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追い風にのって渦をまき押し寄せる炎。逃げ惑う動物たち。
懸命に逃げていた仲間たちは私とイヴちゃんに気づいて一瞬顔を明るくしたが、スマキにされている状態を見てまた絶望を露わにする。
引きずられるようにして走るシロちゃんは今にも死にそうな顔をしていた。
助けに来たわけではもちろんない。むしろこっちが助けてほしい状況だ。
だけどあんな状態のシロちゃんを見てほっとけるわけがない!
「イヴちゃん、シロちゃんの後ろについてあげて!」
「まったく……ひとづかいが荒いわねっ!」
口ではそう言うもののすぐさまみんなの元に駆け出すイヴちゃん。助けたい気持ちは同じのようだ。
木に燃え移り高く、草に燃え移り広く、すべてを飲み込むような勢いでさらに活性化する炎はモンスターなどとはまた違う不気味さがあった。まるで洪水のように森のすべてを浸食している。
近づくにつれそのまま一緒に飲み込まれちゃうんじゃないかと私は気おくれしたが、イヴちゃんは果敢に突っ込んでいく。
そしてついには走るみんなと迫ってくる炎の間にわりこみ、最後尾についた。
シロちゃんの背中を押して少しでも全体スピードの底上げを……と思って両手をつかって後ろから押す。
「シロちゃんあと少しだからがんばって! この先には河があるからそこまで行ければ逃げ切れるよ!」
「はっ、はひぃぃっ!!」
私の励ましに、悲鳴みたいな返事をするシロちゃん。別に反応は期待してなかったんだけど、律儀だ。
ふと足元を見るとシロちゃんのローブの裾が燃えていた。私は慌ててその裾をひっぱりあげて、叩いて消火する。
燃え移るほどに追い立てられてたなんてきっと熱かったろう、かわいそうに……なんて思ったが、それは我が身にも降りかかってきた。
すぐ後ろでメラメラ燃えてるから当然なんだけど、まるで火あぶりされてるみたいな熱さが襲ってくる。
「あちちちちちち! 熱い熱い熱い!! い、急いで! 急いでイヴちゃんっ!!」
縛られた身体を揺さぶって少しでも熱さをまぎらわそうとする。
「後ろにつけって言ったのはアンタでしょ! 少しくらいガマンなさい!!」
ワガママな子供に言い聞かせるようにぴしゃりと言うイヴちゃん。
全くもってその通りなんだけど、イヴちゃんは私を背負ってるから全然熱くないじゃないか!
背中の灼熱がどんどん酷くなっていく。海で日焼けしてるときの数倍の熱さ。
燃えるというより……こっ……このままじゃこんがり焼けちゃいそうだ。
でも……でもでもっ……! 私は歯をくいしばって熱さに耐える……耐えるっ!!
「うぐっ……ま、負けるもんかぁーっ!!」
腹の底から叫ぶ私。「うるさい!!」とイヴちゃんから一喝されるほどの声量で。
「そっ、そうだクロちゃん! 精霊魔法で水とか氷とか出せないのっ!?」
ユリーちゃんの肩に担がれているクロちゃんに話しかける。彼女はファイヤーボールを使えるんだから、もしかしたらと思ったからだ。
振り向く途中のような横顔でこちらを見たクロちゃんの口が「ない」と動いた。
「なっ、ないのぉーっ!?」
熱さをまぎらわすために私は叫んだ。もうヤケだ、身も心も。
そうこうしているうちに、ついに出口の光が見えてきた。
「い、いっけぇーーっ!!!」
私は声を限りに叫びながら、最後の力を振り絞ってシロちゃんの背中を押した。
バランスを崩して倒れる先頭のみんなと、それに巻き込まれてつまづくイヴちゃん。
一斉に転倒した私たちはゴロゴロ転がりながら森を飛びだし、そのままの勢いで河に飛び込んだ。
私とイヴちゃんは本日二度目の水浴びだ。
こんなに水がありがたいと思った日はない。さっきは喉の渇きだったけど、今回は熱さまし。
心地よい冷たさを全身で堪能する。熱かった背中が冷水にさらされて、水蒸気とともにジューって音が聞こえてきそうだ。
みんなはしばらく言葉も交わさずに水に浸かっていた。
私とイヴちゃんは大変な目にあったけど、たぶんみんなもいろいろあったんだろう。
いまはあの地獄のような状況から生還できた喜びを噛みしめよう……と思っていたらぐいと引っ張られ、起こされた。
「てめえっ!! さっきはよくもやりやがったな!?」
ユリーちゃんがイヴちゃんの胸倉をつかんで強引に起こしたのだ。
「さっき」というのはケッターで体当たりしたことを言ってるんだろう。
水滴を滴らせながら怒りを露わにする彼女は背中の剣を引き抜こうとしている。
鋭利な刀身が姿を現す。「ダブルブレードのユリー」と呼ばれているだけあってその剣は鏡面のように研ぎ澄まされていた。
「俺にあんなマネしたらどうなるか、コイツで思い知らせて……」
が、その抜刀が途中で止まる。ユリーちゃんの視線は私たちではなく、その後ろを見ていた。
何かが映り込んでいる刀身に目を凝らすと、燃える火球が映っていた。
……クロちゃんだ。私の背後でクロちゃんがファイヤーボールを浮かべてるんだ。
彼女の姿はファイヤーボールに隠れてよく見えなかったが、激しく燃えるソレはクロちゃんの怒りを代弁しているかのようだった。
「それ以上やったら許さない」まるでそう言っているかのように。
「テメェ……」
そう呟いてさらに怖い目つきになるユリーちゃん。私はちょっと萎縮していたが、たぶんクロちゃんには通用しないだろう。
しばらくの睨みあいのあと、ユリーちゃんは舌打ちした。掴んでいた手を離し、剣をサヤに戻す。
「次また俺の邪魔をしたら、お前ら全員聖堂送りにしてやる」
彼女のエモノと同じくらい鋭い言葉を残し、そのまま背を向けた。
「もったいつけてんじゃ……むぐぐ」
イヴちゃんが挑発っぽいコトを言いそうだったのですかさずその口を塞ぐ。
苦難を乗り越えてようやく再会できたのに、これ以上仲間割れするわけにはいかない。
っていうか、ケッターから突き落とすように指示したのは私なんだから、本来ユリーちゃんの怒りは私が受けるべきだよね。
……あとでみんなに謝っておこう。
ミントちゃんにロープを切ってもらって、ずっと束ねられていた私とイヴちゃんはようやく自由の身になることができた。
「ふぅ、せいせいしたわぁ」
ずっと憑かれていた呪いが解けたみたいな晴れやかな表情のイヴちゃん。軽やかなステップを踏みはじめた。
長いこと後頭部ばっかりだったのでひさびさに見れたイヴちゃんの顔がなんだか新鮮だ。いろいろあったおかげで薄汚れてるけど。
クロちゃんがファイヤーボールを浮かべたままじっとこちらを見ていた。さっきまでの怒りはないのか、火球の燃え方もだいぶおとなしくなっている。
尋ねたところ、どうやらファイヤーボールは一度出したら引っ込めることはできないらしい。どこかに飛ばさないとダメみたいだけど、森めがけてだとまた火事になってしまう。
このままだと危ないので河に投げ込んでもらった。
さて、これからどうしよう。みんなと情報交換でもしようかなと思った瞬間、私の腹時計が騒ぎだした。
……もうお昼か、じゃあ先にすべきはごはんだ。食べながら作戦会議をしよう。
「みんなお腹すいてるよね? ごはんにしよっか?」
提案すると、ふてくされているユリーちゃんと小難しい顔のイヴちゃん以外は賛成してくれた。
「ごはんって、どうするつもりよ?」
両手を腰に当てるイヴちゃん標準ポーズで問われた。
「へへ、長い旅になるかなと思って食糧はたっぷり持ってきたんだよね」
寮の食堂のおばちゃんから食材を分けてもらって、生存術の授業で習った保存食をいっぱい作っておいたんだ。
「で、どこにあんのよ?」
「それは……」
そこまで突っ込まれてようやく気づいた。
食糧の入ったリュックはローリングサンダー号のトランクの中だった。
逃げるのに夢中で、すっかり忘れてた……!!
茫然となった私はガックリと膝をついてしまう。
「……お、お米とか、お肉とか、お魚とか、果物とか……干したり燻製にしたりしてがんばっていっぱい作ったのに……」
2か月くらい前からコツコツ作って貯めておいて、みんなと食べるのを楽しみにしてたのに……。
「ひとりで落ち込んでんじゃないわよ、アタシだって荷物なくなって泣きたい気分だってのに」
「そ、そっか……そうだよね……」
荷物を失ったのはみんなも同じなんだ。ひとりでへこんでる場合じゃない。
正直陥没したかと思うくらい私の心はへこんでるけど、無理して立ち上がる。
カラ元気ならお手の物だし、行動すればそのうちカラッポの中身も満たされる。
ごはんを食べるという目標は変えたくない。ならばやることはひとつだ。私は颯爽と宣言する。
「よ、よしっ。じゃあみんな、ごはんを集めよう!」
幸いなことに河をはさんだ反対側の森は火事になってないから、そこでいろいろ集められそうだ。
大きなイノシシがいるから気を付けてねとみんなに伝えてから私たちは行動を開始する。
私とイヴちゃんを追いかけてたイノシシはたぶん火事を見て逃げたんだろう。でもそうなるとまだこのあたりにいる可能性があるから注意しなきゃ。
私は森の中で木の実集め、イヴちゃんは焚き木拾い、クロちゃんは携帯用の釣り竿を持っていたので魚釣り。ミントちゃんには河の石をひっくり返して餌になるミミズを集めてもらう。シロちゃんは釣れた魚の調理。
ユリーちゃんは……いつの間にか岩の上に移動しておりこちらに背を向けてフテ寝していた。
しばらくはそっとしておこう。
小一時間後……河原の側で焚き木を中心とした簡易キャンプを作り上げるイヴちゃん。火はまだ燃えている森のなかから拝借。
私はシャツの裾が重さでたわむくらい木の実を取った。クロちゃんの腕前かはたまたミントちゃんが見つけた餌が良かったのか魚のほうも大漁だった。
シロちゃんはそれを洗った岩の上でさばいて刺身や焼き魚を作ってくれた。
いろんな魚や色とりどりの木の実が並べられ、思いがけないごちそうが完成する。
山河の恵みとみんなの笑顔を前に、私のカラッポだった元気はいつのまにか満タンになっていた。




