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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
ふたりの勇者
76/315

19

 ミントちゃんにベランダに登ってもらい、入手したてのロープを手すりに結び付けてもらった。

 それをつたって順番に上へとあがる。


 シロちゃんとクロちゃんは登れそうになかったので腰にロープを巻いてもらってみんなで引っ張り上げた。


「こっちだよ」


 揃ったところで私が案内する形で進んでいく。といっても迷うような地形じゃないけど。

 みんな隊列のこととかはすっかり忘れていて、私たちはまるで寮での移動みたいにゾロゾロと廊下を進んでいき、途中にある階段を降りた。


 最初チラッと見たときから他のところと違っていたので何かあるだろうと思っていたその先は……まばゆい光を放つ空間だった。


 肉、魚、野菜、果物……豪華に調理された食べ物の数々。それらが盛りつけられた銀色の食器は壁の輝石の光を受けてキラキラと輝いていた。


 みんなは揃って歓声をあげる。


 ……なんでダンジョンの奥にこんなご馳走だらけの部屋が?

 私は今までの罠のことを思い出し、身構えてしまった。


「うまそうだなー!」


「ねーねー、たべようよー!」


 さっそく手をつけようとするユリーちゃんとミントちゃん。


「ま……待って! 不自然すぎるよ。もしかしたら毒が入ってるかも」


 お腹が空いていたので賛成したい気分だったけど、調べずに手をつけるのはさすがに危険だ。


 私はみんなに待つよう言ってから調査を開始する。まずは状況把握から。

 広さは前の部屋と同じくらいで天井もすごく高いけど、置かれてるものの多さは全然違う。

 調べ甲斐のありそうな室内を、私はじっくりと見回した。


 長方形の石のテーブルがいくつかあって、その上には銀の器に盛られたごちそう。壁には輝石がいっぱいなので、なんだか今までの部屋に比べて特別なカンジがする。


 そんなゴージャス空間だというのに床は鉄格子というアンバランスさ。

 格子の下はひたすら暗闇が広がっていて、かなり深そうだ。


 私たちが罠にかかって落ちた部屋がもしかしたら最下層かと思ったけど、それより底があること知ってちょっとだけ残念な気分になる。


 へこむのは後にして……次は料理を調べよう。

 私は袖まくりをして最寄りのテーブルに近づいた。


 用心深く皿を覗き込んで観察してみる。これは……ミートローフかな?

 ミートローフはひき肉と玉ねぎに香辛料を混ぜて成型して、オーブンで焼いた料理だ。

 見たカンジはすっごく美味しそうで変なものが入ってる気配はない。ニオイもたまらなくて、腐ってる様子もない。


 いやいや、まだ油断できない。腰の短剣を抜いて念のため盾を構えて顔を守りながら、おそるおそるミートローフを切ってみる。

 中にはモンスターが潜んでたり、爆弾とか入ってたり……することもなくて食欲をそそる断面が現れた。

 中にゆで卵が入っていて、上にかかったソースがトロ~リと垂れてきて思わず生唾を飲み込んでしまった。


 た、たべたい……。


 ガマンできなくなって顔を近づけようとすると、盾のハムスターがガアッとミートローフに噛みついた。


「あっ、食べちゃった」


 まさか魔法で出できた動物が人間の食べ物に興味あるだなんて思わなかった。

 ハムスターはガウガウと荒ぶりながら皿に顔を突っ込んで犬食いしている。 


「『荒ぶるげっ歯類の盾』は混入毒に対しても敏感」


 横で見ていた飼い主は心配する風でもなかった。

 その言葉を解釈するなら、料理には少なくとも毒は入ってないことになる。


「じゃあ食べても平気かな」「いただきまーす!」


 私の独り言にかぶるように宣言したミントちゃんは今度は止める間もなく鳥の丸焼きにかぶりついた。

 口のまわりをベタベタにしながら「おいしーい!」と満面の笑みだ。


 それを合図として皆も料理に手をつけはじめる。一名を除いて。


「あ、あの……本当に頂いてしまっても……よろしいのでしょうか?」


 シロちゃんはひとりおろおろしている。彼女は危険性よりも料理を無断で食べてしまうことを気にしているようだ。


「どーせほっといても腐るんだから、かまわないでしょ」


 チョコのかかったドーナツを口に放り込みながら気楽に言うイヴちゃん。


「かまわないでしょー」


 イヴちゃんの口調をマネしながら、肉や野菜が刺さったバーベキュー串を手渡すミントちゃん。

 シロちゃんは「あ……ありがとうございます」と言って受け取ったものの、食べていいものかとまだ迷っているようだった。


 しかしミントちゃんからいつ食べるのかとじーっと凝視されたのでいよいよ観念して、なぜかその場で正座してから両手で持った串の途中にある玉ねぎを上品に口に運んでいた。


「おっ、レモンがあるな。レモンレモン」


 果物の山からレモンを取り、丸かじるするユリーちゃん。

 彼女の好物は相変わらずのようだ。


「うわっ、そんなのかじって酸っぱくないの?」


 その様子を目にしたイヴちゃんのほうがよっぽど酸っぱそうな顔をしている。


「全然。コイツは酸っぱくねえヤツだよ。うめえからちょっとかじってみろよ」


 イヴちゃんの鼻先にレモンを突きつけるイヴちゃん。

 なんだか既視感に襲われた。私が子供の頃ユリーちゃんからレモンを勧められたときの状況に似てる。


 たしかそのとき、私が躊躇してたら挑発してきたんだ。


「なんだよ、まさかこんなモンにまでビビってんのかよ」


 そうそう、こんなカンジで。


「ば……バカにすんじゃないわよっ!」


 あっさり煽られたイヴちゃんは差し出された手ごと丸呑みしそうな大口で、レモンにガブリと噛みついた。

 次の瞬間、まるで即効性の毒を受けたように卒倒し、強烈にむせはじめる。


「げほっ! がはっ! ぐほっ! メ……ヂャグヂャ酸っぱいじゃない!」


「そうかぁ? たいして酸っぱくねぇだろ、大げさだな」


 全く悪びれた様子がないユリーちゃん。食べさしのレモンをかじっては不思議そうな顔をしている。


 ……私のときもそうだったんだよね。勧められたレモンをひと口かじって悶絶する私を見下ろしながらそんなことを言っていたような気がする。


 イヴちゃんはテーブルに寄りかかったままミントちゃんとシロちゃんとから介抱されている。といってもミントちゃんから口にドーナツを詰め込まれて、シロちゃんから渡された水を飲んでるだけだけど。


 その光景を尻目につまみ食いをする。さっきまでの警戒心はどこへやら、私はおいしいバイキングに舌鼓を打っていた。

 どの料理も出来てから少し時間が経ってるのか冷めてるけど、それでも美味しくなるように工夫されている。


 私はひとつの好物をいっぱい食べるより、いろんな美味しいものをちょっとづつ食べたいタイプ。部屋のなかでひとり食べ歩きをしていると、奥の壁に人型の彫刻があるのを見つけた。


 なんだろう……?


 クラッカーのカナッペをつまみながら、それを観察する。

 等身大の彫刻は人の口から始まって、内臓を模したところまで彫られている。

 内臓は6室あって、それぞれに木の輪がはめこまれていた。


「あれ、これって……」


 なんだかこの木の輪っか、どこかで見たことあるような……。

 手にしてよく調べてみたいけど、取り外したら何か起こりそうな予感がする。


 どうしようか迷っていると、レモンを手で弾ませながら「なにやってんだ、リリー?」とユリーちゃんがチョッカイをかけてきた。


「おっ!? コイツは探してた腕輪じゃねーか、案外あっさり見つかったな。いただきっ!」


 何のためらいもなく腕輪のひとつを引っこ抜く。


「あっ、ユリーちゃんっ!?」


 それを合図とするかのように、私たちがここに来るのに使った階段が石壁によって閉ざされた。


 閉じ込められた!? と思う間もなく間髪いれずに部屋全体が大きく揺れた。

 その揺れは収まるどころかどんどん大きくなり、立ってられなくなった。


 みんなはしゃがみこんで床の格子を掴んだ。何が起こっているのかわからず、口ぐちに叫んでいる。

 突然の出来事に、完全にパニック状態だ。


 こ……こんな時こそ私がしっかりしなきゃ。で、でも……何が起こるか予想もつかない。

 一体なにをしたらいいのっ!?


 ケッターが衝突するときと、イノシシに襲われたとき、私は自分でも驚くほど冷静だった。

 でも今は違う。なんでこんなに心がかき乱されるんだろう?


 ど……どーしよう!? どーしようっ!?

 考えれば考えるほど頭の中が混乱する。


 行動を起こしたくても、揺れがひどくてつかまっているだけで精一杯だ。

 でも……じっとしてるワケにはいかない! このピンチを打破できる何かを探さなきゃ!!


 私はテーブルにすがりながらなんとか立ち上がる。

 揺れがさらにひどくなって、つい食器を掴んでしまった。


 ……あれ?


 そこで違和感に気づく。

 掴んでも食器はピクリとも動かなかった。まるでテーブルにくっついているかのように。


 よく見ると、立てないほどの大揺れであるにも関わらず器はどれも動いていない。かわりに盛られた料理はこぼれ落ちている。


 ……食器がテーブルに固定されてる? なんで、そんなことを……?

 咄嗟に思い付いたのは、ここがよく揺れに見舞われる場所なんじゃないかということ。


 揺れることがわかっていれば、食器を固定したくなるのもわかる。

 まぁ……それ以前に、なんでこんな所に料理を置きたがるのかわからないけど。


「ああーっ! みず! みず!」


 四つん這いのまま下を向いているミントちゃんが叫んだ。


 いつのまにか下の方から水が登ってきており、あっという間に格子から溢れて床下に浸水しはじめた。


 地震の次は洪水!? 

 い、いや待てよ、このまま水が増えてくれれば浮いて天井までたどり着けるかも!?


 私の浅はかな期待を裏切るように、いや、それとも叶えてくれたかのように、部屋が真横になるほど大きく傾き、ついには完全に横転した。


 いままで壁だったところが床になって、みんなは叩きつけられた。その上から料理が降り注ぐ。格子が壁側になったせいで、水がいっきに押し寄せる。


 私たちは悲鳴をあげるヒマもなく、その濁流に飲み込まれてしまった。

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