシャキンと伸ばした。


「……」


 ゆっくりと、深く頷くクロちゃん。こんな時の彼女の無口は頼もしく感じる。


 最後はシロちゃん……と思ったが、彼女はうつむいたまま震えている。

 彼女の手にあるタリスマンはいつもは鈍く光っているはずなのに……今は一切の輝きが感じられなかった。


「……シロちゃん?」


「ミ……ミルヴァルメルシルソルド様の力が……消えて……います」


 顔をあげた彼女は幽霊かと思うほど血の気がない。

 驚く私たちに、のしかかるような威圧的な声が降りてきた。


「これは我が神、ムイラ様の裁きであり、その神託は決して歪んではならん!! よってこの谷には他の霊神の力を作用させぬ呪印が施しておる!!」


 呪印……? この壁にある文字みたいなののせいでミルヴァ様の力が妨害されてシロちゃんの所に届いていないということか。


「ってことは、シロの呪文は一切使えないってこと?」


 眉をひそめるイヴちゃん。


 それはかなりヤバい。

 虎王の攻撃を受けても、治療できないってことじゃないか!


「……それに加えて、呪印のあるこの空間で死亡した場合、聖堂での復活は不可」


 クロちゃんがぼそりとつけ加える。

 あまりに淡々と述べたので、コトの重大さに気づくのに時間がかってしまった。


 しばらくして、


「ひえーっ!?!?」


 当のクロちゃんと、意味が理解できていないミントちゃん以外は肝をつぶしたような悲鳴をあげた。


 ……聖堂で復活できない!? うそっ!?

 ってことは……死んだら本当に死んじゃうってことっ!?


 そ、そんなの……絶対にイヤだっ!!

 せっかく膨らんでいたやる気が、パァンと割れるのを感じた。


「さぁ……ムイラ様の裁きを受る準備はよいかっ!!!」


 作戦タイムは終了とばかりに族長さんが叫ぶ。


「ちょ……待ってくださいっ!!」


「ならんっ!! 覚悟を決めよっ!!!」


 準備の延長を申し出たが、喝破されてしまった。

 それに呼応するかのように、ひときわ大きな雷鳴が轟く。


「……こうなったら、やるしかないわ!! いくわよっ!!」


 死の恐怖を払いのけ、イヴちゃんは目の前の巨獣に特攻をはじめる。ユリーちゃんも争うように走り出した。


「はりゃーあああああああああああああああーっ!!!」


 先陣を切るお姫様の得意技、闘気術が炸裂する。


 しかし効いた様子はなく、虎王は微動だにしてしない。

 今度はこっちの番だとばかりに天を仰いだあと、私たちにめがけてグォオオオオーッ!!! と咆哮した。


 それはただの威嚇ではなかった。

 土埃を舞い上げながら、ただならぬプレッシャーが迫ってくる。


「うわあぁぁぁーっ!?!?」


 見えない気のカタマリのような重圧がぶつかってきて、私たちは全員吹き飛ばされてしまった。


「ぐはぁっ!?」


 そのまま背面にある壁に勢いよく叩きつけられる。全身の骨が軋む音がした。


 た、ただ吼えられただけなのに、それが攻撃になるなんて……しかも、こんなに威力があるだなんて……。


 今になってようやく意味がわかった。これはまさしく裁きだ。

 人間を一方的に狩る力を持つ、百獣の王。私たちはいまその相手をさせられているのだ……!


 虎王が私たちのほうに向かってくる。

 早く起きあがって反撃しなきゃいけないのに、身体が動かない……!!


 相手は威風堂々に、実にゆっくりと、地面を踏みしめるようにしてこちらに歩いてきている。

 きっと知っているんだ……私たちが動けないことを。だから慌てる必要もないことを。


 まるで私たちに犯した罪を後悔する時間を与えるように、時間をかけて目の前まで来た虎王。

 私の姿を見下ろしたあと、グワッと口を開く。


 刃物のように鋭く長い二本の剣歯が、今まさに突き立てられようとしていた。

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