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ベッドの上ではユリーちゃんがハァハァと息を荒くしながら悶えていた。
でも苦しんでいるというより興奮してるみたいな感じで、なにやら寝言を発している。
「ううっ、そんなとこ触ったら……え? 嫁だから当然だって? そ、そうか、じゃあ俺も触ってやるよ、リリー」
……人を勝手に嫁にして、いったいどんな夢を見てるんだろう。
ユリーちゃんを大声で呼び続けると、ぼんやりと目をあけた。私を見て一言、
「……ああ、リリー、気持ちいいか?」
くしゃみの途中みたいな呆け顔で聞かれた。……完全にねぼけてる。
「目を覚まして!! ユリーちゃん!! しっかりしてっ!!」
耳元で怒鳴り声をあげて覚醒させたあと、私は反対側のベットへと向かった。
そこにはうつぶせになったまま、枕に顔をグリグリと押し付けるイヴちゃんがいた。
「そっ、そこまで言われちゃ、断るアタシが悪いみたいじゃない……い、いいわ、させてあげる、リリー」
くぐもった声で言いながらくいっとお尻を突き出すイヴちゃん。
なにをさせてくれるのか想像もしたくなかったので叩き起こすと、一瞬びっくりした顔をしたあと、
「な、なによ、アタシの気が変わらないうちにさっさと舐」
「しっかりしてーっ!! イヴちゃあんっ!!」
彼女の言葉を遮って、私は叫んだ。さっさと次のベッドへと向かう。
上半身を弓なりにのけぞらせながら、シーツをぎゅーっと掴んでいるシロちゃんがいた。
「あっ、あっ、ふぁっ、リリーさんっ、そ、そんなに強く吸われてしまいますと……ああっ」
ついにはビクンビクン痙攣しはじめたので私は彼女の肩をつかんで声をかけた。
「し、シロちゃんっ!! 起きてシロちゃんっ!!」
「はぁ、はぁ、はぁ……ご、ご満足していただけましたか?」
もはや果ててしまったようにぐったりとしたシロちゃんから、涙目で言われた。
……夢の中の私はいったい何を要求してたんだ。
「寝ぼけないでシロちゃん! 正気に戻って!」
肩をガクガクゆさぶると、シロちゃんは目をぱちくりさせていた。
よし、次!
「きゃははははは! くすぐったいよぉ!!」
隣は寝ながら暴れるミントちゃんだった。
よかった、彼女まで淫らな感じだったらどうしようかと思った。
本当にくすぐってあげるとすぐに目を覚まして「あぁ~気持ちよかったぁ」と爽やかな笑顔で言われた。
よしっ、最後はクロちゃんだ。
彼女は他とちがって普通に寝てるだけのように見えるけど……。
念のため顔を覗き込んで「クロちゃん?」と声をかけるとうっすらと瞼が開いた。
目が合った瞬間、首に手をまわして抱きつかれた。
「……ママ」
耳元で、子供のような声でささやかれた。
かわいらしい甘え声に、クロちゃんってこんな声出せるんだとちょっとびっくり。
「えーっと、クロちゃん? 全部夢だから、目を覚まして、ね?」
言い聞かせてから離そうとしたが、イヤイヤと首を振って離してくれなかった。
しょうがないので抱きかかえてから立ち上がる。
やれやれ、クロちゃんを本日だけで二度も抱っこすることになるとは……彼女は軽いから別にいいけど。
「……まさか破られるなんてね」
背後から思いもよらぬ声がした。
見ると部屋の入口に人影が立っていて、こちらに近づいてきた。
その人は……メラルドさんだった。だけど見た目がだいぶ変わっている。
こめかみから生えるふたつの角、背中からはコウモリみたいな黒い羽根が生えており、お尻のあたりにはトランプのスペードみたいな先っちょの尻尾が生えている。
服装もドレスから黒い革のボンテージに網タイツに変わっており、過激さがいっそう増していた。
ひと目で彼女が人間でないことがわかる。一体何者なんだろう?
「……サキュバス」
私の腕の中のシロちゃんがつぶやいた。
「あら、よくわかったわね。そう、私はサキュバスのメラルド」
見破られてもさして動じる様子もない。
「サキュバスは人間に淫夢を見させて、心をあやつる悪魔」
クロちゃんの解説が冴える。サキュバスの存在は授業で習ったことがあったけどホンモノを見るのは初めてだ。
「その通り。あなたたちにエッチな夢を見てもらって、私のいいなりになってもらおうと思ってたのに……失敗しちゃったわ」
これまた悔しそうな様子もなく肩をすくめる。
「サキュバスって普通、男を襲うもんじゃないの?」
イヴちゃんが一歩前に出て私の隣に並んだ。厳しい顔でメラルドさん……いや、メラルドにガンをつけている。
確かにそうだ。男の子の夢に出てくる悪魔がサキュバスで、女の子の夢に出てくるのは『インキュバス』っていう男性型の悪魔だって聞いたことがある。
「あら、そんな決まりはないわ。私は男が大っ嫌いで、女の子が大好き……ただそれだけよ」
人間側の定義をあっさり否定する。彼女的にはそれよりもマニキュアが気になるらしく、しきりに爪先を見ていた。
「本当はね、鉄の腕輪と木の腕輪を両方手に入れるのが目的だったの。でも遺跡なんて泥くさい所に行くのはイヤだから、遺跡の近くにあるこの街で冒険者を操って手に入れようと思ってね。でも大変だったわ……この街がまた最低でねぇ……きったない男とオバサンばっかりで、若い女の子の冒険者が全然いないんだもの」
顔をしかめるメラルド。この街が心底嫌なようだ。
強そうな男の人ならこの街ならいっぱいいそうだけど操ろうとしなかったのは男嫌いからなんだろう。悪魔といえど操る人間は選びたいものなのか。
「それでもなんとか鉄の腕輪は手に入れたんだけど、あとは木の腕輪ってときにそこのユリーがこの街に来たから、依頼書を手渡したの。そしてアナタたちと一緒に目的を果たして戻ってきてくれたってワケ」
「そこのユリー」呼ばわりされた褐色の女勇者は、私とイヴちゃんを押しのけて女悪魔と対峙した。
「……俺を騙したってわけか」
背後からでもふつふつと怒りを沸き立たせているのがわかる。
「そうね、淫夢術でトリコにしちゃって、木の腕輪をもらおうと思ってたわ。報酬はもちろんナシで、ついでに私の下僕にしちゃうつもりだったの。だけど……まさか私の術を破る女の子がいるだなんて思いもよらなかったわ」
人を食ったその態度にユリーちゃんがついに爆発する。
「このアマっ……許さねぇ! ブッ殺してやるっ!!」
メラルドがひとさし指を突き付けると爪がまるで剣のように鋭く伸び、ユリーちゃんの喉元に突き付けられた。
「う……っ!?」
挑みかかろうとしていたのだが、あっさり出鼻をくじかれる。
「およしなさい。見た目はアナタたちと同じ女の子だけど……これでも一応悪魔なの。それ以上近づいたら自分の靴にキスすることになるわよ」
悪魔といえば、モンスターでも上位に属する強さを持っている種族だ。
その気になれば私たちみたいな見習い冒険者の首を跳ねることくらい簡単にできると言ってるんだろう。
「はい、これあげる。売れば百万ゴールドくらいにはなるかもね」
爪を引っ込めたメラルドは、なにかブレスレットのようなものを投げてよこしてきた。
受け取ってみると、木の腕輪と同じ紋章が彫られた金属の腕輪だった。
もしかしてこれが……鉄の腕輪?
「ソレは私からのご褒美……と腕輪よりもっとイイもの見つけちゃったからもう要らないの。もっと欲しいものができちゃった」
まるで古いオモチャを捨て、新しいオモチャをねだる子供のような口ぶりだ。
「それは……なに?」
嫌な思いまでしてこの街に駐留してようやく手に入れたものなのに、それをあっさりあきらめられるモノってどんな凄いものなんだろう。
聞いたところでそれを取ってくるつもりはさらさらないが、つい気になってしまったのだ。
私の問いに「それはね」と答えたメラルドはフッと消えて私の背後に瞬間移動した後、
「ア・ナ・タ」
と吐息とともに囁いた。
「うわあっ!?」
びっくりして払いのけたが、彼女はすでに窓際に移動していた。
三日月をバックに、妖艶な笑みを浮かべている。
「私の淫夢が効かない女の子なんて初めて。だから余計欲しくなっちゃった。今はおあずけだけど……リリー、きっとアナタを手に入れてみせるわ。フフ……必ず、ね。」
ゆっくりと窓を押し開けたメラルドは「じゃあ、またね」と投げキッスをしてコウモリへと姿を変え、飛び去っていった。
開けっ放しの窓から吹き込む風を受けながら、茫然とする私たち。
残されたのはふたつの腕輪と、ほのかな残り香だけだった。




