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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
ふたりの勇者
69/315

12

 私は岩の上で頬杖をついて寝そべる幼馴染の背後に近づいた。


「ユリーちゃん、ゴハンできたよ。一緒に食べよ?」


 が、反応はなかった。


「……寝てるの? それともケッターから突き落としたこと、まだ怒ってるの?」


「怒ってねぇよ」


 怒ってる人特有の返答がかえってきた。


「ああするしかなかったんだよ。あのままじゃユリーちゃん轢かれてたよ」


「だったら轢かれてたほうがマシだ。俺はあのゴリラ女との体当たり勝負に負けたうえに、ケッター勝負でも負けて2連敗もしちまったんだからな」


 てっきり突き落としたことを怒ってるのかと思ったら違った。

 彼女のなかでは先ほどのケッター脱出劇は勝負ってことになっていて、それが連敗続きだったことに腹を立てているようだ。


「え、えーっと……」


 ユリーちゃんと仲直りしたくて声をかけたけど、言葉に詰まってしまう。なんて励ませばいいんだろう。

 彼女の性格は知ってるつもりだったけど、ここまで負けず嫌いをこじらせてるとは思わなかった。


 私は生きていくうえで勝ち負けをほとんど意識したことがない。テストが悪くても「まぁいっか」となってしまう。

 モンスターと戦ってる間は負けたくないと思うけど、それで敗れてもあんまり引きずらない。


 ……そんなだから、あんまり学校の成績も良くないのかな。ユリーちゃんは通り名がつくほど有名になってるのに……。


 ……あ、いやいや今はユリーちゃんと一緒に自己嫌悪してる場合じゃないんだった。

 なんとかやる気を出してもらって、ともにこの窮状を脱出しないと。 


「じゃ、じゃあ負けた分以上に勝てばいいんじゃない?」


「なに?」


 我ながら陳腐なアドバイスだなと思いつつも私は続ける。


「1回負けてもそのあとに2回勝てばトータルでは勝ちになるよね。だから勝負を挑み続けていればいつかは勝ち越せるかもしれないよ」


 ユリーちゃんは素早い寝返りをうってこちらを見た。

 悪態をつかれるかと思ったが、


「……そ、その手があったか……!!」


 初めてあぶりだし文字を初めてみた子供のような顔をされた。

 まさかその考え方が今までなかったとは思いもしなかった。


「いいわ!」


 不意に背後から威勢のいい声がした。振り向くと仁王立ちするイヴちゃんがいて、手にした焼き魚の串をピッとユリーちゃんに向けた。


「そんなにアタシと勝負したいんだったら受けてもいいわよ。……言っとくけど、ハラペコだったってのは負けた言い訳にならないからね」


 挑戦的に言い放ったあと、串魚をバリバリと頬張りだす。


「ハンデはいらねぇってんだな!?」


 立ち上がるなり獲物に襲いかかる肉食獣のような勢いで食事の輪に飛び込むユリーちゃん。

 片手で木の実を頬張りながら、焼き魚に喰らいつく。


 な、なんだかよくわかんないけど……結果的にユリーちゃんも元気になったし……まぁ、良かったのかな。


 お昼ごはんを食べ終わり、少し休憩したあと勝負を開始する。

 話し合いの結果、ユリーちゃんが寝転んでいた大岩の上で押し合いをして岩の上から落としたほうが勝ちというものになった。


 ユリーちゃんの弁ではケッター上での落としあいを再現したいということらしかった。

 別にあれは落としあいじゃないんだけど、そのとき体当たりしたイヴちゃんが納得しているようだったので特に突っ込まなかった。


 再び岩の上にのぼるユリーちゃんと後を追うイヴちゃん。

 ふたりの1対1の勝負だと思ってたんだけど、なぜか私も岩の上に引っ張りあげられる。


「……えーっと、私は勝負を見届ければいいの?」


「何言ってんだ」「アンタも参加するに決まってるでしょ」


 息ピッタリなカンジで否定された。私の参加はふたりの中では決定事項らしい。


 「ミントもやるー!」とさらなる乱入もあったので、せっかくだからみんなでやることにした。

 正面から押し合う形だと力の差が如実に出そうだったので、追加で「おしくらまんじゅう」スタイルでの勝負を提案する。


「なんでも構わねぇからさっさとやろうぜ!」


 お尻でブンブンと素振りしながら叫ぶユリーちゃん。


「なんでこの暑いのにおしくらまんじゅうなのよ」


 不快指数高そうなしかめっ面のイヴちゃん。


「おっしくらまんじゅうおっされてなっくな♪」


 早くも歌い踊りはじめるミントちゃん。


「おしくらまんじゅう? ……お饅頭をつくるのですか?」


 料理のことと勘違いしているシロちゃん。


「……」

 

 なぜ今おしくらまんじゅうをする必然性があるんだみたいな表情のクロちゃん。

 いつもは無表情ながらも積極的に参加してくれるのに、今回は状況が状況だけあって乗り気じゃなさそうだ。


「1回だけ付き合って、ね? クロちゃん」


 両手を合わせてお願いすると、首を縦に振ってくれた。

 

 なりゆきでおしくらまんじゅうをすることになっちゃったけど、もしかしたらこのスキンシップでみんなともっと仲良くなれるような気がしていた。だからクロちゃんが不参加にならなくてひと安心する。


 念のためルールを確認してみると、ツヴィ女側のほうは大体同じだったがドラ女のほうはかなり違っていた。

 背中とお尻で押す以外に、後頭部とヒジと後ろ蹴りによる攻撃が認められているらしい。


 ユリーちゃんは「おしくらまんじゅうってのは背後から拘束されたときの格闘訓練をするためのものだからな!」と得意気に言っていたけどそれは禁止にした。


 ルール確認を終え、私たちは背中を向けて輪になる。

 私が開始の合図をしようと息を吸い込んだ瞬間……大地が動いた。


「ああっ!?」


 本当にいきなりのことだった。揺れたなんて生易しいものじゃなくて、動きだしたんじゃないかと思うほどの激しさ。私は思わずその場に尻もちをついてしまった。


「おわっ!?」

「ええっ!?」

「ひゃっ!?」

「きゃあ!?」

「……」


 みんなも立っていられなくって次々としゃがみこむ。

 こんな激しい地震……初めてだ。しかも揺れはどんんどん大きくなってくる。


 ミントちゃんがすかさず鉤爪を出し、岩にひっかけた。

 すかさずみんなは彼女にしがみつく。そうしないと落ちてしまうほどの揺れだった。

 私は手を伸ばしてシロちゃんクロちゃんを抱き寄せる。ユリーちゃんイヴちゃんは握力がありそうだけど、後衛ふたりは心もとないカンジがしたからだ。


 「大丈夫?」と尋ねるとシロちゃんは「はいっ」と心細そうな声で答えた。クロちゃんは、


「ロックボア」


 とだけつぶやいた。


「えっ?」


「習性として繰り返し行う泥浴びによって体表に付着した泥が固まり、結果岩のような外皮をもつようになったイノシシの一種」


 最初は何を言ってるのかわからなかったが、周囲を見回す余裕ができてからようやく理解できた。

 これは地震じゃない。この岩は「ロックボア」という生き物でそれが動き出したということに。


 見た目は大きな岩だったので全然気が付かなかった。ロックボアはすでに走りだしており、結構なスピードになってきている。


 ……判断をミスったかも。

 もっと早く気づいて最初のうちに振り落されていれば、少し痛い思いをするだけで済んだかもしれない。

 だけど今のこの勢いで落ちたら……かなりヤバそうだ。


 やっぱり背中の上でおしくらまんじゅうを始めようとしたのがいけなかったんだろう。

 そりゃ故意でなくても背中でそんなことされたら怒って振り落したくもなるよね。


 まるで疾走する馬にしがみついてる気分。馬の場合は声をかけるなどして落ち着かせればいいが、イノシシはどうすればいいんだろうか。


 言葉は通じないかもしれないけど謝ったほうがいいんだろうか、それとも逆に「止まらないと食べちゃうぞ」とか脅してみるのもいいかもしれない。

 などと考えていると、ロックボアはまだ火の手の残る森のほうに突っ込みだす。


 や……ヤバいっ!


「み、みんな伏せてっ!!」


 私は叫びながらシロちゃんクロちゃんをかばった。

 ロックボアは火の輪くぐりでもするように炎を突っ切り、燃え尽きた倒木をなぎ払ってさらに勢いを増す。


 こんなところで投げ出されたら大変なことになる。頼みの綱はミントちゃんの鉤爪、これが外れないよう祈るばかりだ。

 幾度となく熱さに晒され、そして灰まみれになりながらも私たちは必死にすがった。


 どのくらいの距離を移動したかわからない。手も痺れてきた。

 そろそろヤバいかな、なんて気持ちになってきたころロックボアのスピードがだんだん緩やかになってきた。……やっと落ち着いてくれたのかな?


 だがそれはすぐに間違いだとわかる。顔をあげる私の目の前には大きな泥沼が広がっていた。

 ロックボアは興奮して暴走してたわけじゃなく、習性の泥浴びにやって来ただけのようだ。


 すでに先客のロックボアが何匹かおり泥浴びを楽しんでいる。

 まるで山の頂上から転がり落ちてきた岩が沼に突っ込んだみたいな勢いで泥の中を転がり、激しい泥しぶきをまき散らしていた。


 こ……このまま乗ってたら泥まみれになっちゃう!


「み、みんな、降りようっ!!」


 なんとか立ち上がれるくらいまでスピードは遅くなっていた。ユリーちゃんとイヴちゃんはすぐに反応したが、シロちゃんクロちゃんはよろめいていたので手助けした。


 こんなときに一番素早いはずのミントちゃんはまだ横になっている。


「むぎゅぅぅ~抜けないよぉ~」


 ロックボアに刺さったままの爪が抜けないようで、伸びをする猫みたいな姿勢で必死に踏ん張っていた。

 私は山なりになっている彼女の腰を慌てて抱く。


「みんな、手伝って!」


 私の腰にみんなの手が伸びてくる。

 畑のカブを引っこ抜く陣形ができあがり、すぐさま引っ張りに移行する。


 止まらないロックボアの歩み、刻々と迫ってくる灰色の泥だまり。

 その前足がバシャっとぬかるみにかかったあたりで鉤爪は岩肌を削りとりながら外れ、勢いあまった私たちは後ろに吹っ飛んだ。


 重なり合って地面に叩きつけられるメンバー。

 身体中が痺れてるけど私はがんばって立ち上がる。襲いかかってくるかと思ったからだ。


 しかしロックボアはまるで私たちが乗っていたことに気づいていないかのように泥浴びをはじめた。

 沼の中を無邪気に転がる様はじゃれついているみたいで可愛くもあったが、あのまま乗っていたらペシャンコになっていただろう。


 ひと安心してふぅ、とため息をつく。いったいどこまで運ばれてきたんだろうとあたりを見回す。


 すでに森は抜けたようで、あたりは雑草が生える程度の荒野が広がっていた。

 風化したような小高い岩がポツポツと並んでいる。もしかしたらアレもロックボアなんだろうか。


 そしてそれらの奥にあり一際目をひいたのは……カフェオレのような色をした岩の砦たちだった。

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