25
店中の男の人たちが、私たちめがけて押し寄せる。
退路はテーブルの側にある窓のみ。
開け放った窓から、まずは動きの遅いシロちゃんクロちゃんを逃がす。
しかしローブの裾が引っかかったりしてなかなか思うようにいかない。
このままじゃ捕まっちゃう!? と思っていたら迫ってくる人波に対してミントちゃんが「あそぼー!」とスキップしていった。
「あっ、ミントちゃん!? ダメっ!!」
慌てて止めたが遅かった。倍以上身長差のある相手の前に立ったと思ったら、
「へへー、こっちだよ~!」
宙返りしつつ跳躍した彼女は男の人たちの頭に乗り、次々と踏んづけていった。捕まえようとする手をすべてすり抜け、まるで水切りの石のごとく頭上を跳ねていく。
「このガキっ!?」
「まずはアイツから捕まえろ!!」
頭を踏まれて熱くなった男の人たちの意識はミントちゃんへと向いた。
怒涛の勢いでこちらに来ていた波が止まり、小さな女の子ひとりにかきまわされはじめる。
それで彼女の狙いを察した。オトリになってくれてるんだと。
「いまのうちに早く!」
みんなに窓の外に出るように促す。私は盾を構えて脱出をかばいつつ、ミントちゃんの様子を伺った。もし彼女が捕まるようなことがあったら捨身で助けにいくつもりで。
しかしミントちゃんはすごいなぁ。捕まらずに頭の上を歩くってだけでもすごいのに、それをからかいながら余裕でやってのけてる。
彼女の運動能力に感心していると背後から呼ぶ声が聞こえたので私も窓へと向かった。
「ミントちゃん! みんな逃げたよっ!!」
叫びかけると、彼女は頭の上で助走した後こちらに向かってダイブした。
飛び込み前転で私たちの座っていたテーブルの上をコロコロと転がり、その勢いのまま窓の外へと飛び出す。
「よしっ、行こう!!」
揃った私たちは酒場から離れ、街の外めがけて走る。
街はハチの巣をつついたような大騒ぎで、他の酒場からも出てきた男の人たちが私たちに向かってきた。
その数はどんどん増えていって何百人クラスまで膨れ上がる。雄叫びをあげて向かってくるその様はさながら敗残兵を追い回す軍勢のようで、捕まったら殺されるんじゃないかと思って血の気が引いた。シロちゃんは怖さのあまり快晴の空と同じ顔色になって震えていた。
あまりに大勢だったので逃げ切れるか心配だったが、追いかけてくる人たちはみんなかなり酔っているのか千鳥足で、ギリギリではあったが捕まることもなかった。
酔っていると持久力もなくなるのか追いかけてくる人たちは次々と脱落していき、私たちはなんとか街を脱出することができた。
私は一滴も飲んだことはないが、この日ほどお酒に感謝したことはない。
街から離れたあともひたすら荒野を走り、人気のない岩場の陰に身を寄せた。
シロちゃんが立ちくらみを起こしていたので倒れる寸前に抱きとめると、緊張の糸が切れたのか泣きじゃくりはじめた。
あんなに大勢の男の人から追い回されるなんて初めてのことだから相当怖かったんだろう。
私も経験なかったけど、男性とほどんとまともにしゃべったことのない彼女にとっては同じ数のイノシシに追い回されてるようなものだ。
シロちゃんが落ち着くまでひとまず休憩しようということになって、日陰に車座になった。
みんなは理由もわからぬまま追いかけられたので混乱しているようだ。
私はあの酒場で見たことを説明した。腕輪を盗んだ罪である部族の長が賞金をかけており、手配書には我々にソックリなパーティが描かれていたことを。
「くそ、なんで俺たちが追いかけられなきゃいけねぇんだよ」
山賊のようなあぐらをかいて説明を聞いていたユリーちゃん。件の木の腕輪を取り出すと、忌々しそうに座の真ん中に投げ捨てた。
「管理実績のない施設に対しての採宝なら合法だから、手配書は受理されないハズよね。ってことはあの遺跡は依頼者によって管理されていたってことになるわね……その割には誰もいなかったけど」
片膝を立てて座るイヴちゃんはいきなり難しい話をしだした。
彼女はお姫様だけあって政治とか法律とかに詳しいところがある。
お姫様って世俗に疎くて、もうちょっとノホホンとしてるのかと思ったけど彼女は私の王族イメージをいろんな意味で打ち砕いてくれた。
「依頼人が部族の長であるならば、実績を無視した手配書の発行が可能」
イヴちゃんの言葉に応答したのは体育座りのクロちゃんだった。こういう難しい話についていけるのは彼女しかいない。
「強権発動ってこと? ……考えられなくもないわね」
アゴに手を当てて考え込む様子のお姫様。
なるほど、あの遺跡に管理実績がなかったとしても部族の長クラスの人間がその気になれば権力で手配書を発行できるってことか。
でも権力の話になるならば、こっちにだって王女のイヴちゃんがいる。彼女になんとかしてもらって手配書を取り消したりできないもんなのだろうか。
でも……たぶん彼女はやらないだろうな、と思う。
憧れの姫騎士になるための条件として「王女の立場に頼らず武勲をたてる」という約束を女王様としたらしい。
ならばこの問題も彼女は自分の力で解決しようとするだろう。ひたすら考え込んでいるのはその意志の表れだ。
「しっかし、腕輪を取ったのは昨日だってのに、もう賞金首になるとはすっげえスピード手配だな」
何気ない調子でツッコミを入れるユリーちゃん。
思ったことをただ口にしただけのようだったが、たしかに異様な速さだ。しかしこれに関してもすかさずクロちゃんが反応する。
「木の腕輪を取得したのは5日前」
「なんだと?」
「サキュバスの淫夢術で長時間眠らされていた為、すでに4日ほど経過している。酒場のカレンダーで確認した」
さらりと衝撃的なことを言われて、みんなして「ええっ!?」っとなってしまった。
なんてことだ……密度の濃い1日を過ごして2日目ものっけから大変だと思ってたけど、実は中4日ほど眠らされていたなんて。
自己最長の睡眠記録は24時間で、夜寝て次の日の夜に起きたということがあった。それを軽く塗り替えられるとは……ちなみにそのあと普通に寝た。
いくら術のためとはいえ寝させ過ぎなんじゃなかろうか。その間メラルドになにをされていたのか想像しそうになっちゃったけど振り払う。
「ってことは……もういろんな所に手配書が出回ってるってことか」
急に神妙な面持ちになり、ユリーちゃんにしては小声で話す。……もしかしてひそひそ話のつもりだろうか。
でも確かに彼女の言うとおり、手配書というのは事件の起きた場所の近辺から配られはじめ、捕まらなければ配布される範囲がじょじょに広くなっていく仕組みだ。
ってことは……このまま逃げ続けてれば見逃されるわけでもなく、下手をするとツヴィートークにも手配書が行くかもしれない。
ツヴィ女在学中に賞金首になった場合って、どうなるんだろうか。
……たぶん、褒められることはなくて、メチャクチャ怒られる気がする。怒られるだけですめばいいけど。
「サキュバスのヤツ、鉄の腕輪を売れば百万ゴールドくらいになるって言ってたから、それを資金にして逃亡生活ってのもいいかもね」
「あっ、それいいかも」
イヴちゃんは冗談めかしていたが、怒られるのがイヤな私はすぐに飛びついた。
「バカね、売る前に捕まっちゃうでしょ」
「そ、そっかぁ~」
私はガックリと肩を落とす。
でも、これからどうするか、ちゃんと決めないと。
「……ミントちゃんはどう思う?」
今まで特に会話に加わってこなかったミントちゃんに振ってみる。
手のひらにアリを這わせて遊んでいた彼女は顔をあげると、
「うでわのことー? ミント、ほうせきじゃないからいらなーい」
実に欲望に忠実な答えがかえってきた。
……ミントちゃんって宝石には目がないみたいなんだけど、現金とかそれ以外のお宝には全く興味がないみたいなんだよね。
「……シロちゃんはどう思う?」
無言で私の胸に顔を埋めているシロちゃんに振ってみる。
さっきまではさめざめと泣いていたけど、静かになったってことは落ち着いたんじゃないかと思ったからだ。
ゆっくりと顔をあげたシロちゃんは、
「すみません……腕輪を取ったことで困っている方々がおられるなら……お返ししてきちんとお詫びさせていただきたいです……すみません、すみませんっ」
追いかけられたのがよっぽどトラウマだったんだろう。涙で瞳をキラキラさせながら叱られた子供のように何度も謝りだしたので「シロちゃん、落ち着いて」と再び抱きしめた。
胸に抱いて、私の心臓の音を聴かせてあげる。子供のころ、ママが私を落ち着かせるためによくやってくれたことだ。
以前、クロちゃんにやってあげたら効果があったので、もしかしたらシロちゃんも落ち着いてくれるかも。
「そうだな、シロの言うとおり俺たちを賞金首にしたやつらにお礼参りしてやらねぇとな。こんなチンケな腕輪ぐらい叩き返してやってもいいが……場合によっちゃはぶちのめしてやらねえと気がすまねぇ!」
決意を固めるように握りこぶしを手のひらに打ち付けるユリーちゃん。
「敵の親玉の所に乗り込む作戦ね。やられる前にやる……いいじゃない。シロ、ノッたわ」
先制攻撃や奇襲攻撃が何よりも好きなイヴちゃんはすぐさま賛同した。
……なんだかふたりともシロちゃんの意見を独自解釈してるような気もするけど……。
でも身柄に賞金がかけられている以上、これからどこへ行っても逃亡生活を与儀なくされる。
それがなくなる条件としては、捕まるか、手配を取り消してもらうかだ。
そのふたつが選択肢なら……私も後者に全賭けだっ!
今回の冒険はもう終わりかと思ってたけど……まだ続きそう。
最後の延長戦に向けて、私たちは再び立ち上がった。




