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石像の口が閉じたことによって陽の光が遮られ、一気に周囲が暗くなる。
「……!!」
私は扉に駆け寄ろうとしていたのだが、クロちゃんからしがみつかれたせいで間に合わなかった。
彼女は私を妨害しようとしたわけではなく、暗いのが怖かったので反射的に抱きついてしまったんだろう。
クロちゃんを抱えて閉ざされた入り口に近づく。
立ちはだかる壁には歯と歯茎の裏側みたいな彫刻が施されており、なんだか巨人に飲み込まれちゃったような気分になる。
「くっそぉーっ! こんな早い段階で罠とかアリかよ!!」
後ろから走り込んできたユリーちゃんはその勢いのまま壁にパンチする。ゴチンという音が響いた。
「閉じ込められちゃったわね」
続くイヴちゃんは厳しい表情をしていた。だけど取り乱した様子はない。
「どうするの~?」
ミントちゃんから他人事みたいな緊張感のなさで問われて、私たちは顔を見合わせる。
「ここでこうしててもしょうがないから、先に進みましょ」
あっさりした声で提案してきたのはイヴちゃんだった。
……確かにここで待ってても口は開いてくれそうにない。
そもそも誰か通りかかったところで、外から開けられるんだろうかコレは。
のっけから罠に引っかかったせいで萎縮しちゃったけど、ここは気を取り直して先に進むしかなさそうだ。
私たちは改めて作戦を話し合い、隊列を見直す。
最初に決めた並びはそのままだけど、ちょっと間隔をあけることにした。
これならば先頭のユリーちゃんとイヴちゃんが罠にかかっても距離があれば他のメンバーを巻き込むこともなく、さっきみたいに全員で閉じ込められるのを防げるからだ。
さっきよりも慎重に、ゆっくりと薄暗い廊下を進んでいく。
外は暑かったけど……中は日差しがないせいか涼しく感じる。
スペース的には窮屈ではなく天井も高くて幅も広い。
分かれ道などはなくまっすぐな一本道が続く。天然の遺跡というよりも完全に人工のものっぽい。
明りとなるのは壁に埋め込まれた輝石。輝石というのは暗いところで光る石のことで、それを明りがわりに使っているようだ。
松明やランプほどは明るくないけど、長い間光りつづけてくれるので交換しなくていいメリットがあると聞いたことがある。
輝石だけだと心もとないところだったが、鬼火にいっぱい囲まれているせいで私たちのまわりはそこそこ明るかった。
光源の主であるクロちゃんは私の腰が命綱であるかのようにしっかりと掴んでいる。
私はなんだか複雑な気分だった。
クロちゃんが暗いのが苦手なのは知っていた。でも彼女は入口で嫌がる素振りを見せなかったので気が回らなかった……。
気が付いていれば外で待っててもらうこともできたんだけど……でも彼女がいなきゃかなりの戦力ダウンになるし……何より初めてのダンジョンなんだからみんなと一緒に冒険したいし……。
などとウジウジ考えていたせいでみんなとだいぶ距離が離れていることに気づかなかった。
「おーい!」
ミントちゃんから呼ばれて顔を上げると、みんなは行き止まりで私たちを待っていた。
なんだ、もう行き止まりか……なんて思っていると、
「早くこいよ! ん? なんだってそんなにくっついてるんだぁ? ……あっ、もしかしてオマエ、ビビってんのかぁ?」
私たちの二人三脚状態を見たユリーちゃんが遠くからからかってきた。
次の瞬間、私のまわりを囲んでいた鬼火のひとつがユリーちゃんのほうに飛んでいった。
「熱っ!?」
小さな炎はそのままユリーちゃんのほっぺに体当たりした。のけぞるユリーちゃん。
しかしそれだけでは満足せず、鬼火はじりじりと彼女に近づいていく。
「なっ、何だよコレ!? あっちいけよ!」
蜂に襲われたみたいに払いのけようとするユリーちゃん。でも鬼火は軽いフットワークでかわし、自らの体熱を活かしたアチアチ攻撃を仕掛ける。
「あちちちち! くそっ、調子に乗るじゃねぇ!」
とうとうキレたユリーちゃんは鬼火とケンカをはじめてしまった。
ユリーちゃんは気づいてないみたいだけど、アレを操ってるのは間違いなくクロちゃんだ。
私の小脇にいるクロちゃんはじーっと鬼火を目で追っている。
いや逆か、彼女の視線の先に鬼火が移動してるんだ。
クロちゃんがこんなことをするなんて珍しい……からかわれて、頭に来たのかな?
「くらえーっ!」
壁際にいる鬼火を、蚊を叩くような手つきの掌底が飛んだ。
鬼火は直前でその攻撃をかわし、外れた平手はドン! と壁を突く。
突かれた石壁が、ゴゴゴと音を立てて奥へと引っ込んだ。
「なに……?」
突然の出来事に、あっけにとられるユリーちゃん。
いや、まわりで見ていたみんなも、私もぽかんとなってしまった。
「えっ?」
不意に片足の支えがなくなり、体勢がガクンと崩れた。足元を見ると床のブロックのひとつが消えていた。
消えたというより、ストンと下に落ちたうような感じだ。消えたブロックのあたりは何もなく、真っ暗だった。
床石はまるで崩壊するかのように次々と落ち、足元に広がる暗闇に消えていく。
「あっ、わっ、わわっ!?」
自分の足場が、次々となくなっていく。私は慌てて残った足場に足を移す。
「たっ、助け……!!」
イヴちゃんたちに助けを求める。が、離れたところにいる彼女たちの足元も同じ状況になっており、みんなはまるで初めてのダンスみたいにジタバタとステップを踏んでいる。
わ、私もハタから見たらあんななのかな……なんて思っているうちに、ついに足元の石がなくなり、私とクロちゃんの身体は暗闇へと吸い込まれてしまった。
「うわああああああーーーっ!!!」
ダンジョン中に響く悲鳴をあげながら、私たちは垂直落下する。
クロちゃんはこんな時でも声ひとつあげなかった。
彼女がいつも通りなのでつい安心しそうになったけど……この状況はかなりヤバいっ!
地面に激突する前になんとかしないと、下手したら死んじゃう!!
鬼火も一緒についてきてくれるからなんとか周囲は確認できるけど、まるで井戸の中を落ちてるみたいに周りは何もない。
なにか、なにか……なにかないんだろうか? そ……そうだ、クロちゃん!!
「クロちゃん、なにかないっ!? 空飛ぶ呪文とか、高いとこから落ちてもいたくない呪文とか!!」
「ない」
こんな状況でも借りてきた猫のようにおとなしいクロちゃんから即答された。
「なっ、ないのぉーっ!?!?」
私は森の中に続いて二度目の絶叫をした。
くっ……で、でも、あきらめてなるもんかっ!!
そ、そうだ! 空中でもがいて壁際までいければ、壁に剣を突き立てて落下スピードを落とせるんじゃないだろうか。
ちょっと冷静に考えればどちらもムチャなことだとわかるんだけど、この時の私はそれどころじゃなかった。
クロちゃんを抱えている手はそのままに、あいている片手をバタバタさせて宙を泳げないかと試みる。
盾がついてるほうの手を振り回しているせいで、盾のハムスターはシャーシャーと荒ぶりはじめた。
「ちょっとの間だから、ガマンしてっ!!」
聞き入れてくれてるかわからないけど、私はハムスターに向かって叫んぶ。
「『荒ぶるげっ歯類の盾』は言葉を理解しない」
実に冷静なツッコミが腰のあたりから立ちのぼる。
見るとクロちゃんは私の顔を凝視していた。まるで「何をしてるんだろう?」という風情で。
「クロちゃんも、クロちゃんも泳いでっ!!」
私に言われてクロちゃんは抱えられている状態でありながらも器用に身体を翻して仰向けになった。その体勢で足をパタパタと動かしはじめる。
せ、背泳ぎ……っ!?
ええい、泳法にこだわってる場合じゃない!
私とクロちゃんは懸命に泳ぐフリをする。少しでもいい、あの壁に近づければ……!
祈るような気持ちでもがいていると、目指す壁には大きな数字が彫られているのに気付いた。
150……140……130……120……110……。
その数字は等間隔に彫られているようで、下に行くほどカウントダウンのように減っていっている。
も……もしかしてアレって……地面までの距離!?
みるみるうちに減っていく数字。焦る気持ち。
唯一の試みである空中遊泳も進んでるんだか進んでないんだかわからない微妙さで、私の手はむなしく空を切るばかりであった。
100……90……80……70……60……。
近づく地面の気配。死の淵に引きずり込まれるような感覚。
それらを全身全霊をもって受け止める。
も、もう……オシマイ……なのか……。
50……40……30……20……10……。
「うわあああっ! もっ、もうどこでもいいっ!! ドラゴンのキバでも、悪魔の尻尾でも……もうどこでもいいから引っかかってぇーーーっ!!!」
それでもあきらめきれない私はガムシャラに手を振り回し、往生際の悪い叫び声をあげた。




