26 ムイラ
賞金をかけた依頼主を特定するにあたって、酒場の客がウワサしていた内容を元に「ムイラ族の族長」と導き出した私たち。
いまユリーちゃんの案内でその部族の村まで来ていた。
荒野の真ん中にぽっかりと空いた巨大なすり鉢状の空間に存在する村。
すり鉢は階段状になっており、段の側面のところをくり抜いて中に居住するという非常に独特な様式だ。
私たちはすり鉢の一番外側に腹ばいになって、村内を見下ろす形で様子を伺っていた。
「ここがムイラ族の村だ」
匍匐前進の途中のような姿勢で、ユリーちゃんは紹介してくれた。
「南の国から入ってきた獣神信奉を行う部族の村がこの地域には複数あり、ムイラ族はそのうちのひとつ。虎の姿をした神を崇めている」
黒ナマコのように横たわるクロちゃんがすぐさま補足してくれる。
村の中央、一番窪んだところに虎の神様らしき大きな像があるのが見えた。
その獣神像はちょうど地面に向かって飛び込みパンチしているような格好で彫られている。
おそらく、虎の神様がこの大地を拳でへこませたとかそういう言い伝えがあって、それを再現してるんだと思う。
村の中はわりと活気があって、独特の民族衣装をまとった人々が行きかっている。人のことを賞金首にするくらいだから悪の巣窟みたいなのを想像してたんだけど、それとは真逆の平和なカンジだ。
元気に飛び回る子供たち、のんびり杖をついて歩くおじいちゃん。その誰もが神像を通る際には一礼していた。親しみをこめたその仕草をみて、この村の人たちは本当にあの神様を信奉してるんだなぁと感じた。
「この島の神様ってミルヴァ様だけじゃないんだ……」
私は子供の頃から聖堂でミルヴァ様の漆喰画を見て育ってきたから、神様といえばミルヴァ様しかいないと思っていた。今更ながらに狭い了見かもしれない。
「はい。この島自体は女神様であるミルヴァルメルシルソルド様が主体となっておりますが、他の大陸の霊神様と御交流があるとのことでして、布教については禁じられておりません」
積もった雪のように横たわるシロちゃんがミルヴァ様の正式な名前を唱えながら補足してくれた。さっきまではかなり情緒不安定だったが復活したようだ。
説明からするとミルヴァ様は他の神様と仲がいいってことか。
「授業で習ったでしょ。そのおかげで他の大陸にいっても信仰を理由に迫害されずに移住や冒険ができるって」
絵画の貴婦人みたいに横向きに寝そべっているイヴちゃんから、呆れた様子で突っ込まれた。
そういえばそんなカンジのことを習ったような気がしないでもない。
この島は他の大陸に囲まれた位置にあり、貿易の中継地になっているためいろんな文化が入ってきているってのは知っていた。信仰に関しても輸入制限されていないってことか。
いまママはその他の大陸を旅している。いつかは私も……。
「ねーねー、これからどうするのー?」
妄想に入りかけたが能天気な声によって引き戻された。
ミントちゃんは退屈なのか、うつぶせのまま手足をバタバタさせて、地面で泳ぐマネをして遊んでいた。
「もちろん、この村の族長をぶちのめすに決まってるだろうが」
ユリーちゃんが即答する。攻撃的なことを言っているが潜入していることを気遣ってか、いつもより声は小さめだった。
「どうやってぶちめのすのー?」
舌足らずなミントちゃんは『ぶちのめす』が言えてない。
「そうだな……そこらへんのヤツをぶちのめして吐かせるか」
ユリーちゃんはユリーちゃんでぶちのめすことしか考えてないし。
「街の人たちを傷つけるのはダメだよ。そんなことしたら本当に犯罪者になっちゃう」
「じゃあどうするってんだよ?」
ユリーちゃんは不服そうに口を尖らせた。
「それは……」
私の言葉を遮るように、影が覆った。次の瞬間ふぁさぁっと何かが被さってくる。
何事かと思って払いのけると、それはローブのような布だった。
「お洗濯ものが風で飛ばされたようですね」
地面に落ちてついた汚れが気になるのか、ウズウズした様子で土埃を払いはじめるシロちゃん。
布はクリーム色の生地で、独特の色鮮やかな文様がアップリケされている。
遠目に見える村人たちが同じ柄の布をまとっていることから、ここの民族衣装だろう。
「はなびみたい。ひゅ~ん、どどーん」
模様を指でなぞりながら音マネをするミントちゃん。
私は大輪の花かなと思ってたけど、彼女は打ち上げ花火に見えたようだ。
「そうだ……この服、使えるかも!」
私の頭の中でも花火が打ちあがり、名案がドーンとひらめいた。
数分後、そこにはどこからどう見てもこの村の住人にしか見えない人物がいた。
ユリーちゃんが私を肩車して、その上からさっき飛んできたローブを被ったのだ。
子供のころ聖堂主様の服を借りてイタズラしたときのアイデアが元になっている。
ひとりだとちょっと背が低いので怪しまれるけど、これなら身長もあるので大人に見えることだろう。
これで村の中を歩き回って、族長を見つけて、そのあとはぶちのめす……かどうかはその時の判断としよう。
「ホントに大丈夫なの?」
変装後の姿を頭のてっぺんからつま先までジロジロと舐めるようにチェックするイヴちゃん。
校門の前で服装検査をする先生みたいな厳しい顔をしている。
「平気だって。じゃあ、行ってくるね」
高い視点からツインテール先生を見下ろす私。久々の肩車でテンションが上がっているのかだいぶ楽天的になってる気がする。
一緒に行きたがるミントちゃんとひたすら心配するシロちゃんをなだめて、私とユリーちゃんは出発した。
「どっちに行くんだ?」
股間からユリーちゃんの声がする。肩車してるから当たり前なんだけどなんだか変なカンジだ。
「まずは村の中央まで行ってみようよ。族長っていうなら村の中心に住んでそうだし」
語感から代表者っぽいのでそう提案すると「そうだな」と声が立ち上った。
村はへこんだ形になっているので、中央に行くためにはひたすら階段を降りていく形になる。
私は上から広い範囲を、ユリーちゃんはお腹のあたりに開けた穴から付近の様子を、それぞれ分担して索敵しつつ、じりじりと進んでいく。
これからお祭りでもあるのか、壁には催し物を告知する紙がところどころに貼ってある。
その楽しそうな張り紙の間には……楽しくなさそうな表情で描かれた私たちの手配書が。
……やっぱり変装して正解だった。この村の人たちは私たちを賞金首として認識している。バレたらすぐに捕まっちゃうだろう。
下り階段の途中で十字路にさしかかって、不意に角から子供たちの集団が現れた。初めて遭遇する村人だ。バレないかちょっと緊張する。
しかし……ひとりの子供が私たちの姿を認めた瞬間「ああーっ!!」と大声で叫んだ。




