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大声で叫んだ子供は「大ばばさまだーっ!」と嬉しそうに飛び上がった。
他の子供たちも気づき、歓声をあげながらこちらに突撃してきた。
飛び上がるほど驚いてしまったが、布をかぶっているおかげで悟られずにすんだ。
ミントちゃんと同年代くらいの子供たちからあっという間に取り囲まれる。
褐色の肌にキラキラ光る瞳が映える。こんな状況じゃなければ一緒にはしゃいで遊びたいくらいのかわいい子たちだ。
「誰かと誤解してるみたいだから、なんとかうまいことごまかせ!」
下半身から小声ながらも鋭い指示が飛ぶ。ユリーちゃんが移動担当なら、こっちは交渉担当だ。
私は頭をフル回転させてこの状況を抜け出す方法を考える。
みんなはこの姿を見て「大ばばさま」と呼んでいる、
私たちが被っている衣装はもしかして、村で名のあるおばあちゃんのものなんだろうか。
ならば……急に持病が出てきたとかでこの場を離れるなんてのはどうだろう。
「大ばばさま、なんだかすごく大きくなったね?」
側にいたおさげの女の子が見上げたうえに背伸びしながら問いかけてきた。
脱出法を考えている最中にそんなことを言われたので私はつい「うっ」と唸ってしまった。
しまった。子供の頃は肩車してちょうど大人ひとり分くらいになったんだけど……ひょっとしていまは大きくなりすぎてるんだろうか。
「バッカだなぁ、おまえ。大ばばさまだぞ! 修行すればなんでもできるんだぞ!」
坊主頭のひときわわんぱくそうな少年がチョッカイをかけてきた。
この子はおさげの子が好きなんだろう。なんとなくそんな気がした。
そんなことよりも予想外の助け船だ。しめたとばかりに彼の言葉に乗る。
「そ、そうじゃよ、みんなをよく見下ろせるように修行したんじゃ」
「大ばばさま、すご~い! ……でもなんだか、声が変だよ?」
体型の次は声を突っ込まれてまた「うっ」となってしまったが、
「バッカだなぁ、大ばばさまだぞ! 修行で声くらい変えられるだろ!」
間髪いれず少年が割り込んでくる。
「う、うむ。ちょっと気分転換に、修行して声を変えたんじゃ」
「わぁ! さすが大ばばさま!」
さらなる羨望のまなざしを向けてくる子供たち。
大ばばさまのことは知らないが、これで納得してもらえるとはどんな人物なんだろうか。
不意に、角笛のような音が村中に響いた。
それに反応するおさげの子。何かを思い出したようだ。
「あっ! いっけない、修行の時間だ。行かなきゃ!」
さっきから度々話題になっている「修行」の時間のようだ。
この村の人たちは日常的に修行してるんだろうか?
なんにしてもこれで子供たちから解放される……とホッとしたのも束の間、両手をガシッと掴まれ、後ろから押されて「いこー!」と一緒になって移動させられてしまう。
結局、村の中央にある獣神像の前まで連れていかれてしまった。
像の前は大きな広場になっていて、人も多くいた。行きかう人々は私の姿を見るなり「こんにちは、大ばばさま」と会釈してくれた。
広場の片隅には二本の石柱に固定された木板がいくつもあって、駆け出した子供たちはその前に整列する。
「板割り稽古、はじめーっ!」
かけ声とともに少年少女らは構えをとり、揃ったタイミングで突きや蹴りを繰り出しはじめた。最後のフィニッシュブローは板めがけて放ち、見事にまっぷたつにする。
修行っていうから何かと思ったら、素手による格闘の稽古だったのか。
でも、それにしてもすごい。まだみんな小さいのに素手で板を割るなんて……私は自然と拍手をしてしまっていた。
視線が一斉に集中する。
しまった。拍手がいけなかったのかと手をひっこめたが、皆は稽古を再開せずにまだこちらを向いている。
「大ばばさまの番だよ」
見かねたのか、近くで板割りをしていた例のおさげの子が声をかけてきた。
「えっ?」
「頭突きとパンチで粉々にするやつ、やってよ!」
子供たちは一斉に、少し離れたところにある2メートルほどの巨石を指さした。
「へっ?」
……まさかアレを頭と拳だけで砕けっていうんだろうか。
「どうしたの? いつも板割り稽古のあとはやってくれてるじゃない!」
子供たちはさも当たり前といった感じで聞いてくるが、いくらなんでも無茶振りすぎる。
大ばば様という呼称からおばあさんだろうと思ってたけど、実はサイクロプスかなにかなの?
期待に満ちたまなざしが集中していることに気づく。
いつのまにか通りすがりの村の人たちも足をとめてこちらを見ていた。状況からして明らかに大ばば様の演武待ちの観客だ。
しかし、いくら期待されても私たちはニセモノ。無理なものは無理だ。
こうなったら、体調不良を理由に急いでこの場を離れるしかない。
「ゴホッゴホッ……体調が悪くてのぉ……今日はちょっと無理」
上半身の病気芝居とは裏腹に、下半身は岩に向かってスタスタ歩いていった。
「ちょっと、ユリーちゃんっ!?」
私はあわてて下半身を止めようとする。
しかしユリーちゃんはやる気満々の顔をしていた。
「うるせえっ、ババァにできるんだ。俺にたちできないわけがねぇだろ」
「いや、いくらなんでも無茶」
「よし、まずは頭突きだ。お前の頭でいくぞっ! 気合入れろっ!」
「ええっ!? 私のっ!? ちょ、待っ」
「はーっ!!」
股間から轟くかけ声とともにユリーちゃんは身体を反らして反動をつけ、間髪いれず深いお辞儀のような前傾姿勢をとった。その上にいる私は勢いよく岩に突っ込む形となる。
「うわっ!?」
問答無用だった。
ゴンッ!
固い岩に額をしたたかに打ちつけられて、鈍い音があたりに響く。目から火花が飛び出た。
たまらずオデコを抑える、めちゃくちゃ痛くて叫びたかったけど必死になってこらえる。
「せいやーっ!!」
ユリーちゃんは続けざまに腰をかがめ重心を落として正拳突きを放った。
ガンッ!
次の瞬間、彼女はもんどりうって倒れた。上にいた私は高いところから後方に叩きつけられる形となり、固い床に思いっきり後頭部をぶつけてしまった。
「ぐわぁーっ!! 骨がっ、骨がぁーっ!?」
ユリーちゃんは拳を押さえて悶絶している。
「うっぐぅ~っ!! い、いっだぁ~い!!」
私ももうガマンの限界だった。頭部に対しての続けざまの強烈な二撃に耐えきれず、絶叫しながらのたうちまわった。
ひとしきり転げまわったあと……ふと強い光と、多くの視線を感じた。
暴れたせいでいつのまにかローブは脱げており、取り囲んだ子供たちに見下ろされていたせいだ。
びっくりした表情の子供たちと、その上にある太陽がやけにまぶしかった。




