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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
ふたりの勇者
67/315

10

 私たちの背丈より大きいイノシシが壁のように立ちはだかる。全長はもっともっと大きいに違いない。


 硬くてごわごわした感じの毛皮は傷だらけで、いくつもの修羅場をくぐってきたことを伺わせる。

 昔は白かったであろう牙は赤黒く染まっており、余裕でイヴちゃんと私を串刺しにできそうなくらい長い。


 友好的な雰囲気は微塵もなく、充血した眼でこちらを見据えたまま土蹴りをしている。

 うーん、もしかしてここら一帯は彼のナワバリだったんだろうか。


「……やるわよ」


 前方を見据えたまま腰を落とすイヴちゃん。まさか彼女はユリーちゃんにしたみたいに体当たりするつもりなんだろうか。

 いくらなんでもムチャだ。体重が全然違うし、それに何よりあの牙に向かって突っ込んでいくなんて自殺行為だ。


 何にしてもこの緊縛された状態だと私たちの戦力はひとり分にも満たず、何をしたところで勝てる見込みは少なそう。

 イヴちゃんを思いとどまらせたいけど、下手をすると意固地になっちゃいそうだから言葉を選ばないと。


 あれ? そういえば……。

 今とってもピンチだと思うんだけど、いつもみたいに心がワサワサしない。


 不思議と頭の中が澄んでいるような気がする。さっき飲んだ川の水のように。

 まるで視界がひとまわり広くなったような、そんなカンジ。 


 落ち着いた気持ちのなかで改めて状況把握をする。

 イヴちゃんのうなじと肩ごしにイノシシ、その背後には川、奥には森……。

 さらにその向こうから立ち上るものを見つけて、私は囁いた。


「森のほう見て、イヴちゃん」


 その言葉に、わずかに顔をあげるイヴちゃん。


「……のろし?」


 少し離れた森の向こうから、細い一筋の煙が上がっているのが見える。


「はぐれたみんなの誰かが上げてるんだよ。まずはあそこまで行って合流しよう。そうすれば戦力も得られるし、ロープも切ってもらえる」


 のろしから導き出された新たな提案。私たちと合流するための目印として火起こしをした誰かがあの下にいるはず。

 全部私の想像だけど、体当たりするよりはマシだよ感を演出する。


「見たカンジだいぶ距離があるじゃない。この状態で逃げきれるわけがないでしょ」


「うん、そのまま逃げても多分追いつかれる。だから突っ込んでくるまで待って、合図したら横に飛んで」


 私の作戦に疑問があったのかイヴちゃんは沈黙する。しかしすぐに「オーケー」とだけ返答してくれた。

 私が自信たっぷりに言ったおかげで何か考えがあると察してくれたんだろう。


 自分でもなんでこんなに余裕があるのかわからない。

 それにこんなシチュエーションでイヴちゃんとやりとりするのは初めてのハズなんだけど……なんだか懐かしい気がする。


 なぜだろう……?


 考えを巡らせようとした瞬間、イノシシが「ブフッ!」と息を吐いた。


 ……来る!!


 鼻息を合図に、大砲から打ち出されたような勢いで突撃してくる茶色い砲弾。

 瞬きも忘れるほどの威圧感が最初からトップスピードで迫ってくる。


 こちらの立ち位置とイノシシの進路を瞬時に分析。よける方向を判断し、私は叫んだ。


「イヴちゃん、左っ!!」


 合図を待ち構えていたのか、イヴちゃんの反応は早かった。


「はぁーっ!!」


 気合の入ったかけ声とともに横っ飛ぶ。


 空中でブーツの先を牙がかすめていく。アイアンエレファント号から逃れた時もそうだったけど、今日はやたらと靴に攻撃を受ける。


 でもなんとか回避は成功し、イヴちゃんと私は腹ばいのまま亀の親子のように地面に這いつくばった。


 勢い余ったイノシシがさっきまで腰かけていた岩にぶつかってくれれば、チャンスが生まれる……!!

 私は首をひねってイノシシの行く末を確認する。


 期待どおりイノシシは岩に大激突! そのまま頭をゴチンとぶつけて気絶っ!!

 ……なんてことにはならなかった。


 アイスピックで氷を砕くように、ふたつの牙で岩を穿ち粉々にしてしまった。

 恐るべき破壊力にぎょっとしてしまう。しかも勢いは衰えず、その先にある大木めがけてさらに突進する。


 まさしく猪突猛進。牙は幹に突き刺さり、勢いのあまり木が大きく傾いた。

 木にとまっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。


 幹に深々とめり込んだ牙、抜けないのかイノシシは鼻息を一層荒くして暴れだした。

 それにしてもすごいパワーだ。身体を激しく揺さぶると、それにあわせて木の根っこが少しづつ引き抜かれているように見える。


 い……急がなきゃ!!


「よしっ、今のうちに逃げ……いや行こう! イヴちゃんっ!!」


 私は両手を突っ張って、イヴちゃんの上半身を起こす。


「くっ……しょうがないわねぇっ!!」


 立ち上がった彼女はしばらく逡巡していたが、振り払うように走り出した。

 イヴちゃんにとっては動きの取れないイノシシの無防備な背中が絶好の攻撃チャンスに見えてたんだろう。


 森の中に駆け込む私たち。空に立ち上るのろしは最初見たときより煙の幅がだいぶ太くなっていた。

 藪をかきわけ、草に足をとられ、木の枝にひっかかりながらも進んでいくイヴちゃん。


 ……背負ってもらっておいて何だけど、やっぱり遅い。


 しばらくしてから、背後から地を揺らすような音が聞こえてきた。

 イヤな予感を感じつつ後ろに視線を向けると、牙に木片をまとわせたイノシシがこちらに向かってくるのが遠目に伺えた。


「い、イヴちゃん! 追いかけてきてるよ! もっとスピードでないのっ!?」


「アタシは馬車じゃないんだから、ムチャ言うんじゃないわよっ…………うぉおおおーっ!!」


 イヴちゃんが雄叫びをあげるとジョギングから短距離走くらいには速度があがったような気がした。


「すごいすごい! さすがはイヴちゃん! 生きて戻れたら好きなだけドーナツ食べさせてあげる!!」


 やる気を出してもらおうと彼女の好きな甘いものを……と思ったんだけど、叫んだあとでしまったと後悔。

 イヴちゃんがその気になれば私がコツコツやっている『魔法の胸当て貯金』が全部ドーナツになって彼女の胃の中に消えてしまうからだ。


 でももう遅かった。イヴちゃんの口角が後ろからでもわかるくらい上がるのが見えた。


「とぉばすわよぉーーっっ!!!」


 目の前にニンジンをぶら下げられた馬のような目覚ましい加速力。私を背負ってるとは思えないほどぐんぐん進んでいく。


 倒木を飛び、時にはくぐり抜け、私たちは森の中を進むがイノシシはそれらをなぎ倒しながら執拗に追いかけてくる。

 彼のテリトリーを出たら許してくれるんじゃないかと期待したけど、追跡の手を緩める気配は感じられない。


 となると……あののろしの元にたどり着いたときのことを考えておかないと。


 みんなが居てくれればいいけど、それはそれで仲間をピンチに晒すことになる。

 行ってみたはいいけど何もないことだってある。モンスターが待ち構えていることだって考えられる。


 それらを考慮すると……到着までにイノシシにあきらめてもらうのが一番だ。追っ手がなければのろしの発生源が何であれ最悪の事態を生むことはないハズ。


 では到着までに何かできることはないだろうか?

 ちょっとしたひと工夫で彼のやる気を削いで、そのままお帰りいただけるような、そんなイイ感じのモノがあれば……。


 いまのイヴちゃんは遮眼帯をつけた競走馬のように走ることに専念しているから、他のことを頼むのは難しいだろう。

 ならば私が……と周囲を見渡すと、なんだかモヤのようなものが森の中を覆いつつあるのが見えた。


 霧かな? と思ったけど違う。なんだかコゲくさい匂いがする。

 ……もしかして、煙!?


「い、イヴちゃん、ちょっと止まって!」


「なにっ!? いまさらナシなんて言わせないわよっ!?」


 イヴちゃんは叫びながら、目の前にあった茂みを迂回せず力任せに突破する。

 口を開こうとして葉っぱが口の中に入ってしまった。


「うわっぷ!? そうじゃないよ! なんだか様子が変で……あっ!?」


 藪を抜け現れた光景に、思わず息をのんでしまう。

 会いたかった仲間たちがこちらに走ってくるのが見えたから。


 クロちゃんを肩に担いだユリーちゃんがミントちゃんと共にシロちゃんの手を引っ張っている。足の遅い後衛ふたりをサポートする体制で、まさしく一丸となって走ってきていた。

 誰もが血相を変え死にもの狂いのようだったが、その理由はすぐにわかった。


 みんなの背後には、高波のように押し寄せる炎の壁が迫ってきていたのだ。

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