13 遺跡
まるで砦のように立ち並ぶ数々の建物。アレは何だろうと思っていると、
「いろいろあったが、ようやく着いたな」
漂流のすえようやく大陸を見つけた船長のように、腰に手を当てたユリーちゃんがつぶやく。
「えっ? あれがもしかして、目的の遺跡?」
驚いた私は素っ頓狂な声をあげてしまった。まるで間抜けな船員みたいだ。
私の問いに対して褐色の船長は感慨深げに頷いた。
なんてことだ。トラブルに見舞われすぎて私のなかではもうあきらめつつあったのに、いきなり到着するなんて……。
私達にはプロの冒険者の依頼なんてまだ早かったのかな……なんて思いかけてたのに、いざ目の前にすると急にイケそうな気がしてきた。我ながら現金だ。
目的地と聞いてみんなも同じ気持ちになったのか、建物群に注目している。
「いっぱいあるね~」
「どれも歴史がありそうですねぇ」
観光に来た母子のようなやりとりをはじめるミントちゃんとシロちゃん。
「そうかぁ? ボロいだけのようにしか見えねぇけどな」
空気の読めない父親みたいにそこに割り込むユリーちゃん。
「同じトコにある遺跡のわりにデザインがまちまちねぇ」
ショッピングの品定めをするようなイヴちゃん。お嬢様的な上から目線で歴史的建造物を眺めている。
でも彼女の言うとおり、ひとつの集落っぽいカンジなのにそれぞれの遺跡の形がバラバラだ。ひとつとして同じのがない。
「ラマール遺跡群はさまざまな部族の遺跡が集合する地域」
クロちゃんの解説が入った。遺跡には目もくれていないし態度もそっけないが、頼りになるガイドさんだ。
自然と歩き出した私たちは遺跡群へと足を踏み入れる。足元は砂利道に変わり、人の手が入ってることを伺わせた。その砂利石も風化した感じで歴史の深さを感じさせる。
集落みたいに並ぶ遺跡たちのスケールはそれぞれ異なり、大きいので3階建ての家くらいの高さだった。形も三角だったり四角だったり丸だったりと様々だ。
共通点としては「どれも古い」というところだったが、荒れている様子はない。
誰か居て手入れしてるのかなと思ったが、見回したカンジ周囲に人の気配はなかった。
依頼書にあった木の腕輪、その中に描かれていた紋章と遺跡の入り口に掲げられている紋章を見比べる。そうしていくうちに目的の遺跡が見つかった。
「コイツだな」
紋章が彫られた門柱を叩くユリーちゃん。
奥にはマーライオンみたいな顔だけの巨大石像があって、大きな口を開けていた。口内から地下へと降りていく構造のようだ。
地下っていうことは……いわゆるダンジョンだよね。私は授業の実習でしか入ったことがなくて、本番は初めて。
あ……ママとは何度か入ったことがあるけど、それは子供の頃の話でよく覚えてないし、なによりママのおかげでツアー旅行みたいに快適だった。
実戦ダンジョンが事実上初めてとなる私にとって、かなりの冒険が予想される。
「ねーねー、ほうせきある?」
ユリーちゃんのシャツをくいくい引っ張るミントちゃん。彼女はショートパンツの中にシャツを入れていないので、その拍子におへそが見えた。
「あるにきまってるだろ! 財宝にはモンスターも付きモノだから、ソイツもキッチリしとめてやるぜ」
ヘソチラもいとわずポキポキと指の骨を鳴らすユリーちゃん。もうすっかり立ち直ったようだ。
「ホントにいるの? なら閉所での大剣戦闘術を試すいいチャンスね」
想像しているのかニンマリするイヴちゃん。
「ミントはほうせきのほうがいいなぁ」
「宝石を持ってるモンスターもいるかもしれないわよ」
「ほんとに!?」
「よし、くまなく探してモンスターのケツの毛までむしってやろうぜ!」
「けつのけってなーに?」
ミントちゃんから急に振られたシロちゃんは質問の内容に目を丸くしたあと、
「えっ? あ、あ、あの……その……お、おそらく……ですけど……おっ……お……おしっ、おしりに生えている……毛……のことだと思います……」
顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながらも返答する。そんなに恥ずかしいならとぼけるなり他に振るなりすればいいのに彼女らしい律儀さだ。
「えーっ、おしりのけ? そんなのいらな~い」
食卓に苦手なピーマンを出された子供みたいなミントちゃんの反応にみんなは笑った。
一行はまだ見ぬダンジョンに夢を膨らませている。どうやら全員初めてのようで、ワクワクぶりが見てとれた。
いちどドライトークまで戻って装備を整えるっていう手もあるけど、なんだかやる気になってるようなのでこのまま突入してみるのがよさそうだ。ちょっと中を覗いてみてヤバそうだったら戻るのを提案してみよう。
そうと決まれば……!
「よぉーし、作戦会議しよっ!」
私は袖まくりをしながら、みんなの輪に飛び込んだ。
「作戦会議ぃ? なんだよそれ」
面倒くさそうに顔をしかめるユリーちゃん。
「いや、適当に飛び込むのはどうかなーと思って」
この冒険はずっとトラブル続き。しかもダンジョンとなるとさらなる困難が予想されるので今のうちにちゃんと作戦を立てたほうがいいと思ったからだ。
「それもそうね。で、何話すの?」
イヴちゃんから問われて私は早速言葉に詰まってしまった。
……ダンジョンって何に気を付ければいいんだろう。
「遺跡などの場合」
不意にクロちゃんが口を開く。
「神事にまつわる用途に使われていた場合が多いため、仕掛けとして建物を傷めるような罠は少ない。逆に侵入者に恐怖心を植え付ける罠が多く、それは侵入を躊躇させるために入り口付近に仕掛けられている。空間の関係上、モンスターの奇襲に対応しづらい状況が起こる可能性があるので隊列が重要」
それは彼女が饒舌になる貴重な時間だった。そのレアさもさることながら濃縮された情報に思わず「なるほど」と唸ってしまう。
ユリーちゃんは「なんだオマエしゃべれるんじゃねぇか、1日1単語しかしゃべれねぇ呪いにでもかかってるのかと思ってたぜ」などと言っていた。
ということで隊列決めをする。
先頭を譲らないユリーちゃんとモンスターが出たら真っ先に攻撃したいイヴちゃんを筆頭に、真ん中にシロちゃんとミントちゃん、最後に私とクロちゃん。
入り口から察するに通路はあまり広くなさそうだったので二列での構成となった。
その後クロちゃんはおもむろに呪文を唱えだした。ロウソクくらいの小さな炎が空中に浮かぶ。「鬼火」の呪文だ。彼女はさらに詠唱を続け、8つほどの鬼火をこしらえた。
かなり明るいカンジになってユリーちゃんから「こんなにいるのか?」と突っ込まれていた。クロちゃんは「必要」とだけ答えていたが、他のみんなは彼女が暗いのが苦手と知っていたので特に何も言わなかった。
さらにクロちゃんは私の盾に向かって呪文を唱えた。
盾が光につつまれたかと思うと、表面に大きなハムスターの顔が現れた。
まるで壁掛けの剥製のような見た目だが、生きてるみたいに動いている。
「な……なにコレ?」
「『荒ぶるげっ歯類の盾』」
「かわいい~!」
手を伸ばすミントちゃん。
次の瞬間ハムスターは「シャアッ!!」と大口をあけてその手に噛みつこうとした。
「ひゃあっ!?」
あわてて手をひっこめるミントちゃん。
「荒ぶりやすいから、触れないほうがいい」
「……これは、なんの役に立つの?」
盾の上のほうからそっと覗き込んでみた。ハムスターと目があった途端に前歯を剥かれる。
「環境の変化に敏感。毒ガスなどがある場合、人間よりも早く察知する」
「おお、それは役に立ちそう」
罠発見器みたいなものか。さっきクロちゃんは遺跡は建物を傷つけない罠が多いって言ってたから、毒ガスの罠があると判断したんだろう。
荷物を失ったというのにこれだけの準備ができるなんて……さすがだ。魔法バンザイ。
「よし、じゃあいこっか!」
颯爽と宣言すると、みんなは力強く頷き返してくれた。
ユリーちゃんとイヴちゃんは石像の口に向かって歩き出す。後に続く私達。
薄暗い口内へと足を踏み入れた瞬間、隣にいるクロちゃんが私の手をギュッと握ってきた。
周囲の暗さよりもずっと黒いローブを被るクロちゃんの顔は、なんだか心細そうに見えなくもなかった。鬼火がまわりにいっぱいあるとはいえ不安なのかな。
「大丈夫だよ、クロちゃん」
囁きながら歩を進めていると……床がわずかに沈んだ。
次の瞬間、ゴゴゴと石が擦れ合うような音とともに、背後の口が閉じた。




