17
ユリーちゃんの心臓は動いていない。
だけど、だけど……まだここにいるってことはチャンスがあるってことだ!
聖堂に送られる前に、なんとかできれば!!
私は床に寝かせたユリーちゃんの胸に両手を当て、強く、リズミカルに押す。
生存術の授業でならった蘇生方法。胸を圧迫することにより心臓が再び動き出すことがあるらしい。
「シロちゃん、気つけの呪文をお願い!」
「は、はいっ!」
「みんな! ユリーちゃんに呼びかけて!!」
私はマッサージを続けながら、指示を飛ばす。
「まったく、世話がやけるわねぇ……ちょっと、いつまで寝てんのよ!」
枕元に立ち、寝た娘を叩き起こす母親みたいに喝を入れるイヴちゃん。
「おぉ~い! ユリーちゃーん! おきて~!」
姉の安眠を妨害するやんちゃな妹のごとくすがるミントちゃん。
「…………」
冬山で遭難したかのように寄り添い、寝るなとばかりに頬をペチペチとはたくクロちゃん。
「ユリーちゃん! ユリーちゃんっ!!」
私も一緒になってユリーちゃんをあの世から呼び戻す。
絶対、死なせるもんかっ! この冒険はみんなでやり遂げるって決めたんだ!
額をつたう汗を拭うヒマも惜しんで胸を押し、声を限りに叫ぶ。
一心になるあまり、やがてみんなの呼び声が遠くで響くようになって……私の声すらも、どこか他人事のように鳴りはじめる。
……彼女との思い出が、走馬灯のように蘇ってきた。
初めて出会ったときのこと、いたずらしたこと、勇者ごっこで遊んだこと、冒険して死にそうになったこと。
そして……最後に交わした約束のこと。
丘の上から夕暮れのツヴィ女を眺めながら、ユリーちゃんとお別れをしたんだ。
「オマエもとうとう……この学校に通うようになるのか」
「うん、魔王を倒すのにママが旅に出ちゃうから、ここに通いながら寮で暮らすんだ。だけど寂しくなんかないよ! 私はここでママみたいな勇者になってみせるんだから!」
「よぉーし、なら俺はお前以上の勇者になってやるぜ!」
「へへー、じゃあ競争だねっ!」
「なぁ……俺がお前以上の勇者になれたら……俺とケッコンしてくれるか?」
「えー? ユリーちゃんのおよめさんになるってこと?」
「ああ! 『ふたりの勇者』みたいにずっと一緒に暴れまわってやろうぜ!」
「それ、すっごく楽しそう! よぉーし、負けないからね!」
「じゃあ、俺は最強の勇者になってお前に会いにいってやる! どこにいたって見つけてやるからな!!」
……今になって鮮明に思い出してきた。
ユリーちゃんの顔に生気は感じられず、それどころかうっすらと肌が透けはじめた。
聖堂に送られる前兆が……現れはじめてる?
も、もう……ダメなの!?
せっかく再会できたユリーちゃんとの冒険は……ここで終わりなのっ!?
私は半泣きになりながら最後の力を振り絞って叫んだ。
「うわあぁぁーっ! 嫁でもなんでもなってあげるからっ、ユリーちゃんっ!! 戻ってきてぇぇぇぇーっ!!!」
それに呼応するかのように……彼女の口から、弱々しいうめき声が漏れた。
「う……ううっ……」
「ユリーちゃんっ!?」
「うぐっ……! げほっ、げほっ!!」
苦悶の表情でもがいたあと、激しくむせはじめるユリーちゃん。肌の透過がなくなり、いつもの褐色の肌へと戻る。
何回目かの咳き込みのあと、松ぼっくりくらいの大きさのスライムが口からつるんと飛び出した。
や……やった!!
「はぁ……はぁ……はぁ……」
死の淵から蘇ったユリーちゃんは完全に脱力しており、虚ろな瞳で胸をぜいぜいと上下させている。
「よ、よかったぁ……よかったユリーちゃん」
私は安堵のため息をもらしながら、彼女をやさしく包み込んだ。
「俺……いったい……どうしちまったんだ……?」
私の耳元で、息も絶え絶えのつぶやきが聞こえた。
「スライムが口の中に入って、窒息死しかけてたんだよ」
「そう……か……」
ユリーちゃんはしばらく茫然と天を仰いでいたが、突如カッと目を見開いたあと、
「くっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーっ!!!」
ダンジョン中に響きわたる大絶叫を絞り出した。私はびっくりしてのけぞってしまった。
急に元気を取り戻した彼女はガバッと起き上がり、床で所在なくぷるぷるしているスライムにゲンコツを振り下ろした。
「この俺がっ……! この俺がっ……!」
潰れて床のシミになったスライムに何度も何度も拳の雨を降らせたあと、
「スライムなんぞにやられちまうなんてぇーっ!!」
頭を抱えて床をゴロゴロ転がりはじめた。息を吹き返したと同時に全力で敗北の悔しさを表現している。
「はぁ、ゾンビみたいに蘇ったと思ったらギャーギャーと……死にかけくらいのほうが静かでよかったわね」
やれやれと肩をすくめるイヴちゃん。何気に容赦ない。
「すっかりお元気になられて……本当によかったです……」
涙をあふれさせながら、我が事のように喜ぶシロちゃん。
「……」
特に何の感慨もなさそうなクロちゃん。
ミントちゃんは私の側に擦り寄ってきて開口一番、
「ねぇねぇリリーちゃん、ヨメってなーに?」
不意打ちのような質問を浴びせかけてきた。
私は聞かれていたとは思わなかったので、一瞬言葉に詰まってしまう。
が、ごまかすことでもないので正直に話すことにした。
「小さい頃の話なんだけど、ユリーちゃんのお嫁さんになる約束をしてたみたいなんだよね。それを思い出しちゃって……」
「フン、くっだらない約束ねぇ」
横やりを入れたうえにばっさりと斬り捨てるイヴちゃん。
まぁ、くだらないといえばくだらないんだけど……。
でもユリーちゃん的には大事なコトだったようで、
「なんだと!? 俺の野望をバカにすんじゃねぇぞ!」
ヘッドスプリングで起き上がると、イヴちゃんに詰め寄った。
「野望ってなによ? どーせロクでもないことでしょうけど聞いてあげるわよ」
怖い顔で迫られてもイヴちゃんは上から目線を崩さない。さすがお姫様だけある。
「この留学中にリリーを完膚なきまでに叩きのめして俺が最強の勇者だってことを証明して……惚れ直させたところを嫁としさらっていくつもりだ!!」
どうだと言わんばかりの大見得を切るユリーちゃん。
私は何と反応していいのかわからなくて、目をパチパチするばかりであった。
久しぶりに再会したユリーちゃんは、私をブッ倒すために戻ってきたと宣言した。キャンキャン鳴かせてやるぜ! とも言っていた。
剥き出しなまでのライバル心は、ドラ女でがんばった成果を私に見せたかったんだろうと思っていた。
その予想は大体あってたけど……彼女はそのうえで私の尊敬を得て、子供の頃の約束どおり私にケッコンを迫るつもりだった……のか……な?
さっきまで大上段に構えていたはずのイヴちゃんが急に咆えた。
「はぁっ!? 子供の頃のたわごとならまだしも、この期に及んでリリーを嫁にするとかアタマおかしいんじゃないのアンタ! ダメダメ! そんなのダメに決まってるでしょ!」
ユリーちゃんと同じレベルまで降りてきたように声高に叫ぶ。
「なんでだよ!? なんでオマエが」
「とにかく、アタシは認めないからね!!」
抗議を遮り、ぴしゃりと言い切るイヴちゃん。まるで最愛の娘を嫁にくれと言われた頑固オヤジのようだ。
「ミントもイヤー!」
「絶対反対」
加勢するミントちゃんとクロちゃん。
「あの……私も……リリーさんと離れるのはイヤです……生意気言ってすみませんっ。で、でも、リリーさんのお気持ちが……そうなのであれば……あの……その……」
申し訳なさそうにもじもじするシロちゃん。ハッキリしない物言いだったが、意図は伝わってきた。
皆も同じのようで、視線が一斉に私に注がれる。
「……アンタの気持ちはどうなの、リリー?」
不良娘をとがめる頑固オフクロのような面持ちで……イヴちゃんが言った。




