21 バーデン
河と並走するケッターの線路を横目に、私たちは荒野をひたすら歩いた。
時折轟音をたてながら通りすぎていくケッターを恨めしそうに見送りながら。
移動しているうちに太陽は没していき、まぶしい夕陽へと変わった。
しかも平坦な荒野だったから遮るものもなく、私たちは顔をしかめながら歩き続けた。
依頼人がいるというバーデンは鉱山集落から発展した街だ、と強い西日に照らされても表情ひとつ変えないクロちゃんが教えてくれた。
そのバーデンの街に着くころには夕暮れも終わりかけの頃だった。
街は土壁の建物が多く欄干のついた踊場があって、オープンテラスみたいにテーブルを出していた。
どこも腕っぷしの強そうな男の人たちが身体の汚れも気にせずお酒を飲んで盛り上がっている。たぶん仕事終わりの鉱夫さんだろう。
私たちみたいな女の子が来るのが珍しいらしくて注目が集まる。シロちゃんは完全に怯えており私の後ろに隠れていた。
ユリーちゃんは堂々とした様子で往来の真ん中をずんずん進んでいき、街の隅にある一軒家の前で止まった。
軒先には「占い館」の看板がぶら下がっており壁にはガラス細工のランプ、入口は紫色のカーテンで仕切られていた。他と違ってなんだか神秘的なたたずまいだ。
「おーい! いるかー!?」
その雰囲気をぶち壊しつつユリーちゃんはカーテンをくぐった。
続いて中に足を踏み入れると……部屋の中なのにモヤがたちこめており、不思議な香りが鼻先をかすめた。
……お香、かな?
水晶玉やら天秤やら星座盤やらの占い道具が並ぶ薄暗い空間。その奥には猫脚のソファに寝そべる女の人がいた。
切れ長のつり目に艶やかなメイク、胸と脚に大きなスリットの入った紫のドレス。
羨ましいプロポーションを惜しげもなく晒す絶世の美女がそこにいた。
私は特にはちきれんばかりの胸に目を奪われた。思わず「普段なに食べてます?」と聞きそうになってしまった。
場違い感もハンパなく、この街よりも王室とかが似合いそうなゴージャスなカンジの人だけど……外の看板にあったようにこの女性は占い師なんだろうか。
その人は無遠慮に踏み込んできたユリーちゃんにも動じる様子もなく、けだるそうに起き上がる。
見開いたエメラルドのような瞳の美しさに、思わず見とれてしまった。
「ほら、木の腕輪を取ってきてやったぞ! さっさと百万ゴールドよこせ!」
木の腕輪を突き付けるユリーちゃん。まるで押し売りだ。
腕輪を見た女の人は妖艶に微笑む。そして吐息を漏らすようにゆっくりと唇を動かした。
「うふふ……アナタならやってくれると思っていたわ」
それは小さな声なのに、耳にハッキリと届いた。ずっと聞いていたくなるような甘い囁きだった。
「当たり前だ、俺を誰だと思ってんだよ、『ダブルブレードのユリー』だぞ!」
「ありがとう、ユリー……と、そちらの方たちは?」
「ああ、コイツはリリー、俺の嫁だ!」
私の腰を掴んでぐいと抱き寄せるユリーちゃん。そのネタはすっかり忘れていたので思わず顔を赤らめ「ええっ!?」と乙女な反応をしてしまった。
「あとのは取り巻きだから気にするな」
ひどい紹介のしかただ。
「誰が嫁よっ!! 誰が取り巻きよっ!!」
ユリーちゃんと私を引き離しながら割って入ってくるイヴちゃん。
改めて私たちが自己紹介すると、女性はメラルドと名乗った。
流れの占い師らしく、いろんな街を渡り歩いて商売しているそうだ。
「ありがとう。みんな、いい子ね……」
思わず骨抜きになってしまうような微笑みをくれるメラルドさん。みんなを見渡していた視線が、私のところで止まる。
「リリー、アナタはいい子ね……まるで竹のような女の子」
何もかも見通すような瞳で見据えられたまま、いきなり竹呼ばわりされた。
「た、竹? あのヤリとか流しそうめんの台とかになる竹ですか?」
聞き違いかと思って例をあげて聞き返す。
「そう、その竹。簡単に折れやすいんだけど……だけどそれは折れたわけじゃなくて曲がってるだけ……何度も何度も曲がるけど、決して折れない。それがアナタ」
いったい何を言い出すのかと思ったら……もしかしてこれがメラルドさんの占いなのかな?
何て答えればいいのか迷っているとユリーちゃんと押しのけあっていたイヴちゃんが、
「ああ、わかるわかる。アンタ何かあるとすぐ落ち込むけど、いつもあっさり復活するじゃない」
ツインテールが揺れるほど大げさにうんうん頷いていた。
そ、そうかな……? そんなによく落ち込んでたっけ?
みんなを見回すと振れ幅の差はあれど、ミントちゃん以外は全員コクコクしていた。
「アナタはこれから何度もくじけ、何度も挫折するわ。だけど絶対に心折れることはなく、何度でも立ち上がる強さを持っている」
「は、はぁ……」
「私……そういう女の子、好きよ」
「えっ? あ、はいっ、ありがとうございます」
いきなりの植物占いに戸惑ってしまったが、最後にくれた微笑みでどうでもよくなってしまった。
顔が熱くなるほど照れているのを感じる。
ま、まぁ、竹といわれるんだったら占いに従ってこれからは竹っぽく生きていこうかな。
でも竹みたいな生き方ってどんなのだろう? ミントちゃんみたいに緑色の服を好んで着るとかかな?
そのミントちゃんは「ミントもいいこだよー!」と抗議していた。
メラルドさんはフフッと上品に笑ったあと「もちろん、アナタもいい子よ」と言ってミントちゃんの頭に手を置いていた。
「……さて、今日はもう遅いから、ここに泊まっていきなさい。報酬は明日、木の腕輪と引き換え、ね」
ナデナデしながらのその勧めを断る者は誰もいなかった。
もう少しこの占い師さんと一緒に居たかったのと、何より疲労困憊だったからだ。
このあたりの名物であるというスパイシーな豆料理をご馳走になったあと、2階にある来客用の部屋に案内された。そこには6個のベッドがあった。
よく眠れるようにとメラルドさんはお香を焚いてくれた。この家に入ったときに感じたのも不思議なニオイだったが、いま焚いてくれたお香も形容しがたい不思議な香りがした。
でもちっともイヤじゃなくて、なんだか心がほぐれていくような素敵な香りだった。
気が緩んで、どっと疲れが出てくる。真ん中のベッドに飛び込むと、脳裏に今日一日の出来事が駆け巡った。
……思えば今日は私の人生の中でもトップクラスにハードな一日だった。
ケッター、イノシシ、火事、落下、スライム、洪水……ざっと数えるだけでも6回は死にかけてる。
でも、まぁ……いまこうして柔らかいベッドで横になれたんだから……結果オーライ……だよ……ね。
……。
…………。
………………。
いつの間にか眠っていて、何時間くらい経っただろうか。
私は名前を呼ばれて意識をとりもどした。
目を覚ますと、5つのシルエットがベッドを取り囲んでいた。
ユリーちゃん、イヴちゃん、ミントちゃん、シロちゃん、クロちゃん。
意識が戻るにつれて、それはいつもの仲間たちであることがわかった。
「あれ? どうしたの、みんな……?」
……眠れないのかな?
目をこすりつつベッドから起き上がると、我が目を疑う光景が広がっていた。
彼女たちがみんな、一糸まとわぬ姿だったのだ。




