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私たちは広場の中央、獣神像の真ん前にそろって座らされていた。
正体のバレた私とユリーちゃんは駆けつけた守衛のひとに取り押さえられ、芋づる式に村の外にいたイヴちゃんたちも捕まってしまった。
武器と腕輪は取り上げられ、縄で身体をグルグル巻きにされたのち、族長の前に引っ立てられたというわけだ。
ユリーちゃんとイヴちゃんはスキあらば抵抗していたので足首に木枷をはめられたうえに専任の押さえ役までついていた。
こんなときでもクロちゃんは動じず、ミントちゃんはまるで観光客のような嬉々とした感じでキョロキョロまわりを見回している。
シロちゃんは泣きべそをかきながら産まれたばかりの小鹿のように震えていた。こんな大勢の前で罪人として晒されているのが耐えられないんだろう。
捕まってしまった以上、犯罪者扱いはしょうがない。
でもなんとかこの場を利用して賞金首の汚名を晴らさないと。
私はなるべく神妙な雰囲気を醸し出しつつ、目の前にいる族長の反応を待った。
この村の長は筋骨隆々とした大男で、厳しい顔つきで私たちを見下ろしていた。
まるで獲物に襲い掛かる前の虎みたいな、鋭い眼光で睨みつけている。
「……本当にこんな子供たちだったとはな。しかも腕輪ふたつともこの者たちの仕業だったとは」
その第一声は、まさしく一族の長といった貫禄ぎっしりの渋くて重みのある声だった。
「ガキじゃねぇ! 俺は『ダブルブレードのユリー』だ!!」
鉄の腕輪は自分たちの仕業じゃないと言おうとしたが、ユリーちゃんの名乗りあげに遮られてしまった。
「な? う、ウソじゃなかっただろっ!?」
突然、小柄なおじさんが人ごみをかきわけて躍り出てきた。
「お、おらは見たんだ! 遺跡のムイラ様が土から這い出て水をゲェーって吐き出すとこを! 近くにはその子らがいた! 泥まみれの身体でそれはそれは恐ろしい顔をしてただ!」
なんと、あの時に私たちを見ていた人がいたとは。
言ってることも大体合ってる。でも……そんなに恐ろしい顔してたっけ?
乱入おじさんは両手を広げて、自分は正しかったとばかりにみんなにアピールしている。
おそらく最初は村の人たちに言っても信じてもらえなかったんだろう。
「それはわかった。だが、そもそもお前は遺跡の見張り役だったはず。なぜムイラ様が動きだす状態になるまで何もしなかったのだ?」
族長さんは厳しさの矛先を変え、おじさんを睨みつける。
「い、いや、その……」
「はっきりと申せ!!」
一喝されて「ひゃあっ!?」と尻もちをつくおじさん。
「じ、実は……祭りの準備が気になって……ちょっと、ほんのちょっとだけ村に行ってただ」
叱られた子供のようにもじもじしながら白状した。
そうだったのか……誰もいなかったから放棄された遺跡かと思ってたけどそうじゃなくて一時的に留守にしてただけだったのか。
「まさか遺跡に入る人間がいるだなんて、思いもしなかっただ。罠も仕掛けてあるし……でも……村から遺跡に戻ってみたら……ムイラ様が動いてたんだ。言い伝えでは聞いたことがあったんだけども、まさかあんなにデカいだなんて……おらぁびっくりしただ!」
その時のことを思い出したのか、おじさんの目は真ん丸だった。
「近くで見てたんだったらなんでその時に声をかけなかったのよっ!?」
イヴちゃんに吠えかかられて、おじさんは「ひえっ!?」とのけぞった。
「む、ムイラ様にあんなことをしたアンタらに、声なんてかけられるわけねぇだ! 見つかったら同じ目にあわされる! 腹を殴られるのはイヤだと思って隠れてただ!」
ムイラ様を嘔吐させたのは私たちに見えたらしい。
結果的にはそうなんだけど、意図してやったわけではない。それに、至る過程をだいぶ誤解している気がする。
這い出てきたムイラ様と私たちが戦って、お腹をガンガン攻撃して跪かせたうえに吐かせたと思っているようだ。
「で、でも、ただ黙って見てたわけじゃねぇだ! このまま逃がしたら怒られると思って、おら必死で似顔絵を描いただ! これで、族長様にお知らせすれば許してもらえるかと思って……」
「もういい。わかった」と族長さんが途中で遮る。
「最初は半信半疑だったが……現に遺跡から腕輪は盗まれていた。だから似顔絵を元に賞金をかけさせてもらった。まさか、この村までやって来るとは思いもよらなかったがな」
ギロリとした視線が、私たちに移った。
「変装してこの村に入り込んだということは、手配されていることを知っていたからであろう。お前たちの目的はなんだ!? 言え!!」
「俺たちを賞金首にしやがったテメーをぶちのめすために決まってんじゃねーか!!」
押さえを振り切って立ち上がるユリーちゃん。
まずい。ここで族長さんに暴力を振るったりしたら話途中で処分が下されてしまうかもしれない。
「ユリーちゃんっ! だめっ!!」
彼女が飛びかかる寸前、私は体当たりしてそれを阻止する。
「お願いです、族長さんっ! 私の話を聞いてくださいっ!」
ユリーちゃんともつれ合いながら必死になって懇願すると、厳しい表情のまま頷いてくれた。
私はこれまでのことを全て話しつつ、族長さんへの弁明を試みる。
自分たちはツヴィートーク女学院から来た冒険者見習いの学生であるということ。
遺跡から木の腕輪を取ったのは確かに私たちだけど、誰もいなかったから管理権のない遺跡だと思ってしまったこと。
それと……依頼主はサキュバスで、私たちは騙されていたということ。
木の腕輪と鉄の腕輪、どちらも返すから私たちを許してほしいとお願いしてみた。
まわりで見ていた村の人たちは同情してくれたのか、口々に庇うようなことを言ってくれた。
「悪いことを企む子たちには見えないぞ」
「サキュバスに騙されてたんじゃしょうがないな」
「小さい子もいるんだから、許してあげて」
などなど。
やっぱりこの村の人たちはいい人たちだった……ありがとうありがとう。
みんなもっと言って! 世論が味方につければこのピンチを脱せるかもしれない。
しかしそのわずかな望みも「静まれいっ!!」と一喝されて潰えた。
「皆の気持ちはわかった。だがこの腕輪がどれほどの力を持っておるのか……皆も知っておろう?」
族長さんは木の腕輪と鉄の腕輪を皆に見せるように掲げた。
「そんな安っぽいモノにどんな力があるっていうのよ」
挑みかかるような口調で横やりを入れるイヴちゃん。
腕輪は削りだしたものに彫刻を入れた質素なもので、たしかに高級さとは無縁の見た目だけど……今そんなこと言わなくても。
「この腕輪がふたつ揃えば、あの遺跡に姿を変えられたムイラ様を自由に操ることができるのだ!!」
「ええーっ!?!?!?」
実際にあの像が動くところを見た私たちは、一斉に驚愕した。
あのでっかいのを動かせるなんて……魔王とかの手に渡ったら大変なことになるじゃないか。メラルドがなぜ腕輪を欲しがったのかようやく理解できた。
「ムイラ様を操ろうなどという狼藉はたとえ子供であれ見過ごすわけにはいかん! よって、虎王の谷での裁きとする!!」
下された判決に、観衆は騒然となる。
虎王の谷が何だか知らないけど、周囲のざわめきに不安をかきたてられた。
このカンジ……きっとイヤなことをさせられるに違いないっ!
「さあ、連れていくのだ!!」
それだけ言うと、族長さんは後ろを向いて歩きだす。
「ま……待って!! 待ってくださいっ!!」
守衛の人に引っ張られながら私は声を振り絞って最後の懇願をしたが……その背中が振り向くことはなかった。




