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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
ふたりの勇者
72/315

15

 壁のカウントがゼロになる直前、不意に私の手が引っ張られてガクンと落下が止まった。


「わあっ!?」


 一瞬何が起こったのかわからなかった。


 おそるおそる顔をあげてみる。引っ張られた私の腕とそこに装備してある盾があって……なぜか盾の表側が、壁から壁へと張られているロープにくっついていた。


 頭の中がハテナマークでいっぱいになる。

 どういうことなんだろうか? ここから盾のオモテ面は見えないけど、ロープが引っかかる要素なんてないはずなのに……。


 今度は足元のほうを見てみる。

 ほんの数メートル下にはがらんとした石床のフロアがあり、思わず総毛立ってしまった。


 あ、あぶなかった……ロープに引っかからずに落下していたら、確実に聖堂送りになってたところだ。


 「落ちて死ぬ」っていうのはどういう気分なんだろう。

 刺されて死んだことは過去にあるけどすっごい痛かったんだよね。落ちて死んだ場合はどのくらい痛いんだろうか。


 ……想像するのはやめよう、と思えば思うほどもっとイヤなことが頭に浮かぶ。


 ここに落ちる寸前、はぐれたみんなの足元も同じように無くなっていたのが見えた。

 だとしたら、この高いところを同じように落下した可能性がある。私たちは奇跡的に助かったけど、彼女たちは……。


 私はブンブン顔を振ってそのイヤな予感を払いのけた。

 みんなはきっと無事だ、無事にきまってる。だからまずはこの状況をなんとかして、早く探しにいかないと……。


 なんて思ってたら突如ロープがブチブチと音をたてて切れた。


「うわあっ!?」


 そのまま数メートル落下し、どすんと尻もちをついてしまった。


「い、いったぁ~!」


 ビリビリ痺れる私のお尻。こういう時はのたうち回るかじっとしてるかだ。

 気分的にはのたうち回りたかったが、それでまた新たな罠を作動させてしまったら最悪なのでぐっと我慢して、私はじっとしていることを選んだ。


「だ、大丈夫? クロちゃん」


「平気」


 彼女は仰向けになったまま、なおも背泳ぎの動作を続けていた。たしかに平気みたいだ。


 それにしても……何で助かったんだろう……?

 盾の表面を見てみると、ハムスターがちぎれたロープをガブガブと齧っていた。


「はふあ!?」


 驚きすぎて、変な声が出た。


 は……張ってあったロープにハムスターが喰らいついたのか!

 なんという偶然だ!!


 それだけじゃなく、アゴの力もスゴイ。

 私とクロちゃん、ふたりもいたのにそれを噛む力だけで支えるなんて……。


 な……なんにしても私たちの命の恩人だ。

 「ありがとー!」とモフモフの顔に頬ずりをしたくなっちゃったけど顔を向けただけで「シャー!」と拒絶されてしまった。


 なのでかわりに術者であるクロちゃんを「ありがとー!」と抱き寄せて頬ずりした。

 お互いのほっぺがホカホカになるまで感謝の意を表させてもらう。


 りんごのようなほっぺになったクロちゃんは、立膝で座っていた私の足をマッサージするようにゆっくりと伸ばしはじめた。

 促されるままに、L字型の姿勢で座りなおす私。


「……なに?」


 彼女は私の問いには答えない。かわりにフードを脱いで私のヒザにコテンと横になった。


「どうしたの? 具合が悪いの?」


「別に」


 にべもない返答だったが、彼女にとってはこれが標準だ。どこか悪いわけではないらしい。


「疲れちゃった?」


「別に」


 クロちゃんは冷淡に答えながら、私のショートパンツとサイハイソックスの間から覗く太ももに頬ずりしている。

 その姿を見て、私は理解した。


「ひざまくら、してほしかったの?」


 頬ずりのついでみたいなさりげなさでクロちゃんは頷いた。


 なんだ、それならそうと言ってくれればいくらでもしてあげるのに……。

 でもなんで今この状況でひざまくらなんだろう?


 まぁ……いっか。


 ちょっとびっくりしたけど、嬉しいコトじゃないか。

 だっていつも頼りにしてるクロちゃんから頼りにされてるんだから。


 ……ひざまくら程度で頼りにされてる、ってのは言い過ぎか。

 でも私の脚でよければ痺れるまでならいくらでも枕にしてていいからね。


 そう思いながらクロちゃんの頬に触れると、上から手を重ねられた。

 私の手のひらの感触と太ももの感触、両方を堪能するようにスリスリしだす。


 彼女のそんな仕草に、昔のことを思い出した。


「私も子供のころ、こうしてママに膝枕してもらったなぁ……そのときママは耳の穴のなかに指を入れてくれて、それが気持ちよくて好きだったんだよね」


 私は話しかけながら、クロちゃんの耳の穴をまわりを指でやさしくなぞってみた。

 嫌がる様子はなかったので、そのままそっと耳の穴に指を差し込んでみる。


「…………」


 膝の上の頬摩擦ほほまさつがゆるやかになって……やがて停止した。


「ゴォーって音が聴こえるでしょ? これ、お母さんの音なんだって。お母さんのお腹にいるときずっと聴いてた音だから、落ち着くんだって」


 クロちゃんは私の「お母さんの音」に聞き入っているようだ。


「小さい頃の私はこの音を聴かせるだけですぐに寝てたって……ママが教えてくれたんだ」


 ママは私を寝かしつけるプロだった。子守唄は下手すぎて逆に覚醒するレベルだったけど……それ以外に豊富な手段を用いて私を夢の世界へと誘ってくれた。今やってる耳の穴に指を入れるのもそのひとつだ。


 クロちゃんにも効果があったのか、すっかりリラックスしているようだ。

 せっかくだから、このままちょっと休憩しよう。


 私はひと息ついて、膝枕を維持したまま周囲の様子を伺った。

 今いるのは……10メートル四方くらいの広さの、なにもない部屋。


 背後の壁には大きな字で「0」と彫られており、ここがひとつの基準点であることを示している。

 ゼロ……ということはこれより下はないんだろうか? だとしたらある意味ラクなんだけど。


 ほかには……正面の壁に扉のない出口がひとつ。すぐ曲がり角になっているので先がどうなっているかはわからない。

 あそこからはぐれたみんなの所に行ければいいんだけど……。


 逆にあそこから誰か入ってきたらびっくりするだろうな。

 誰もいない地下の遺跡で女の子がふたり、鬼火に囲まれて膝枕してるんだから。


 なんてどうでもいいことを考えていると、不意に出口のほうから小鳥の悲鳴みたいな叫び声が聞こえてきた。


 あの声は……シロちゃんっ!?


「行こう! クロちゃん!!」


 私はクロちゃんをお姫様だっこして立ち上がり、猛然と走り出す。

 腕の中のクロちゃんは寝入りばなのような顔をしていて、気持ちよさそうにまどろんでいる。寝ぼけているのか両手を伸ばしてきて私の耳の穴に指を差し込みはじめた。


 そのときゴォーって音は聞こえなかったんだけど、走ってるせいなんだろうと思って特に気にもとめなかった。

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