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「え……えーっと……」
イヴちゃんから詰問されて、本格的に言葉に詰まってしまった。
いきなりそんなこと聞かれても……という気持ちでいっぱいだ。
だいだいユリーちゃん女の子だし、それなのにケッコンとか言うから当時の私はますます男の子と勘違いしたんだ。
そもそも女の子同士ってケッコンできるんだっけ?
できるとしても私はまだそんな歳じゃないし……それに子供の頃はよく考えもせずに軽い気持ちのつもりだったんだ。
ユリーちゃんといっしょにいれたら楽しいだろうなぁ……程度の考えだったんだ。
でもその約束をユリーちゃんはずっと覚えていて、私をさらう勢いでいるらしい。
さらわれるのは普通お姫様とかで、少なくとも自分がそうなるなんて考えもしなかった。
うちのパーティのなかでは……イヴちゃんがお姫様だから立場的にそういうこともあるかもしれない。
ただイヴちゃんの抵抗は並大抵ではなさそうなのでさらうほうも大変だろうなぁ。
さらわれちゃったらどうなるかわかんないけど、それはそれでなんだか楽しそうな気がしないでもない。
でも……なんにしても……みんなと会えなくなるのはイヤだ。
みんなも反対してくれてるけど、シロちゃんは私の気持ちを尊重すべきだと言ってくれた。
なので私は……ユリーちゃんと行きたいのか、みんなと残りたいのか、自分の気持ちをハッキリ示す必要があるんだ。
でも……でも……そんなの……選べるわけないっ!!
言葉を濁しているうちにミントちゃんがしびれを切らしたのか、
「どーん!」
なぜかユリーちゃんに飛びついた。
私の答えを待っていたユリーちゃんは完全に不意をつかれたようで、情けなくよろめいていた。
「なっ、何だよ!?」
「ねぇねぇねぇ、スライムってどんなあじだった? おいしかった?」
「うまいわけねーだろ! 腐ったアブラみてーな味だったぞ!」
「なぁーんだ、つまんないの~」
「スライムは吸収するものよって体色や体臭、性質が変化する。油脂を吸収していたから油のような味になっていたものと思われる」
虚空に向かって見解を述べるクロちゃん。
「あの……それでしたら……果物などを差し上げればその味になっていただけるんでしょうか?」
小さく手を挙げて、遠慮がちに質問するシロちゃん。
「その可能性はある」
「あら、それ美味しそうじゃない」
甘いもの大好きイヴちゃんが反応する。
話題の中心はいつのまにかフルーツ味のスライムに取って代わっている。
みんなはイチゴスライムだのバナナスライムだのメロンスライムだのと思い思いのスライムについて語り合っていた。
「あ、あの~……」
おそるおそるその輪に入ってみる。
「えーっと……す、スライムもいいけど……とにかく今はこの冒険を終わらせることに集中しようよ。その他のことは終わったらゆっくり……ね?」
私は迫られた結論を先送りにすべく、スライムにかこつけた現状打破を提案をした。
なんだかズルい気がしなくもないけど、そんな簡単に答えなんて出せるわけがない。
それにいま私たちは冒険中なんだから、本分に立ち返るのが筋というものだ。
イヴちゃんはなんだか納得いかない様子だったが、ユリーちゃんは対照的に晴れやかな表情で、死の淵から蘇ったことにより一皮むけたような雰囲気を漂わせていた。
「いいぜ、ようはこの冒険が終わるまでにオマエのハートを掴んでみせればいいんだろ? 今は負けっぱなしかもしれねぇけど……勝ち越せばいいんだよな?」
なんだかカッコいい感じのセリフと共に音がしそうなくらいの派手な目配せを飛ばしてくる。
そのウインクをモロに受けた私の心臓は、自分でも驚くほど高鳴った。
このカンジ……懐かしい。私は彼女のこういうところに惹かれてたんだ。
そのドキドキは、すぐにワクワクに変わる。私はまだ……ユリーちゃんと冒険できるんだ!
私のやる気はすぐさま満たされ、とめどなく溢れ出す。
よぉーしっ! 冒険……再会だ!
「みんな! いろいろあったけど、気を取り直していこー!!」
拳を高く突き上げるとみんなも「おおーっ!」と賛同してくれた。
よぉし、まずは状況把握だ。私は改めて周囲を見回す。ブロックでできた長~い正方形の部屋。
「……みんなもあの高いところから落ちたんだよね? 平気だったの?」
私は首がグキッてなりそうなくらいに見上げながら尋ねる。私とクロちゃんが落ちた部屋と同じところにロープが張られているけど……やっぱりアレに引っかかったのかな?
イヴちゃんがフンッと鼻を鳴らした。
「バカユリーのおかげでここまで落ちちゃったけど、下にスライムがいたおかげでクッションになって助かったのよ」
スライムってクッションになるんだ……でも彼女たちも奇跡的に落下死はまぬがれたようでよかった。
私とイヴちゃんの会話をキョトンとした顔で聞いていたユリーちゃんだったが、ハッとなったあと肩を怒らせた。
「バカユリーって俺のことかよ!? さっきから黙って聞いてりゃふざけんなよこのツインテールゴリラ!! ウホウホしか言えねぇようにしてやろうか!?」
「だれがツインテールゴリラよっ! そのバカ頭、リンゴみたいに握りつぶされたいのっ!?」
まるで示し合わせていたかのような見事な掛け合い。
思わず見入ってしまったが、すかさず掴みあいに移行したので私は慌てて割って入った。
「やーめーてー! いまはケンカしてる場合じゃないでしょ!」
ケンカなんかで体力を使うヒマがあったらこの冒険を一歩でも前進させるために使ってほしい。
「まずはこのダンジョンから生きて帰らなきゃ、ケンカはそのあと!」
ふたりを押し離しながら注意する。しかしフーシャーと威嚇しあってどちらも引く気配はなかった。
ケンカしている猫みたいな彼女らを仲裁しながら、私は提案する。
「ここに来る途中の廊下に下に降りる階段があったから、そこに行ってみよう」
猛猫コンビは取っ組み合いをしたくて身体を押し付けてくる。押し返す私の手のひらは彼女たちの胸の格差をまざまざと感じていた。
「フン、どうやってこの上にあがるつもりよ?」
勝ち組のイヴちゃんが唸ると、
「オマエみたなゴリラは大変そうだな」
負け組のユリーちゃんが呼応して、押し合いはさらにヒートアップした。
確かに、ベランダ状に一段高くなっているところは結構高くて、あがるための手がかりはまわりに一切ない。
だけど……何か方法があるはずだ。
私は板挟みになりながらも話を進める。
「だ、誰か、何かもってない? ロープとか……」
口に出してからハッとなった。ロープなら上にあるじゃないか。
「ね……ねえ、あの上にかかってるロープ、取ってこれる?」
なおも踏ん張りながら、キャットファイトを楽しそうに眺めていたミントちゃんに問う。
アレが取れれば問題解決なんだけど……いくら彼女でも出っ張りのないこの壁を登るのは無理……かもしれない。
「れるよー」
しかしミントちゃんはオリジナリティ溢れる返事をするなり奥の壁に走っていき、ピタッと張り付いた。
ブロックのわずかな隙間を手がかり足がかりとしているにも関わらず、まるでハシゴに登るようなスムーズさであっという間に上へ上へとあがっていく。
おお、相変わらずスゴイ。でもロープからけっこう離れた場所を登っているなぁ、なんて思いながら眺めていたら、中腹あたりで力を溜めるみたいに身体を縮こませていた。
直後、勢いよく伸びあがったかと思うと、その弾みを利用して起き上がった後に壁を斜めに走り始めた。
「ええっ!?」
想像しなかったアクロバティックな動きに仰天すると、ガンをつけあっていたユリーちゃんとイヴちゃんもつられて壁を見上げた。
引力を無視して壁を駆け登るミントちゃんを見てふたりとも「うおっ!?」と驚いている。
張られたロープの側まで到着すると鉤爪で切断、すかさず縄の端を掴んだあと続けざまに壁を真横に走り出した。
まるで遠心力に振り回されてるみたいな動きで、反対側にあるロープを留めている場所に向かっている。
一気に反対側までたどり着くと壁を蹴って跳躍、壁にくっついているロープを切断し、そのまま空中回転しながら私たちの目の前に華麗に着地した。
「はい!」
初めておつかいを果たした子供のような笑顔で、ロープを差し出すミントちゃん。
私は茫然とそれを受け取る。
ミントちゃんのことだからこんな壁でももしかしたら登ってくれるんじゃないかと思っていた。
大変だけど時間をかけて登ってロープを切って、降りてきてから反対側を同じくらい時間をかけて登ってもらってようやくロープが手に入る、くらいに考えていた。
まさか……数秒で回収しちゃうだなんて……。
衝撃の移動テクニックに私だけでなく、その場にいる全員が言葉を失っていた。
イヴちゃんとユリーちゃんにいたっては完全に戦意を喪失しており、あんぐり口をあけるばかりであった。
東のほうには「ニンジャ」っていう冒険者の職業区分があって、それは人間離れした体術での探索、戦闘のエキスパートらしい。
……彼女はそのニンジャとも渡り合えるかもしれない。




